大村彦次郎『荷風 百間 夏彦がいた 昭和の文人あの日この日』(筑摩書房、二〇一〇年八月二五日、装幀=神田昇和、カバー装画=川上澄生)。大村さんの新著。小生は本文イラスト12点を描かせてもらった。
昭和を五年毎、十二章に分けて、多数の文士の行状を、さまざまな逸話のつづれ織りによって、みごとに浮彫りにしている。裏面とまではいかないが、表玄関ではなく裏口からとらえた昭和文士伝。定評のある文体・語り口も含め、面白くて「巻を措くあたわず」間違いなし。
印象に残る逸話は多いが、昭和二十八年に福原麟太郎と吉田健一らがイギリスへ飛行機で旅立ったときのこと、スチュウワデスのアナウンスを聞いたとたん吉田が久しぶりに接する美しい英語だったので涙が出そうだと福原に耳打ちした。福原は同乗の河上徹太郎に向って
《英語ができるなどといっても、われわれは知識として知っているだけで、ぼくなど代表的な詩の一行だってスラスラ出てこない。その点、英国育ちの吉田さんのように、と話を吉田に移そうとしたら、いきなり、「そんなことは覚えりゃ、いいじゃないですか。覚えられないくらいなら、英文学の教師をやめちゃいいじゃないですか」と、一太刀浴びせられた。吉田はわが国の英文学者の中では福原を最も尊敬していたが、このときは自分のことを言われ、恥ずかしかったのか、思わず激しいことを口にしてしまった。》
この話、吉田健一の一面をとてもよく現わしているように思う。