エーリッヒ・ケストナー『ケストナー少年文学全集6』(高橋健二訳、岩波書店、一九六二年五月一六日)。挿絵のワルター・トリヤー(Walter Trier)は一八九〇年プラハ生まれ。ケストナーの挿絵と英国の雑誌『リリパット Lilliput』(1937-49)の表紙画で知られる。どおりでヨゼフ・チャペック(一八八七年生)に絵柄が似ているはずだ。
先日の帰郷の際に見つけたので読みはじめた(妻の蔵書だったもの)。さすがケストナー、ついつい引き込まれて読了。高橋健二の訳も悪くない。映画にも何度もなっているし(日本では美空ひばりの一人二役!)話の構造はマーク・トウェインの『王子と乞食』(一八八一年)である。ウィーンとミュンヘンに別れて暮らしていた双子の姉妹が夏の学校で出会って入れ替わる。
挿絵で目をひかれたのはこの画家の姿。アトリエとか書斎の絵や写真には目がない。画家のヘアスタイルにも注目。これはロッテの代わりにミュンヘンへ行ったルイーゼがアパートの向いに住む画家ガベーレの部屋でモデルになったときのもの。ルイーゼが部屋へ入ろうとすると
《「ちょっと待った。」とガベーレさんはさけんで、仕事部屋にかけこみ、ソファーから大きな布を取って、画架にのっている絵にかぶせます。ちょうど古代の古典的な場めんをえがいていたのです。そういう絵は子どもに向いているとはかぎりません。
それから彼は小さい女の子を案内し、いすにこしかけさせ、厚くとじた画用紙を手に取り、スケッチをはじめます。》
描きかけの絵の上に布をかけるのは、どんなもんだろう? 乾いていない絵具が布についてしまうのではないか。単純に裏返しするくらいの方がよかったかも。
画家は「この窓ときたら!」「てんで何も見えやしない。アトリエがなくちゃ!」と不平をもらす。
「どうしてアトリエを借りないの、ガベーレさん?」
「借りられるようなのがないからだよ! アトリエなんてめったにありゃしないよ!」
という画家の言葉はアトリエ研究家としては記憶しておきたい。するとルイーゼは作曲家の父が天窓のある広いアトリエをもっているので交換したらいいのにと提案する。そして最後にそれが実現してめでたしめでたしで終わることになるわけだ。
登場人物の性格付けも皮肉が利いていていいし、ロッテの母親が写真雑誌の編集者という設定も気に入った。暑い日にはもってこいの一冊。
÷
三度目の落下はなかった。しかしよく考えてみたら、半月ほど前に机に固定している折りたたみアーム式のスタンドが根元からバッタリ倒れたのだった。固定してあったプラの部分が半分に割れてしまった。ランプは壊れなかったが、取り付けようがなくなった。ようするに蛍光灯が三度目だったと気づいたしまつ、とほほ。