林蘊蓄斎の文画な日々
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和漢太平広記

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藤井懶斎『和漢太平広記』上下(河内屋嘉七=大阪心斎橋通北久宝寺町、正徳五年[一七一五]序)。昨年、双白銅文庫として購入、読了していたのだが、紹介する機会を失っていた(2012年極狭私的見聞録にも入れておいた)。

藤井懶斎については勝又基「藤井懶斎年譜稿」(明星大学研究紀要)がネット上で閲覧できるので詳しくはそちらを参照されたい。儒医、元和三年(一六一七)京都生まれ、宝永六年(一七〇九)歿、九十三。久留米藩の藩医を長らく勤め、五十八歳で引退して京都に戻り、鳴滝に隠棲して朱子学の立場(山崎闇斎に学ぶ)から著述を専らとした。主著は『本朝孝子伝』(一六八四)。

本書『和漢太平広記』は文字通り和漢新旧の歴史上の出来事や、世間一般の相談事あるいは健康や養生について、幅広い知識を披露しながら意見を述べる内容、要するに、著者がもし現代に生きていれば、きっと「懶斎徒然」というような高級なブログを毎日書くような人物である。

江戸中期以降、こういう物知り随筆は数多く出版されたようだ。和漢(ときどき洋書)を博捜して事物の起源を洗い出したりする、実証主義あるいは合理主義的な歴史の捉え方が本格的に始まった。本書もそういった見解が随所に見られる。例えば喫茶のルーツについての考察は

《世ノ人皆言茶者僧明恵ニ創(ハジマル)ト。不然文華秀麗集ニ。錦部彦公。光上人山院ニ題スル詩アリ。曰相談酌緑茗。烟火暮雲間。秀麗集ハ乃チ嵯峨帝。弘仁中ニ。仲雄王撰之。本朝喫茶ノ久キコト。以テ見ベシ矣》

とまあこんな調子である。医者ならではの警告も見えている。

《想フニ夫(ソレ)飯食ノ疾ヲ成スコトヤ多。皆過飽ニヨル。過ザレバ縦(タトヒ)平味ノ物ニ非トモ亦害少》《古楽府三叟ノ詩に曰ク夜飯減一口》

これは十七世紀後半の、まあ、京都での事情だと考えていいのだろうが、医者が長生きのために粗食を勧める、それほど飽食の時代だったのだろうか。京のぶぶ漬の話も思い出したりするが、カロリーはともかく量的にはかなり摂取できる階層が増えていたのかもしれない。

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本書の一番目立つ主張は、仏が栄えて儒が衰えている、儒者に人物が出ない、ということである。何度も繰り返し仏教攻撃をしつつ、「儒門ニ無人」と嘆いている。しかも、例えば僧侶との論争ではこんなふうに言い切る。

《死者ハ土木ノ如》

あるいは

《舎利何物ゾ乎。曰浮屠(フト=仏)死シメ。荼毘シ其ノ骨ト膏相熬凝シ。沙石ト為(ナル)。或ハ豆粒ノ如。或ハ米粟ノ如。粗光滑ナル者是ナリ。夫貴(タノム)に不足所以ナリ》

仏舎利を有り難がって何になる、ただの砂粒じゃないか……なかなかのリアリストである。

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しかしこの本の一番の見所は上巻の見返しに貼付けられた読者のメモ。

《此書ハ藤井懶斎ト云一小儒ノ随筆ニテ巻首ニ神功皇后ノ西征ヲ誹謗シ其外先賢ノ事跡を己カ管見ヲ以種々ニ悪口シ別テ仏法ヲ怨敵ノ如ク口ヲ極テ譏(ソシリ)タル書ナリ仏法ヲ信ル人ハ勿論都(スベ)テ年若キ人ナド如斯書ヲ見ル時ハ大ニ人道ニ害多シ〓テ仮ニモ見ル不可ヨツテ為後人記置所ナリ》

「文政七申仲春 森永昇珍蔵」と巻末に署名があるので、書体から見て、おそらく同氏が書き付けておいたものであろう。若い者には読ませるな、多分これは当時としては至極まっとうな反応だ。それでも「珍蔵」した、すなわち評価していたということである。
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by sumus_co | 2013-04-30 21:42 | 古書日録

Balthus The Painter

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バルテュス展のチラシ、一九九四年に東京ステーションギャラリーで開催されたときのもの。小生、これは逃しているが、一九八四年の日本初回顧展を京都市美術館で見たときの印象は今でも鮮明だ。それ以前、一九七六年にルーブル美術館でバルチュスの実物を初めて見た。たしかピカソからの寄贈作品だった、少年と少女がテーブルの廻りでポーズしている大きな作品「子供たち」(一九三七)が展示されいて、そのときルーブルで見た作品のなかでももっともショッキングな絵画のひとつだった(おそらく事前に知っていて見に行ったのかとも思うが、記憶が曖昧、ルーブル宮でもいちばん端の方のガランとして誰も見学者のいない部屋にあった、現在はどうなっているのか知らないが)。

とにかく戦前の諸作はノイエザハリッヒカイトの影響を受けて(ルシアン・フロイドと非常に近いように思う)、さらにやや演出過剰なところも目につくが、スレスレのエロティシスムはバルテュスならではの潔癖さを保った希有な仕事であろう。ところが戦後になると、モチベーションはかなり下がってしまう。フレスコ風の画肌も成功しているとは思えない。さほど感心できる作品はないように思う(この点ではルシアン・フロイドの戦後の充実ぶりとはまったく逆である)。

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先日も紹介した画家のKさんから「バルテュス Balthus The Painter」(マーク・カイデル監督、BBC, Eurospace、1996)をお借りした。ヴェネチアでの大回顧展を軸にしてバルテュスの生涯と作品を紹介しつつ、本人、妻、モデル、息子などのインタビューで構成されており、見ていて面白く、また内容的にもよくまとまっていた。なかでも勝新太郎がバルテュスを訪問して女形やヤクザの仕草をしてみせる場面は傑作だ。

バルテュス&勝新太郎 Balthus&Shintaro Katsu

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バルテュスにインタビューしているイヴァン・ド・ラ・フレサンジュなる青年が誰なのか知らない。検索してみたのだが、彼の姉はイネス・ド・ラ・フレサンジュで一九八〇年代に活躍したフランスのトップ・モデル、その後、シャネルのアドヴァイザー、『マリ・クレール』のジャーナリストとなった有名人である。父方の祖父が侯爵だそうだ。

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いちばん注目した場面はここ。ジャコメティがまったく認められていなかった頃に、ジャコメッティのアトリエでほめたらくれたのだというブロンズ像、を説明しているところだが、注目は壁にかかっている絵の方。

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モランディではないですか! バルテュスはフィレンツェのヴィラ・メディチの館長を長らく(たしか十八年間)勤めていたそうだ。その頃にピエロ・デラ・フランチェスカなどイタリアのフレスコ画の影響を強く受けたのだろう。その時代、モランディに接触していたか(?)、あるいはとにかく作品を所持していたことはこの映像から確実である。無骨な自画像など、二人に共通するところなきにしもあらず。

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バルテュスのアトリエ。乱雑というほどでもないが、パレットは汚い派である。
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by sumus_co | 2013-04-29 21:17 | 雲遅空想美術館

標本の本

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村松美賀子・伊藤存『標本の本 京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎、二〇一三年三月三〇日)。

メリーゴーランドは本屋さんである。子供の本屋さんと謳っていながら、大人の本もセレクトして置いてある。美術や文学の本も、かなり偏ってはいるが、納得できる品揃えになっている。個展の期間中、毎日、そのメリゴの棚を眺め回していた。あれも欲しい、これもいいな、と目移りすること甚だしく、ふんぎりがつかなかった。大人買いしろよ! と自分を励ます声も聞こえたのだが、耳が遠くなったふりをしてグッと我慢した。結局、迷いに迷った末に買ったのがこの『標本の本』(他にムナーリとシュヴァンクマイエルとコーネルの候補があったのだが)。

京都大学総合博物館には京都大学が創立以来百年以上にわたって蒐集してきた約二百六十万点の学術標本や教育資料が揃っている。以下、序の文章(村松美賀子・伊藤存)より。

《何より圧倒されるのは地下の収蔵室だ。あまりに驚くものやことばかりで、「わぁ」「へぇ」「すごい」くらいしか言葉が出てこなくなってしまう。
 広大な空間は4室に分かれ、それぞれが二層構造となっている。第1室は魚類やは虫類など、第2室が鉱物・岩石や化石など、第3室が植物や昆虫など、第4室がほ乳類などで、それぞれ体感温度も湿度も、そして匂いもまったく違う。ちなみに、研究者が研究や教育目的で使う場所だから、一般には公開されていない。》

《最初に収蔵室へ入って感じた驚きや好奇心から始まった、生命をめぐる旅でもある。》

京都にも秘密(?)のヴンダーカンマー(不思議の部屋)があったのだ。

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後書きに相当する文章で館長の大野照文氏が書いておられる。

《すでに数万年前にはネアンデルタール人がその地域からは産出しない巻き貝やサンゴの化石を、また3万年ほど前にはクロマニヨン人がアンモナイトや二枚貝を持っていたことが遺跡の発掘から知られています。
 こうして始まった収集の行為は、やがて博物館へとつながっていきます。》

集める生き物、それが人間だ! 

それにしても、標本というのはスタティック、動かない、静かなもの、言わば生命の抜け殻である。しかし、その抜け殻はある意味たいへん饒舌に語りかけてくる。それは美術やひょっとして文学と言われる記号の羅列にたいへん似ている、いや、まったく同じ作用なのかもしれない。

生きたもののコレクションがあまりに無惨(動物園がどうしても好きになれないのだ)のに反して、これら死んだオブジェの見事さはいったいどこからくるのだろうか、そう考えていくと、このような結論にたどり着く。

結局、死んだものだけが美しい。

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by sumus_co | 2013-04-28 21:03 | おすすめ本棚

和風堂書店/100000tアローントコ

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知人が教えてくれた古書店。五条へ行ったついでにのぞいてみた。残念ながら時間が少し早すぎて店内は見られず、いずれまた改めて出直そう。

和風堂書店
http://r.goope.jp/wafudo-shoten


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移転した100000tをようやく今日のぞくことができた。以前の店よりは少し手狭な感じもしたが、並んでいる本は非常に趣味がいい。書いてしまうと売れてしまうだろうが、山田稔さんの『ごっこ』がうまい値付けで棚に挿してあった。昔、百円で買った悪い記憶があるため手が出なかったけれど、買っておいてもよかった。

100000tアローントコ
http://100000t.blog24.fc2.com
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by sumus_co | 2013-04-27 20:23 | あちこち古本ツアー

墨画と浮世絵展

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洛東遺芳館で開催されている「墨画と浮世絵展」を見る。天気もよくて、暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい散策日和。四条河原町から鴨川沿いに歩く。川端通り、五条の橋を過ぎて一本東側の問屋町通りを五条から少し下がったところに柏原家邸宅(洛東遺芳館)が見えてくる。柏原家の祖先は肥後熊本の出だそうで正保二年(一六四五)に当地に居を構え、小間物などを扱いながら成長して豪商となった。柏原家の江戸時代から伝承の品々を毎年春秋の二度公開しているという。

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浮世絵では歌麿と北斎、国芳などが出ていた。こちらは北斎画の『潮来絶句集』二冊。

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最近、とくに興味を抱いている水墨画では、文晁の屏風など大作もあったが、この展示ケースが気に入った。右から野呂介石、谷文晁、貫名海屋。

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美術館の建物を出て、邸宅の方へ移動。玄関から応接間、控えの間、床の間、仏間、裏庭まで公開されており、いくつか屏風などが展示されている。ここでしばらく庭を眺めてぼんやりしているのは、なんとも気持ちがよかった。これだけの邸宅を管理するのはなかなか骨が折れるだろうなと思いつつ。

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穴場というほどでもないかもしれないが、土曜日の午前中、来館者は小生一人だった。本展は五月五日まで。
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by sumus_co | 2013-04-27 20:09 | もよおしいろいろ

粋人粋筆探訪

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坂崎重盛さんの新著『粋人粋筆探訪』(芸術新聞社、二〇一三年四月五日)を個展が始まる前に頂戴していた。画廊で人の来ないときを見計らって楽しく読了。坂崎さんのこれまでの著書の例の漏れず、粋人粋筆というテーマに沿って選ばれた書物や雑誌を、それらの表紙や挿絵といったヴィジュアル面をも含めてふんだんに引用しながら、つぎつぎと取り出して見せてくれる。

ちょっと坂崎さんの書斎へお邪魔して、若き日より蒐集してこられた、時代遅れの(ということは一世風靡の時代もあったわけだが)粋筆本を拝見しながらご高説(というか、おのろけ)を伺っているような良い心持ちにさせられた。

《ことのすべては古本屋さん巡りから始まった。
 これまでの、ぼくの著作のほとんどは、東京・下町、家の近くの小さな古本屋さんや、神田・神保町、あるいは中央線沿線の古書店、また古書会館やデパートで催される古書展、古本市で、好奇心のおもむくままに入手してきた雑本(もちろんホメ言葉です)類の力を借りてのことです。
 散歩がてらの古本屋さん覗きや、退屈しのぎの古書市巡りで、さしたる目的もなく気ままに入手してきたこれらの本が、あるときぼくに一つのテーマを囁きかけたりする。》

《この『粋人粋筆探訪』も、このような本の群れの囁きから生まれた。とはいっても、本当のところは自分でもわからないのだ。なぜ高校生のころから宮尾しげを、池田弥三郎、鶯亭金升といった人の本を買ったのか。いつのまにか辰野隆、高田保、菅原通済らの本を溜め込んでいたのか。》

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粋人粋筆がいかなるものかは本書を通読していただくに如くはない。当方が気になったことについてだけメモしておこう。

まず渡邊一夫のあまり見ない装幀本が二冊、書影入りで紹介されている。『随筆寄席』(日本出版協同、一九五四年)と『随筆寄席 第二集』(日本出版協同、一九五四年)。西村義孝氏が作成した渡邊一夫装幀書目録にも後者はリストアップされていない(ただしリストは二〇〇三年当時ものです)。

辰野隆の『老年期』(要書房、一九五一年)所収「善友悪友」のなかに淀野隆三が登場していること。《空即是色の淀野隆三》とあるらしい。分ったような分らないような……。

出版関係では、前出の「日本出版協同株式会社」という出版社について教えられた。たしかにこの出版社は注目に値する、面白そうな本ばかり出している版元である。

また文藝春秋が『漫画読本』を文春の臨時増刊として初めて出版したときの逸話も京都在住者としては気になった。

《この増刊号が京都で一日で売り切れたということを田川さんから聞きまして、私はびっくりしました。新しいことの好きな京都で売り切れるということは、このロケット上昇に物凄い推進力を加えました。》(横山隆一「漫画読本ロケット」『漫画読本』終刊号掲載)

また、書物から実体験へ横滑りする叙述もときおり挟まれており、これがまたさすがこの業界に長い坂崎さんと唸らせられるものばかり。たとえば奥野信太郎の死に様について述べたくだりをこうまとめておられる。

《奥野が慕った荷風、また奥野を師とした草森紳一ーーなんなんだろう、この、ワガママにして贅沢な三人の文士の完璧ともいえる「行路病(行き倒れ)」的生の閉じかたは……。
 因みに、草森さんが永代橋詰のマンションの一室で本に埋もれて絶命したときの、第一発見者は、この本の版元の社長と担当編集者である。
 そして……その草森さんの著書『本が崩れる』(二〇〇五年・文春新書)の章タイトルを(草森さんのいたずら心から)書くはめになったのが、この、ぼく、というわけです。》

おお、そうでしたか……と呟き、片手を伸ばせば取り出せる棚にあった『本が崩れる』を引き抜いてみると、なるほど坂崎さん、見事な粋筆である。

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とにかく著者がいちばん楽しんでいる。そして、その喜びが素直に読者に伝わってくる一冊。
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by sumus_co | 2013-04-26 22:13 | おすすめ本棚

大阪圭吉作品集成

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『大阪圭吉作品集成』(書肆盛林堂、二〇一三年四月一二日)を頂戴していたのだが、個展にとりまぎれて紹介が遅くなってしまった。今、盛林堂さんのブログを見ると「完売御礼」だという。さすが、ミステリーは足が速い。とくに本書に収められているのは余所ではちょっと読めそうもない作品群だからファンは逃さないだろう。御恵投に深謝です。

作品についてミステリー読みでもないものがとやかく言うのは控えておく。面白く読んだ。しかし一番驚かされたのは「水族館異変」(エログロの色彩が濃い奇作)の挿絵を、なんと茂田井武が描いていることである。上はタイトルまわりの図、他に五点の挿絵が付されている。初出は『モダン日本』一九三七年六月号。エログロにもっとも遠い挿絵画家だと思うのだが、かなり頑張っている。ガンバッてはいるもののやはりミスマッチだ。貴重な茂田井作品発掘である。

巻末に大阪圭吉作品探求掲載誌リストが載っているので掲げておく。お気づきの方は盛林堂さんへ。

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by sumus_co | 2013-04-25 20:03 | おすすめ本棚

パリの本屋さん 林哲夫作品展より18

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拙作個展、本日終了。ご来場いただいた皆様、ご協力いただいた皆様、そして何より拙作をお買い上げくださった皆様に心よりお礼申し上げます。ご購入作品はメリーゴーランド京都より発送いたしますので、しばしお待ちください。

本日も駆け込み需要(?)というか、最終日なので、来場者多し。午後五時過ぎより始めた片付けは六時前に終わる。撤収はアッと言う間である。古本もけっこう売れたため段ボール箱が余った。

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帰途、五条通りが少し混雑していた(いつものこと)。午後六時半過ぎ、自宅近くの交差点にて。雨の中、ミニパトが点灯しながら走って行った。
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by sumus_co | 2013-04-24 20:34 | 画家・林哲夫

パリの本屋さん 林哲夫作品展より17

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早いもので、あと一日となりました。最終日は午後5時までです。上は「ローズ・ド・ジャヴァ書店」、モンパルナル墓地の近く、カンパーニュ・プルミエール通り。

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やはりお子さまの多い日。幼稚園くらいの男子が本屋の方へ入るなり「ここは子供の本が多いなあ」と。あんたも子供でしょ。画廊の方をチラリとのぞいて「こっちは子供じゃない……な」、ははは、たしかに。

記念にサインしてくれる可愛い子ちゃんもいた。中国からの家族連れ。KEWPIE ちゃん?

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昨日来てくださった画家のKさん、今日はいろいろ珍しい本や映像資料を持参して見せて下さる。後日あらためて一部を紹介したいが、本についてはとりあえず書影だけ。

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御父上の蔵書だったという村上華岳『画論』(弘文堂書店、一九四〇年)。

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そして刊行直後に購入して著者の矢内原伊作に署名をもらった『ジャコメッティとともに』(筑摩書房、一九六九年)。矢内原は、当時、同志社でフランス語を教えていたそうだ。

いずれも古書価はかなりの本である。Kさん、さすが。
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by sumus_co | 2013-04-23 20:49 | 画家・林哲夫

パリの本屋さん 林哲夫作品展より16

好天ながら肌寒さを感じる一日。午後からメリーゴーランドへ。寿ビルの手前にタキイのビルがあり、苗や鉢植えの植物を販売している。

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画家のKさんが秘蔵される津田季穂の自画像を持参して見せてくださる。稲垣足穂の親友だった牧師で画家。『弥勒』にTとして登場している。小品だが、なかなか力のこもった作だった。

それ以外にもいろいろ楽しい話をうかがう。生田耕作さんにフランス語を習われたそうだが、フランス語の授業のはずが、中島棕隠や柏木如亭の話ばかりだったとか。生島遼一〜生田耕作〜山田稔という京大仏文の文士的伝統についてうかがっているところへ、そのまさに話題の山田稔さんがいらっしゃった。噂をすればしかも初対面ということで、Kさん、ちょっと動揺されていた。山田さんはエミール・ゾラ通りに住んでおられたことがあると、拙作を見て感慨をもよおされた様子。『海鳴り』の黒田憲治についての感想を少し。お元気そうで何よりのこと。

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Kさんが寄稿しておられる『エッセー集 断章』(「断章」編集委員会)の十二号と十三号を拝見する。Kさんは元永定正と津高和一の両巨匠に師事されたということで、その思い出がつづられたエッセイを書いておられる。とくに津高和一と親しくされていたそうだ。

《先生の抽象画「アシタハキノウニナル」と題をつけたのは、夾雑物をそぎ落して、今、生きている、今、これだけをといったものを表わしたい、と、そういう意味だといわれる。行動美術をやめたのは孤立無援でいたいから。審査の後、伊豆とか喜んで行くのや、これでは駄目になると思ってやめたとか。》

《先生、アトリエへ連れていって下さる。すごいテレピンの匂い。20号や50号や沢山の新作。新聞拡げてチューブが一杯。パレットに黄色。油でないとね、生かわきの時に次の色を入れるとにじんだりして、それが面白い、といわれる。30号くらいの黄土の矩形と黒の線のある描きかけの絵がある。ちょっと面白いと思ってるんですけど、と先生。何本もの油の筆。僕はやっぱり線が面白くて、線になりますねえ、と先生。》

《大阪、本町、ギャラリー芦屋へ、津高和一自選展。先生の作品はいつみてもスカッとしている。売れるのは、元永、白髪、津高くらいだと主人はいう。夜、津高先生に電話。元気そう。どれがよかったですか、と先生。奥の線のがよかったです、と僕。線の奴とマッスの奴と二つの傾向がありますね、軸はよう売れますねん、芦屋ギャラリーはやっぱり大阪という感じのギャラリーですね、よう売るんですわと先生。社長やら見に来たはりました、と僕。
 生田先生亡くなりました。へえ、そうですか……ガンですね、ガンやと早いですね……
 先生体に気つけてムリせんといて下さい。》

貴重な記録である。

津高和一追悼展(ギャラリー島田 2007)
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by sumus_co | 2013-04-22 21:33 | 画家・林哲夫