『最新奈良観光市街図』(日本地図大阪支店、一九四七年)。水明洞の店頭、反故箱の中から。日参しておられるなまず先生のmixi日記によれば、すばらしい品々が同じ箱から掘り出されたようだが、ときすでにおそし。小生がのぞいたころにはほんとうの反故ばかりになっていた。それでも敗戦直後の地図を三枚ほど。
この奈良の観光市街図は状態もいいし、鹿のデザインも気に入った。奈良といえば、
「第2回大門玉手箱」一箱古本市が開かれる。奈良市今小路町、大門市場内にて2009年12月12日(土)10:00~16:00頃まで。
また、余啓平展が奈良市川之上突抜北方町18-7「叙友舎」2Fギャラリーで開かれる(12日〜20日)。京都での個展で知り合ったのだが、伝統と現代がないまぜになった不思議な画風。
http://www.joyusha.com/galle/gallery.html
もうひとつは『日本新分県地図京都府改訂版』(日本地図、一九四六年)。そこに付属している「京都市図」を見ていると現在の阪急京都線のところに「新京阪電車」と書かれていた。もともとこの路線は京阪が昭和三年に建設したもので、昭和十八年に戦時体制のもと無理矢理に京阪と阪神急行(阪急)を統合して「京阪神急行電鉄」がつくられたのだが、昭和二十四年に現在の京阪が独立したとき、新京阪線は京阪にもどらず阪急のものとなったのであった。(ということを今調べて知った)
もう一枚が『新版京都観光案内図』(観光文化社、京都市烏丸松原、一九五三年)。こちらではさきの「新京阪電車」には「京阪神急行京阪線」と記されている。むろん四条大宮(駅名は「きようと」)までしか開通していない。観光地図なので裏面に名所の写真と案内文が載っている。社寺にはそう変化はないが、繁華街の様変わりはいちじるしいものがある。まずは四条河原町交差点、現在のコトクロスあたりから高島屋方面を写した写真。
もう一枚は京都駅前の丸物。駅の少し東から北西を撮ったのだろう。山田守設計の京都タワーは一九六四年開業なので、まだ存在しない。