『吉田卓 その浪漫の光芒』(美術研究藝林、一九八五年四月)。吉田卓は二科に属した画家。経歴は「
広島県立福山中学校(誠之館)出身者」を参照。高橋輝次『古書往来』(みずのわ出版、二〇〇九年)には吉田卓と森谷均の交流が描かれており、小生はこれを読んでいたので吉田卓に目がとまったのかもしれない。はんのきにて求めた。
この後、『大正モダンを駆け抜けた画家 吉田卓展』(ふくやま美術館、一九九一年)が開催され図録も刊行されているが、それはそもそもが「美術研究藝林」の梅野隆の再評価に負うところが大のようだ。梅野氏は現在「
東御市梅野記念絵画館・ふれあい館」を運営されており、その経歴やコレクターとしてのインタビューも「
おんらいんぎゃらりい秋華洞」で読むことができる。
上は図録に挟んであった美術研究藝林の開廊記念展「吉田卓 その浪漫の光芒」の案内状。前田寛治ふうというのか、二科風ではあるが、かなりいい感じの作品と思う。葉書は図録といっしょに送ったものだろう。住所欄に筆ペンで通信文がしたためられており、そのなかに
《京橋でささやかな画廊をひらきました
八九子展をひらかせていただけないでしようか》
とある。山口八九子(やまぐち・はちくし)の作品は京都の近代美術館でいくつか見たことがあるが、遺族より早稲田大学にまとめて寄贈されているようだ。『一寸』の同人方による『山口八九子作品集』(山口八九子作品集刊行会、二〇〇八年)もある。梅野氏の着眼は冴えている。