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ナジャとお雪

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今日は荷風忌。昭和三十四年四月三十日朝、市川市八幡町の自宅で死んでいるのが見つかった。胃潰瘍の吐血による心臓麻痺と診断されたという。七十九歳に余ることおよそ五月。

このところアンドレ・ブルトンの『ナジャ』をガリマールのフォリオ(一九八四年版)で読んでいたのだが、ようやくに読み終わった。和訳はたしか二十年以上前に途中までトライして、その後、古本屋に売り払ってしまったので、内容はほとんど何も記憶していなかった。ブルトン一流の分かり難い文章(主語がとらえがたく、まるで日本語の古文を読むよう)、とはいってもエッセイなので、なんとか読み終えられた。墓参りまでしておいておかしな話だが、ブルトンは著述家というよりもコネスール(目利き)として存在感のある人物と思っているので読破の必要性を感じなかったのだ。読んでみてあらためて気づいた、これはまるで墨東綺譚じゃないか!。

もちろん荷風が墨東綺譚を擱筆したのは昭和十一年で、ナジャよりも八、九年も後のことになる。しかし似ているのだ。まず何より、二人は街をよく歩いている。歩きながら観察している。ちょっと前に流行ったフラヌール(flâneur、散歩好き、のらくら者)という言葉がぴったりの人種である。

On peut, en attendant, être sûr de me rencontrer dans Paris, de ne pas passer plus de trois jours sans me voir aller et venir, vers la fin de l'après-midi, boulevard Bonne-Nouvelle entre l'imprimerie du Matin et le boulevard de Strasbourg.

ボン・ヌーヴェル大通り、「マタン」の印刷所とストラスブール大通りの間で三日以上私(ブルトン)に出会わないということはないだろうというような意味。「マタン」は新聞紙。ポワッソニエール大通りにあった。一九一〇から二〇年頃には百万部を越える勢力を誇っていたが、ちょうどこの時期、一九二〇年代の後半には部数が激減していた。一九四四年に廃刊になっている。いずれもパリ市内東北部(十区)東駅からサンドニ界隈ということになる。そのあたりを毎日のように目的もなくぶらついていた。芝居や映画を観たり、蚤の市をひやかしたり、廃墟をぶらぶらしたり。

一九二六年十月四日の夕方、ブルトンはユマニテ書店でトロツキーの著書を買った後、ラファイエット通りをたどってオペラ通りへ向っていた。ちょうど仕事の引け時でサラリーマンたちが帰り支度に忙しかった。とても革命なんぞは起りそうもないようすだ。ある交差点で、こちらへ向ってやってくるみすぼらしい身なりの若い女と目が合う。その目に惹き付けられて、声をかける……とこれがナジャとの出会いだった。ナジャはロシア語ナジェージダ (надежда 希望、期待)を縮めた呼び名である。そしてこの不思議な女性との不思議なつき合いが始まる。

荷風がお雪と出会ったのは六月末の夕方。その日、荷風は小説の舞台にしようと浅草から玉の井へ街を観察に出かける。すると

《あたりが俄に物気立つかと見る間もなく、吹落ちる疾風に葭簀や何かの倒れる音がして、紙屑と塵芥とが物の怪のやうに道の上を走つて行く。やがて稲妻が鋭く閃き、ゆるやかな雷の響につれて、ポツリポツリと大きな雨の粒が落ちて来た。あれほど好く晴れてゐた夕方の天気は、いつの間にか変つてしまつたのである。》

だが、荷風はあわてずにいつも持ち歩いている傘を拡げる。

《いきなり後方から、「檀那、そこまで入れてつてよ。」といひさま、傘の下に真白な首を突込んだ女がある。油の匂で結つたばかりと知られる大きな潰島田には長目に切つた銀糸をかけてゐる。わたくしは今方通りがゝりに硝子戸を開け放した女髪結の店のあつた事を思出した。》

というような馴れそめで、女の仕事場に毎日のように出入りする仲となるのである。
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by sumus_co | 2011-04-30 20:52 | 古書日録

カンディンスキーと青騎士

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兵庫県立美術館で開催中の「カンデインスキーと青騎士」展を見る。レンバッハハウス美術館所蔵品だそうだ。レンバッハ・ギャラリーは大昔に訪れたことがある。ただ、フランツ・マルク(本展にも何点か出ている)がたくさん並んでいたのが印象的だったが、それ以上はあまり覚えていない。美術館から外に出ると公園のようになっており、そこに備えられたチェス盤のテーブルでおっさんたちがのんびりチェスをやっていたのは、たしかここだったような気もする(めずらしくない光景ではあるが)。

展示はレンバッハ、シュトックからはじまり(これらは十九世紀の作品)、カンディンスキーを中心にした青騎士グループ、ミュンター、ヤウレンスキー、マルク、マッケ、ヴェレフキン、の他にパウル・クレーが一点あった。一九〇一年から一三年まで、具象から半具象、そして抽象へと変化してゆく揺籃期の推移がうかがわれる。カンディンスキーは別にするとヤウレンスキーがなかなかいい感じだったように思う。

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『青騎士年鑑』(DER BLAUE REITER, 1912)に第一回青騎士展のパンフレット(タテ十センチ余の升型冊子)が見られたのが良かった。

入場者はぼちぼち。ほんとにこの美術館は迷路のようで、方向感覚だけには自信のある小生も、どっちがどっちなのか、順路の指示に従って進むのみ。かつてこの美術館が王子公園にあったときには二階に巨大な展示室が一つだけというじつにシンプルな建物だったのと対照的である。

コレクション展として行なわれている「伊藤文化財団設立30年記念寄贈作品の精華」もなかなかだった。伊藤ハムの創業者伊藤傳三の意志によって作品寄贈(現在七〇五点)と展覧会への助成金贈与が行なわれてきたという。安井曾太郎の初期デッサンや表紙画の下絵、岸田劉生、小出楢重も貴重な作品。吉原治郎が何点か、粒よりだった。

三宮まで出て丸萬(http://sumus.exblog.jp/7363133)でワンタンメンとやきそば。あっさりと(このところ麺類ばっかりの紹介ですが……)。

元町のギャラリー・ロイユで山下陽子新作展を見る。山下さんならではの世界。滋賀県美で出会ったジョセフ・コーネルに触発されて以来のコラージュということだが、手法はたしかに似通っていても、まったく彼女の独自の仕事になっている。

http://www1.odn.ne.jp/graveuryy/information2.html
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by sumus_co | 2011-04-29 17:38 | 雲遅空想美術館

北書店1周年記念展覧会 5月8日まで

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林哲夫展 4月1日(金)〜5月8日(日)

「林さんは画家だが、文筆家で、装丁家で、古書愛好家でもある。もちろん読書家でもある本好きの林さんの描く本の絵は、本の姿の中に、本の世界が、時間が、体温が、溶けている」(大倉宏)

北書店 - north book store -
〒951-8124
新潟市中央区医学町通2番町10-1 ダイアパレス医学町101
TEL&FAX:025-201-7466
定休日:第1、第3日曜日
営業時間:9時45分~20時
http://www.kitashoten.blogspot.com/
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by sumus_co | 2011-04-29 08:28 | 画家・林哲夫

阪神地方水害

昨日の元町の水害絵葉書で思い出した、「阪神地方水害」と題された絵葉書を二十一種類ほど持っていたことを。戦前にはニュース速報的な天災や事故をテーマにした絵葉書が多く発行されている。

芦屋付近の惨害
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省線住吉駅付近の濁流
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神戸宇治川に押寄せられた家屋
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西宮市役所付近
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阪神電車線路上の避難民
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生田神社大鳥居付近
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水禍後の福原花街
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復興に男々しく起上つた学生陣(三越付近)
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海軍救援隊来たる(築港) 関西地方大風水害
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「神戸水害實況はがき」他
http://www.hi-net.zaq.ne.jp/yousan/core-room2-3-6.htm
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by sumus_co | 2011-04-28 21:06 | 古書日録

モダン日本 昭和七年六月号

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ハマダ氏より佐野掲載誌情報を頂戴した。篤くお礼申し上げます。表紙の画はなんと松山省三である。

モダン日本
昭和七年六月一日発行
モダン日本社=東京市麹町区内幸町一ノ三大阪ビル四階文藝春秋社内
発行兼印刷編集人=馬湘圭

佐野繁次郎・画「本日試合なし」
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by sumus_co | 2011-04-28 14:06 | 佐野繁次郎資料

神戸元町「本庄」

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『こうべ元町100年』(元町地域PR委員会、一九七一年一〇月二〇日)の写真より、昭和十三年に阪神大水害に見舞われた神戸元町。六丁目にあった三星堂の前から東を見たところのようだ(ということは三星堂は山側にあった)。三星堂の二階がソーダファウンテンになっており、神戸文化人のたまり場のひとつだった。このときには元町西側入口にあった宇治川が氾濫し大丸前の一丁目まで元町全体が泥の海と化したという。

昨日少しだけ触れた季村敏夫さんの「本庄」、その記事がどこかにあったと思って探していたら、水害の三星堂を見つけたというわけだ。次は『喫茶街』昭和十二年一月号(話の王国社森田書房)の「阪神茶房巡り」に出ている「阪神・野田・茶房パリス」の女給さん。神戸の喫茶店案内もあるのだが、六丁目「三星堂」、一丁目「ブラジレイロ」、五丁目「モトブラ」、一丁目「ビーハイブ」だけしか紹介されていない。残念。
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さらに岸本水府『京阪神盛り場風景』(誠文堂十銭文庫、一九三一年四月一五日)を当ってみると、「元町」の項にこう書いてあった。

《この町のカフエーの創設者ともいふべきフルーツホール、三十一年型のエスペロ、洋書の金文字が光る書店で川瀬日進堂、宝文館、その日進堂の横町を入ると鰻屋の江戸幸、小料理の穴門亭、大部分外人の客が来るビフテーキ屋などがあるが、さらに本通に戻ると精肉屋でみつわ、恐らく日本で最も古いだらうと言はれてゐる柴田洋服店、楠公父子訣別の画を瓦形の煎餅へ焼きつけた煎餅屋の亀井堂、きんつばで名高い高砂屋、本庄写真部と喫茶部、大丸食堂などである。》

場所を書いてくれていないのが残念。《三十一年型のエスペロ》とは店主がエスペラント語を勧めるエスペロ書店のことだろうか? 川瀬日進堂は二丁目、宝文館は五丁目、柴田洋服店は四丁目、亀井堂は六丁目、高砂屋は三丁目。う〜ん。ならばネットで調べた方が早いかと思ったら、案の定である。

元町通の写真機店(4) 「本庄商会」
http://kobe-motomachi.or.jp/cont06/cont06-840.htm

本庄商会のマッチラベル
http://kdskenkyu.saloon.jp/ml02mot.htm

大正三年に元町三丁目山側「本庄呉服店」内に「本庄商会」は創業した。渡米してイーストマン・コダックに入社した経歴を持つ本庄憲三郎が店主であった。大正九年にはコダックの社長が来店、十五年には六丁目に「本庄商会卸部」を開設し、三丁目の店を改装して「本庄フルーツパーラー」を開店したという。これで及川英雄の回想が不正確(または誤植)だということがほぼ確実になった。

ついでに『こうべ元町100年』に出ている別の写真「昭和初年の元町1・2丁目」。これはモノクロ・コピーなのではっきりしないが、検索してみると、この角度から撮った元町の写真絵葉書はいろいろ出ているようだ。
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左の端にコダックの看板が上がっている。看板だけで店は左手前で切れてしまっているのだろうが(?)、ひよっとしてここが本庄商会かもしれない。
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by sumus_co | 2011-04-27 21:11 | 喫茶店の時代

きりぎりす

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古活字版『伊曽保物語』(寛永十六=一六三九年、天理図書館蔵)の一葉。『イソップ物語』は古くはきりしたん版(天正十八年、遣欧少年使節団が持ち帰った印刷器具によって天草で出版された二十九種の刊行物)にも『イソポのハブラス』(文禄二=一五九三年)と題して飜訳されており、古活字版だけでも九種が確認されているという。

五年間無休連載のブログ「柳居子徒然」に『アリとキリギリス』に関する話が出ていたので、たしかジェイムズ・ジョイスも好んだこのイソップ寓話がどんな内容だったか確認してみたくなった。

天草本『伊曽保物語』(新村出飜字、岩波文庫、一九三九年)ではこうである。

《 蝉と蟻との事
 ある冬の半ばに蟻どもあまた穴より五穀を出(だ)いて日にさらし、風に吹かするを、蝉が来てこれを貰うた。蟻のいふは、「御辺(ごへん)は過ぎた夏秋はなにごとを営まれたぞ」。蝉のいふは「夏と秋のあひだは吟曲にとりまぎれて、すこしも暇(ひま)を得なんだによつて何(なに)たる営みもせなんだ」といふ。蟻「げにげにその分(ぶん)ぢや、夏秋謡ひあそばされたごとく、今も秘曲を尽されてよからうず」とて、さんざんに嘲り、すこしの食を取らせて戻(もど)いた。
  下心
 人は力の尽きぬうちに、未来の務めをすることが肝要ぢや。すこしの力と閑(ひま)あるとき、なぐさみを事とせうものは必ず後(のち)に難をうけいで叶ふまい。》

そして次の挿絵は『万治絵入本伊曽保物語』(武藤禎夫校注、岩波文庫、二〇〇〇年)より上巻第三「柿を吐却する事」。上巻はイソップの伝記で挿絵のなかにもイソップが描かれている。右中段の坊主頭の男性。イソップは紀元前七世紀から六世紀に実在したらしいギリシャ人アエソポス(Αἴσωπος)。その名は「長さの違う足をした」という意味だそうだ。戦争のときに捕虜になって負傷したということらしい、むろん伝説の域は出ない。
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同じく「蟻と蝉との事」(図の下部は別の話)。蝉に註があってこう書かれている。《地中海沿岸の温暖な所では蝉だが、寒冷の中欧以北では蝉が生息せず、代って多く蟋蟀(キリギリス)を出す。》と、この言葉の通り一八六三年にロンドンで刊行されたトマス・ジェームズ訳では「The Ant and the Grasshopper」である。
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内容はだいたい同じだが蟻の態度がいっそう冷たい。天草本では《すこしの食を取らせて》と慈悲を示しているのに対して、こちらは

《「御辺は、春秋の営みには、何事をか、し給ひけるぞ」といへば、蝉、答へて云く、「夏秋、身の営みとては、梢にうたふばかりなり。その音曲に取乱し、隙(ひま)なきまゝに暮し候」といへば、蟻申しけるは、「今とても、など、うたひ給はぬぞ。『謡(うたい)長じては、終に舞』とこと承(うけたまわ)れ。いやしき餌食を求めて、何にかは、し給ふべき」とて、穴に入りぬ。》

にべもない。なお「謡長じては、終に舞」というのは武藤の註には《芸事に凝ると、深みにはまって止められぬことの譬え》とある。舞でお仕舞い?

二千六百年前以来こういう寓話が意味をもってきた。十四世紀にはたいへん流布したらしい(だからきりしたん版にも取られているのだろう)、そして十七世紀以降にはラ・フォンテーヌの寓話としても有名になった。ただ「アリとキリギリス」の教訓についていえば、現代の日本では(日本にかぎらないが)ひょっとして意味をもたないかもしれないというのはなんという皮肉であろうか。

Makino さまにご指摘いただいて、ラ・フォンテーヌの「La Cigale et la Fourmi」(蝉と蟻)を探してみた。最後の台詞は以下のごとし。フランスは地中海に面した国だけにキリギリスじゃなくて蝉としてある。

«Que faisiez-vous au temps chaud ?
Dit-elle à cette emprunteuse.
Nuit et jour à tout venant
Je chantais, ne vous déplaise.
- Vous chantiez ? j'en suis fort aise.
Eh bien : dansez maintenant.»

蟻の台詞だけ意訳すると

夏は何されておった、なんと、歌っておられたと?
それはけっこうなことじゃ。
ならば、今は踊り候らえ。

踊れというのはラテン語版がこうなっているようだ。それにしても蝉に踊れはどうなんでしょ。
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by sumus_co | 2011-04-25 22:19 | 古書日録

香川県の古書店の歴史

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小生、讃岐出身ということで香川県の古本屋の話題もちょくちょく出しているが、高校時代まではさほど古本に興味がなく、当時の讃岐古本事情もほとんど知らない。数軒の店舗を記憶するだけ。それらはもうすべて閉店してしまっている。

『ちくま』の二〇〇九年二月号表紙に讃州堂書店を描かせてもらったことがきっかけで、同郷の某氏より『香川県の古書店の歴史』という貴重な原稿の刷物を頂戴することになった。某氏は小生の実家の隣町にお住まいで古書蒐集歴も五十年になられるという。そんな間近に大先輩がおられたとはまったく知る由もなくうかつであったが、長年にわたり香川県および四国四県の古書店の歴史を調査しておられるというのも、また、驚きであった。

小生はかつて『神戸の古本力』(みずのわ出版、二〇〇六年、版元品切れ)なる書物を刊行して、やや安直ながら戦前から当時までの神戸市を中心とした兵庫県の古書店の住所や地図を拾い集めたことがある。それよりももっと充実した香川版というか四国版の古本力についての調査とは、考えが及びもしなかった。

讃岐からは著名な儒者も出ており(後藤芝山、藤沢東畡・南岳ら。ちなみに南岳は小豆島の「寒霞渓」、大阪の「通天閣」の命名者で「仁丹」の命名にも協力したコピーライターとしても著名)、江戸時代にも本屋(古く本屋は出版〜新刊販売〜古書販売のすべてを手がけていた)はあったろうが、それはさておいて、本稿では明治十年開業の更生館書店(後の宮脇開益堂〜宮脇書店)以降の古書店についての情報が網羅的に集められ、古書目録の類いについても新知見が盛り込まれており、じつに興味深く貴重な記録となっている。ぜひ四県の古書店史を一冊にして公にしていただきたいものと切に望む。

古書目録は古書店の歴史を知るうえで重要な資料である。最近では古書目録にしばしば古い古書目録がそれなりの値段で掲載されているのが目につくようになった。そして古書目録を集めている図書館も登場した。

千代田図書館 古書販売目録コレクション
http://www.library.chiyoda.tokyo.jp/search/kosho.html

今月の『日本古書通信』のアンケートで吉川登氏が昨年一年間にメールも含めて四四九冊(件)の目録が届いたと書いておられた。以前直接うかがったときにも同様のことをおっしゃっておられ、特別な目録以外はすべて捨てるとのことであった。もし全部残しておけるスペースがあるならば、すごいコレクションになるだろう。

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高知県の平和堂書店が刊行した古書目録『高知たより』第一号(一九三七年二月)。昨年たまたま入手したもので、四国の古書店の古い目録はこの一種類だけしか架蔵していなかった。ただし二冊あったのでお礼代わりとして『香川県の古書店の歴史』の著者の方に差し上げた。高知では有力な店だったようだ。開巻一頁目がすべて印に関する本(壬生水石関連)なのにあらためてビックリ。

《1 学古印正 壬生水石自筆稿本
壬生水石は幕末の土佐藩士で、経学に通じ、詩書を善くし、最も印刻に長じてゐました。その印刻の名は天下に聞え、山内容堂、広瀬旭荘、大槻磐渓、梁川星巌など多数名士の印を刻してゐます。この本は、朱で丁寧に描いた数十の印面の図解あり、和漢古来の印の研究書で、水石苦心の著述の自筆稿本であります。》

これが十二円。4『壬生水石翁印譜』も傷み有りで八円としてある。面白いことに旧蔵者の計算書きが残っており、1〜4まで四冊合計36.00円マイナス3.60で32.40円となっている。四冊買って一割引にさせるということらしい。まあ、現在なら二十万円ほどの額だろうから、当り前かもしれない。

四国四県に関する古書店情報、資料などお持ちの方はぜひ小生までご報いただければと思います。よろしくご協力のほどをお願いいたします。
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by sumus_co | 2011-04-24 20:12 | うどん県あれこれ

細合半斎

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昨日の『黄葉夕陽村舎詩後編』で引用した書き入れのすぐとなりにも興味深い記述があった。「次韻合麗王見贈」と題された詩の註。漢字を引き写すのが面倒なので写真で見ていただく。「次韻」は他人の詩と同じ韻字をその順序通りに用いて詩を作ること。タイトルの「麗王」に《字(あざな)ナリ》とあって上部に《細合半斎》と記している。

 能書ニテ真行草
 三体ヲ窮ム
 先生麗王ノ子某ヲ元ヨ
 リ識ル因テ麗王ノ事ヲモ
 聞及ヨブヲ云ナリ

細合半斎(ほそあい・はんさい、享保12年1727~享和3年1803)、名は離のち方明、字を麗王、半斎・学半斎・斗南・白雲山樵・太乙眞人・武庫居士などと号し、通称は八郎右衛門または次郎三郎。伊勢の人。書は松花堂昭乗の流れを汲む滝本流に私淑。篆刻もよくした。京から浪華に転じ、菅甘谷の門に入り、混沌詩社の加わった。江嶋庄六あるいは細合八郎衛門の名で書肆を営んでもいる。

菅茶山は延享五年(一七四八)生れなので《子某》(長庵?)と同じくらいの世代ということになる。《聞及ヨブヲ云ナリ》と註されているが、菅茶山も混沌詩社に加わったことがあるそうだから麗王に会っているのだろう。詩の《鳳穴》は混沌詩社のような場を指すか。《謝超宗》は文に優れた南朝宋から梁にかけての政治家らしい。

半斎の篆刻がどのようなものなのか知りたかったが、今手許にある貧しい資料のなかには何も見つからなかった。ただ『書道全集 印譜・日本』(平凡社、一九七一年四刷)を開いてみると、菅甘谷門人で混沌詩社に加わった印人には葛子琴(一七三九〜八四)があり、また曾之唯(そうしい、一七三八〜九七)は半斎の門人だとしてある(曾之唯の墓碑銘は半斎の撰になる)。二人とも篆刻は高芙蓉に学んでいるから、おそらく半斎の印もその系統だろうか。参考までに曾之唯の印を二点引用しておく。
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by sumus_co | 2011-04-23 22:05 | 古書日録

深泥池

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by sumus_co | 2011-04-23 14:57 | 写真日乗