荒賀憲雄「路地の奥の小さな宇宙ーー天野忠襍記」については五月末に取り上げた。最近、天野忠はそれなりに人気が高いようで、彼の古い詩集などにはちょっと手が出しにくいのだが、これはまた別の意味で貴重な『動物園の珍しい動物』(編集工房ノア、一九八九年一月二〇日、函装・本文装画=天野忠)がわが家にやってきた。限定三五〇部。署名入(
二冊目)。これに先だって重複する内容の著作が文童社から二冊出ている。
一九六一年『クラスト氏のいんきな唄』(文童社)
一九六六年『動物園の珍しい動物』(文童社、『クラスト氏のいんきな唄』の改題増補版)
晩年の天野はちょうど今の山田稔のように編集工房ノアから着実に著作を出し続けた。おさらいしてみると下記のようになっている。『春の帽子』までが生前の出版。
一九七九年『讃め歌抄』
一九八〇年『そよかぜの中』
一九八一年『私有地』
一九八二年『掌の上の灰 日に一度のほっこり』
一九八三年『夫婦の肖像』
一九八六年『続天野忠詩集』
一九八八年『木洩れ日拾い』
一九八九年『万年』
『動物園の珍しい動物』
一九九三年『春の帽子』
一九九四年『耳たぶに吹く風』
一九九六年『草のそよぎ』
一九九八年『うぐいすの練習』
二〇〇六年『天野忠随筆選』
『動物園の珍しい動物』は元『クラスト氏のいんきな唄』と題されたようにインキというかペシミスティックな、かつての『重たい手』(一九五四)よりも軽妙な分だけ、ちょっと救いのない世界が描かれている。表題作「動物園の珍しい動物」全文。
セネガルの動物園に珍しい動物がきた
「人嫌い」と貼札が出た
背中を見せて
その動物は椅子にかけていた
じいっと青天井を見てばかりいた
一日中そうしていた
夜になって動物園の客が帰ると
「人嫌い」は内から鍵をはずし
ソッと家へ帰って行った
朝は客の来る前に来て
内から鍵をかけた
「人嫌い」は背中を見せて椅子にかけ
じいっと青天井を見てばかりいた
一日中そうしていた
昼食は奥さんがミルクとパンを差し入れた
雨の日はコーモリ傘をもってきた。
もうひとつ「あーあ」
最後に
あーあというて人は死ぬ
生まれたときも
あーあというた
いろいろなことを覚えて
長いこと人はかけずりまわる
それから死ぬ
私も死ぬときは
あーあというであろう
あんまりなんにもしなかったので
はずかしそうに
あーあというであろう
どちらもよく引用される作品で、上手いと思うし嫌いではないが、正直、天野忠の代表作というふうには思いたくない。ニヒルすぎる。ちなみに天野忠が亡くなる直前の言葉は「あーあ」ではもちろんなくて、荒賀憲雄によれば、「本を取ってくれ」だったとも言い、
「南フランスに別荘を譲られてナー」
といううわごとだったとの証言もあるそうだ。