『カタログ』(新潮社)12〜17号。いちばん上の12号の表紙は秋野卓美。秋野は梅崎春生の友人としてまた小説のモデルとして知られているようだ。卓美といっても男性である。他には東山魁夷、三岸節子、難波淳郎など毎号表紙の担当画家は変っている。各号とも表紙2(表紙の裏面)には作家の原稿が複製されている。表紙4には広告などはなく新潮社の社屋の航空写真や編集部の様子を撮った写真が配されている。
『新潮社九十年図書総目録』(新潮社、一九八六年)によれば昭和二十八年十二月の項に
《新潮社出版案内『カタログ』の発行を始める。A5判・二十四頁。年に一回から三回不定期に刊行し、四十一年までに二十二回発行、四十二年一月から『波』と改題して継続する。》
とある。『波』が作家の筆跡にこだわるのは『カタログ』時代からの伝統ということなのだろうか。
波とは
ちいさな発見ひとつ。『カタログ』15号(一九六二年)に木村義徳による木山捷平『大陸の細道』の短い書評が載っていた。木山の顔写真もある。これはひょっとして……と思い『新木山捷平資料集』を当ってみると『大陸の細道』の書評は少なくとも八篇記録されているが、木村義徳の名前は見えなかった。
下は17号の表紙4(裏表紙)に載っている「神田錦町時代の社屋」。『新潮社九十年図書総目録』によれば新潮社の前身「『新聲』発行所」が神田錦町一丁目の明治書院内へ移転したのは明治三十年三月、その後一ツ橋通を経て神田錦町二丁目に移ったのが明治三十二年九月である。「新聲社」と「大日本文章学会」の看板があがっている。立看板は、大町桂月『文学小観』、坂本四方太『俳文評釈』、「大日本文章学会生徒募集」。
ついでに大正二年落成の社屋。