吉川登編『近代大阪の出版』(創元社、二〇一〇年二月一〇日、装幀=上野かおる)。よくまとまった江戸から明治にかけての大阪出版の通史があり、また青木嵩山堂、金尾文淵堂、立川文庫、プラトン社、創元社の各社についての論述あり、大正期大阪の「出版文化展」や『大阪パック』の輝文館を中心にした漫画出版に関する論考も収められ、大阪出版の実力と限界がよく分かる一冊となっている。
目次などは創元社のサイトにて
http://www.sogensha.co.jp/book/2010/01/post-175.html
これは青木嵩山堂の広告。大阪心斎橋筋博労町と東京日本橋通一丁目はどちらも出版書肆としてはこれ以上ない立地である。建物の違いが大阪と東京の違いを物語るように見える。この大店が大正十年頃に突然、営業をやめた。その理由はどうやら初代会長青木恒三郎が出版業を見限ったからのようである。いさぎよい最後なのだろうか。
廃業したといえば、関東大震災直後に華やかだったプラトン社の終焉は、雑誌発行の赤字が重なってメイバンク野村銀行から支援を打ち切られたことによってあっけなく訪れた。『キング』に対抗しようとして無理を重ねたため、耐え切れなくなっていたようだ。大正十一年から昭和三年までの活動であった。小野高裕氏の論考は淡交社本よりもかなり読みやくまとまっている。
一方、今も健在な創元社について執筆している大谷晃一氏はこう書いている。
《理想は高く持っているが、決して無理はしない。そんな良策の性格が、創元社を手堅く永続させる。が、その半面、より大きな出版社へと成長させなかった理由でもあった。》
出版に限らないが、とくに出版はギャンブル性が強いから、勝ちに行くか、負けない戦い方をするか、一長一短ではある。