事前にトポールの情報があまりなかったことから、とりあえず伝記などを買い求めるべく努力したが、決定版伝記はすでに述べたように注文中なので、まずはあらかじめ分かっていた彼が生まれた街のあたりをぶらついてみた。メトロ十一号線のゴンクール駅下車、歩いて数分。ジャック・ルヴェル・テシエ通(当時はコルボオ通 11, rue Corbeau)。
トポールは父母がポーランドのヴァルソヴィ(Varsovie=Warszawa、ワルシャワ)出身のユダヤ人。コルボオ通にはユダヤ人が多く住んでいたそうだ。現在もユダヤ文字が散見される。変哲もない通りである。下町といったところか。最近珍しい窓に鎧戸(volet)のあるカフェがあった。ユトリロが描いたような風情。
以下はアヴニュー書店で買ったトポール二冊。
『PRESQUE TOUT TOPOR』(GERVEREAU, EDITIONS ALTERNATIVES, 2005)。トポールの多岐にわたる仕事を図解したトポール事典。小林茂訳『カフェ・パニック』(創元推理文庫、一九八八年)の表紙、および一九八七年に東京、大阪、札幌で公演されたトポール原作の喜劇「麗しのモナ・リザ」(パニック・シアター+プロジェクト・レヴュー'87 4月公演)のチラシと舞台写真も掲載されている。
『TOPOR TRAITS』(COLAGROSSI, SCALI, 2007)。こちらはトポールのデッサンの他に彼と親しかった人々の回想や写真を集めた追悼集のようなもの。寄稿者のなかに大月雄二郎氏の名前を発見しておどろく。
大月氏のエッセイのタイトルが「コルボオ」(!)。大月氏がセーヌ通を歩いていると、カフェ・ラ・パレットのテラスに座っているトポールを見つけた。(以下いいかげんな意訳です)
ト「明日何するの?」
大「何も、とくに」
ト「明後日は?」
大「にたようなものさ」
ト「インスブルックへ行くんだけどさ、一人で電車で行くのはかったるいのよ」
大「なるほど」
ト「どう、車でいっしょに行かない? 二三日の間だよ」
大月氏は三秒も躊躇しなかったそうだ。そしてトポールのBM(BMW=ベー・エム・ドブルヴェ)でエッチラ、オッチラ、オーストリーへ向ったのである。トポールが仕事をしている間、大月氏は何もすることがなく、トポールの洋服のほころびを縫ったり、車を走らせて湖のほとりでうたたねをしたしりた。そのとき夢かうつつか巨大なコルボオ(大鴉)が数十羽もたち現れた。氏は鴉たちに向って「ドイツ語を話すのか?」と尋ねると、鴉は答えた。
「ヤー、ヤー、当り前だろ! Ya, ya, naturlich !」
トポールはその「naturlich !」がいたく気に入ったそうだ。