遠藤勁+ネイチャー・プロ編集室『HEART-FULL 自然のなかのハート』(PHP研究所、二〇一〇年、デザイン=遠藤勁)。自然のなかに描き出されたハートの形を様々に集めてフルカラーで見せてくれるハート・フル(ハートがいっぱい)な一冊。バレンタインデーをめがけてただいま発売中!
写真に添えて「愛」または「恋」に関する短い言葉が引用されている。例えば青空に白いハート型の雲の展開している頁には『みだれ髪』(伊藤文友館、一九〇一年、装幀=藤島武二)よりの一首。
春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ
『みだれ髪』の表紙はよく知られているように矢に射抜かれたハート型のなかに女性の顔がある図案だ。そして巻中には目隠しをされたキューピッド(クピド)が矢をつがえている挿絵もある。
このクピドはなぜ目隠しをしているのか? この点に関してはエルヴィン・パノフスキーの『イコノロジー研究』上下(ちくま学芸文庫、二〇〇二年)に「盲目のクピド」と題された論考で詳細な検討がなされていて、ただただ圧倒されるばかりである。目隠しの理由については直接この論文を読んでいただきたいが、一点だけ、引用しておきたい部分がある。それは下巻「新プラトン主義運動とミケランジェロ」のなかのこの一文。
《肝臓は血液を造り出すところであり、それゆえおそらく肉体のさまざまな情熱の存在する場所と考えられていた(ペトラルカは他の多くの人々と同じように肝臓をクピドの矢の的と考えていた[註565])》([註565]ペトラルカ『アフリカ』)
なんと、ルネサンス頃には、愛の神クピドが狙うのはハートじゃなくてレバー(Leber、liver、foie)だったのだ(!)。だから当時は紫色で大小の袋がくっついたような形が愛のマークだったとパノフスキーは書いている、わけではない(は、ははは)。
ハート型はいつからあるのか知らないが、トランプ・カードの絵柄としては十五、六世紀ごろにはすでに登場していた。日本にいつごろ入ってきたのかもはっきりしないが、おそらくキリシタン時代だろう。十七世紀の古九谷焼きにはハートやスペードの模様が使われている。日本でハート型が身近になるのは明治時代も後期ではないか。要するに『みだれ髪』のころから。藤島武二はこんな絵葉書もデザインしている(生田誠編『麗しき日本絵葉書』日本郵趣出版より)。
ちなみに、バレンタインデーのハート・チョコでいつも思い出す傑作チョコレートは心臓を超リアルに再現したもの。記憶では徳弘正也のギャグ漫画『シェイプアップ乱』に登場していたと思うんだけど……それでも欲しい(?)。