『ペルレス』第一号(エディション・カイエ、一九八七年一〇月一日、表紙写真=宮本隆司)。大西隆志、阪本周三、田村周平、本庄ひろし。この四人が編集同人。これは某氏に最近頂戴したものだが、じっと見ているとこの表紙に覚えがあるような気がしてきた。たぶん創刊当時に大西隆志さんからもらったはずだ。だから郷里の倉庫のどこかに眠っているかも知れない(地震などあったので確信はない)。
大西さんにはずっと御世話になってきた。『帰らざる風景』にも書いてあると思うが、『凡画廊新聞』に何か書かないかといってくれたのも大西さん、『ブラケット』という同人雑誌に誘ってくれたのも大西さんだった。そこで出会った岡崎、山本たちと『ARE』『sumus』を出すことになり、今日までその流れが続いている。『ブラケット』は昨日のソムリエの日記に登場している村岡眞澄さんが中心になってやっていた。そうそう街の草さんも『ブラケット』のときに知り合ったし、他にも今でもつきあっている人は多いのである。その意味でやはり同人雑誌というのは大きな存在だ。
《そっけないくらいの、薄い雑誌を作りたいというのが、ぼく(ら)の希望でした。その希望に近いかたちの仕上りになったことをーーそして、建築の崩壊と廃墟に立ち会い、それを撮り続けてこられた宮本隆司氏の写真で表紙をかざることができたことをーー同人一同、よろこんでいます。
みなれた風景の中に小さな穴をあけること、その穴が風景にズレとねじれを生じさせること。ぼくらの雑誌がそうであればいいと願っています。》
はさみこまれているワープロ印字をコピーした挨拶状にはこう書かれている。表紙も本文用紙も同じOKミューズカイゼルという上質紙で二十八頁(表紙含む)。四六判Y目で120kgくらいのけっこう厚味のある紙だから、二十八頁でも《薄い雑誌》というよりはそれなりにずっしりとした手応えがある。
「ペルレス」とはW.H.オーデンが住んでいたニューヨークのアパートの一階にかつてトロツキーらの露語新聞『ノーヴァ・ミール』を印刷していたペルレスという男の印刷所があったことにちなむという。長田弘『見よ、旅人よ』(講談社、一九七五年)収録のエッセイ「影の住人」の記述によるらしい。
《そのペルレスの印刷所から亡命者の肉声たる言葉が世界に向けて発せられ、活字のインクの匂いが通りに(そして二階の部屋まで)たちこめていただろうこと、あるいは印刷機のパタンパタンという音が街路に流れ出し、都市の雑音の一部を形づくっていただろうことーー》(阪本周三)
何冊出たのか分からないが、一九九四年に七号が出ている(検索にてヒット)。