創元社百花文庫11の谷崎潤一郎『幇間他二篇』(一九四六年、装幀=須田国太郎)。丸いレッテルに惹かれて購入。萬字堂は三条新京極にあった新刊書店。現在、東寺の前他にある萬字堂と同じ系列だろうか。「幇間」は谷崎得意のマゾヒズム(サド・マゾヒズムと言うべきか)に彩られた好短篇。余情は少ないが手際の良さには舌を巻く。
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『支那閨房秘史』の目次だけざっと流し見ていると、「夢中に読書する天才」という話が出ていた。夢中と言っても、我を忘れて、ではなく、睡眠中に、という意味である。牛粛の娘に応貞というのがあり、幼少の頃から利発で、十三歳のときには仏儒などの書数百巻を読破した。つづいて父は左伝を教えようと思って用意したところ、眠りながらずんずん読み始めて明け方までに読み了えた。
《その読んでゐる様子を聞くと、今までに習つたことのない文字などでは誰かに習ひ習ひ読むやうな口調であつた。父は驚いて度々娘の名を呼んだ。然し目も醒さず、返事もせず、全く読み終わると、はじめて眼を醒した。
『どうしたのか。』
『妾にも解りません。』
そこで本を持つて来て見せると、早や立派に読めるやうになつてゐた。
『どうして読めるのか。』
娘はそれにもはつきりとは答へなかつた。》
そして、娘はついに儒・仏・道の三教を窮め、多数の文章を作り、その上、夜睡眠中に、古い昔の有名な文人たちと談論するようになったという。出典は前漢の劉向によって撰せられた『列女伝』。
ようするに、夢遊病か、あるいは、昔、流行った睡眠学習のお話。後者は一九五〇年代には真剣に科学者たちが研究していたという Sleep-learning (sleep-teaching, hypnopædia)である。日本でも睡眠学習器として販売されていた。
串間努氏がまぼろしチャンネルで「睡眠学習器」について書いておられるのが参考になる。たしかにありました。
ただし応貞はわずか二十四で死んでしまったそうだ。やはり夜は眠る方がいいのだろう。『荘子』斉物論に出てくる夢中夢は、《夢之中又占其夢焉,覺而後知其夢也。且有大覺而後知此其大夢也》、人生が大きな夢だということを知ることが覚めているということだ、という老荘らしいレトリックだが、夢中もほどほどにしておかないとね。