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杉山平一全詩集

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『杉山平一全詩集 上』(編集工房ノア、一九九七年二月一日)、『杉山平一全詩集 下』(編集工房ノア、一九九七年六月一日)、杉山平一『戦後関西詩壇回想』(思潮社、二〇〇三年二月二日)。

先日の記事「詩人2, 3, 4」で杉山平一の詩「三角」を引用した。その作品が単行本に収められたのかどうか気になっていたのだが、全詩集を取り出して調べてみると、どうやらどこにも再録されていないらしい。昭和十八年に詩集『夜学生』(第一芸文社)が出て、二十三年童話集『背たかクラブ』(国際出版)、二十七年の『ミラボー橋』(審美社)と著作が続く。「三角」が入るとしたら四十二年の『声を限りに』(思潮社)だろうが、見当たらないようだ。次は五十二年の『ぜぴゅろす』(潮流社)となる。

それにしても、どうして全詩集など持っているのだろう? 考えてみると『BOOKISH 10』(BOOKISHの会、二〇〇六年七月一五日)「杉山平一 詩とシネマと散文と」という特集号に編輯をやっていた中尾務さんから頼まれて「「背たかクラブ」のわかりやすさ 杉山平一の散文を読む」という原稿を書いたのだった。その資料としてあわてて買い求めたものか? 元本が欲しかったのだが、手が出なかったのは確かだ。その証拠に古書価のメモが挟まっている(古書店の名前は略号にしておくので勝手にご推測を)。

夜学生    石 36,750

ミラボー橋  け 2,000
       あ 6,090
       新 9,450
       森 15,750

背たかクラブ 新 31,500
       あ 21,000

声を限りに  じ 3,675
       
ぜぴゅろす  ふ 7,000
       天 6,000

『BOOKISH 10』が出た後、杉山さんご本人からお葉書をいただいた。拙文を読んで下さって反省したという内容である。それまでにも『sumus』を贈ったりしていたのだ。几帳面な方で必ず返事を下さる。肥田皓三さんと同じである。拙文の内容は杉山さんの弁証法的な論調を批判したものだった。その単純さに事物の的確な描写の見事さを対照させようとしたのである。今読み返してみてもさほど印象は変っていない。中尾さんもそれを認めてくれたようで杉山論のなかでは最初の川本三郎の次に置かれた。安水稔和さんを差し置いて。杉山さんの葉書には「巡航船」という散文詩を引用してもらってうれしかったこと、そして謙遜にも

《小生の弱点を突いて頂き冷や汗を流しました。ときに「わが学才」をかゝげてわからぬ評をかく人をからかったりする自分のおろかさを反省しています。評価されない事情がわかるようです。》

と書かれていて、こちらが冷汗を流すこととなった(以前にも一部紹介していた)。当時九十二歳(ということは現在九十七歳)でこの明晰と謙譲には頭が下がる。中原中也や立原道造と友達付き合いしていた人がまだお元気なのはじつに心強い(そう言えば東には吉田秀和がいるが)。《評価されない事情》という一言が杉山さんらしいこだわりで、これこそが杉山文学のエネルギー源かもしれない。

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『BOOKISH 10』を読み返して思い出した。杉山全詩集は街の草で買ったのだった。そう高くなかったし、何より、寺島珠雄さんの追悼市会で落したものということで、献呈箋からみても寺島旧蔵書だったに違いないと思ったからだ。まったく読んだ形跡はなかったけれど。

見返しの上に載せたメモは『戦後関西詩壇回想』の手作り索引。索引があればこの本はぐっと価値を増すのに惜しいことだ。嘆いているヒマがあったら自分で作りなさいというわけ。『詩人』が出てくるかどうか見てみると、ありました。

《編集実務は京都在住の長江道太郎がとり、竹中郁が、神戸から赴いて手伝った。長江は旧制広島高等学校時代から、イナガキ・タルホに、ミチタル・ナガエなどといわれる交遊があったが、「詩と詩論」に、竹中郁のシネ・ポエム「ラグビー」の論評を最も早く発表した人である。戦前に逸早く『映画・表現・形成』という今も高く評価される映画理論書をあらわしているが、京大の国文を出て、草野心平の「歴程」同人で、詩の言語、韻律の研究者でもあった。
 早くから竹中郁との交遊があり、その繊細な美意識が本造りにもあらわれていた。
 表紙を庫田叕にデザインさせている。わが国の文芸雑誌の表紙は、戦前の、佐野繁次郎の手になる「文芸」が美しいが、この京都の「詩人」の表紙の字とデザインも、それに比肩するものと私は思った。》

三頁にわたって『詩人』を紹介しているのがさすがである。「ミラボー橋」や山本沖子についての文章など当時の杉山さんにとっては重要な発表の場であったから当然かもしれないが、日の当らない雑誌を紹介しようという杉山さんらしい弁証法的(へそ曲り的)発想のようにも思えるのだ。

そんな杉山平一さんの編んだ貴重な詩集『布野謙爾遺稿集』(布野哲爾、一九四一年八月二〇日)がネット上で公開されている。必見である。

ふの けんじ【布野謙爾】『布野謙爾遺稿集』1941
http://libwww.gijodai.ac.jp/cogito/library/hu/FunoKenji.html
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by sumus_co | 2011-09-30 22:11 | 古書日録

寓話および死者の対話

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『オックスフォード古書修行』を読んだせいか、洋古書を触ってみたくなった。折よくアトリエ掃除の最中に絵のモチーフ用にとかなり前に買った『Fables And Dialogues Of The Dead』(The Third Edition Corrected, Printed for D Browne, C Corbett, and J Jackson, London, 1735)が転がり出てきた。架蔵の洋書の中では最古のもののはず。あれこれ引っくり返したり、かじり読みをしたりして過した。

これを求めたのは今はなき神戸の某書店。そこの値段表が見返しの遊紙の間に挟まっていた。どこで買ったかは覚えていたものの価格はすっかり忘れていた。製本壊れで、おや、よく買ったなという値段である。アベブックス(前にも書いたがパリの古本屋が電話でこう呼んでいた、Abebooks.com)に多分同じと思われる版が一冊だけ出ているが、その値段の三分の一程度だから、壊れ本としてはきばった値付けだった。

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著者はフランス北部カンブレー(Cambrai)の大司教だったフランソワ・フェヌロン(François de Salignac de la Mothe-Fénelon, 1651-1715)。その英語版である。ルイ十四世の孫、ブルゴーニュ公ルイ・ド・フランスの教育係だった。このルイは一七一二年に麻疹の大流行のため二十歳で命を失っている。内容はタイトル通り、寓話と死者の対話の古代篇と現代篇。

寓話はラ・フォンテーヌのようなお話(同時代人である)。たとえば「二匹のネズミ」。猫に怯えて暮らすのがいやになったネズミが猫のいない理想郷インディーズ(Indies)へ行ったはいいが、ネズミたちの内乱で殺されてしまうという皮肉なお話。もうひとつ「動物たちが王様を決めるために集まる」は百獣の王だったライオンが死んだので動物たちが次の王様を決めるために集まった。ライオンの息子はまだ幼かった。そこでまず名乗りを上げたのが熊、次に象が、馬が手を上げた。さらに猿が「おれ以上王様にぴったりなものはいないぞ、だって人間にそっくりだもの。人間は自然の王様だからね」と主張すると、鸚鵡が「人間に似てるたってそんな顔じゃだめだよ、ぼくは人間の声が出せるんだから、ぼくが王様になるべきだ」と言い出して大騒ぎ、けっきょく智慧と力のある象さんに決まったとさ。

死者たちの対話はむろん架空の対話。古代篇ではヘラクレスとテーセウスだとかソクラテスとアルキビアデースだとかカトーとキケロなどなど、なかにはカリギュラとネロという一見おどろおどろしい組み合わせもある。現代篇は……歴史に疎いので面白さがもうひとつ分からないが、ヘンリー四世とシクトゥス五世とかリシュリュー卿とジメネス卿とかリシュリュー卿とマザラン卿など。まあ、要するにこの本はルイに王道を歩ませるべく導くための教科書か副読本のようなものだったらしい。

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最後尾の見返し遊紙に落書きがある。鉛筆か銀筆で何かのオーナメントを模写したもののように思える。今で言えば、中学生か高校生くらいの手だろうか? いつの時代も落書きの楽しみは格別なもの。ただしわれわれの時代は麻疹でばたばた死ぬ心配はなくなった(言うまでもなく、その代わりに核の恐怖を背負っているわけではあるが)。
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by sumus_co | 2011-09-29 22:15 | 古書日録

深爪に風のさはるや今朝の秋  木因

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by sumus_co | 2011-09-29 09:29 | 写真日乗

オックスフォード古書修行

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中島俊郎『オックスフォード古書修行 書物が語るイギリス文化史』(NTT出版、二〇一一年九月二八日、装幀=吉田篤弘・吉田浩美[クラフト・エヴィング商會])読了。中島先生とは、海文堂書店での『神戸の古本力』トークショー(二〇〇六年に高橋輝次、北村知之、両氏とともに行った)の折りに聴衆として見えておられ、その後の懇親会でお話ししたのが出会いだったと思う。翌年にはやはり海文堂書店での「口舌バトル 中島俊郎×鈴木創士」と題したトークショー(進行=小生、『spin』02に掲載)にもご協力いただいた。

肩書きとしては甲南大の文学部英語英米文学科教授ということなのだが、日本文学全般にも詳しく比較文学、文化史研究者でもある……というよりも何よりも、古本まつりの初日にはほぼ必ず顔を会わせる古本猛者のお一人なのである。本書の「あとがき」に名前が出ている黒岩比佐子さん、誰あろう黒岩さんを古本の世界へ導いたのは中島先生その人なのだ(以前に紹介した「神戸新聞2011年1月19日に掲載された中島俊郎さんの記事」参照)。この一事だけで古書史に名前が残る(?)。

その中島先生の古本魂がいかなるものか、具体的にはっきりわかる好著が本書だということになる。以下、同病相憐れむ思いで抜き書きをする。書名に修行とあるが、章題を見ると常在戦場、まさに武者修行なり。

《絶対に欲しい、何を差し置いてもこの本を奪い取るという覚悟がないとすでに戦いの前に負けである。古書オークションに挑むにあたって、今日はこの一本だけにすべてを賭ける、ほかの品目には見向きもしないという禁欲精神と、明日からは水だけで暮らしていくのもやむなし、という金銭哲学がすべてである。一冊だけに全身全霊を傾け、玉砕あるのみ。オークション道をきわめるぞ!》(いざ出陣ーー挿絵本は不滅なり)

《本は共有されているからこそ価値を増す側面がある。多くの読み手によって読みが多義的に増幅される。読みに多様性がでてくると、その本はますます中身が濃くなっていく。》《本は読者の参加をえてはじめて「本」になる。それゆえ均一台の均一本を礼賛したい。世の中に一冊しかない本なんて考えられないし、意味もない。本ではないのだから。》(善戦また善戦ーーナンセンス詩人はいずこへ)

《顔なじみの書店員に聞くと値付けはまだであるという。これはチャンスだ。数組まとめて買うから、しかるべき値段を言うように上から目線で命じる。落しどころというべき値段がかえってきた。》(武器補充ーーレシピ本は笑う)

《古書目録が大好きでいつも見境なく手にしてしまうので、今回は五冊だけと自戒している。両腕に食い込む重量を考えると、反省がよみがえってくる。が、古書店の魅惑的なブースをまわっているうちにそうした固い誓いもしだいに緩んでくるのだ。》(しばし休戦ーー寿司をつまむゲーテ)

《ついに手に入れた! 先月末に開催されたロンドンの古書展で、念願のトマス・ウェストのガイドブック『湖水地方案内』もとうとう入手した。これですべてウェストはそろった。イギリスのすべてのガイドブックは本書から出発したと考えてもいい。》(接戦の末ーーワーズワス、おおいに歩く)

《均一台がもうけられている。のぞくと講義用の参考書ばかりでは触手も動かない。眺めるともなく眺めていると何やら本のかたまりのなかから訴えてくるような声がする。姿なき声につられて、手を入れてみると、重い参考書の山のなかから一冊の典雅で楚々とした版型の本が出てきた。『サミュエル・ピープス文庫目録』とタイトルにはあり、見覚えのあるピープスの蔵書印が表紙にあしらわれている。開店記念にどの本でも一ポンドだよと、ヒゲ面の顔がほころんでいる。》(あやうい勝利ーー秘密は「蜜」の味)

《中世の町ゲント近くにコートリークという街があり、ここでマーケットが出るという。》《でも雑本や児童書ばかり……。直接にブリュッセルの古書街へ飛び込んでいった方が得策だったかもしれないと後悔しだした時、目の前に本であふれたダンボール箱が現れた。
 箱の前で小一時間ねばり、ヴァレリー・ラルボー(一八八一〜一九五七)の滋味あふれる紀行文集『イタリアからの便り』(一九二六)を選んだ。》(戦い終えてーー翻訳三大噺)

古本者ここにあり。面目躍如。むろん古本ネタ以外にもエドワード・リヤ、サミュエル・ピープス、キャロルのニセ海亀料理、自転車文化史、ラルボーとジョイスなどなど、読みやすく開陳された蘊蓄にもおおいに価値を認めるものである。ただ、ひとつだけ気になったのは、先生、イギリスでもおやじギャグを連発していたらしいこと。ところが、何故かそれが、ご本人の記述によればだが、とても受けた様子、あまり調子にのらないようにお願いしたい。
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by sumus_co | 2011-09-28 16:19 | おすすめ本棚

絵に生きる 絵を生きる

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島田誠『絵に生きる 絵を生きる』(風来舎、二〇一一年九月一五日)読了。島田さんは小生もこれまで三度ほど個展をやらせてもらった神戸のギャラリー島田のオーナーである。海文堂書店での併設時代も含めて三十年を越えた画廊経験のなかで、島田さんが惚れ込んで、肩入れしてきたウルトラ・マイナー級のメジャー美術家たち五人の人生と作品を熱く語っている。

その五人とは、松村光秀、山内雅夫、武内ヒロクニ、高野卯港、石井一男である。石井は情熱大陸に出演して以来完売の個展を続けている稀有な例外だが、いずれも島田自身が《一途に絵を描くことしか考えていなくて、でもなかなか認められることもなく、自分の魂に忠実な無名の作家たち》と書くような人たち、人たちというよりも変人たち、最上級の形容を使えば求道者たちだ。小生も武内さんとは同じ時期にG島田で個展を開いたこともあり、わりあいと親しくお話したことがある。石井さんとは何度も会ってはいるが会釈程度、テレビ番組からも分かるようにとてもシャイな、しかしオシャレな方である。その他の方々は直接存じ上げない。作品を通してのみ。そのくらいのつき合いにしておいた方が絶対によろしい、そんな雰囲気が濃厚な画家であり、作品なのだ。島田さんが惚れ込む理由もたぶんそこにある。その衝動がどこから来るのか、それは明らかにされてはいないが、とにかく、見るからに危なっかしい、ダメダメな画家をこよなく愛するのだ。それはよく分かる。

画廊経験と書いた。画商とは書かなかった。絵を売るわけだから島田さんはむろん画商なのだが、必ずしも画商ではない(必ずしも絵を売らない、いや売れる絵を扱いたくないような雰囲気もある。石井さんの絵が即日完売となると非売の個展をやったりするのだから)。そのジレンマというか、迷いが本書の随所に披瀝されている。

《山内雅夫先生にいつも「島田さん、あなたが展覧会をやるということは、あなたが何を見、何を考え、どう生きているかを表現していることです。そのことを厳しく考えてください」と言われている。まだまだだめです。ビジネスの助平根性が顔を出している。でも作家を発見し、作品を発見し、うちのギャラリーを通じて社会にコミットしてゆくことは使命だと思っている、全力でやっている。》

《画家と画商と収集家との関係はまことにデリケートである。》《表面的な付き合いで、当たり障りのない誉め言葉をいうのはたやすい。売れれば大事にし、売れなければ離れるのが日常の風景である。でも、長く付き合い、その生活まで何がしかの責任を感じ、評価を定めていく仕事が私の役割であると感じると、時には厳しくならざるをえない。》

《画家とお客、とりわけ収集家との関係もむずかしい。作品を買ってくださることはかけがえのないことである。しかし終生の信頼関係をもてることは稀である。うちの画廊を主たる発表の場所にしている作家たちは多いけど、独占的な契約をしているわけではないし、その力もない。したがって、他の画廊で発表することを妨げるわけではない。しかし、自ずから信頼して守るべきルールはある。それを話しあって、確認しながら歩んでいくのが私たちのような画廊のやり方である。》

三十年やってきただけのことはある。言葉の裏にさまざまな苦い経験が透けて見えるようだ。島田さんのやり方がすべてではないが、画家というロクデモナイ人種とコレクターというこれまたトンデモナイ人種の板挟みはどんな画商でも経験していることだろう。その経験から導き出された島田哲学がこれから画廊を経営してみたいと思う人にはぜったい役に立つように思う。そんな人がいたらぜひとも一読をすすめたい。ただし画家になりたいという人にはすすめない。

例えば、石井さんの絵を非売にした理由を述べたくだり。

《この時代に絵を買うために行列ができ、初日完売が続くなどというのは、考えられないことである。製造品であれば増産すればすむことである。あるいは需要供給の原則で価格を上げればいいわけである。そこで納まるところが商品としての作品の価値であるというのが普通の考えである。でも、それは違うと思う。
 私は、こんなことを夢想する。いま水は蛇口をひねれば出てくる。どこでも「美味しい水」と称してペットボトルで買うことができる。しかし、石井さんは、人が足を踏み入れることのない山奥で、地下深くに長い時間かかって貯められてきて、それがたまたま地上に溢れでてきて私と出会った、喩えようもなく清浄な自然水だと思う。
 もちろん、水源は枯れてはいない。汲めば、いくらでも汲めるかもしれない。しかし、地中深く、沈黙の過ぎゆく時とともに貯えられ、大地に抱かれ醸成されていたことこそが重要だと思うのである。だから、多くを描かないでほしい。大地と同じようにゆっくりと抱いていてほしいと思う。
 そんな貴重な水であれば、もっと値段を高くしたらいいと迷わないでもない。
 でも、何か違うと思うのである。本当に必要な人に届かないというのはいけないのである。さらに画商としてあるまじき発言であるが、買わなくてもいいとすら感じるのである。これからは、石井さんの作品をゆっくりとご覧いただく小さな美術館のような展覧会を徐々に増やして、静かに多くの方に見ていただく努力をする。》

う〜ん、洲之内徹は盗んでも自分のものにしたいと言ったが、エコロジスト島田さんは別の方法で自分のものにしたいようだ。これは悪意で言うのではない。そういうエゴがなければ三十年以上も画廊の経営などは続けられなかっただろう。自分のものにしたい……エネルギーの源はこれである。エピローグにある次のセリフも決まっている。

《いま、身を削って表現に命を燃焼させている作家の作品は、どんな巨匠の名画よりも尊いと感じる。》

異論もあろうが、ひとつの見識だ。島田さんの画廊人生を要約する言葉だ。
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by sumus_co | 2011-09-27 21:43 | おすすめ本棚

評伝ジャック・プレヴェール出来

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題 名=思い出しておくれ、幸せだった日々を 評伝ジャック・プレヴェール
発行日=2011年9月30日
著者等=柏倉康夫
発行所=左右社 東京都渋谷区渋谷2-2-4-406
装 幀=林哲夫
用紙等=
 カバー ミルトGA スノーホワイト 四六判Y目135kg
     スミ1° 特色1° 黒箔1° ニス塗り
 表紙  トラックGA しろねず 四六判Y目100kg スミ1°
 見返し トラックGA 濃鼠 四六判Y目130kg
 別丁扉 トラックGA あさぎ 四六判Y目100kg スミ1°
 帯   ミルトGA スノーホワイト 四六判Y目110kg 特色1°

左右社
http://sayusha.com/sayusha/SAYUSHA_HOME.html
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by sumus_co | 2011-09-27 11:28 | 装幀=林哲夫

禽のゐる五分間冩生

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飛兎出版が二〇〇五年に再刊した高祖保『禽のゐる五分間冩生』(元版は、月曜発行所、一九四一年七月一五日)がやはり整理中に現れた。探していたのでうれしい。タテ十五センチ、本文二十頁の愛らしい冊子。これを扉野氏からもらったときには「高祖保、誰それ?」という感じだったが、扉野氏はいつも以上にニコニコと会心の出来ばえだというふうに手渡してくれたのを覚えている。ウロボロスの回転氏が《京都の善行堂で、復刻版を山本氏に見せてもらったことがある。表紙の貼り絵がかわいい、小さなポケット詩集だった。》と書いておられるのがきっとこれと同じものだろう。

関連記事=高祖保『禽のゐる五分間写生』
http://sumus.exblog.jp/15771017/

本書から一篇引用してみよう。改行、行分け、仮名遣いは本書のまま。旧漢字は改めた。


   浜の植木市

 ほほう これが⦅凌霄[ルビ=のうぜん]かづら⦆ですね
 ーーはい さやうで

 これは⦅銀木犀⦆
 ーーさやうでございます はい

 これはまた かあいい⦅大王松⦆ですね 君
 ーーはい はい どうも…

 これは⦅榧⦆の細木 あれは⦅あすならう⦆
  だな
 ーーよくごぞんじで はい…

 おや 雨を呼んでる⦅からかさ樅⦆ 白秋の
  うたにある さう からかさもみのしだり
  尾の傘 あの風情は 雨に一段とふさはし
  い…
 ーー旦那 どれにいたしやせう

 凌霄かづらの精 といつたていの親爺
 たうとう 痲れをきらしたらしい…

 植木むらの てつぺんを透して
 一碧の 海
 Empress of Canada の淡いけむり
 ⦅はい⦆を五つばかり あたまをひとつさげ
  させ
 わたしは懐をでた ギザのある銀貨一枚
 いまは
 ひょろひょろの 見るかげもないヒマラヤ
  杉いつぽんになつて
 わたしの庭へとかへつてくる


詩句の蛇足的な補足。ギザのある銀貨は五十銭。現在の2000円程度に当るだろう。ヒマラヤ杉の標準的な苗木は今もだいたいそれぐらいの価格のようだ。「Empress of Canada」は カナダ太平洋汽船(Canadian Pacific Steamships)の発注によりスコットランドで一九二〇年に建造された客船。二二年に就航しカナダ西岸と極東(日本、香港、中国など)との間を三九年まで運行。同年兵員輸送に転用され、一九四三年に西アフリカ Cape Palmas 沖でイタリア潜水艦に撃沈された。関東大震災の直後九月四日に東京港に入り被災者を神戸まで運ぶなどの救援活動をしたという。
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by sumus_co | 2011-09-26 21:15 | 古書日録

死亡記事切抜帳

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アトリエの押入を整理していると古い切抜き帳が出てきた。一九八三年から九三年までの十年間。B5ノート四冊に死亡記事と追悼記事の切り抜きを張り付けてある。上はその中の一冊。アスタルテ書房の包み紙で手製のカバーを作ったもの。この絵柄の包み紙は今はもう使われていないので、けっこう貴重かも。

切り抜いてある人物は、やはり美術、文学関係が多いが、俳優やミュージシャンなどもけっこう拾っている。この時期には神戸に住んでいたので神戸新聞から選んだ追悼記事を二点紹介しておこう。当時は朝日新聞を購読していたが、隣家から読み終わった神戸新聞をもらって目を通していた。

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一九八七年六月一一日神戸新聞、池田満寿夫「森茉莉さんの思い出」。《森鴎外の長女で作家の森茉莉(もり・まり)さんが心不全のため東京都世田谷区経堂五ノ二三ノ二二、フミハウス二〇三の自宅で死去しているのを八日午前に訪ねて来た家政婦が見つけた。八十四歳》(六月九日神戸新聞)。

《私は十五年ほど前にアメリカから帰国していた時、一度だけ下北沢の茉莉さんのアパートへうかがったことがある。当時腎臓(じんぞう)を悪くしておられ、顔色がさえなかったが、食事はバラの花びらを食べていると言うのでびっくりすると、本当にそうなんだと証(あか)すためにアパートへ案内されたのである。「バラを食べるマリア」。まさに森茉莉にぴったりである。それから私が日本にいる時は彼女の誕生日にパラの花束を贈ることにしていた。バラに埋まっている茉莉さんを想像するのがうれしかったからだ。》(池田満寿夫「森茉莉さんの思い出」)

森茉莉が歿した前後には数々のスターたちが他界している。二月二二日にアンディ・ウォーホル、五月一四日にリタ・ヘイワース、六月三日にアンドレス・セゴビア、六月五日に高橋新吉、六月六日に三上次男、六月一七日に高田博厚、六月二二日にフレッド・アステア、七月三日に木村忠太、七月一五日に富士正晴、八月一日にポーラ・ネグリ、八月五日に澁澤龍彦、八月一六日に栗島すみ子、八月一八日に深沢七郎……。

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一九八七年七月一七日神戸新聞、松田道雄「富士さんのこと」は名文である。

《富士さんが亡くなって残念だ。もう深夜電話はかかってこない。酔ってかけてくる電話は、はしごであることがおおかった。いままで桑原はんと話してたんやといってかけてくる。
 かけた相手が不在だと、その妻女と話しはじめ、それが長電話になり、妻女も不在だと代って出た妻女の母堂と話がはじまり、この人ともテレフォン・フレンドになり、つぎは直接老女にかけるというようなことになっているのを彼自身からきかされた。彼が相手にえらんだ老女は、みなどこか傑出した人物で、儒者の娘とか、京都の旧家の娘とかだった。》

富士の死亡記事の冒頭は以下の通り。

《関西文壇の長老で、竹林に囲まれた自宅に住み「竹林の仙人」と呼ばれた作家の富士正晴(ふじ・まさはる)氏=本名富士正明(ふじ・まさあき)=が十五日午前七時、急性心不全のため大阪府茨木市安威二ノ八ノ四の自宅で死去した。七十三歳。徳島県出身。葬儀は故人の遺志で行われない。》(七月一六日神戸新聞)
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by sumus_co | 2011-09-25 20:58 | 古書日録

詩人2, 3, 4

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『詩人』創刊号については以前紹介した。幸運なことに最近さらに三冊入手できた(善行堂にて)。これで1〜6の内の四冊が揃った。

雑誌『詩人』(矢代書店、一九四七年一月一日、表紙=庫田叕)
http://sumus.exblog.jp/8909163/

検索してみるとPDFの形で堀部功夫「京都で刊行された詩誌『詩人』」が閲覧できる。『詩人』の総目次と戦後の詩史で軽く見られて来た経緯、およびその実際的な意義などが説かれていてたいへん参考になる。詳しくはそちらをのぞいていただくとして、ここでは二号掲載の詩を三篇、小野十三郎の「地下の夜](『抒情詩集』爐書房、一九四七年に収録、ただし改行と仮名遣いが異なる)、杉山平一「三角」と山本沖子「破れた絵本」(『花の木の椅子』創元社、一九四八年に収録)を引用しておく。


  地下の夜   小野十三郎

 終発が出た。
 もはや人かげもない。
 おや、しかし何かが ぼろのやうなものが
 あすこに
 とざされた捲土扉の前にまるくなつてゐる。
 しづかないびき声さへきこえる。
 電燈は朝までついてゐるか。
 打水をした地下は
 煌々と明るい。
     ○
 穴の奥に
 またたきもなく
 ただ一つ消え残つてゐる橙色光。
 真暗な夜の川がその上をながれてゐる。
     ○
 風がある。
 木生羊歯のにほひだ。



  三 角   杉山平一 

 積木の中の三角が木が好きだ。町売
 りのアイスクリームの容れ物のかた
 ちや、道化の帽子のかたちとしてで
 なく、積木を建築に見せるてつぺん
 にあるものとして。それは塔の上に
 つねに高く、記憶のかすみの上に雑
 踏を超えて立つてゐる。



 破れた絵本   山本沖子

 美しいプウシキンの詩の絵本をもつて
 私は門のそとにたつてゐた
 そこへ二匹の山羊がきて
 私の本をとつて食べはじめた
 私は悲しくなり
 さまざまにして
 やつと喰ひちぎられた絵本を
 ひしと胸に抱きかへした
 その時二匹の山羊はとつぜん
 美しい顔の
 乞食のやうな二人の少女の姿にかはり
 少女はうすぐらい蒼ざめた顔をふせて
 手にもつたかけた茶碗に
 溝の水を汲んで食事をはじめた
 私はひどく悲しくなり
 倉のなかへかけて入り
 鉄の扉をかたくとざして
 深い病の暗い胸に
 破れた絵本をひしと抱き
 プウシキンの
 軍人さんやお嬢さんや
 ロシヤの夜の青い月を夢みてゐた
 泣きながら
 私は夢みてゐた。


清水正一は昭和二十二年の初めに『詩人』創刊号に出逢った。『詩人』の新鮮さと存在の意義がよく分かる回想のように思うのでその一部を引用しておく(『犬は詩人を裏切らない』手鞠文庫、一九八二年九月二〇日、より)。

《「それにもかかはらず神々は死んでしまった」それにもかかわらず……と、自分は胸のなかで、つぶやかざるを得なかった。
 終戦の翌々年(昭和二十二年)のはじめに京都から出た「四季」系統とみられる『詩人』創刊号(責任編集・竹中郁・長江道太郎)の扉にあげられた言葉である。言葉は月桂樹の葉のようなもので飾られていた。表紙裏のシベリア色ならぬスイッチョ?といい、わたし好みの清楚な意匠であった。敗戦後の混沌とした暗い早春の日に、大阪駅前の本屋でこれ(『詩人』)をみたとき、しばらくはそこを離れられぬやうな感銘をおぼえたのも事実である。
  くに
  やぶれて
  さんがあり。
 別の意味こそ重大で、根のふかい帰郷者[ぽえと]の悲しみのようなものが霰の如くわたしに降った。》

《日本の海・陸精鋭は草も生えぬまでに全滅したのに、『詩人』の堂々たる目次に皮肉や「サムライ日本」を痛感した。》

《『詩人』の目次をひらくと、杉山平一はじめ、気にかかっていた詩人、好きな詩人、親しめぬ詩人、虫のすかぬ詩人、オオ!ここにこうして生きている、という感激のようなものもこみあげてくるのだ。》

  *

家庭の事情によりしばらくブログを休みます。ご心配なく。
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by sumus_co | 2011-09-18 20:44 | 古書日録

第3回古本フェス 終了

第3回古本フェス@トリペル 〜秋がくるから、あの本、この本〜
獅子の歯 古書ダンデライオン雑記
http://oldbookdandelion.blog108.fc2.com/blog-entry-326.html

「古本オコリオヤジ」は渋めの本をなるべく安くということで選んでみました。お買い得がきっとあると思いますので、どうぞよろしく! 以下展示準備中の様子。

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トリペル
http://tripel.blog2.fc2.com/
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by sumus_co | 2011-09-18 13:53 | もよおしいろいろ