
多田鉄之助『蕎麦漫筆』(現代思潮社、一九五四年)の奥付。あの現代思潮社が蕎麦の本出してたのか(!)ってそんなわけはない。現代思潮社は一九五七年に石井恭二が創業した。しかし社名は全く同じ。国会図書館で現代思潮社を調べると蕎麦現代と思われる出版物は以下の通り。
東大生活. 1953年版 櫻井恒次 1952
ものしり試合 日置昌一[他] 1953
上智大生活 戸川敬一 1953(大学生活シリーズ)
立正大生活 野村耀昌 1953(大学生活シリーズ)
味なもの 読賣新聞社会部編 現代思潮社 1953.6.30
私達の速記術 荒浪清彦 1954
レンズからみる日本現代史 佐藤忠男 1954
国学院大学生活 丸茂武重 1954(大学生活シリーズ)
昭和女子大学生活 塚本八重子 1954(大学生活シリーズ)
また蕎麦現代の住所、神保町一丁目三というと、これは昭森社や書肆ユリイカのすぐ近くということになる。とくれば思潮社と何か関係があるのか。
小田久郎『戦後詩壇私史』(新潮社、一九九五年)によれば、小田氏は戦後すぐに乾元社に入り『文章倶楽部』という投稿雑誌の編集を始めるが、乾元社の倒産とともに雑誌は牧野書店に移り、その倒産を受けて独立した。昭森社のビルに机を得たのが一九五六年、『文章倶楽部』を『文章クラブ』と改題して発行を続け、さらに『世代』(世代社、一九五八年六月改題)、『現代詩手帖』(思潮社)へと発展させていった。
小田氏は現代思潮社が目と鼻の先にある(あった)ことを知りながら「思潮社」という社名を決めたのか(まさか?)、また世代社と思潮社は同時に使っていたのか、そんなささいなことが気になってしょうがない。
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