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いまなぜ青山二郎なのか![]() ![]() ![]() 白洲正子『いまなぜ青山二郎なのか』(新潮社、一九九二年六刷、初版は一九九一年)。これも面白い一冊だ。まず、この本ができた経緯について書かれているが、それは昔の編集者の執念を感じさせるエピソードである。 『新潮』の編集者・小島喜久江が訪ねて来て青山二郎のことを書けという。他の出版社にも頼まれているからと断る。一年後、小島はまたやってくる。その次の年も次の年にも同じ頃にやってくる。青山二郎のアの字もいわない。そういうことが五六年つづき、小島は停年になりましたと挨拶にくる。「つきましては」やり残した仕事をしとげたいという。さらに一年が経って、医者に通っているのでうかがえないが、原稿をお願いしますという手紙が届く。白洲は返事を書く代わりに原稿用紙を拡げる。 つづいて青山二郎再評価のきっかけをつくったえびな書店の古書目録や『青山二郎文集』(小沢書店)に触れて蝦名氏の文章「装幀家としての青山二郎」に疑問を呈する。 《蝦名さんは同じ文章の終りに、昭和二十七年に壷中居で青山さんは装幀展を開き、三好達治が讃辞を贈った、それを機に「装幀家の看板を静かに下したと見るべきであろう」といっているが、ジィちゃんは装幀家の看板なんか上げたことも下したこともない》 そして洲之内徹の『セザンヌの塗り残し』における青山二郎像に筆は移る。 《「絵から何かを感じとることと、絵が見えるということとは違う。」絵を見るのには修練が要る。では、眼を鍛えるにはどうすればいいか。「私の場合、それは眼を頭から切り離すことだと思う。批評家に借りた眼鏡を捨てて……自分の裸の眼を使うこと。考えずに見ることに徹すること」ーーこれは青山さんの持論でもあった。》 まあ、絵がうんぬんではなく、突き詰めれば結局は自分をみつめるということに尽きると思うのだが、何とでも言わせておこう。 《洲之内さんは、青山二郎を知らなかった。が、昔からある信仰のようなあこがれは感じており、装幀した本もいくつか持っていた。 「だからといって、青山二郎を装幀家と思っていたわけではない。装幀もやる誰かという感じ。」》 《洲之内さんは、青山二郎をどこかに片づけたくはなかったのだ。塗り残しのままでおいときたかった。それはまた洲之内さん自身の塗り残しでもあったのだ。》 白洲はこんなふうに洲之内をもちあげているが、洲之内の青春時代における青山二郎は装幀家などでは決してなかったはずで、装幀家などとは思いもよらなかったろう。洲之内は絵でも人でもすべてその地点から照射する、帰らざる風景のなかから。洲之内の「裸の眼」には生涯その風景が写っていたに違いない。批評家の眼鏡など借りられるわけがないのだ。 巻末に「青山二郎の日記」が引用されている。昭和八〜九年頃。ケッサクである。例えば 《中原と酒をのむより中原と会つて酒になつた後で酒をのみたい》 むろん中原中也のこと。中也と飲んでは酔えなかった。青山は読書家だから、なんとなく芥川龍之介のアフォリズムを連想させるようなところもあるが、青山の心根がどこまでも真っ直ぐだったということはよく分かる。 《昔の人のやうに自分のタコでものを感じ取らねばならぬ。 「頭が悪い」 宜しい。とんびのやうに僕は飛ぶだけだ。》 ÷÷÷ 将棋の加藤一二三元名人が猫に餌やり裁判で負けた。加藤氏は若くして名人挑戦者となり天才の名をほしいままにしたが、大山名人全盛時代に当って念願が果たせず、ようやく名人の位についたのはずっと後年であった。 東京に住んでいた頃(ということは一九七〇年代の終り頃)一度だけ中央線の電車の中で加藤九段(当時)を間近で見かけた。つり革を持って立っておられたが、瞑目してなかにぶつぶつつぶやいていたようにも記憶する。クリスチャンとしても知られていたのでひょっとして詩篇でも暗誦していたのかな。とりあえず強く印象に残っている。
by sumus_co
| 2010-05-15 12:02
| 青山二郎の本
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