谷町でふと手にした『宝石』昭和三十六年一月号(宝石社、一九六一年一月一日)。『宝石』はたぶん初めて買ったかもしれない(いや、あったかな?)。雑誌ていうのはほんとに面白いものだ。最終頁の「編集者より」に次のようにある。
《先ず表紙をごらんください。講談社賞を受賞して意気いよいよあがる真鍋さんの新鮮な図案です。「宝石」の書体も新鋭デザイナー和田誠さんにお願いして変えました。この表紙が象徴するように、内容も大いに新鮮味を加えているのです》(江戸川乱歩)
真鍋さんは真鍋博。他にも、久里洋二、長新太、小林泰彦らが、後年とはかなり違う画風で挿絵を描いているのが、まったくもって新鮮だ。例えば小林泰彦はこんな感じ。まだ二十六歳。兄の小林信彦が『ヒッチコックマガジン』の編集長に抜擢されたのが一九五九年で宝石社を解雇されるのは一九六三年だというから、ちょうどその中間だ。
渋沢竜彦が「黒魔術の手帖」を連載しているのが目立つ。他に「某月某日」という短いコラム欄に谷川俊太郎と草野心平が書いている。谷川はつまらない。草野はいかにも草野らしい。
《毎年の正月のことを考えると肉体の消耗が思い出される。で東京での酒から離れようとして、大晦日に東京を出た。途中ふと思いついて稲毛に土方定一を訪ねた。大晦日はおそくまでのんだので、朝眼がさめたときは未だからだに酒がのこっていた。妻君に釜風呂をたいてもらい、コップ酒を二、三杯のみ(土方が起きるのはいつも昼過ぎなので)彼が起きてくる前に私は稲毛を辞した。》
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いろいろな人から電話あり。吹聴したくなるような、じつに興味深い内容ばかりだったが、そういう話にかぎって公にできないのである。王様の耳は驢馬の耳!(これってマイダス・タッチのミダス王の物語だって知ってました?)