辰野隆『仏蘭西文学 上』(白水社、一九四三年五月三〇日、装幀=草狗食舌骨)。草狗食舌骨の「食舌」は一文字(しょくへんに舌)。「かくれているものを探し出す」という意味のようだ。いやしい犬が骨を取り出す……このペンネームは渡邊一夫。これは上下あって二セットは持っていると思うが、こんな緑の筒状のジャケットが付いていたとは知らなかった。
内容はどうということはない。フランス文学案内といった調子。なかに「フランスとヴァレリイ」という短文があるのが目についた。フランスは先日紹介した「ピュトア」のアナトオル・フランスのこと。フランスの歿後、空席になったアカデミィ会員を占めることになったのはヴァレリイだった。その就任演説でフランスについて触れた部分を紹介している。
自己の著作をことごとく限定版にして絶版にしてしまうヴァレリイだったから、この演説も出版されてすぐ絶版になったという。ところが《幸ひ鈴木信太郎氏の書斎は、何処からともなく象徴派の絶版ものが送り届けられるやう多年習慣づけられてゐるので、僕は此度もそれを一時借用に及んでヴァレリイの演説を紹介して見度いと思ふ》とのことで以下ヴァレリイのフランス評より抜粋の抜粋。
《アナトオル・フランスの関心事は常に過去であつて、現在でも未来でもなく、彼を作つたものは生々しき現実ではなくして、書籍であつた》
《彼は書籍に就ては殆ど知らざるところがなかつた。紙質、型、様式、綴方、印版者、著者、刊版、書籍の淵源とその運命。彼の生涯は彼をして相次で書籍商、図書館員、書籍の判者、著作家たらしめた。彼こそ誠に書籍の人である》
《広大な図書館の壁面を鎧ひ飾る万巻の書物を眺むる程、人をして眩暈を起さしめ、当惑せしむるものがあらうか。恰も我等の思想の垢を洗ひ落して超然と流れゆく《時》に依つて遺棄せられた精神的残骸の如くに、セエヌ河の両岸に無数の屍を晒らす書籍の事を思うて苦痛を感ぜぬ者があらうか。此のジョザファの谷に於ては、此の無量の混在に於ては、稀有の天才と雖も彼の同輩を見出し、彼の亜流、彼の先駆、彼の後輩の群れとまぎれる。如何なる新も多くの新に溶け込んで、独創の自惚は雲散霧消する》
この意味においてヴァレリイはフランスを書籍の海を巧みに泳ぎ渡った男とし、それは彼の天才的な選択によってであったとする。
《選択の秘儀は発明の秘儀に等しく貴い》
例えば芥川龍之介などもそんな傾向かもしれない。「選択」を言い換えれば「編集」ということにもなろう。編集もまた秘儀である。
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解体工事はまだまだ序の口、こんな感じです。