十二段家書房の書皮。
《難波新地溝之側の御堂筋角から東へ二軒目北側に十二段家書房があった。その二軒東隣りが古書店の乙三洞だったから、個性の強い本屋が軒を並べていたのである。十二段家は新刊書店で、普通新刊書店は店舗の表を明け放ち店内へ自由に出入り出来るが、十二段家はそうでなく、店の表はガラス張りで、わざわざガラス扉を押してでなくては這入れなかった。こんな書店は、その頃の大阪では他に例がなかったろう》
これは以前紹介した『新菜箸本撰(しんさいばしほんえらみ)』第四号に掲載されている肥田晧三「十二段家書房のこと、そのほか」からの文章である。それによれば店全体が柳宗悦流の民芸調で、当時(昭和十年代)もっとも斬新なスタイルだった。昭和二十年初め、戦時強制疎開のため島之内へ移転、三月十四日の空襲で焼けてしまった。戦後、主人の西垣氏は本屋をやめて、京都祇園の花見小路で料理屋の十二段家を開店した(今も繁昌している)。お茶漬けが名物なので、小生も丸太町通の店、白川通の店には入ったことがあるが、内装はまさに民芸調である。
肥田先生の記事には芹沢銈介デザインの包装紙が紹介されている。それは素晴らしいもの。こちらの書皮は、おそらく田村孝之介の絵だろうと思う。断定はしない、できないけど。