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ああ!美しきモダーンズ

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神戸ファッション美術館へ。「グレゴリ青山のモダン画廊」を見る。グレゴリさんのデザイン専門学校時代の作品から(とってもいいです)、近作の外地モノまでの原画とグレゴリ・コレクションの戦前モダン資料(雑誌、絵葉書、ポスターなど)を展示している。美術館本体ではおもにアールデコ時代の各国のファッション(シャネルやポワレなどの実物のドレスなど)とファッション関係の雑誌資料など、およびプラトン社、資生堂などの化粧品関係の雑誌・広告デザインやパッケージの展示も。予想以上に楽しめた。

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阪急京都線梅田下車、JR大阪駅からJR住吉駅、そこからモノレール六甲ライナーで六甲アイランドのアイランドセンター駅下車というコースで来た。帰りは住吉から一駅、六甲道までJRに乗り、そこで降りて、宇仁菅書店の店頭をひやかし、
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口笛文庫へ。春めいた好天、つぎつぎと近所のお客さんが。
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サンボーホールは全体で前年より成績が良かったそうだ。それは何より。口笛さんもまずまずの好成績だったとのこと。店内に積み上げてある正体不明に近い雑本や雑誌を中心にゆっくり見る。ひさしぶりにモンクのCD「THELONIOUS ALONE IN SAN FRANCISCO」(VICTOR, 1986)を求める。
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口笛さんを紹介した過去の記事

口笛文庫 2009-12-27
http://sumus.exblog.jp/12569920

口笛文庫 2008-06-15
http://sumus.exblog.jp/8801196

口笛文庫 2007-08-05
http://sumus.exblog.jp/7246425
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by sumus_co | 2011-03-31 17:30 | もよおしいろいろ

謹賀新年昭和五十年元旦

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植草甚一の年賀状を入手した。同じ絵柄の年賀状が『植草甚一マイ・フェヴァリット・シングス』(世田谷文学館、二〇〇七年)にも掲載されている。そちらは関口良宛。こちらは集英社出版部の某氏宛。集英社からは単行本を出していないはずだがと思いつつ、同書の参考文献目録を調べてみると、一九七三年に『Weeklyプレイボーイ』に「植草甚一 趣味で一生をつらぬき通す雑学ダンディ」などの記事が出ているからその関係だろうか。

植草甚一はコラージュについてこんなふうに書いている。「そこにあるのに発見できない 池田満寿夫とぼく」(『いつも夢中になったり飽きてしまったり』番町書房、一九七五年四月二五日、所収、初出は『池田満寿夫全版画作品集』美術出版社、一九七二年)より。

《コラージュというやつは、手元にある無関係な切り抜きをくっつけ合わせ、それが自分の気にいるようになりながら、なにか別のものに変化してしまうときの快感にあるのであって、それはほとんど即興によってできあがってくる。誰にだってできることだし、ぼくも数年間やってきたが、そんなときはいつもエルンストの『百頭女』や『慈善週間』が、お手本のようになって頭にこびりついている。最近いちばん感心したのはジャック・プレヴェールの『ファトラ』で、どうしてこんなに素晴らしい想像力が生まれてくるんだろうか、これにはとてもかなわないなと思ったものだ。》

『百頭女』や『慈善週間』については二〇〇九年七月に書いたことがある。瀧口修造もシビレてしまったシロモノだ。

http://sumus.exblog.jp/11524274

プレヴェールのコラージュは素晴らしい。折しも現在、パリの Maison Européenne de la Photographie において「Collages de Jacques Prévert, Photos détournées」という展覧会が開催中である(四月十日まで)。見たーーい!

Jacques Prévert『Fatras』(Gallimard/NRF, 1966)、下は元版ではなく新書サイズのフォリオ・シリーズ(ガリマール)。

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いずれプレヴェール・コラージュ展の図録は入手するとして、植草甚一のコラージュ作品集でもどこか出版してくれないものだろうか。それまでは『植草甚一主義』(美術出版社、一九七八年)でも眺めておこう。
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by sumus_co | 2011-03-30 21:30 | 古書日録

ストイケイオン 彷書月刊

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『ストイケイオン』XVI(二〇〇二年一一月二〇日)、XVII(二〇〇四年四月一日、装幀=渡辺逸郎)、XVIII号(二〇〇五年七月一日、装幀=渡辺逸郎)。先の帰郷のときに納屋から捜し出してきた二冊とその後某氏より恵投いただいた一冊。発行はなないろ文庫ふしぎ堂、編集は星谷章・田村治芳。ストイケイオンはギリシャ語、意味は「a small upright post, or the shadow II. a first beginning, first principle or element: a simple sound of the voice, as the first element of languge……」(GREEK-ENGLISH LEXICON LIDELL AND SCOTT, OXFORD, 1966)。

田村さんは「倉尾勉とわたし」という連載をXVI号より開始しており、第一回目が「記憶の中の倉尾と記録の中の倉尾」、第二回が「むらたかんじ伝」、第三回が「榛葉繁さん」。

「記憶の中の倉尾と記録の中の倉尾」には倉尾氏の回想記と田村さんの日記が登場する。倉尾氏は十七歳の田村さんをこういうふうに見ていた。《この土地》は和歌山県のこと。田辺高校時代。

《やがて、Tの家へいった。教師というその親のこと、Tの家の構えから、Tは中産階級、それも、この土地の人間でないということも、ぼくは知った。Tはまた、ごくひかえめに静かにしゃべっていた。ぼくは荒いことばでしかえすことを、田舎に近い山の中で育ったぼくにはTの家がうらやましかった。》

《Tはちゃんとした営みをその中にもって、ぼくとちがって、孤独ではあったが、陽気な孤独という、おたがいを知ることから、ぼくはTのことをはじめて得ることのできた友人と思うようになった。》

《反面、インテリじみた、顔ざしを、青いんだと、自分でも言っていた。そして、やせた肉を、ぼくは、Tの特性として目にやきつけ、いつまでも忘れなかった。》

一九六九年四月、二人は上京して、倉尾氏は国学院大学に、田村さんは美学校へ入学する(ペン画教場)。田村さんの当時の日記から。

《朝起きるとおどろいた。倉尾から電話があって会いたいという。十一時に氷川神社でまちあわせ、で、天井桟敷でいっぱいのんで、それからシナノ町で黒田三郎についての現代詩のサロンがあるというのでいく。荒川洋治の主催でたいしたことはなかったのである。MURという雑誌もらってきたがこれも大した事なし。》(四月二十日)

《おそらく、ふらちにも荒川洋治さんとタメをはろうとしていた》との解説がある。《天井桟敷でいっぱいのんで》はコーヒー? 氷川神社は各地にあるが、先日紹介したばかりの並木橋の天井桟敷に近いとすれば、これは渋谷区東二丁目の氷川神社だろう。一九六九年で時期もぴったり。さらに五月二十九日、

《高田馬場のラビアンローズにきてくれというのでいったら田中なにがし(本名……一郎)という人の詩集「栗あけび」の出版記念会で、人数は荒川君ヤスダさん倉尾本人それに手ツカオサム君とかで五人よせがきなどした》《荒川さんの家へ行って倉尾と三人で夜があけるまで話をしたのである。これも少し長くなるのではしょる。彼のアパートは四じょう半である。》

四畳半の青春だ! そして田村さんは倉尾、山野真悟、F、の四人で九月創刊をめざして『世紀』という同人雑誌を始めることになる。

倉尾勉詩集など
http://sumus.exblog.jp/14954516/

「むらたかんじ伝」は『少女原写真』のモデルとなった村田幹司について書かれている。同人雑誌『世紀』の印刷を第ニ号目から引き受けていた印刷屋「青々社」の主人。七号目からは田村さんたちが村田氏より菅沼式タイプライターをゆずってもらい自分たちで印刷をするようになった。

《新宿西口にあったタイプの活字屋さんも教えてくれた。盤面にない活字は、そこに買いに行くのだ。一本づつ売ってくれた。その活字屋さんの入口には、もう古くなって捨てる活字がバケツにほうりこまれていた。なんだか変な気がした。》

活字は捨てるのではなくて溶かして鋳造し直すのではないだろうか。その村田氏が一九七二年に発病し入院、六十歳で亡くなる。《わたしは、村田さんをめぐる物語をつくった。「少女原写真」という題名の、しかし、何というかたくるしい文章だろうね》。かたくるしいというか真摯な文章だ。

『少女原写真』
http://sumus.exblog.jp/14684153/

この青春記に続いて後日談がある。平成十一年、知人に頼まれて遺品の蔵書を整理して市場に出した。その中に『村田幹司君追憶の綴り』(一九七三年四月一七日)という本を見つけるのである。それによれば村田は大正元年愛知県生れ、静岡高校を経て東北帝国大学法文学学部へ入学し、昭和十二年に満州国官吏採用試験に合格。大同学院八期生となり卒業、内務局地方処勤務の後十三年に徴兵され陸軍主計少尉、漢口兵站病院入院、十七年召集解除、帰国。結婚後、再渡満。終戦まで官吏として勤める。終戦とともに愛知県に引揚げ、二十四年に上京、二十九年離婚、各種事業を画策した後、謄写活版印刷業を自営した。《そして、一人になった村田幹司さん、青々社主人に、あたしたちは出会った》ということである。

倉尾勉の詩「跡部屋」より後半部分。

 あなたの手もとから旅立った
 活字の波小冊子の数々
 もはや向かうことない
 タイプライターだけ残った
 あなたの仕事場
 あなたの境涯を埋めた愛
 そのついえなく見守っていた
 すがる孤老の年数が
 満たされた
 苦い時間を耐える男となる
 踏みならされたあなたの超越
 その飛躍を記した
 朝の眠りを妨げられず
 断裁した紙の切れ間へと響く
 訪れた足音を死んだ

田村さんはこう書く。《ひとが死んで、その人の墓をたてるように倉尾も村田さんの詩をつくったのだな。そして、その後、倉尾勉は村田さんの形態とは異なるけれど、印刷を業とするようになった。》……そして田村さんは『彷書月刊』の発行人となった。

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『彷書月刊』創刊号(一九八五年九月二五日)〜通巻第六号(一九八六年二月二五日)。題字はいずれも北川太一、表紙レイアウト・カットは渡辺逸郎。
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by sumus_co | 2011-03-29 21:34 | 古書日録

アンリ・ミショオ詩集

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『アンリ・ミショオ詩集』(小海永二訳、書肆ユリイカ、一九五八年一月一五日)。一乗寺の帰り道に善行堂にて。ミショーの生立ちなども割合と精しく解説されている。先月、街の草で求めた『プレヴェール詩集』と同じシリーズ。四角い判型、この形はたぶんフランスの詩集に触発されたのではないかと推測しているが、証拠物件はまだ入手せず。いずれ。

少し前にミショーのカタログと同時に紹介した『passages』、そこに『徒然草』第八十二段の引用があると書いた。それはこういう文章。

 Koyu, le religieux, dit : seule une personne de compréhension réduite désire arrager les choses en séries complètes.
 C'est l'incomplétude qui est désirable. En tout, mauvaise est la régularité.
 Dans les palais d'autrefois, on laissait toujours un bâtiment inachevé, obligatoirement.
 (Tsuredzure Gusa, par YOSHIDA NO KANEYOSHI, XIVᵉ siecle.)

これを『新訂徒然草』(西尾実・安良岡康作校注、岩波文庫、一九九一年八五刷、底本は烏丸光広本)で見ると。

《弘融(こうゆう)僧都が、「物を必ず一具に調(とゝの)へんとするは、つたなき者のする事なり。不具なるこそよけれ」と言ひしも、いみじく覚えしなり。
 「すべて、何も皆、事のとゝのほりたるは、あしき事なり。し残したるをさて打ち置きたるは、面白く、生き延ぶるわざなり。内裏造らるゝにも、必ず、作り果てぬ所を残す事なり」と、或人申し侍(はんべ)りしなり。》

もう一例『徒然草』(川瀬一馬校注、講談社文庫、一九八二年三二刷、底本は慶長初年刊の古活字本)を引いてみる。

《弘融僧都は、「ものを必ず一具にととのへんとするは、つたなき者のすることなり、不具なるこそよけれ。」と言ひしも、いみじくおぼえしなり。
 すべてなにもみな、ことのととのほりたるは、あしきことなり。し残したるを、さてうちおきたるは、おもしろく、いきのぶるわざなり。「内裏造らるるにも、かならず作りはてぬところを残すことなり」と、ある人申しき。》

慶長初年は一五九六。烏丸光広(からすまる・みつひろ、一五七九〜一六三八)と同時代ながらテクストの細かいところはかなり異なっている。ま、それはいいとして、仏訳はやや問題ありだろう。省略が多過ぎる(ただしミショーが部分的に引用したのであれば話は別だが)。

英訳を探してみると『THE MISCELLANY OF A JAPANESE PRIEST』(Transration by WILLIAM N. PORTER, HUMPHREY MILFORD, 1914)の pdf. が公開されていた。該当部分。

《Koyu says, ‘Things which are made all exactly the same are doubtless the work of those who have but little taste ; ’tis[ママ] better to have dissimilarity‘ ; and he is certainly right.
 Generally speaking, uniformity in anything at all is bad ; it is better to leave a little imperfection, and thereby your life(being more natural)will be prolonged. There are some who say that when a palace is being built, you should never fail to leave one little piece of it uncompleted.》

ひとつだけ。「ととのほりたる」をフランス語では「la régularité」、英語では「uniformity」としている。どちらも整っている、均斉という意味のようであるが、上記二冊の文庫本における現代語訳は前者が「物事の完全に出来上っているのは」となっており、後者も「物事が完全であるのは」である。「完全」で訳がそろっているのは意外だった。いつも思う事だが飜訳というのはほんとうに難しい。

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『アンリ・ミショオ詩集』にはこんなチラシが挟んであった。得した気分!
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by sumus_co | 2011-03-28 21:40 | 古書日録

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間道(かんとう)は古く渡来した織物にちなむ縞模様の名称であるが(広東からとも)、意味するところが広くて、具体的にこれが間道だとは限定しにくいようだ。昨日の「高級手焼きおかき」包装紙は単に「棒縞」でいいのではないだろうか。特別な呼び名があるのかどうかは知らない。

縞は代表的な文様である。こんな小きれなどを集めて喜んでいる。ハデな縞二点はインド。いずれ佐野繁次郎じゃないけど、装幀の材料にでも使えればいいかなと。
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by sumus_co | 2011-03-28 11:29 | 貧乏こっとう

柳亭種彦日記

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朝倉治彦編『柳亭種彦日記 文化五年/文化七年』(古典文庫、一九五一年四月)。読んでいるうちにポロポロこぼれるような酸性紙にガリ版で印刷されている。しばらくぶりに訪ねた古本屋の店頭に古い岩波文庫が二百冊くらい。状態はよくないにしても珍しいタイトルが多かった。松平定信『宇下人言・修行録』(一九四二年)と上田秋成『膽大小心録』(一九三八年)とを抜き出して、なお注意していると、文庫より少し大きめの『柳亭種彦日記』が手に触れた。チラとのぞくと面白そうなので購入決定。三冊三百円也。

調べてみると一九七九年に朝倉治彦校訂・解説で秋山書店から活字本として刊行されており、古書価としてはガリ版本の方が高い。ただ自然劣化のため読むと壊れそうなので、まず背のところだけ和紙で補強し、菓子の包紙でジャケットをつくる。柳亭種彦に似つかわしいものを……と下京花屋町・菱屋の「高級手焼きおかき」包装紙を使用。

種彦の『偐紫田舎源氏』(一八二九〜四二)の端本はよく古本屋で見かけたものだが、最近はさすがにお目にかからない。天明三年(一七八三)江戸本所生れ。旗本の一人っ子だったという。名は知久、通称は高屋彦四郎、狂名は柳の風成・心の種俊、俳名は木卯、また三彦、愛雀軒、足薪翁、偐紫楼と号した。十四歳で父が歿し後を襲って録二百俵を食む。妻勝子は国学者加藤美樹の孫。そのため加藤家の蔵書を自由に読めたという。美樹(うまき)は賀茂真淵に学び、上田秋成の師でもあった。

《はじめ漢画を学び、ついで俳諧の古調を好み、また博学多識にして考証に精しく、のち小説の著作に従ひ、偐紫田舎源氏を著するに及び、名声一世に高く、当時の山東京伝曲亭馬琴と並び称せらる、天保十三年七月十八日歿す年六十》(日置昌一編『日本歴史人名辞典』)

文化五年/文化七年はまだ二十代のデビュー時代だが、江戸の戯作者の暮らしぶりがよく分かる。北斎老人も頻繁に登場する。たとえば文化七年三月の桜は?

《三日 北嵩子談州楼吉兵衛晴山子ともに上野へ行
 五日 種彦一人上野へ花見ニ行今年はおそく
 晴明 ひかん桜漸く盛りにて梅もいまたちり残り
    越路へゆきしこゝちす》
《十一日 谷峨子北嵩子晴山子と墨水の花を見 道に
    梭江子ニあふ 今年ハ花おそくやうやく満開
    なり》

文化七年(一八一〇)三月十一日はグレゴリウス暦でいうと同年四月十四日になる。たしかに遅い。日常生活では野菜の値段。

《去暮より大雪五度め菜が一わ三十文より
 二十四文ぐらいなり》(七・一・三)
《きのふなづなの代一とかぶ八文より三十二文くらゐまであり》(七・一・七)

そして百均(?)は江戸にもあった!

《去暮よりなんでも三十八文といふ売物はやる
 枕箱たばこ箱せうぎのこま小たんす小はり箱
 小くし箱火吹竹火おこしかましきことことく
 いふ[ママ]尽くしがたし 大路ニかざりたてよりどり
 ミどりが三十八文といふてうるなり》(七・一・十一)

また、商売柄か、こんな本を読んでいる。

《けふ万葉集一ノ巻をミる》(五・六・二三)
《近松作雪女五枚羽子板 梭江子より万治年間ノ板本醒睡笑巻借来ル》
(七・一・十七)
《大門屋敷五冊買来ル》(七・一・十八)
《夜こくせんや後日よむ
 享保頃之板本江戸名所百人首[ママ]かいきたる》(七・二・二十九)

『雪女五枚羽子板』(一七〇八)、安楽庵策伝『醒睡笑』万治版は三冊本、《大門屋敷》は錦文流『棠大門屋敷』(一七〇五)か。『国性爺後日合戦』(一七一七)、『江戸名所百人一首』。近松を熱心に学んでいたようだ。こんな記述もある。

《夜六ツ時机にかゝる 四ツ時床にいる 九ツ迄本を見る》(七・一・十二)

午後六時ごろから机に向い(執筆?)、午後十時ごろ寝床に入って午前零時ごろまで読書したということだろう。他にも引用したい箇所はいろいろあるが、切りがないので最後に『鱸庖丁青砥切味』(一八一一)が仕上がったときの序文を。前口上は省いて後半。

《全七冊青砥作者のなまくら物鱸包丁と漂題なせど口の巨舞台(おほきなぶたい)もなく鱗(こけ)の細かな仕打もなし願(ねかはく)ハ御ひいきの力にきたいをなし書房(ほんや)きれものとなるならば幸甚しからんと敬白》

品切れになるくらい売れて欲しいという今に変らぬ著者の願いである。
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by sumus_co | 2011-03-27 15:32 | 古書日録

魔女の鉄鎚つづき

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インキュナビュラ(incunabula)とは『出版事典』にはこうある。

《ドイツのグーテンベルクによる西洋の活字印刷術の発明(1450年ころ)以後1500年までの、いわゆる印刷術の揺籃期(ラテン語 incunabula は揺籃の意)にヨーロッパで行なわれた活版印刷、さらにそれによってつくられた図書をいう。また初期整版本を含めて同期印刷本を総称することもある。》

天理図書館で開催された「グーテンベルクの世紀」展図録(一九八九年)にはこうある。

《西洋で15世紀に印刷・刊行された書物は、「インキュナビュラ」と呼ばれる。ラテン語で「むつき、おしめ」の意味、つまり、印刷術が生まれたばかりの頃の書物ということである。》

「ゆりかご」なのか「おしめ」なのか? 

C.T.LEWIS『Elementary Latin Dictionary』(Oxford University Press, 1997)にはこうある。引用では長音の記号は省いたが疑似発音は「インキューナーブラ」、「インキューナーブロールム」か。

in-cunabula, orum, n., a cradle : puerorum :
Bacchi, O. : ab incunabulis imbutus odio, i.e. from
childhood, L.ーA birthplace : nostra, Enn, ap. C. :
deorum : Iovis, O.—Fig., the elements, beginnings :
oratoris : doctrinae.

ゆりかご、出生地、はじまり……といった意味らしい。他にネット上で見つけたアメリカのノートルダム大学HPのラテン語辞書によれば

incunabula -orum n. pl. [swaddling-clothes]; hence [infancy; birthplace]; in gen. , [source, origin].

むつき、産着、幼年期、出生地、起源などの意味。ゆりかごは出ていない。もっと詳しい辞書などに当ればはっきりするかもしれないが、目下はこのくらいで(ご教示歓迎)。《初期刊本》という単語はたまたま架蔵していたクリスティーズの売立カタログ(27 NOV. 1991)の表紙に「Early Printed Books」とあるように、その訳語であろうか。ただし「初期刊本」イコール「インキュナブラ」ではないようだ。というのはこのカタログには1501年以降に刊行された書物も掲載されているから。

同カタログ掲載のアルドゥス(Aldus Manutius)版のアリストテレス『Opera』の一葉。一四九五〜九八年にかけて五部四巻で刊行されているそうだ。十五世紀におけるギリシャ文字での出版物として最も知られた試みであり、アルドゥスの最初の大きな出版物だった(同カタログ解説より)。

ヴェラム装がどんなものかというとこんな本である。
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本日、古本マルシェで買った『創業100周年記念天牛書店洋古書目録』(二〇〇七年一〇月二五日)、そこに載っていたトマス・アクィナス『対異教徒大全 Summa Contra Gentiles』(Lugduni, Ad Salamandrae, in vico Mercatrio, 1567)。

もう一点、『魔女の鉄鎚』のオコンネル・コレクションにはこんな本もあったそうだ。

《これほど神経質になったところを見るのは、十五年以上前、ボストン郊外でのがらくた市で、植民地時代の印刷の最も早い例とされる、貴重な珍本『ボストン湾祈祷文』を発見した時だ。》

ボストンに最初の教会が建てられたのは一六三二年。そこの「teaching elder」だったジョン・コットン(John Cotton)が一六四八年に『The Way of Congregational Churches』を出版した。コットンは一六四〇年にソング・ブックを刊行しており、それが北アメリカでの最初の出版物だとされているらしい(First Church Boston)。珍本『ボストン湾祈祷文』がどんなものかすぐには分からないのだが、この時期の出版物ということだろうか。
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by sumus_co | 2011-03-26 20:29 | 古書日録

春と桜の本棚 古本マルシェ

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叡電一乗寺下車。恵文社一乗寺店へ。
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東隣のガレージスペースでお茶会と古本マルシェの準備ができていた。京都の新古本事情について取材があったので、ちょうどいい機会だと思って、ここで待ち合わせ。ランチしながら小一時間古本ヌーベルヴァーグについて語る。
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会場にもどるといきなり吹雪になる。ヒエー! 晴男なんですけど。しばらくすると青空がもどってホッとした。京都各地の桜を写真とイラストで紹介する小粋な『京都さくら探訪』ナカムラユキ著。
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『京都さくら探訪』ナカムラユキ著 発売記念イベント「春と桜の本棚」

◎「春の一日お花見茶会」
3月26日(土)13時~18時/お茶会は13時~15時
場所:恵文社一乗寺店東隣の屋根付きガレージ内

桜の投影を眺めながら、京都で活躍中の和菓子ユニット「日菓」による干菓子とお抹茶を楽しむ気軽なお茶会です。春色にコラージュした箱入りの日菓のお干菓子やスタンプ作家cachet blancのスタンプセットの販売もあります。京都を拠点に活動するcafe de poche(図書館司書、デザイナー)による春の古本マルシェ(一箱古本市)も同時開催。

http://keibunsha.jpn.org/?p=3585

古本マルシェ 13時~18時 

【出品】
 古本オコリオヤジ
 古書善行堂
 KARAIMO BOOKS
 ポコモケ文庫
 町家古本はんのき
 café de poche

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オコリオヤジ、一箱ではかつてないハイレベルな品揃えでのぞみます!
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by sumus_co | 2011-03-26 10:50 | もよおしいろいろ

魔女の鉄鎚

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本のコレクターが登場するミステリーだからとある人がすすめてくれた。ジェーン・S・ヒッチコック『魔女の鉄鎚』(浅羽莢子訳、角川文庫、一九九七年)。ざっと読んだ。『Malleus Maleficarum』(Latin for "Hammer of the Wicked")という一四八六年に書かれ八七年にドイツで出版された魔女についての書物を信奉する秘密結社(ようするにウルトラ・アンチ・フェミニズム集団)がゲーリングの隠し口座の暗号を記した一冊の魔法書を追い求める。偶然それを手にした愛書家の医師オコンネルが殺され、その娘ビアトリスがその魔法書の謎を解いて行く。オカルト、エロ、グロ、スリルまである盛りだくさんな内容。

で、その巻頭にコレクションのハイライトとして挙げられてる三冊の書物の説明がこれ。

《オコンネルの蔵書が形成されるうえで最も役立ったのは、ジュゼッペ・アントネッリなる有名なイタリア人古書商で、永年の間に、群を抜く宝を数点売ってくれていたが、その中にはデル・ケリコ彩色の『時祷書』、プリニウスの『博物誌』のニクラウス・ジェンスン版仔牛皮紙初期刊本(一五〇一年以前の印刷本)、それに一八〇四年に名印刷工ジャンバティスタ・ボドニが出版した挿絵入り『神曲』全巻揃いも含まれていた。》

デル・ケリコは画家なのか、思い当たらなかったところ、読者の方よりご教示を賜った。メディチ家の『時祷書』を装飾している
FRANCESCO D'ANTONIO DEL CHERICO のようである。下記 pdf の p23 を参照。
http://www.omifacsimiles.com/cats/hours_i.pdf

検索するといろいろヒットした。そのいくつかを。

d'Antonio del Chierico (or Cherico) Francesco[wikigallery]
http://www.wikigallery.org/wiki/artist51923/d'Antonio-del-Chierico-(or-Cherico)-Francesco/page-1

Prayer Book of Lorenzo de' Medici
http://www.1st-art-gallery.com/D'antonio-Del-Chierico-(or-Cherico)-Francesco/Prayer-Book-Of-Lorenzo-De'-Medici.html

『時祷書』horae, Book of hours, livre d'heures については下記など参照。
http://en.wikipedia.org/wiki/Book_of_hours

ジェンスン版プリニウスの『博物誌』は一四七六年に刊行されている。《仔牛皮紙》は普通はヴェラム(vellum)という。《初期刊本》はインキュナビュラ(incunabula)あるいはインキュナブラである。

上の図は多くのインキュナビュラを所蔵する天理図書館の『天理秘蔵名品展』図録(天理道友社、一九九二年)に掲載されているプルタルコス『対比列伝』(ヴェネチア、一四七八年、ジェンソン)。ジャンソンあるいはジェンソン(Nicolas Jenson, 1420-1480)はフランス生れの活字製作者であり、印刷工、出版人でヴェネチアで活動した。最初の「ローマン体」を作り出したのがジェンソンである。ガラモンドやアルドゥスに影響を与えた。

ボドニの『神曲』も実在の書。検索してみると初版は一七九五年に出ているようだ。

活字書体の源流をたどる
http://www.joshibi.ac.jp/jam/katuji10_03.pdf
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by sumus_co | 2011-03-25 22:06 | 古書日録

里海の自然と生活

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題 名=里海の自然と生活
発行日=2011年3月25日
著者等=印南敏秀編著
発行所=みずのわ出版
装 幀=林哲夫
用紙等=カバー ミルトGA スノーホワイト 四六判Y目135kg
    表 紙 ミルトGA ホワイト 四六判Y目90kg
寸法等=A5丸背上製 タテ216mm
註 記=ジャケット写真は広島県竹原市「アマモ場の情景」(岡田和樹撮影)
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by sumus_co | 2011-03-25 14:45 | 装幀=林哲夫