サルトル『水いらず・壁』(矢吹武彦+吉村道夫訳、世界文学社、一九四六年)。世界文学社の代表作だろう。『sumus』4号に扉野良人氏による多田道太郎氏からの聞き取りがあるが、それによれば、社主の柴野方彦は
《東大の心理学科を出ているそうやねェ。なんでそんなとこ出て京都で出版社を開いたんやろ。ぼくの記憶では、柴野方彦というのは敏腕のジャーナリストいうふうに聞いていた。それから文藝春秋にも居たそうやわ。》
ということである。そしてこの「水いらず」というタイトルについてこう述べている。
《サルトルの〈Intimité〉いう小説を『水いらず』というのは伊吹さん風やなぁと笑ってた記憶がある。ぼくは Intimité いう名前でずっと覚えてた。「親密さ」いうだけの意味やからね。》
「水いらず」は悪くない訳語のようにも思うが。当時二十二歳の多田氏の世代には少し古風に思えたか。まして原文で読んでいれば肩すかしを食ったような感じがしたかもしれない。
伊吹武彦は三高、東大と進んで三高から京大で教鞭をとった。三高時代には北川冬彦、飯島正、淡徳三郎、大宅壮一、山口誓子らと同期だったようだ(伊吹武彦『ベレー横町』中外書房、一九五八年)。ということは淀野隆三や桑原武夫の三つ上級である。
世界文学社は雑誌『世界文学』を発行していたが、それは伊吹が編集長として采配し、平井啓之(東京支社)や金関寿夫らが働いていた。『現代詩手帖』(一九七六年一一月号)「増頁特集・文学的アメリカ」の座談会にはこういうくだりがある。昭和二十一、二年の事。
《金関 それじゃあぼくが「世界文学」をやってた頃だな。
篠田[一士] そう。だからあなたはあなたで京都で「世界文学」をやり、それから「アメリカ文学」というこれもまたぼくには忘れがたい雑誌なんだけど、それをせっせとやっておられた。金関さんの「アメリカ文学」という雑誌は変ってましてね。清水光さんとか、つまり、戦前の映画を主体としたアメリカに対してアンチ・アメリカニズムの偏見をもたない珍しい人たち、そういうインテリが集まって作った雑誌でしょ。》
雑誌『アメリカ文学』については以前取り上げた。
http://sumus.exblog.jp/7381659
第四号から高桐書院に版元が移ったのだが、金関はそれには触れておらず、淀野隆三を『アメリカ文学』の寄稿者として数えているのみ。彼の記憶では全部で九冊出たという。それにしても篠田の《アンチ・アメリカニズムの偏見をもたない珍しい人たち》という認識はどんなものか、べつに珍しいとも思わないが。富士正晴によれば金関は柴野方彦について何か書くつもりで準備していたらしい。それはどうなったのだろうか、惜しいことである。
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朝日新聞に書評の出た『書肆ユリイカの本』(青土社、二〇〇九年)だが、「日本の古本屋メールマガジン」その84で、田中栞さんは「まだまだ蒐集は終わらない」を書いておられて、それによれば入沢康夫『倖せそれとも不倖せ』のビニール袋つき完本を入手されたとか。その値段、その買いっぷりの良さには感嘆のほかない!
バックナンバーは下記(現時点ではまだ84はアップされていないですが)
http://www.kosho.ne.jp/melma/