クライドルフ『ふゆのはなし』(おおつかゆうぞう訳、福音館書店、一九七一年)。
エルンスト・クライドルフは一八六三年スイスのベルン生まれの画家。独特なタッチの絵本を残している。邦訳も他に『くさはらのこびと』(おおつかゆうぞう訳、福音館書店、一九七〇年)、『アルプスの花物語』『妖精たち小人たち』(ともに矢川澄子訳、童話屋、一九八二年)、『花を棲みかに』(矢川澄子訳、童話屋、一九八三年)『フィッツェブッツェ / パウラ&リヒャルト・デ−メル』(わかばやしひとみ訳、ほるぷ出版、一九八六年)『花のメルヘン』(ささきたづこ訳、ほるぷ出版、一九八七年)があるようだ。福音館の二冊は復刊されているので入手しやすいが、それ以外は高値に驚く。
ベルンはパウル・クレーの街でもある。一九七六年二月末だったか、ベルン市中の古い建物にあったクレー美術館を訪ねた。クレーは素晴らしかった。それと同じくらい街のあの凍りつくような感じも忘れられない。寒い場所は寒いときに訪ねるにかぎる。
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伊藤文学『編集長「秘話」』の続き。伊藤は一九七一年七月に日本最初の同性愛専門雑誌『薔薇族』(九月号)を創刊する。東販で雑誌コードを獲得。第二書房としての書籍取引の実績がものを言った。
《『薔薇族』創刊号の本文は活版印刷だった。組版をお願いした江戸川橋の小さな印刷会社・金子印刷では、鉛でできた活字を文選工と言われる職人さんが一本一本ひろって組んでいく。これを、親父さんと職人さんのふたりだけでやっている大曲印刷に持っていき、印刷してもらう。製本は、取引きのあった越後堂製本が下請けに出していた。夫婦で簡単な機械を回し、ガチャン、ガチャンと銅線で二ケ所を綴じていたのが今でも目に浮かんでくる。一万部製本するのに何日もかかった。》
《上野の丸富士書店は、創刊号を含めて『薔薇族』を大々的に売ってくれた書店のひとつだ。何となつかしい名前だろう。
戦後間もなく、国鉄の上野駅から京成線の駅に通じる地下道には、空襲で家を失った人や戦争孤児たちが、莚を敷いてごろごろと寝ころんでいた。彼らを何とか追い出そうと、駅側が考えたのだろうか、通路の片側を店にしてしまった。その一軒が夫婦でエロ本を売っている丸富士書店だった。》
《丸富士書店には、取次店を通さず直接納品していた。》《当時でも六十は過ぎていらしただろうか。ご主人はおっとりとした静かな物腰の方で、おかみさんのほうが男まさりの元気のいいがらっぱち、純江戸っ子という感じの人だった。朝早くシャッターを開いて、深夜に閉じるまで『薔薇族』を毎号何百部と売ってくれた。
成田に空港ができ、京成線の上野駅が新しくなった時に、これらのお店は全部追い出されてしまい、今は跡形もない。》
小生も七〇年代後半にはあのあたりをよく歩いたが(美術館へですぞ。あ、上野将棋センターへも行きました)、そういう雰囲気は濃厚だった。ただ昨秋、ごく久し振りに東博へ行った帰りに通ってみると、ほとんど昔の面影は失せてしまっていたように思う。