絵葉書「(大阪名所)千日前」。大正前期。
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藤沢桓夫「人生座談216 スミカズさん」
1984年4月16日付読売新聞夕刊
《小学校の上級生か中学生の初年生のころ、私は宇崎純一著の「スミカズ絵手本」という本を、いつどこで買ったか忘れたが、とにかく持っていた。そして、動植物、人間の生態、汽車、電車、電柱、郵便ポストその他の軽快なタッチで描かれたたくさんの絵が絵手本らしく入っているその画集を見て愉しんだ記憶はあるのだが、それから数年後にその画家のスミカズさんとたびたび顔を合わせて「こんにちは」と挨拶し合うようになろうとは考えたこともなかった。
というのは、偶然にも、私が旧制大阪高校に入学して級友の文学志望の仲間たちと出すようになった同人雑誌「辻馬車」の発行所となった波屋書房、この書店は難波から千日前の方へ通じる賑やかな道の左側に現在もあるが、その波屋書房の当時の経営者が宇崎純一さんだったのだ。
スミカズさんは、そのころ四十少し前くらい、口髭を生やして近眼鏡をかけた小肥りの人で着物姿の時が多かったが、店のことは一切弟の宇崎祥二君に任せっきりで毎日のように松竹座真向いにあった高級喫茶店「ライオン」に、金持の旦那衆で文学、絵画、音楽など芸術関係のディレッタントたちと集まったり、ぶらぶらしている風に見えた。私たちの「辻馬車」の面倒を見てくれたのは、もっぱらその弟で音楽青年だった宇崎祥二君だった。》
藤沢桓夫は一九〇四年生まれ。《小学校の上級生か中学生の初年生のころ》がだいたい上の写真のような千日前だったろうと思う。