朝、新聞を取りに出ると雪が残っていた。本日はこもりきりで絵の仕事、および「ちくま」三月号のエッセイを書いた。表紙画とエッセイは無関係で行く。他にもいくつか原稿書き。
北原白秋『作曲白秋民謡集』(改造文庫、一九二九年)。七十一編の歌詞とそのなかから八編の楽譜が収録されている。「城ヶ島の雨」。
雨はふるふる、城ヶ島の磯に、
利休鼠の雨がふる。
雨は真珠か、夜明けの霧か、
それともわたしの忍び泣き。
舟はゆくゆく通り矢のはなを
濡れて帆あげたぬしの舟。
ええ、舟は櫓でやる、櫓は唄でやる。
唄は船頭さんの心意気。
雨はふるふる、日はうす曇る。
舟はゆくゆく、帆がかすむ。
子供頃によく聴いたような気がする。三浦洸一だったか、フランク永井だったか。《利休ねずみ》の雨というのがよく分からなかった。利休好みの灰色ということだというのは、大学時代だったと思うが、『芸術新潮』の特集で初めて知ったような気がする(未確認です)。
『色の手帖』(小学館、一九八六年)によれば、緑みの灰色で、《抹茶の緑みを言う語》。使用例はわりと新しく、徳富蘆花「黒潮」(一九〇二)、小栗風葉「青春」(一九〇六)あたりから。《北原白秋の詩に、中山晋平が作曲した「城ヶ島の雨」によって広く知られる》とも書かれているが、中山晋平は誤り。作曲者は簗(梁)田貞である。『作曲白秋民謡集』には《大正二年の夏、早稲田音楽会から頼まれてこの舟唄一篇を作つた。最近また山田耕作[ママ]氏の曲もついた》と白秋のコメントがある。
《雨は真珠》がルナアルの『博物誌』を連想させる。詳しくは『文字力100』112頁参照のこと。
同書に貼付けられている渋谷駅前大盛堂書店のレッテル。古本屋で探してもいっこうに見つからなかった。それもそのはず、新刊書店だった。明治四十五年創業だとか。「城ヶ島の雨」が作詞される少し前だ。本店は二〇〇五年に閉店、現在は駅前店のみ営業のようだ。