伊藤文学『編集長「秘話」』(文春ネスコ、二〇〇一年、ブックデザイン=守先正、カバーイラスト=合田ノブヲ)、面白く読了。伊藤文学は第一書房の編集者だった伊藤禱一の子息。
《父親が第二書房を設立したのは一九四八年。ぼくが駒沢大学の予科に入学した年だった。四四年に解散した人文系の出版社・第一書房の社員だった親父は、戦後、その再興のために動いたが果たせず、自分で出版社を作ったというわけだ。
親父は好んで短歌集や詩集を刊行した。たとえば話題になったものとして原爆歌集『広島』、戦犯歌集『巣鴨』、基地歌集『内灘』という三部作がある。いずれもあまり売れなかったが格調は高かった。》
第一書房に続いて八雲書店(一九四七年一月退社)と斎藤書店に勤めていた。たしかに第二書房の出版物は昭和二十三年から見える。国会図書館を検索すると翌年にかけて吉田絃二郎ばかり五冊連続して出している。第一書房時代につき合いが深かったのだろう。
伊藤文学は父の仕事を手伝うことで出版の世界に入った。しかし父を反面教師としてエロ出版を始めた、「小さい出版社が生き残るにはエロ本しかない」という信念をもって。その信念の通り武野藤介と清水正二郎らの「ナイト・ブックス」によって経営を安定させることができた。父親が著者に渡す印税をごまかして愛人のもとに走ったことに反感を抱き、原稿は印税制ではなく買い取りにしたという。
《親父のやった社会的に評価の高い書物の出版が版元の経営を逼迫させ、犯罪まがいの行為まで引き起こしたのに対して、社会的には歯牙にもかけられぬエロ本のおかげで会社の経営が安定し、出版社としての健全性を取り戻すことにもつながったのは何とも皮肉な話だ。》
これは皮肉でもなんでもなく「文学」なんてものはロクでもないものだ。ロクでもないから意味がある。