二〇〇八年秋にどうしても見つからなかった『青空』(JEAN-JACQUES PAUVERT, 1957)。今回はあっさりと入手。前回もそれなりにいちばん買物をした
ヴィーニュ書店にて。むろん日本で検索していたが、手にするまでは安心できない。
この日、店番をしていたのは三十代の背の高い眼鏡の男性。『青空』を二冊、一九五七年版と一九七一年版、が欲しいのだがというと、すぐに地下書庫へ降りて行って持って来てくれた。あれ? 同じ表紙だ。前付を確かめると、どちらも五七年版で、状態が微妙に違う。七一年版はないのかなと尋ねる。「え、あ、そうか、ちょっと待って」、またバタバタと地下へ。「ごめんなさい、これだね、その二冊は同じ本だ、勘違いした」と。七一年版は真白い表紙に文字だけである。8ユーロと読むのには手頃な値段。五七年版はちょっとしたもの(むろん小生が買えるぐらいだからタカは知れているが)。
ジャン・ジャック・ボヴェールの自伝をひもとくと、『青空』は一九五七年にバタイユの六十歳を祝うためにガリマール版の『文学と悪』、ミニュイ版の『エロティスム』とともに三冊同時刊行したらしい。還暦記念だったわけである。
バタイユとポヴェールは一九五四年に初めて出会っている。エディションKがそれに先だって秘密出版として少部数の『眼球譚』(オリジナルは一九二九年)を刊行していた。著者のバタイユはロード・オーシュという変名を用いていた。ハンス・ベルメールの強烈な挿絵入りだったが、ポヴェールはそれを見て跳び上がるほど驚いた。そして自ら『眼球譚』を出すことにしたのである。誰にも断らず。どうせ秘密出版なのだし。
刊行後、数日して年配の特徴のある紳士が書店にやって来た。バタイユだった。彼は出版に異論はなかったが、著者に対して何らかの支払いができるかどうかを尋ねに来たのだった。紳士的な話し合いがもたれた。ポヴェールはただちにバタイユに魅了されてしまった。暖かい眼差し、白い頭髪、聖職者のように滑らかな声……。ポヴェールはバタイユを喜ばせてやりたくなって、一定の額を払うことに同意した。友情が生まれた。
とまあ、こんなふうにポヴェールは書いているが、どこまで信じるかは微妙なところ。いくら秘密出版でも著作料を払うのは当り前だろう。ある意味、かなりいかがわしい(だからこそ反権力的にもなれたのだろうが)版元だったのである。
還暦記念の三冊、出版当時はまったく売れなかったそうだ。《バタイユはいまだ呪われた作家であった》とポヴェール。そして、そんなふうに売れなかった本が後年には高額になるというのが世のならいである。
とりあえずパリ日記はこのへんで。トポールに関してはもう少し書いて行きたいと思います(まだ伝記を読み終えてないので)。パリ暮らしの日常(主に食)については下記をごらんください。
NabeQuest(鍋探求)
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Madame100gの不敵な冒険
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