《不況対策といえば、昭和八年一月に丸太町の有力な古本屋九軒と、百万遍通りの本屋一軒、その他のもの三軒、合計一四軒が「書燈会」を組織し、共同で古書目録を出しはじめ、隔月に出して八号ほどつづいた。この会の目的は「非常時更生の意気に燃立て」立ち上ったと宣言している。これを組織し中心となったのは成文堂の長谷川、マキムラ書店の牧村博などであった。牧村は三高、東大の出身だが、京大にも籍をおいたことがあり、末川博先生の指導を受けていた。その関係であろう、末川先生は「書燈」の創刊号の巻頭に一文をよせ、古書肆がこうした組織を結成し、共同するのを祝賀し、激励しておられる》(脇村義太郎「京洛書肆街考」)
京都市左京区丸太町通川端東入