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巡礼としての絵画

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前川久美子『巡礼としての絵画ーーメディチ宮のマギ礼拝堂とゴッツォリの語りの技法』(工作舎、二〇〇九年)を読み終わった。エキサイティングとかスリリングとかそういう興奮ではなく、淡々と例証を積み上げて結論を導くというオーソドックスな手法の周到さに感嘆した。

ルネサンス絵画に限らず美術は美術そのものとして鑑賞されたのではなく、ひとつの手段として受容された、ちょうど建物がそれぞれに目的をもっているのと同じように絵画にもその時代ならではの使命があったわけだが、その受容という観点から絵画を読み解く、これが当今の美術史のメインストリームらしい。当時の人間の視点で絵を見る。そうすれば何故そういう画像がああいうふうに描かれたのかが自然と見えてくる。

ゴッツォリ Benozzo Gozzoli(ca. 1420, Firenze - 1497, Pistoia)はやや初期のルネサンス時代に活躍した画家で本書で論じられているメディチ宮の「マギの礼拝」が最もよく知られている。画家としては堅実な仕事ぶりではあるが、綺羅星が居並ぶルネサンス画家のなかにおいてはやや影がうすいような気もする。しかし当時にあっては非常に人気の高い画家であって、その証拠に寿墓(生前に作る墓)がピサの市民たちによってその死の二十年も前に作られたそうだ。そんな例は後にも先にもゴッツォリしか知られていないという。

ここで本書の内容を書いてしまっては意味ないのだが、「マギの礼拝」というテーマ、これは当時たいへん好まれて、ダ・ヴィンチも未完の大作を遺しているし、多くの画家たちがこぞって描いている、ということは絵の依頼者にとってとても重要な意味があったということだ。その理由をまず説き明かしている。

「マギの礼拝」に限らず、ルネサンス絵画には背景に異国の風景(パノラマ)を描いた作品が少なくない。たとえば「モナリザ」。背景の山岳地帯はアルプスのどこやららしいが、どうしてバックにそんな急峻な山岳風景が必要なのか。本書で言及されているわけではないものの、読んでいると、その理由をなんとなく想像できるような気になってくる。

また建物の内部に描かれた壁画の構成を考察した部分では、今日隆盛のストーリー・マンガのコマ割というかストーリーの分節の骨格というものがルネサンス時代に胚胎されたものらしいことが推測できる。ストーリーにそって展開する絵巻物などはもっと古くから存在するわけだが、コマで区切る手法というのがルネサンス壁画の構成から来ているのではないか、と疑いたくなるのである。ほんとはフキダシもルネサンス絵画にオリジンが見られるような気がするのだが、これについては拙著『帰らざる風景』所収の「吹き出すことば」参照していただきたい。

またストーリー漫画といえば、同一化(画面のなかに読者が参加しているような錯覚をひきおこす描き方)が欠かせない要素である。この点についても巡礼という観点からルネサンス絵画の同一化(壁画の巡礼に参加するような)が論じられており、たいへん面白く感じた。

他にもサクロモンテの流行だとか、宗教テーマパークだとか、平たく言えば現代人が夢中になっているようなことにルネサンス人も夢中になっていたのだなあ、と感心することしきりである。また画家の自画像についてこの時期の作例をいくつも引いて論じているところも、自画像の発生と考え合わせて、やはり現代に直結する自我というもののがルネサンス時代から顕著になったことを再確認させてくれる。

ひとつだけ気になるのは、著者自身もあとがきの中で触れておられるが、右開き縦書きという本の体裁と図版で再現されている壁画の流れが逆行する点である。この論考は横書き左開きにしても全く問題なかったのではないだろうか。まあ、そんなことは些細な問題である。久々にルネサンス絵画への情熱を呼び覚まされ、あの美しいイタリアの諸都市を経巡って壁画三昧の日を送りたくなる一冊だった。
by sumus_co | 2009-09-26 20:40 | おすすめ本棚
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