
『黄色い潜水艦』52号(イエローサブマリンクラブ、二〇一〇年六月五日、表紙=粟津謙太郎)川崎彰彦追悼号をうらたじゅんさんより頂戴した。川崎彰彦の名前をはっきり意識したのは花田知三冬さんの雑誌『海浪』(花田書房)で「ぼくの早稲田時代」の連載を待ち通しく読んでいたころからだ。本書の年譜によれば一九九二年十二月から二〇〇四年の終刊まで二十七回続いた。それがどういう縁か、南陀楼氏が右文書院から単行本『ぼくの早稲田時代』(二〇〇五年)として出すことになり、装幀をやらせてもらった。出版記念パーティも含めて思い出深い一冊である。

表題の地色になっているオレンジに苦心したことを思い出す。何種類かのクレヨンを使って色を塗り重ねた。それをスキャンしたわけだが、思ったほどの効果が出ずに、ちょっとがっかりした。自分で書いた文字をタイトルに使うということも、雑誌『ARE』は別として、これが初めてだと思う。
それにしても楽しい気分があふれている追悼号である。寄稿されているみなさんが嬉しそうに川崎さんのことを回想したり、話しかけたりしているのが、なんとも川崎さんの人柄なのだろうか。小沢信男さんのこういう文章もいい。
《車椅子のドキュメント作家を、大和郡山へ訪ねたのは一九九九年の夏でした。八尾の病院へ重篤の寺島珠雄を見舞った帰り道に。寺島氏には川崎彰彦に用事があってきたついでだ、と言い、川崎氏には寺島珠雄に用事があってきた、と言った。どっちもほんとうだもの。駅の近くの食堂でしばし雑談した。ならんで日向ぼっこしていたような感じがよみがえる。》
『黄色い潜水艦』52号一冊700円、申込は宝塚市売布4-3-30-3314(島田)
真駒内石山堂店主日記[石山あたふた日記]「黄色い潜水艦 川崎彰彦追悼号」
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