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薔薇十字社とその軌跡

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内藤三津子『薔薇十字社とその軌跡 出版人に聞く10』(インタビュー・構成=小田光雄、論創社、二〇一三年三月二五日)読了。ひじょうに面白い。出版はギャンブルだというのがよく分かる。ギャンブル依存症と思われる出版人がつぎつぎ登場、内藤女史の率直な語り口と、小田氏の包丁捌きによって、スッパスッパと切り分けられ、刺身になって俎上に上る。以下、本書より内藤女史の編集出版歴を小生なりの理解で箇条書きにしてみた。

    ***

内藤の兄姉が『世代』(遠藤麟一朗、矢牧一宏、いいだ・もも、吉行淳之介らが同人だった文芸雑誌)の同人だった。

青山学院英文科を卒業してすぐ北原正雄(白秋の甥)の玄光社へ伊藤逸平(『VAN』の!)に紹介されて入社。堀内誠一と出会う。

姉の勤めていた中山書店へ入社。八ヶ月で退社。

矢牧一宏の始めた七曜社でアルバイト。

重森弘淹に紹介された諸井薫(本多光夫)の紹介で新書館へ。一九六五年、寺山修司『ひとりぼっちのあなたに』等の「フォア・レディース」シリーズを創刊。

矢崎泰久の『話の特集』に入り、かたわら矢崎の父の経営する日本出版社の雑誌『若い人』も編集する。

神彰が矢牧一宏を誘って六七年に設立した天声出版へ入社。澁澤龍彦編集による《高級なエロティシズムの雑誌》創刊を提案する。松山俊太郎、種村季弘、矢牧と四人で澁澤邸を訪問、『血と薔薇』創刊が決まる。ADは堀内誠一。澁澤が三島由紀夫を引き入れる。創刊号は定価千円で一万部。前評判の高かった割には売れなかった。三号目で神彰の資金が枯渇。矢牧は退社。四号の製作は康芳夫が引き継ぎ平岡正明編集で刊行。印刷直後に倒産。

薔薇十字社を設立。六九年二月、澁澤龍彦訳『ポトマック』刊行。七二年夏、矢牧一宏が合流する。矢牧は伊〓[ニンベンに夫]伎英郎、佐々克明と都市出版社を興し、沼正三『家畜人ヤプー』(一九七〇)というベストセラーを生んだが、同社は同年春に倒産していた。薔薇十字社も七三年に倒産。

御徒町の特価本屋・中田某の資金援助を受けて矢牧とともに出帆社を興す。福田博人が編集に参加。発売は中田米四勝の路書房。薔薇十字社本の再刊を多く手がける。路書房のポルノ本により矢牧が逮捕され、出帆社も廃業。福田は白夜書房を興す。出帆新社は出帆社本を再刊したいという佐藤某が矢牧の許可を得て発足したもの。

以後、中山書店、いいだ・もも「思想の海へ」シリーズ(社会評論社)、小川徹の雑誌『映画芸術』、近畿大学のパンフレット制作、小沢書店、草思社、福武書店、日経出版などの仕事に携わる。

    ***

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これらの他に、沼正三の正体について、森茉莉と『マドゥモァゼル・ルウルウ』事件、松山俊太郎の暮らしぶりなど、読みどころ満載。当ブログでは、薔薇十字社に関して

澁澤龍彦訳、ロラン・トポール『マゾヒストたち』(一九七二年)
http://sumus.exblog.jp/13267600/

また出帆社については

山田稔訳『悪戯の愉しみ』
http://sumus.exblog.jp/18146336/

で触れたくらいで、あまり強く興味を惹かれてこなかったが、こういう本を読むと、俄然好奇心がムクムクと湧いてくるから困りものである。

『血と薔薇』の第二号の書影は、二〇〇三年に白順社から複刻された、その内容見本から。実はかつてオリジナルの『血と薔薇』三冊を架蔵していた。神戸の山田書店で二冊見つけ、そして京都のアスタルテ書店で一冊買って三冊揃えていた(四号はどこかで見て買う気がしなかった)。しかし結局は貧困に負けて、アスタルテ書房へ三冊まとめて引き取ってもらった。買った値段の合計とほぼ同じか少し安いくらいの買取金額だったような……。「日本の古本屋」で探してみると、当時(たぶん二十年以上前)と今でもそう大きな相場の変化はないようだ。創刊号だったか、生田耕作の名前(?)に誤植があって訂正紙が挟んである。「この訂正紙が付いて完本です」とはアスタルテ主人の言だった。

    ***

しばらくブログをお休みします。

    ***
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by sumus_co | 2013-05-29 17:41 | おすすめ本棚

少年科學小説 奇巖城

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蘭郁二郎『少年科學小説 奇巖城』(書肆盛林堂、二〇一三年五月二三日)届く。盛林堂さん、頑張っている(聞いたところでは、ある詩集の出版を用意しているとか、これもまた話題を呼びそうだ)。

挿絵を描いている鈴木御水にはまったく注意していなかったが、モダニズムの作家として、インターナショナル・スタイルを持っており、どんな仕事を残したのかもっと知りたい。

《鈴木御水 すずき-ぎょすい
1898-1982 昭和時代の挿絵画家。
明治31年1月25日生まれ。日本画の塚原霊山や伊東深水に師事。雑誌「キング」や「少年倶楽部(クラブ)」に口絵や挿絵をかいた。とくに飛行機の挿絵にすぐれていた。昭和57年死去。84歳。秋田県出身。陸軍所沢飛行学校卒。本名は一郎。作品に「密林の王者」「海洋冒険物語」の挿絵,絵本「万次郎漂流記」など。》(コトバンク)

《鈴木御水 
すずき ぎょすい 明治31(1898)-昭和57(1982)
 挿絵画家。秋田県秋田市に生まれる。当初は永田錦心に師事して琵琶を学ぶ。ついで塚原霊山に大和絵を学ぶ。ついで現代美人画を志して、伊藤深水に師事する。
 昭和2年(1927)、雑誌『キング』に航空小説の挿絵を書く。昭和4年、『少年倶楽部』に挿絵を描き始める。翌年より空軍ものを手掛ける。海軍の樺島勝一、陸軍の伊藤幾久造とならんで”空軍の鈴木御水”と呼ばれる。密林ものも多く描いており、納富準一「巨象追撃」、吉井信照「虎と虎の戦緋を見る」、南洋一郎(池田宣政)「巨象”森の王”と闘う」や「密林の王者」などの挿絵を描いた。戦後の南の「バルーバの冒険」シリーズは特に人気を得た。

◇参考文献
尾崎秀樹 1987『さしえの50年』平凡社
2004『南洋一郎と挿し絵画家展 鈴木御水・椛島勝一・梁川剛一の挿し絵を中心に』弥生美術館》(『靖国の絵巻』國學院大學)
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by sumus_co | 2013-05-28 17:23 | おすすめ本棚

007 ボンド・シリーズ シングル盤

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一月に「ピース・トレイン」他のシングル盤を紹介したが、同じレコード収納袋に007号のシリーズも何枚かあった。

まずは「007は二度死ぬ ナンシー・シナトラ」。映画は一九六七年公開シリーズ第五作。この映画は邦題と原題の表現が逆になっているので、中学生の語学力でも、面白いなと思ったのでよく覚えている。「You Only Live Twice」を「二度死ぬ」と翻訳した人はなかなかやるじゃない、という印象だった。

日本が舞台のため日本人俳優も出演。丹波哲郎、若林映子、島田テル、浜美枝。そしてトヨタ2000GTがボンド・カーだったのである!(車内テレビはソニー・トランジスタテレビ)



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「007危機一発」のサウンド・トラック盤。これもタイトルに逸話あり。東京創元社版はオリジナル・タイトル「From Russia with Love」とほぼ同じ『007 ロシアから愛をこめて』(井上一夫訳)、それを「007危機一発」とひねったのは当時ユナイト映画の宣伝部にいた水野晴郎だったそうだ。一九七二年の再公開のときには映画の方も原題に近い『007 ロシアより愛をこめて』に変った。



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「女王陛下の007 On Her Majesty's Secret Service」一九六九年公開。ボンドがショーン・コネリーからジョージ・レーゼンビィに変った作品。このサントラは二枚あって、こちらはルイ・アームストロングの二曲。「We Have All The Time In The World

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ジャケット裏面広告。「ズン・ズン・ズン」はなつかしい!



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「女王陛下の007」のもう一枚。第一作からおなじみのジョン・バリー作品。「ジェームス・ボンドのテーマ

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レコード袋の両面に印刷されているパンアメリカン航空の広告およびCBS/SONYのヒット曲広告。747ジャンボジェットの勇姿。747は一九六九年二月初飛行だから映画公開と同じタイミング。最新鋭ジェット旅客機。現在も生産され続けているそうだが、それだけに事故の記憶も数多く残っている(八三年の大韓航空機撃墜、八五年の日航機墜落など)。
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by sumus_co | 2013-05-27 21:51 | 古書日録

百年の時計

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映画「百年の時計」サポータークラブ
http://www.100watch-c.com

高松琴平電鉄(ことでん)開業100周年を記念して、オール香川ロケ撮影にて、制作の映画「百年の時計」が讃岐先行公開。おなじみの讃州堂書店でもロケーションが行われたそうです。全国封切り。

ことでん松島二丁目
http://sumus.exblog.jp/9574409/

古書 讃州堂書店
http://www.geocities.jp/sansyudo/
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by sumus_co | 2013-05-27 16:26 | うどん県あれこれ

松平土佐守豊雍公墓誌写

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表紙に「御誌石写」と題してある。写本。和紙三枚をこよりで綴じてあるだけだが、いちおう本と言ってもいいだろう。写真のように《寛政元(一七八九)年九月日写》と記されている。この記述をそのまま信じれば、本文中に

《寛政紀元夏五月帰自江府未旬而罹病治療無験竟以八月二十四日丁丑寅時終于正寝嗚呼命哉天不仮年享年四十在位二十有二年》

とあるので、豊雍公歿後間もないころの写しである。どうしてこんなものが京都某古書店の均一に紛れ込んでいたのか、不思議でならないけれども、書物の流転とはそうしたものだろう。

土佐山内家宝物史料館 歴代藩主紹介

《9代 豊雍(とよちか)
誕生:寛延3(1750)年~寛政元(1789)年 享年40歳
父:豊敷(8代) 母:貞光院(豊敷側室・伊佐々氏女)
通称:松之丞・国松
官位:従四位下筑後守→土佐守・侍従
家督:明和5(1768)年 19歳(豊敷の死去により家督相続)
正室:観月院(毛利重就女‐萩藩‐)
法号:靖徳院融昭彜寛大居士
 4人の兄が夭折したため、明和5(1768)年に父の跡を継いで9代藩主となった。
 豊雍は家臣の規律や風紀を厳しく取り締まり、天明の大飢饉への対応に積極的に取り組んだ。また学問を基本に据えた政治を目指して、学者の谷真潮(たにましお)らを登用し、家臣に対しては知行を借上し、自らも厳しい倹約を行った。(天明の改革)しかし、天明7(1787)年には飢饉による困窮と紙の専売制への反発から、吾川郡池川と名野川の農民700人が伊予へ逃散し、高知城下でも打ち壊しが起きるなど、藩政の矛盾は大きくなっていった。兼山以来の学問好きといわれ、長岡郡比江村(南国市比江)に紀貫之顕彰碑を建てている。》

墓誌銘について、吉川幸次郎『中国文学入門』(講談社学術文庫、一九七六年)にはこう書かれている。詩の影響を受けて唐代以降全盛だった約束の多い美文調を改革したのが韓愈(七六八〜八二四)だった。韓愈は自由な文体で人生の種々相を写した。

《しかもそれはもはや司馬遷「史記」のように歴史ではありません。したがって有名な人物、顕著な事件ばかりを、叙述の対象としません。身辺のそこはかとない人物の伝記を、墓誌銘、というのは、その人が死んでから石にほりつけて墓の中へおさめる文章、または墓碑、これは墓の上に立てた石にほりつけた文章、そうした形で書いたものが、韓愈の散文の半分以上をしめます。》

吉川は墓誌の代表的作例として韓愈の「殿中少監馬君墓詩」を挙げている。

[PDF]
殿中少監馬君墓誌銘


《原文は三百五十字ばかりの短い文章でありますが、人生への懐疑が、その中に托されていると感ぜられます。》

吉川のこの本はラジオ放送と講演を元にした文章で、たいへん分りやすい表現になっている。好著と思う。
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by sumus_co | 2013-05-26 21:32 | 古書日録

『西荻街角ミニミニふるほん市』@盛林堂

6月1日・2日
今年もやります!『西荻街角ミニミニふるほん市』@盛林堂!!

参加店は、以下の通りです。

聖智文庫 (神奈川・藤沢 http://www5.ocn.ne.jp/~syouchi/)
古書善行堂 (京都 http://zenkohdo.shop-pro.jp/)
古本オコリオヤジ(林哲夫)(京都 http://sumus.exblog.jp/)
古書あやかしや (広島・ネット古書店 http://homepage1.nifty.com/maiden/)
アカミミ古書店 (東京・ネット古書店)
古本屋ツアー・イン・ジャパン
東京セドリーヌ&MONGA
プロ・アマ混合のどの店舗も何が出てくるか楽しみな感じです。
6月1日(土)は、11時よりご覧頂けるように準備を進める予定です。
宜しくお願い致します。
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by sumus_co | 2013-05-26 17:37 | もよおしいろいろ

少年少女不思議なお伽

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たいへん珍しい宇崎純一の装幀本を頂戴した。むろんこれまでの装幀本リストには出て来ない。ただし珍しいのはそれだけが理由ではない。

この表紙、見ての通りタイトルは『少年少女不思議なお伽』となっており、背に《巌谷小波著》と金箔押しで印刷されている。検索すると「日本の古本屋」で一冊ヒットした。それによれば、弘文社、昭和三年発行、初版函付。また国立国会図書館サーチによれば公共図書館および福岡県立図書館にもそれぞれ一冊所蔵されている。公共図書館本は一九三〇年、東京、弘文社発行。重版か。

どうしてこんなことを調べたかというと、本書には奥付がないのだ。初めは破り取られたのかと思った。しかし、よくよく見ると、どうもそうではないらしい。それより何より、本文が巌谷小波でもなく『少年少女不思議なお伽』でもないのである。要するに、表紙と見返しを別の本に貼付けてあるのだ。

本体の方は初島順三郎『小雀三羽』(童話新集第10編、中村書店、一九二一年)であった。

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大正十年から十一年にかけて初島は童話新集のシリーズを少なくとも十八編刊行している。他には昭和二年に『山羊のお母さん』『お庭の柿』『鶏の時計』『烏のお詫び』が出ているが(すべて中村書店)、それ以外については不明である。

本書のなかに「京都見物」というお話が収録されているので、いちおう目を通してみた。田舎者三人が京都見物に出かける。本願寺の本堂上がり口に立て札があった。

《と、見ると、その札には「波きものぬぐべし』と書いてあります、平三は考へたが、波の字がよめません、けれども読めないなどと云ふことは、今まで威張つてゐた自慢の鼻を曲げることですから、
『ウン、これはその、きものぬぐべしと書いてあるのだ。』》

ということで三人は裸になって本堂へ上がろうとして巡査に捕まり、理由が分かって大笑いになる。一休とんち話に出てくるギナタ読み(弁慶がな、ぎなたをふり回し…)のパロディである。

「ここではきものをぬぐべし」
  (ここで、履き物を脱ぐべし)
  (ここでは、着物を脱ぐべし)

それにしても本書、どうして羊頭狗肉本になったのか? 読者による手製本であることは間違いないようだが、表紙が気に入っていたのか、本文が気に入っていたのか。両方気に入っていたから、くっつけてしまったのか。あるいは……(可能性にはキリがないので、あとはご自由に)。
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by sumus_co | 2013-05-25 21:22 | 宇崎純一資料

野島康三

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芝川照吉コレクション展 青木繁・岸田劉生らを支えたコレクター」を京都国立近代美術館で見た。

芝川については佐野繁次郎の親戚であり、青年時代の佐野を可愛がり、影響を与えた人物としてこれまで何度も紹介してきたので繰り返さないけれども、展示内容は非常に良かった。岸田、青木はもちろん、富本憲吉がたくさん出ていた。工芸家の藤井達吉の重要なパトロンであったため芝川は藤井作品も多数所蔵していた。なかでは染織品が目立っていた。

駒蔵と照吉
http://sumus.exblog.jp/9694202/

芝川照吉コレクション(大阪市立美術館)
http://sumus.exblog.jp/9445855/

白樺派の画家たちと芝川照吉
http://sumus.exblog.jp/10769431/

芝川ビル
http://sumus.exblog.jp/9812311/

図録は用意されていなかった。出品目録だけ。渋谷区立松濤美術館で二〇〇五年に開かれた芝川照吉コレクション展の図録がほぼ完璧なできばえだったので、期待はしていなかったものの、少し物足りなかった。

驚いたのは常設展示である。いつも見慣れたモンドリアンやルドンもいいが、シュルレアリスム関連作品と資料(デュシャン、マン・レイ、シュヴィッタース、ハンナ・ヘッヒら)がまとめて中央入口側の四角部屋に並んでいるのも久し振りで嬉しかった。また村上華岳が、回顧展かと紛うくらい多く出ていたのも、予期しない目の正月だった。

また、いつも写真の展示場になっている奥の中央の長方形の部屋(ふつうは二つに仕切って別傾向の写真展示に分けている)が野島康三の虫干し展覧会になっていたのは有り難かった。「生誕120年 野島康三展——ある写真家が見た日本近代——」(京都国立近代美術館、一九九七年)を見逃していたので、こんなに沢山の野島作品に接したのは初めて(一九九四年に京近美へ寄贈されたコレクションである)。凄い。草土社と民芸と新興写真をつきまぜるとこうなりました、と言ってしまっては身も蓋もないけれど、そういったスタイル云々を乗り越えた野島自身の存在感が暑苦しいくらい発散されている。いろいろな意味で、ギリギリの感じがたまらん! 一階のショップで図録を購入してしまった(一九九七年のときのもの)。

新聞広告が頻繁だったためか、芝川照吉コレクション展の観覧者は思ったより多かった。けれども、ゆっくり鑑賞するのに邪魔になるほどではなく、それも有り難かった。

そうそう、七十歳くらいの女性が、ミュージアムショップで野島康三の葉書を買っていた。その女性はレジの女性に向かって
「この絵葉書の作品は展示されていましたか?」
と尋ねた。木立のなかを手をつないで歩く親子を背後から撮影した作品である。
「出ていると思いますけど……」
レジの女性は手許にあった常設展示の出品目録をめくっていたが、はっきりしないようだ。
「出ていると思いますよ。どうぞもう一度展示場へお出でください。半券を見せれば入っていただけますので」
小生もその作品が出ていたかどうか記憶がなかった。出ていなかったかもしれないなと思った。それにしてもレジの女性は目録を見たのにどうして確答できなかったのだろう? 

いぶかしく思ったまま帰宅して、今、同じ出品目録(プリント状のもの)を調べてみて分かった。多くの作品が題名不詳なのだ(親子の写真も)。これでははっきり答えようがないはずである。
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by sumus_co | 2013-05-24 20:54 | 雲遅空想美術館

湊川橋梁

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中原淳一の記事とともに「四国の軌跡 近代文化遺産を訪ねて(93)湊川橋梁」(四国新聞、二〇一三年二月八日号)のコピーも頂戴したので紹介しておく。鉄道好きな方も居られるかもしれない(こちらが承知しているだけで若干名おられる)。

《高松市と徳島市を結ぶJR高徳線。
 事の発端は日清戦争後、私設鉄道のブームに湧いた1896(明治29)年。くしくも高松、徳島両地で鉄道運行を計画する2社がほぼ同時に誕生した。》

《[19]25年に高松ー志度、26年に志度ー讃岐津田間が開業。28年に讃岐津田ー引田間、35年に引田から徳島・板野までがつながり、構想から40年近くの時を経て全通を果たした。
 この高徳線のほぼ中間にあり、鉄道開業から往事の姿を保っているのが、湊川橋梁(東かがわ市湊)だ。営業開始前年の27年に完成した。
 要望の強まりで、"想定外"の事業となったのだろうか、橋脚は簡素なコンクリート造り。当時の国有鉄道の標準設計ではあるが、同時期の橋梁はレンガ造りなど風情あるものが少なくないだけに少し寂しい。橋桁にしても明治時代に名古屋ー四日市間で使われていたものを改造して移設したというから驚きだ。
 ただ、その姿が一度も失われることなく、今もまだ現役であることがこの橋梁の価値を高める。》

《そのシンプルな造りは鉄道写真の愛好家にとって「車輪部分までしっかり見渡せる絶好の撮影ポイント」という話も。現在の一日当たりの運行本数は84本。雨の日も風の日も、昭和初期に造られた橋脚を渡って列車が走り続けている。》

記者氏は煉瓦でなくコンクリートで造られていることを嘆いているが、おそらく昭和二年のコンクリートはまだ斬新な材料だったのではないだろうか。関東大震災で煉瓦の建物が地震に対していかにもろいかがはっきりした。そのためコンクリートの使用が急速に普及した、というような理由があるように思われる。

最初のカラー写真は小生が撮影したもの。この橋は絵になるんじゃないかな、と思って撮っておいた。まだ絵にはなっていないが。

  *

『BOOK5』7号(トマソン社、二〇一三年五月一七日)を頂戴した。特集・独占! 女の30代。真治彩「本さえあれば、とは思いませんが、本がなかったら、とは思う毎日です」が良かった。貸本喫茶ちょうちょぼっこが閉店となった具体的な事情までは分からないものの、かなりその辺りの空気を感じさせてくれる。真治さんにはもっと長い文章を書いてほしいな、と思った。

他に目にとまったのはやはり古本ネタである。「せどりしようZ!」第三回(無署名)。話題の(って、もうとっくに話題じゃなくなってしまいましたが)村上春樹関連のセドリ情報。古本の世界は深いねえ。もうひとつは、昨年上京したときに東京の古書店主たちから噂を聞いていた大型新人、古書赤いドリルの那須太一「なんてひどい店なんだ」第6回「ここは静かな最前線」。下北沢の店舗(すごくユニークな店だったらしい)が立ち行かなくなって、新しい事務所を多摩川を渡ってすぐのところに開いたという話。《非公然アジトを拠点にもっともっと先鋭化できると思うと自らの展開が楽しみでならない。これからは遊撃戦を斗おう》……古本の話ですね、もちろん。

トマソン社
http://tomasonsha.com

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『雲遊天下』113(ビレッジブレス、二〇一三年五月一日) 特集・夜が短い あべのぼる詩集 アズミインタビュー。あべのぼる詩集が良かった。

雲遊天下
http://www.village-press.net/?pid=58773395
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by sumus_co | 2013-05-23 20:59 | うどん県あれこれ

中原淳一生誕100年回顧

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中原淳一が生誕百年ということで、各地で回顧展が開かれている。淳一が香川県大川郡白鳥町(現・東かがわ市)で生まれ、二歳まで過ごしたことは以前にも書いた。

白鳥さん
http://sumus.exblog.jp/19538326/ 

その白鳥では去る二月十六日(淳一の誕生日)、十七日の両日、寄稿雑誌や絵葉書などで構成された回顧展が生家跡の空き店舗で開催されたそうだ。地元の方より新聞記事のコピーを頂戴した。

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読売新聞香川版二〇一三年二月十三日号。

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そして四国新聞二〇一三年二月十五日号。

コレクションは白鳥神社の宮司・猪熊兼年さんがおよそ十年前から集めてきたものだそうだ。白鳥神社および猪熊家の由緒についてはこちら「http://www.shirotori-jinja.jp/history/」。
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by sumus_co | 2013-05-22 20:42 | うどん県あれこれ