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創元 第二輯

明日から十日ほどブログを休みます。

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『創元』第二輯(創元社、一九四八年一一月三〇日、装幀=青山二郎)。奥付では《編輯者 小林秀雄》となっているが、どうも青山二郎の方が熱心だったのではないかと思えるふしもある。第一輯に青山が梅原龍三郎について、第二輯では富岡鉄斎特集ついて書いているというのも(それも巻頭扱い)常識破りだと思う。

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鉄斎の作品図版の他に鉄斎用印が章扉などにいくつも朱色で刷られており、非常に華やかな感じを与えている。ただしこの幸田露伴の句集を飾っている印は青山二郎の作。思わず、ひときわ楽しげにこういうレイアウトを考案している青山の姿を想像してしまう。

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『別冊太陽 青山二郎の眼』(平凡社、一九九四年一〇月二二日)にその木製の印が載っていた。装幀にもこれらを使っている。李朝の陶磁器や民芸に詳しい青山だから、おそらく韓国の木製の印(たぶん陶器を装飾するために使ったものだろうか)を青山流に作り直しているように思われる。
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by sumus_co | 2011-02-23 17:02 | 青山二郎の本

ハンコ通信No.29/APIED VOL.18

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『ハンコ通信』(瓢吉庵油坊主こと池上博子、二〇一一年二月一七日)。オリジナルのハンコと書(一文字)がはがき大で通信とともに送られてくる。

《ハラノムシは馬癇(うまかん)です。心の聚(しんのじゅ)とも呼ばれ、心臓に住み、強い日射しに当ったり火事を見ると暴れだす。いわゆる心臓発作をおこすムシのようです。(「戦国のハラノムシ」長野仁東昇編/国書刊行会)》

亀積(かめしゃく)
http://sumus.exblog.jp/13744698

 ÷

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『APIED』18号(アピエ社)、サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』特集。寄稿家それぞれの解釈というか感想がたいへん興味深い。もういちど日本語で読んでみたくなる。「キャッチャー・イン・ザ・ライ」というタイトルはスコットランドの英雄的詩人ロバート・バーンズ(Robert Burns)の「Comin' Through the Rye」を主人公が聞き間違えるという設定だそうだが、サリンジャーの母はスコットランド系ということと関係があるのかどうか、元歌の歌詞を引用してみる(Wikipedia, the free encyclopedia による)。

Comin' Through the Rye

O, Jenny's a' weet, poor body,
Jenny's seldom dry:
She draigl't a' her petticoatie,
Comin thro' the rye!

Chorus:
Comin thro' the rye, poor body,
Comin thro' the rye,
She draigl'ta' her petticoatie,
Comin thro' the rye!

Gin a body meet a body
Comin thro' the rye,
Gin a body kiss a body,
Need a body cry?

(chorus)

Gin a body meet a body
Comin thro' the glen,
Gin a body kiss a body,
Need the warl'ken?

(chorus)

Gin a body meet a body
Comin thro' the grain;
Gin a body kiss a body,
The thing's a body's ain.

(chorus)

Ev'ry Lassie has her laddie,
Nane, they say, have I,
Yet all the lads they smile on me,
When comin' thro' the rye.

そして You Tube で検索するとこの歌を歌っているおじょうさんがおりました。だれかさんと、だれかさんが麦畑〜。

coming through the rye-robert burns
http://www.youtube.com/watch?v=LkLlpJAd_DU

山本善行「善行堂通信」連載開始。第一回は金子彰子さんの詩集が生まれるまでのいきさつ。それから近代ナリコさんの連載もある。本郷の西片に引っ越したことなど。

以前書いた記事および『APIED』前号の紹介は下記。

The Catcher in the Rye
http://sumus.exblog.jp/12756476

APIED 17
http://sumus.exblog.jp/14147441
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by sumus_co | 2011-02-23 16:23 | おすすめ本棚

倉尾勉詩集など

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右から『聚落』第六号(倉尾勉、一九七二年四月一日)、『倉尾勉詩集 詩の旅』(世紀社、一九六九年一〇月二一日、表紙=たむら・はるよし)、『詩集 草分けの家』(倉尾勉、一九七六年五月一五日)、『七色パンフ 今泉省彦特集』(なないろ文庫ふしぎ堂、一九八八年一一月二八日)。某書店さんから頂戴した。深謝です。

倉尾勉(くらお・つとむ/くらお・べん)については田村治芳さんの回想録を紹介したときに触れたことがあった(http://sumus.exblog.jp/6480495/)。『詩集 草分けの家』に掲載されている略歴を引用しておく。引用文はママ。

1950年 和歌山県南部の僻村農家の長男に生まる
1967年 詩をかきはじめる
1969年 県立田辺高校卒、上京
1974年 国学院大学史学科卒、父栄一死去
     1970年詩集「詩の旅」世紀社
     未刊詩集「凍る日の庭」
     評論「わが村・村の幻想域をめぐって」
     (世紀 72年11月、第8号)
     「戦後への遡行と体験ー黒田喜夫試論(一)」
     (九州大学新聞 73年1、2月号)

追記すれば二〇〇二年四月二二日に亡くなっておられる。歿後『倉尾勉追悼詩集 ― 1967-1999』(港洋社、二〇〇三年)が刊行された。上記『詩の旅』の発行人は山野真悟となっていて、検索してみると、エクスブログをやっておられた。

山野真悟事務所
http://kitaw301.exblog.jp/

《田村治芳君
今日美学校で田村君に会った。『彷書月刊』編集長。何年ぶりかねぇ、という話になって、数えてみたらおよそ35年は過ぎていた。40年前の出会い以来2年間ほぼ毎日会っていた文学仲間というか、古本仲間。もうひとり倉尾勉というのがいて、3人で同人誌をやっていた。倉尾は7年前になくなった。3人とも同じ年で、倉尾は私と誕生日も一緒だった。》

二〇〇七年三月一日にはこのようにある。

《ところでこの『彷書月刊』編集発行人田村治芳は私の美学校時代の同期です。早熟な文学少年でした。貸本屋さんをやりたいと言った彼に古本屋さんを勧めたのは私です。だって貸本屋さんという職業がなくなろうとしていた時代でした。仲はいいが傷つけ合うというか、まあ、そんな間柄だったので、多分もう30年はお会いしていません。先年、共通の友人であった倉尾勉の遺稿集の口絵に私が19才頃描いた倉尾のポートレイトを入れてくれたのは多分田村君の配慮でしょう。》

など、他にも田村・倉尾との青春時代が回顧されている文章もアップされているので、ご興味のある方は訪問していただきたい。それにしてもこれらの冊子、どれもこれも、不思議な磁力をもっている。

なお今泉省彦については「今泉省彦さん、逝く」参照されたし。

田村さんといえば、昨日届いた古書目録『莢』第二号(キトラ文庫、二〇一一年二月二二日)にも安田さんが「古本の行方」という田村さんの追悼文を載せておられた。安田さんは新宿ゴールデン街で「トウトウベ」という店をやっておられた頃に田村さんと初めて出会ったのだそうだ。その後、奈良に戻られてご自身が古本屋を開店されることになる。

そうそう左端は『吉村昭研究』第十三号(吉村昭研究会、二〇一一年三月一日)、こちらも毎号熱っぽい。吉村昭はほとんど読んでないから、ちょっとトライしてみようかという気持ちになる。
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by sumus_co | 2011-02-22 17:42 | 古書日録

モナミ

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「銀座「モナミ」における出版記念会」と題された写真。寺下辰夫『郷愁伝』(寸鉄社、一九六二年一〇月二五日)に掲載されているのを最近見つけた。本はかなり前から持っていたのだが、『喫茶店の時代』には使っていないネタだった(忘れていただけという説もある)。

寺下は、関東大震災の後、有島武郎にもらったアーサー・シモンズの「合詩集[ルビ=コレクテツトポエム]」を飜訳した。それが第一訳詩集『緑の挨拶』(交蘭社、一九二七年)として、また雑誌に寄稿した自作の抒情詩を集めたものが『ゆめがたみ』(交蘭社、一九三一年)として出版された。そして、里見弴、有島生馬、吉井勇、日夏耿之介、横光利一、小川未明、山田耕筰、成田為三らが発起人となって『緑の挨拶』の出版記念会が銀座のモナミで開かれたという。

《訳詩集「緑の挨拶」の出版記念会の時の写真=中央がボクで向つて右が、西條八十、堀口大学氏。左が佐々木茂索氏(現文芸春秋新社・社長)その隣は、高橋とよさん、左(故、人見ゆかり)さん。後列は、水谷まさる、佐伯孝夫、西村酔香、翁久允、松井翠声、横山青娥、大黒貞勝、植波有年、渡辺弥一、菅原寛、清水暉吉、林文三郎氏の六十余人が集まつて頂き、盛会だつた。この右側に、まだ半分以上の出席者がいたが、写真に映らなかつたのは惜しかつた。》

モナミ以外にも名古屋のパウリスタについての思い出もあって興味深い。中学三年生の頃(大正八年?)、名古屋広小路栄町に「カフエー・パウリスタ」ができた。寺下によれば十八番目の店舗であるという。

《まだ、三年生になりたての頃で、一人で「カフェ—・パウリスタ」に入ろうものなら、いかにボーイだけが給仕する真面目な店であっても、上級生から「生意気だぞ!」と、それこそビンタの一つでも頂戴するから、はじめは、とても一人で店に入る勇気はなかった。
 コーヒー代は、一杯五銭で、そのうえ大きなドウナツが一個、景物についていたのだから、たのしかったものだ。》《とにかく、この一杯のコーヒーを飲んだのが、そもそものコーヒーの味を覚えるはじめとなったわけだが、最初の一杯は、どうも口に苦く感じて、さしてウマイ飲物とは思えなかった。むしろ、ドウナツの方が、印象深かったとおもう。》

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これは初田亨『カフエーと喫茶店』(INAX、一九九三年一一月三〇日)の図版より銀座の「モナミ」(出典は『建築画報』一九二八年一月)。

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こちらは『喫茶店の時代』に使った東中野のモナミ。ここでも多くの文学者や芸術家たちの会合がもたれた。

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このところ当ブログでは「藤澤清造」や「藤澤清造全集」のキーワードで検索してくる訪問者が多い。西村賢太芥川賞効果のようである。
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by sumus_co | 2011-02-21 21:33 | 喫茶店の時代

中村書店

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『古書月報』212(東京都古書籍商業協同組合、一九七一年師走号)に「南部支部散歩(その一)」のなかに中村書店の写真と紹介文が載っていた。

《中村書店(中村良子)
 坂を上り切って少し行くと、かの有名な詩の中村書店がある。中村三千夫氏が逝ってから早くも三年を経た。彼は出版出の人で詩を好み、古本屋を歩いているうちに戦後は自分自身もその古本屋になって、相変らず詩集を集め、詩を追って一生を終えた人である。
 彼の後は現在三人の子供さんを抱えて気丈な奥さんが継いでおられる。明治古典会の常連であり大市会にも大いに出席、活躍される姿を「ああ、オレが死んだらうちの女房はあれ程やれるだろうかなあ!。」等、うらやむ御仁も少なからぬとか。娘さんに良いおむこさんが現れる日を一日も早かれと祈りたい。》

これで全文。じつはこの号は機関誌部・高橋太一(文雅堂書店)と関口良雄(山王書房)の担当だったようなのだ。二人の連名で「三茶書房の歩みー岩森亀一氏を囲んで」というこれまた貴重な記事も掲載されている。よって上に引用した紹介文も、無署名だが、あるいは関口さんの筆になるのかな、と疑ってみてもいいような気もする。

中村書店のレッテル、および過去の関連記事
http://sumus.exblog.jp/13955996

東京渋谷宮益坂上中村書店の書皮
http://sumus.exblog.jp/14039895
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by sumus_co | 2011-02-21 16:52 | 古書日録

新潟 2011年2月14日

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この日も朝は蒸しパンとコーヒー。しばし書棚の図録などを取り出して眺める。松本竣介の雑誌『雑記帳』復刻版があった。瀧口修造や北園克衛も執筆しているとは(!)。他にもいろいろ珍しい資料があって参考になった。そうこうしているうちにちょうどいい時間になり、一階に人が来た気配がした。i さんが開店準備をしておられた。「朝から雪でしたね」と言われ「え?」。外を見るとたしかに積もっている。二階はサッシの内側に吊り下げ式の障子を巡らせてあるので簡単に窓が開かないのだ。だから雪だとは分からなかった。本日は帰宅の予定。フライトはどうなのだろう? なるようになるさ。ちょっと散歩して食事をして戻りますと声をかけて市内中心部へ。

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新潟は古くから米の積み出し港として繁栄をきわめた。古町(昨日のふるまちモールのあたり)は(先日紹介した鴎外の漢詩にあったように)賑やかな花街(かがい)だったそうだ。多くは現代風の飲食店になっているが、それでも一部にかつての面影は濃く残っている。板塀、門、二階の造りに特徴のある昔のお茶屋がいくつも健在だ。地図をたよりに雪が降るなか花街を通り抜けてみた。路が狭い。みぞれ状態の路面にすべりそうになる。そういえば、一昨日の呑屋のおかみ(祇園にいた人)から「そんな靴はいてはるのんはやっぱり京都の人ですなあ」と指摘された。ボロの革靴である。水気がじわりしみ込む。たしかに地元の人たちは合成樹脂の靴かゴム長靴の人が圧倒的に多いようだった。

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営所通り。この写真の右手、軒のあるあたりに文求堂書店があった。

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同じ通りの少し北に学生書房。最近閉店した(これにより地面の古本屋はほぼ全滅状態)。看板が塗りつぶされているのがいかにも寂しい。なぜ古書店が店売りをしないか。ひとつの理由として絵屋スタッフのOさんが「大学が郊外に移転してしまって学生がいなくなったから」を挙げておられた。学生も教師もいなくなってはたしかにきびしいだろう。

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新潟市ではないが、少し南方の三条市に「古書真昼造船」という店ができたそうだ。絵屋に絵葉書が置いてあった。なかなかスタイリッシュ。

新潟県三条市の古書店 真昼造船
http://mahiruzousen.blog.so-net.ne.jp/

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絵屋のスタッフのHさんが御主人とやっておられる惣菜ダイニング「雉や」で昼食をとる。自家製の野菜など食材にこだわった実にヘルシーなメニューばかり。料理法にもちょっとした工夫がほどこされ、常食のなかに新味を追求する姿勢がいい。近所にこんな店がほしいなと思った。

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絵屋にもどると i さんがエアポートバスの時刻表を調べておいてくれた。大倉タクシーは本日不在。もう雪はやんで青空さえ見えているけれど「早めに空港へ行ったほうがいいですよ」というアドバイスに素直に従って出発。新潟駅まで路線バス。エアポート・リムジンバスの発車時間にぴったりに間に合った。二十分おきに出ているので便利。ただし、乗客三名(!)。大阪・新潟便もANAは一日四往復だが、最初にも書いたように定員の半分も席は埋まっていない。この日も到着したボンバルディアから降り立ったのは三十五名。乗ったのが三十名弱。聞くところによると、一日二往復だったのを公費補助によって四往復にしているらしい。むろんJAL便もある(こちらはジェット、客数は同様に少なそうでした。季節が季節なので仕方ないことかもしれませんが)。

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帰りの機長はボビー・オロゴンみたいな外国人。「本日は低気圧接近のため大阪空港は……」とじつに流暢な日本語、しかし語尾を巧妙にごまかす語り口で放送したのが印象的だった。

新潟のみなさん、お世話になりました。またふたたび訪れる日を待ち遠しく思っています。
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by sumus_co | 2011-02-19 21:48 | 画家・林哲夫

古本フェス2011 〜本でも読んで、春を待とう〜

会期:2011年2月11日(金)〜20日(日) 5日間ずつの2部構成
    11:00〜18:00 会期中無休
場所:トリペル
   〒602−0019
   京都市上京区下木下町183−6
   地下鉄烏丸線「今出川駅」「鞍馬口駅」より徒歩約15分、
   市営バス「今出川」「堀川寺之内」より徒歩約10分

http://machiyakosyohannoki.blog114.fc2.com/blog-entry-266.html

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by sumus_co | 2011-02-18 21:58 | もよおしいろいろ

新潟 2011年2月13日

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いただきものの蒸しパンといただきもののドリップ・コーヒーで朝食。小雪。午前中の早い時間に会津八一記念館へ向う。歩くにはちと遠いのでタクシーを拾う。なかなかつかまらなかったが、やっとプリウス・タクシーが目の前に客を降ろしたので入れ替わりで乗り込む。プリウスは初めて乗った。ダッシュボードがデジタル表示でおもちゃみたい。燃費はいいが、ヒーターを使うとバッテリーをかなり食うのだそうだ。

会津八一記念館では「題字の美 八一のブックワールド」という企画展示。会津八一歌書『村荘雑筆』(一九三四年)のうすっぺらい感じが好きだった。

帰りは市内中心部までまっすぐ一本道なので歩くことに。雪もやんでいる。外へ出るとすぐ隣に砂丘館があった。な〜んだ、ここか。もう少し下がると、あるマンションの入口前に棒をもった若い警官が立っていた。要人が住んでいるのかなと思いつつ通り過ぎようとすると「おはようございます!」と元気よく挨拶された。ぎょっとしつつ言葉をかえす「ご苦労」(うそ、おはようございます)。

新潟三越に入り、お土産のホワイトチョコかけ柿の種、チョコかけ柿の種、コーヒーかけ柿の種を買う(ははは)。三越の一階はチョコレート売り場が面積の半分くらいを占めていた(ヴァレンタイン前日)。そこから目抜き通りを通って絵屋の方へ戻る。「ふるまちモール」というアーケード街では「にいがた食の陣」という催しをやっていた。テント屋台がずらりと並び実演なども。そういえば今日は日曜日だ。

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ぶらぶらと観光客気分を満喫しているとハルピンの「刀削担々麺」が目にとまった。中国人ファミリー(父母娘)が営業していたので、本場ものかと食することに。お父さんが大きめの瓜くらいの捏ねた小麦粉の塊をヘラでお湯の中に削ぎ落して茹でている。それをお母さんが網ですくい上げてカップに入れスープを注ぎ具をのせてできあがり。三百円なり。わるくない。

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絵屋に着くころには青空が。風は冷たい。午前中に大勢の来場者あり。ところが正午を過ぎるとピタリと動きが止まった。誰も来ない。本日の当番のOさんと雑談。数日後にイタリア美術館ツアーに出かけるそうだ。新潟からだとソウルへ直行、乗り換えてミラノへというコースらしい。ダヴィンチの「最後の晩餐」を見るのが愉しみとのこと(今は人数制限があって容易には見られないらしい。小生が昔のぞいたときには、まったく制限もなかったし客もほとんどいなかった。絵の下部に組まれた足場の上で女性の修復者が壁に向って仕事をしていたのを思い出す)。

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大倉さんと砂丘館のスタッフのKさん見える。KさんもOさんと同行するそうで、お土産を何にするかで盛り上がっていた。昨夜食事をともにした i さんファミリーが登場。新潟美人発見! 彼らが去ると静けさが戻り、一日が終った。夕食は大倉さんと。ヒップなカレーショップへ案内してくれた。VOVO。御主人はアーティストらしい。

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腹ごしらえをして大倉さんのデミオで新津(にいつ)の英進堂へ。この間の楽風舎を越えてまだまだ走る。粉雪が降り出した。大倉さんの携帯が鳴って、路肩でしばらくその用件を聞くともなく聞く(というか聞こえます)。母上のこと。おたがいそういう年齢だ。

英進堂は郊外型の大形書店、はんぱじゃない駐車場スペース。同じような大形店が集まっている地域で、となりには「ブ」もある。中に入るとやっぱり広い。やわらかにジャズが流れる。郷土本を強く押しているのがまず目につく。美術系もかなり充実。雑誌のバックナンバーなどもさりげなく置かれていて、こんな特集見逃していたなと思わせられるのもいい。絶版文庫10000冊と入口に大書してあった。聞いてみると、ふるほん文庫やさんからの仕入れだそうだ。これは最低価格六八〇円だからちょっと面白味に欠ける。英進堂のお客さんと近隣の古書店がワンコーナーに古本を出品していて、こちらを充実させて行けばリピーターをつかめるような気もした。

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しかし結局は文庫やさんの棚から記念に一冊、新井白石『西洋紀聞』(岩波文庫、一九六九年九刷)を選んだ。オリジナルの素敵なブックカバーをかけてくれる。パンフレット「はじめまして英進堂」と似たデザイン、昔の英進堂の店構えが印刷されているのだった。

責任者の諸橋さんとしばらく雑談。絵屋と同じく二〇〇〇年に開店して十年、「だんだん横の繋がりができてきましたね」と大倉さんと二人で確認していた。諸橋さんが文を書き、写真もとった「わたしの好きな店」という新津の案内のようなおしゃれなペーパーを頂戴した。

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外は吹雪になっていた。それでも客足は絶えないようだった。
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by sumus_co | 2011-02-18 21:41 | 画家・林哲夫

新潟 2011年2月12日つづき

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地獄極楽小路から西へすぐに斎藤家別邸がある。齋藤氏と鈴木氏が「詩誌「新年」と新潟の4人の集まり展」を開いておられる会場だ。

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底冷えのする土蔵に展示物は並べられていた。市島の旧詩碑に使われていた銅板打ち出しの「ひどい海」もあった。かなり重厚なもの。彫金作家の方が製作されたそうで、こちらはちゃんと旧仮名なのだが、詩の文言が少々違っているとか。

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市島たちの写真パネルや自筆原稿も楽しめるが、やはり目玉は『新年』だろう。復刻版は合本だし、真新しい白い用紙なので、テキスト復刊という意味では高く評価するにやぶさかではないにしても、オリジナルの雑誌としての魅力は再現されていない。失礼ながら新潟でこんなにも垢抜けたスマートな雑誌が、大正末から昭和にかけて刊行されていたとは、思いも寄らなかった。すごい。だからこそ中央の詩人たちも注目したのではなかろうか。全十三冊のうち、まだ三冊が未発見という。発行部数は百とも二百とも。いずれにしても少ないが、古本の世界は何が起きるか分からない。どこかの隅にころがっていないだろうか。

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『市島三千雄生誕百年祭記念誌』(市島三千雄を語り継ぐ会、二〇〇八年)および『市島三千雄の詩と年譜』(市島三千雄を語り継ぐ会、二〇〇七年)を購入。各五百円(新潟市中央区本馬越1-16-12 鈴木良一さんまで)。

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斎藤家別邸をひとまわり。ひじょうに凝った普請というか造作だ。《衆議院議員・貴族院議員を務めた新潟の豪商・齋藤喜十郎(庫吉、1864~1941)が、大正7(1918)年に造った別邸》とのこと。

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斎藤家を出て新潟市立美術館へ。「子どものためのてんらんかい」。所蔵作品を「子ども」の切り口で工夫した展示。時代も作風もまったく関係無く並んでいるのが、あんがいと新鮮だった。コーネルの「レーダー天文学」(一九五六?)、井上有一「閑」(一九六四)そして牛腸茂雄の「幼年の時「間」」1、2、3(上の絵葉書は「1」)などが好きだ。このお子さんは、なんと! しまおまほ(島尾真帆。島尾敏雄、ミホは祖父母。父は島尾伸三)さんだとか(大倉さんから聞いた)。二歳くらい。

正午少し前に絵屋へ。しばらくすると、一昨日、話し込んだA青年が入ってきた。こころなしか表情が固い。彼の顔を見た瞬間、覚悟を決めたなと思った。昨日、じっくりと人生設計について考えた、そして「麵麭」を買おうと決めた、そんな話を聞く。これ以上うれしいことはない。大倉さんと分割払いの相談がまとまった。絵屋の会員なので一割引になるそうだ。これは大きいゾ。A君、ありがとう。

木版画家・小林春規さん来場。京都で二十年、表具師の修業をしたという。昨年亡くなられた築添正生さんと親しくしておられたそうだ。秋野等さん(扉野くんの父上)ともグループ展をいっしょにやったことがある。他にも小森さんとか、いろいろ共通の知人がいることが分かった。以前にも一度お会いしているというが、二人していつだったか思い出せない。前のときの絵屋? あるいは京都かな、などと首をひねる。

北書店で「読む人」を買ってくれた若いカップル。北書店のビルの上階に住んでおられるという古書通の方(神保町に四十年通っておられるとか!)。プルーストを描いた作品を長い間眺めてくださった女性の方。などなど。この日もにぎやかだった。 

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大倉さん、 i さん、 i さんのお子たち二人と酒場ビルの一室にある店へ。京都の祇園で二十年間働いていたというNさんが一人でやっておられる。五年前に新潟へもどったのだとか。お好み焼き、ビール、水割りなど。大倉さんはウーロン茶(禁酒じゃなくて運転のため)。食後に皆で絵屋へ戻ってコーヒーを飲んで散開。

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新潟へ向う鞄に入れた本、一冊。旅には軽い文庫がいちばん。平常あまり取りつく島のないようなもの、と思って『吉田松陰書簡集』(岩波文庫、一九九三年二月一〇日八刷)を選んだ。空港の待合い室から読み始めたが、これがなかなか面白い。例えば、なんと、嘉永五年(一八五二)、二十二歳の松陰は新潟にやって来ていたというではないか(!)。叔父兄宛、嘉永五年二月十五日、松陰在新潟。

《二月十日到新潟。此間雪甚深矣。然寒不甚厳。出新潟雪絶無、而僅有新潟往来》

二月十日到新潟って、まったく同じじゃん(あ、旧暦か……計算すると一八五二年二月二九日にあたる、ただしこの年は閏二月もあった)。二月二十九日ではさすがの新潟も春めいていたか。雪は多かったようだが。この後、松陰は佐渡へ渡り、出雲崎から新潟に戻る。そして三月十一日に秋田へ向けて旅立っている。新潟をモチーフにした漢詩も書き送った(同書翰)。やっぱり猛烈な風が吹いていたのだ。

  宿新潟

 排雪来窮北陸陬。日暮乃向海楼投。
 寒風栗烈欲裂膚。枉是向人誇壮遊。
 男児欲遂蓬桑志。家郷更為父母憂。
 父母憂子無不至。応算今夜在何州。
 枕頭眠驚燈欲滅。涛声如雷夜悠々。

もうひとつ驚いたこと。この岩波文庫のカバーは《装画=内澤旬子》です(!)
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by sumus_co | 2011-02-17 15:51 | 画家・林哲夫

新潟 2011年2月12日

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午前九時過ぎ、齋藤さんが絵屋へ迎えに来てくれる。市島三千雄(いちしま・みちお)の詩碑へ案内してくださるとのこと。その前に時間待ちということで、ご持参の尾形亀之助『色ガラスの街』(オリジナル!)や杉江重英、高橋新吉など貴重な詩集を拝見する。杉江重英には強く魅かれた(よく知らなかったが、調べてみると古書価はかなりのレベルだ)。

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まず坂口安吾風の館(旧市長公舎)へ。入場無料であるばかりか、絵葉書までくれた(坂口綱男撮影の安吾の書き物机、原稿や遺品などが置かれている)。展示物は写真パネルが中心だが、横尾忠則の「ANGO」ポスターは迫力だった。安吾忌の芳名帳なども数冊並んでおり、連なる名前を興味深く見た。

風の館の駐車場に車を置いて、市島三千雄の詩碑まで歩く。五、六分か。海岸沿いの松林のなか。代表作「ひどい海」の一節が刻まれている。引用は初出(『市島三千雄生誕百年祭記念誌』掲載)より、旧漢字のみ改めた。詩碑の文面とは仮名遣いが異なる。

 白いペンキが砂に立つて。その灯台がたほれさうーー
 日本海が信濃川を越えた
 漁猟船の柱が河上へ走つた
 あれもこれも貧弱に北の冬に負てゐる
 その内俺は泣いてしまつてあやまつたあやまつたと風にお許しを願ふた

元は昭和大橋西詰に建てられていたそうだが、一九九二年に現地へ移され詩碑も新たなものに変ったという。詩の下に関係者の名前が刻まれている。安藤一郎、安西冬衛、伊藤新吉、草野心平、更科源蔵、村野四郎、西脇順三郎、田中伊佐夫、山之口貘、新島節、寒河江真之助、八木末雄、「海底」同人。

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市島がうたっているように、海からの猛烈な風で、松の木々はみな陸に向ってあやまっている。奥に見える白い建物は「ドン山」。明治六年から大正十三年まで大砲によって正午を知らせた施設(午砲所)を復元したものだそうだ。

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刑務所のあった西大畑公園の西側に「地獄極楽小路」という表示がある。写真右手は刑務所跡、左手は高級住宅街(「白壁通り」とも呼ばれるお屋敷町)。まさに地獄極楽の別れ目。安吾の生家も極楽側にある。

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わずかに残る刑務所の煉瓦塀。これはイギリス積みと呼ばれる積み方で、強度があって経済的だとされるようだ。レンガの長い面(長手)と短い小口の列を交互に積み上げてある。塀の厚味は四、五十センチはあったろうか、さすが刑務所。
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by sumus_co | 2011-02-17 15:16 | 画家・林哲夫