風は冷たいが、明るい日射しだった。朝日の読書欄「視線」に『佐野繁次郎装幀集成』の書評が出た。事前にみずのわ氏から聞いていたので、そういう意味での驚きはなかったが、大江健三郎の本の表紙がバーンと載っていたことには、ちょっと驚かされた。いずれにせよ、なんとか制作コストが出るようにと祈る毎日だから、これは有り難いことである。
年賀状を何枚か投函してセブンでコピーおよびメール便出し。散歩して帰宅。
弥富栄恒『南国雪』(書肆ユリイカ、一九五二年)。昨年末に求めた。「後記」には《この詩集は安東次男、小宮山恵三、福地幸造の三兄の支援がなかつたならば、おそらく陽の目を見ることはできなかつたでせう》とある。安東次男は「未知の友への解説」を巻末に執筆しているが、それによれば、共通の友人である福地幸造を仲介して、弥富の詩稿に接してきたそうである。
《弥富の詩には中原のように詩に淫したところがない》《例えば三好達治がやれる可能性がありながらどうしたはずみでか宿命的にやれなかつた仕事、そういうものがあれば、それを彼はやつてくれるかもしれない》
などと絶賛(?)している。「南国雪」はこういう詩である(全文)。
雪がふる ゆきがふる
はじめて遠方が見えるやうだ
みちも木立も宙にくづれて
なにもきこえない
雪がふる ゆきがふる
約束のときがきた
ひとの孤独には
それだけの甲斐がある
雪は映る
人形の黒い眼に
くらいむかしに
雪がふる ゆきがふる
形を消してはつつんでゆく
自由な天の饒舌が
中也や三好のあまりにも有名な雪の詩と比較して安東は上記のように書いていることが分かる。福地幸造は兵庫県湊川高校などで同和、在日といった生徒たちの教育に携わっていた国語教師。弥富の作品は、『劇作家三好十郎』のときに紹介した佐賀県の書肆草茫々からアンソロジー『佐賀五人自選詩集』(二〇〇三年)が刊行されているので、そこで読むことができるようだ。
なお見返しの遊び紙に次のような旧蔵者の書き込みがある。
1954.1.24
42号航海表詩話会、セントラルにて
穂園[印章]
『航海表』(航海表社)は神戸の詩誌のようだ。創刊は一九四七年らしい。