青森県立美術館で七月から開かれる「太宰治生誕100年記念 太宰治と美術―故郷と自画像」のチラシ。けっこうスタイリッシュだ。A3二つ折。内側が四色刷で外側が単色とひねってある。右上隅に散らしてあるマンガは津島修治。うまい。

口笛さんでは古い文芸雑誌を何冊か求めた。まずはこの『新文学』五巻八号(全国書房、一九四八年八月一日、表紙=安井曾太郎)。巻頭は谷崎潤一郎の「所謂痴呆の芸術について」、これはほんとは俺は義太夫なんかそんなに好きじゃない、と(源氏物語も好きじゃなかったらしいけど)ぶちまけたかなり長い文章。
次に井伏鱒二の「おしい人ー太宰君のこと」(筑摩書房版『井伏鱒二全集』では第十二巻、一九九八年、に収録)がある。こちらは見開き二頁。
《太宰君の作品は私は好きである。それにも増して太宰君の人がらが好きであつた。》《書くために生きると太宰君は断言したことがある。また、小説のために入院してくれと私が頼んだとき、彼は別室にはいつて啼泣し、やがて入院する決意をしてくれたことある。前述の惨澹たる苦しみをしてゐた時のことであつた。》(例によって旧漢字は改めた)
井伏はほぼ同じ時期の『文藝春秋』八月号にも「太宰治のこと」(同じく全集第十二巻)を発表しているが、そちらは長文だ。細部も豊富でよく整理されている。
《「僕の一生のお願ひだから、どうか入院してくれ。命がなくなると、小説が書けなくなるぞ。怖しいことだぞ。」と強く云つた。すると太宰君は、不意に座を立つて隣りの部屋にかくれた。襖の向ふ側から、しぼり出すやうな声で啼泣するのがきこえて来た。二人の番頭と私は、息を殺してその声をきいてゐた。やがて泣き声が止むと、太宰は折りたたんだ毛布を持つて現はれ、うなだれたまま黙つて玄関の方に出て行つた。入院することを決心したのである。》(『文士の風貌』福武文庫、一九九三年より、テキストは旧漢字)
井伏の書くことだから、これをこのまま信じていいものかどうか、多少疑わないではおられないが、半分小説と考えれば、これ以上ない描写に成熟しているとも言える。ただ『新文学』の「おしい人ー太宰君のこと」の方が内容にとりとめがなく、よほど生々しいような気がする。タイトルにある「太宰君」が「太宰治」になってしまうくらいの思考の時間差があったのかもしれない。