文・西井一夫文、写真・平嶋彰彦『昭和二十年東京地図』(ちくま文庫、一九九三年三刷、カバーデザイン=鈴木一誌)。名古屋のスムース・フェアーで古本販売を行うため、ぼちぼち荷造りを始めたが、文庫棚からいくつか抜き出していると、この本が目についた。
しばらくぶりで手にした保昌正夫先生(ムサビで文学を教わった)の旧蔵書。後書きの末尾空欄に「晩年看了」の判が捺してある。また池袋芳林堂書店のレシートも挟んであった。日付は「93-08-13」だから三刷が出てしばらく後に購入されたことが分かる。先生は池袋にお住まいだった。
そして「晩年看了」だけでなく、何頁かにわたって、赤鉛筆で丸や印、ときには線が引かれている(やっぱり赤鉛筆ですか!)。先生の読書スタイルというか、興味の在りどころがうかがえて嬉しくなる。新宿ゴールデン街の写真のキャプションにややきつめの赤線引きが見られる、それだけでもいろいろと思いが巡る。
二〇〇二年の十一月二十日に亡くなられた。小生は十二月に上京して先生の書庫を拝見するという約束を、松本八郎氏にとりつけてもらっていたのだが、実現しないまま幽明を相隔てた。じつに痛恨事であった。そして先生の書庫から流れ出た書物はひところ処々の古書店で見受けられたという。この一冊も翌年三月に西村義孝氏が見つけて送ってくれたものだ。
『サンパン』(EDI、二〇〇三年三月)保昌正夫追悼特集を取り出して、めくってみると、山本善行氏の追悼文に、亡くなる一月ほど前に松本氏、扉野良人氏と先生宅を訪問した思い出がつづられている。そこにこういう先生の発言が書き留められていた。
《「林哲夫さんの、小野松二、いったいどこに向かってどこまで行くのでしょうかねえ。なにか、恐いですねえ」》
まったく申し訳なくも、とぐろを巻くだけで、まだどこにも向かっていない。やっと京大の英文科選科を出たところまでたどりついたが、『サンパン』が不定期になってしまったことと、淀野隆三日記にかかわったことで(淀野と小野はいずれ交錯するにしても)、こう着状態におちいってしまっている。先生が横光利一を追ったようには行かなくとも、まだまだオッカケをやめるつもりはないのだが……。