これも名古屋で買った。マッチ箱のコレクション。十六枚ずつ貼付けてある台紙を二葉。出品は扉野氏のラビット堂。何十葉とあったのだが、あまりに数が多過ぎてきりがなかったので「テレビ喫茶」と明記してあるマッチと、デザインが気に入ったマッチを選んだ。まったく古くさくなってない。時代のテイストがかえって新鮮。加古川の「
再会」はまだ営業しているようだ。
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『scripta』11号(紀伊國屋書店出版部、二〇〇九年四月一日)が届く。内堀弘「予感の本棚」第十四回は、黒木書店から秋朱之介の日本限定版倶楽部、五十沢二郎のやぽんな書房へと広がる内容。先ず最初に黒木書店に関して『神戸の古本力』(みずのわ出版、二〇〇六年)を紹介してくださっている(感謝です。残念ながらもう版元品切れ状態)。内堀さんは黒木氏から直接、戦前、氏が日本限定版倶楽部の会員だったことを聞いたそうだ。
そして内堀さんは秋と五十沢の「著者」に対する考え方を紹介している。秋は《芸術家である著者が、真の芸術の徒である出版家によって本を刊行する場合、「その出版家を可愛がりこそすれ、印税や献本また売名的なあらゆることを請求すべきではない」》、また五十沢は《作家は「書く事の喜びこそが唯一の正しい報酬」なのだから本来は「無報酬で書かなければならない」》と主張しているという。これは理想出版を目指す者の勝手な思い込みだとも思えるし、同志的な出版コミューンを目指していた革命思想とも思えるのだが、世の中、そんなのんきな時代ではなく、書く喜びで生きる作家もそうはいなかった。
ただし絶無でもなかった。彼らがどんな著者の本を出しているのかというのは、拙著『古本屋を怒らせる方法』に「犬の記憶」として収録してあるので参照していただければと思うが、そこに並んでいる著者たち、例えば、佐藤春夫は秋の以士帖印社(えすてるいんしゃ)から『魔女』を刊行し、またやぽんな書房の雑誌『古東多万』も編集していたから、彼らにとっては理想的な作家であり芸術家だったのかもしれない。