雑司ヶ谷から都電で東池袋まで、そこから有楽町線で麹町へ移動。装幀家の多田進さんの仕事場を訪問する。ブログ「
白の余白」を通じてお近づきをいただいている。今年、坪内祐三『酒中日記』(講談社、二〇一〇年)により講談社出版文化賞ブックデザイン賞を受賞された。コンピュータを使わず、昔ながらの切り貼り版下を通す、いわゆる「版下バカ」四人衆(工藤強勝/間村俊一/多田進/和田誠)のお一人。
日本テレビの旧社屋のすぐそば、ビルの九階に三十年来使っておられるというワンルームの仕事場がある。部屋としてはそう広くはないものの、とても使いやすそうにアレンジされていた。入って左手壁沿いに仕事机および紙の見本帳など、奥正面にデーンと大型のコピー機、入口近くにファックス。書架には多田さんご自身の装幀本、パターンなどの資料類、ブックデザインに関わる書籍、雑誌類や紙類などがきちんと整頓されて、取り出しやすいように配置されている。このあたりにも、その装幀に共通したシンプル・マインドを感じる。
これは『酒中日記』とは姉妹表紙とも言える坪内祐三『三茶日記』(本の雑誌社、二〇〇一年)。表紙のパターンがたったひとつの消しゴム判子から作られたことがよく分かる。二時間近くあれこれお話をうかがった。次号『spin』に掲載予定。お楽しみに。
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本の雑誌社ときたので、こちらを紹介しておく。多田さんではなく某氏宅で拝見した『本の雑誌』の創刊号から十四冊(全部揃っていたが、他は処分したという)。某氏は第二号を書店で求め、創刊号が欲しくなって版元に電話したのだそうだ。すると「目黒印刷です、ああ、ちょっとまってください。孝二、お前にだよ」というようなやり取りがあって無事入手できたという。保存状態もいい。これは値打ちものだ。
創刊号の奥付頁には「めぐろ」による社説(?)のような文章が載っており、家の近所にあった「ふたば文庫」という貸本屋がなくなった理由について考察されている。
《貸本屋の衰退はいろんな要因があったろうけど。"読書する"ことに意味を求める人間が多くなりすぎた、という要因もありはしないだろうか。城山三郎や司馬遼太郎をビジネスマンが"役に立つ"小説として読む、という寒々とした現象が象徴的に語るように、みんなが本に教養とか知恵とか勇気などを求めすぎているような気がしてならない。"読書する"ことの原初的な感動を忘れてしまって、血走った眼でページをめくっている寒々とした光景が浮かんでくる。》
それは感動というより中毒でしょうね。