東京神田表神保町の文房堂が発行した油絵用品のカタログ(T氏より頂戴しました。御礼申し上げます。なんだかもらいものブログみたいになってます)。本文十頁、中綴じ、タテ一八八ミリ。発行は大正十一年三月。この目録は油絵に関する概略を抄録したもので、総目録は只今編集中だ、との註記あり。巻頭言にいわく
《文房堂油絵具ハ弊店工場ニ於テ製造セラル文房堂油絵具ハ弊店ニテ過去三十有余年間ノ豊富ナル経験ト幾多ノ研究トノ結果成レルモノニシテ舶来品ニ比シ些ノ遜色ナキコトヲ確信ス、過般ノ拓殖博覧会ニ於テモ優秀ト認メ一等賞金牌ヲ授与セラル》
拓殖博覧会は明治四十五年開催のようだ。現在も盛業中の
文房堂は創業明治二十年を謳っているのでたしかに《過去三十有余年間》ということになる。HPによれば、
《明治20年(1887年)年に創業した文房堂は、日本ではじめて専門家用油絵具を製造・発売いたしました。文房堂の歴史は、絵画材料はもちろんのこと、デザイン材料、彫塑材料、版画材料等、現在の画材全般の基礎をつくった物語ともいえます。》
キャンバスの号数サイズを決めたのも文房堂。
《フランス絵画の寸法基準を研究し、尺貫法による木枠、スケッチ板の規格を設定。これが日本の油絵の号数規格となる》
ただしフランスのサイズと微妙に違うため向こうの額縁が合わないという欠点も生じた。美術家連盟では一時このサイズを改訂しようという試みもあったようだが、結局は文房堂仕様のまま続いている。また高校生のころ当り前のように使っていた「ポスターカラー」(デザイン用の絵具)も、これを命名したのは文房堂だそうだ。
現在の建物は正面外壁だけを残して改装されている。関東大震災にも耐えた元のビルは大正十一年に建設されたというから、このカタログと同じ頃である。画材の総目録も新築に合わせていたのだろう。改築は一九九〇年、ということは古いビルの時代に何度かここで買物をしたことになる。階段が狭くて急だった。武蔵美は小平なのでそう頻繁に神田に来たわけではないが、特殊な道具の品揃えは良かったように覚えている。その頃には向いの三省堂もまだ石造りだった。すずらん通りも薄暗い商店街だった。
他にも古い画材の目録類もいくつか持ってはいるが、めったに見かけない貴重な資料と思う。なお表紙のデザインはサインを見ると杉浦非水のようである。