臼田捷治『杉浦康平のデザイン』(平凡社新書、二〇一〇年二月一五日、装幀=菊地信義)。杉浦康平……エディトリアル・デザイン界の巨人といっていいだろう。そのシュミセンのように深くも高い杉浦康平をコンパクトにまとめてみせてくれた臼田氏の力業、いや編集力にまず脱帽する。新書の内容としてはおそらくこれ以上は望めないほどの出来栄えと思う。今後何度も参照する一冊になりそうだ。巻末の主要参考文献も周到である。
巻頭カラー口絵を見てビックリ。
「第8回東京国際版画ビエンナーレ」のポスター。これは今も郷里の書斎にかかげてある。銀紙(フォイル?)に刷られていて、それまでまったく見たこともないような表現力に当時は打ちのめされたし、今も圧巻のままだ。代表作だったか。
また本文のいちばん最後に杉浦康平の全作品と蒐集資料が武蔵野美術大学資料図書館に納まることが決まったと書かれている。柳瀬正夢もそうだが、他にもいろいろ入っており、同館はかなりな収蔵のレベルになってきたようだ。
http://www.musabi.ac.jp/library/
個人的に杉浦康平と言えば、埴谷雄高『闇のなかの黒い馬』(河出書房新社、一九七〇年)を最も好きな装幀本のベストテンに挙げると思うし、国書刊行会のセリーヌは『文字力100』にも取り上げた愛着のある造本。それらの他に手近の棚には何かないかと探したら、この講談社現代新書が何冊か挿してあった。このシリーズが本屋に出現したときは驚いた。
たまたま手にしたのがこの『現代思想を読む事典』(今村仁司編、一九九三年七刷、装幀者=杉浦康平+赤崎正一)。パラパラッとめくっていると、気になる言葉が目にとまった。杉浦デザインとは無関係ながら、昨日会った編集者氏が、著者たちが分かり難い横文字を濫発する悪弊を嘆いたときに、舌をかみそうな「ヴァルネラビリティ」という単語を例に挙げた。そのときは「ははは、その通りですね」と聞き流しておいた。その「ヴァルネラビリティ」が目に飛び込んできた。
昨今流行の、かどうか定かには知らないが、飜訳もけっこう出ており、あの今ではなんでもご意見番になってしまった内田樹先生のご専門でもある、エマニュエル・レヴィナスの用語だったのだ。
ヴァルネラビリティ(可傷性・暴力誘発性)vulnerability
感性を享受(jouissance)と可傷性(vulnérabilité)の二つの様態に分けて……以下略。レヴィナスはフランスのユダヤ人(リトアニア出身)・エリートだから「ヴュルネラビリテ」と言うべきだろう(どっちにしても舌を噛みそうなのは変らないけど)。で、一般の仏和辞典での意味は「もろさ、傷つきやすさ」である。簡単な言葉なんだが、レヴィナスによってそこに込められた意味は屈折している。