昭和二十三年秋の新制作派展の出品目録。B5の裏表印刷で三つ折り。明記されている会員は二十七名。伊勢正義、石川滋彦、猪熊弦一郎、荻須高徳、脇田和、内田巌、小磯良平、佐藤敬、三田康、三岸節子、佐藤忠良、船越保武ら。先日取り上げた「新大阪新聞社」の主催で開催されている。
恵投してくださった方がこう書いておられる。
《広告を出している画材店のうち心斎橋のカワチは売れない版画家だったクソ親父の使いでよく行った店です。裸婦を描いているのは RK とは誰でしょうか? 小磯良平でしょうか?》
小磯はふつう「R Koiso」と署名したようだ。けれども、会員の中で「RK」のイニシャルは小磯良平だけなので、そして会員以外の表紙画は考えにくいので、小磯良平のデッサンと考えていいのではないだろうか。「K」の筆癖も小磯らしく思われる。
広告は、河内洋画材料店、土井福鷹堂、イカルガ画廊、堂島画廊、大阪兜屋画廊、梅田画廊。なかでは梅田画廊が「画廊開設三周年記念展」を告知しているのが注意をひいた。梅田画廊のサイトを見ると「SINCE 1942」とあるので、戦前は画廊を持っていなかったということになる。
http://www.umeda-garou.jp/
梅田画廊は関西を代表する画廊で、関西には梅田から独立した画廊も数々ある。小生もそんななかのある画廊で個展をやらせてもらったことがあったが、そのときの雑談で、小磯良平に関する逸話を聞いた。
あるとき年老いた物乞いが小磯邸にやってきたそうだ。すると小磯はデッサンを渡して、物乞いに梅田画廊へ行くように伝えたそうだ。物乞いが梅田画廊に着くと、デッサンを買い取ってくれた。あらかじめ小磯から電話があって、買い取るよう頼まれていたという。その応対をしたのが、小生のかかわった画廊主だったというので、一応、事実とみなしていいだろう。これはいい話なのか、どうか、よく分からないが、小磯良平のものの考え方がよく出ていると思う。