鈴木創士さんの最新の翻訳である。ジャン・ジュネ『花のノートルダム』(河出文庫、二〇〇八年、カバーデザイン=ミルキィ・イソベ)。ジュネの公表された最初の作品。
一九四三年にジャン・コクトーの肝いりでポール・モリーヤン(Paul Morihien)が《数寄者モンテ・カルロの費用によって》として秘密裏に予約限定350部だけ出版した(刊年は一九四四、これは古書で探すと1000ドル前後はしているようだ)。その後、文芸誌『ラルバレート』に抜粋が掲載され、一九四八年にラルバレート版( L'Arbalete)が刊行された。こちらは状態が良くて100ドル前後らしい。
コクトーとサルトルが強力に推薦し、彼らはジュネが窃盗癖のために終身刑になろうとしていたところを大統領に恩赦を求めて釈放に成功した。
ジャン・ジャック・ポヴェールもジュネとは親しかったようだが、初めて会ったのはガリマール版『花のノートルダム』が出た直後の一九五一年、ガリマール書店においてだったようだ。飾窓に『花のノートルダム』が並んでいるのを眺めていたら、書店の主任ローラン・ソーシエがやってきて(ポヴェールはリセを中退してしばらくガリマールの小売部で働いていたことがある)興奮しながらこう言ったそうだ。
《すごい作品だよ。天啓だ。コクトーは正しかったよ。誰もプルースト以来これに匹敵する作品は読んだことがないね》
と、そこへ当のジュネが登場したので二人は挨拶を交わした。
「ジャン・ジャック・ポヴェールです」
「ジャン・ジュネです」
互いに好印象だったようで、それから付き合うようになったらしい。
日本では一九五三年に堀口大学が新潮社の現代フランス文学叢書の一巻として飜訳している。確かめていないが、ガリマール版からだろう。鈴木訳はラルバレート版によるとのこと。
ということで内容の紹介になってないので、論より証拠で一部鈴木訳を引用する。「花のノートルダム」というのは不良少年の名前。
《ノートルダムが彼を殺したのだ。人殺し。彼が自分でその言葉を言ったわけではないが、むしろ私は彼とともに彼の頭のなかでカリヨンが鳴る音を聞いていて、そのカリヨンはあらゆる鈴蘭の鈴、春の花々の鈴、陶器や、ガラスや、水や、空気でできているにちがいない。彼の頭は歌う雑木林である。彼自身がリボンで飾られた婚礼であり、それはヴァイオリンを先頭に、黒い上着にオレンジの蕾をつけて、四月の窪んだ道を駆け下りてくる。少年は、花ざかりの谷から花ざかりの谷へ、年寄りが臍くりを隠しておいた藁布団にまで自分がジャンプしたと思っている。》
『罪と罰』を連想させるけれども、もっとずっとドライで軽い殺人だ。ノートルダムからカリヨン(鐘)が引き出され春の花々へと連想が広がってゆくあたりがジュネの本領だろうか。