『執務指導通信』第一巻第三号(大阪市役所、一九三七年十月十五日、表紙意匠=水島羊之介)。この雑誌は大阪市の職員向けなのか、第1巻第1号 (昭和12・6) 〜第7巻第3号 (昭和18・11)の所在が一カ所確認できただけ。表紙がいい。水島羊之介については詳しくは分からないが、戦後は、劇団に関わっていたのか、脚本をいくつか書いているようだ。
巻頭の教育部長・菅野和太郎「本市教育行政に就いて」に次のような記述があった。
《図書館
図書館は清水谷・西野田・阿波座・御蔵跡・今宮・城東の六館があり、蔵書は凡そ七万冊に達し、昭和十一年度中の閲覧人員は五十三万人を突破して居る。更に皇紀二千六百年記念事業の一つとして東区山小橋町に中央図書館の建設を計画してゐる。該図書館は大大阪の中央図書館として名実共に恥かしからぬものにすべく目下準備中であるが完成の曉には我国一二のものとなるであらう。》
大阪市立図書館は大正十年に阿波座・西野田・御蔵跡・清水谷が相次ぎ開館したところから始まる。六館で七万冊は少な過ぎるような気もするが、そんなものだろうか。皇紀二千六百年は昭和十五年。東区山小橋町は、大坂城の南側、現在の天王寺区の玉造あたりだが、この中央図書館計画は実現しなかったようで、中央図書館が実際に開館するのは昭和三十六年十一月。現在の新中央図書館は平成八年七月開館で、翌年八月までの入館者数は200万人だったという。
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