林蘊蓄斎の文画な日々
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性相

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『性相』第四十三号。明治四十五年四月三日発行(毎月一回発行)。編輯人=播磨辰治郎、発行人=石嘉六、発行所=性相学会(東京市芝区三島町十一番地)。

性相学とは石龍子が創始した学問(?)のようだ。本誌には三月九日の奈良新聞を引用して次のように書かれている。

《石龍子とは誰でも一種の雅号のやうに思ふだらう、僕もさう思つて本姓はと聞くと、姓は石、名は龍子だといはれてアツト驚く、祖先は石田三成で、三成没後播州池田に隠れ、石とも田とも名乗つて居た、明和宝暦の頃、大阪に出で、終に江戸に出で、観相家となる、時に陰陽師の本家土御門から故障が出て、裁判となり三年の久しきに及んで終に石龍子の勝訴に帰し、以来は日本に於ける観相家の総本家となつて居る》

《石家は代々医を業として居るとのことだ、現代の龍子は久留米出身で、石家に養はれた人だ、和漢の観相から西洋の骨相、占星術等を修めること深く、終に之を科学的にまでしたのだ、著書も沢山あり、法曹間では犯罪者研究の為め、盛んに性相学が持囃され居ることは、人の熟く知る所だ。》

《石龍子曰く性相学の目的は性相を判断して之を言ひ中るのでない実に性相上より人の長所を見て之を向上発達せしめ短所を見て補はしむるに在る》《性相は普通観相と一致するも、観相を主とする所謂卜者流ではない、人間をして神人合一の境にまで向上せしめんとするを極地とする、即ち終に宗教と一致さしめんとするものだ》

表紙に英文誌名「THE PHRENOLOGY」とあり、肖像の下には《Dr.Gill. Discoverer and Founder of the Science of Phrenology. 1758-1828》とある。フレノロジィとは何か? ギリシャ語のフレーン(心)とロゴス(知識)から命名された疑似科学の一種。心の動きと脳の働きを対応させた分布図が知られる。ドイツ人の化学者 Franz Joseph Gall によって一七九六年に提唱され十九世紀に流布した。

英国では一八二〇年にスコットランドのエジンバラにセンターが置かれた。本誌に掲載の「各国天賦の才能気質と其脳発達とは一致す」という論文は蘇国(スコットランド)の優越について述べているから、あるいは日本の性相学は英国経由なのかもしれない(?)。

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九谷焼きの置き物らしい。「カリフォルニア時間」というブログにこれに似た陶像と「phrenology」についての考察がある。
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by sumus_co | 2010-07-31 21:34 | 古書日録

二葉亭四迷論

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題 名=二葉亭四迷論
発 行=昭和22年10月10日
著 者=中村光夫
発行者=濱田キミ
印刷者=森下笑吉
発行所=進路社
東京都中央区槙町三ノ七
装 幀=青山二郎
タ テ=185mm
註 記=
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by sumus_co | 2010-07-31 15:33 | 青山二郎の本

ガールズ・スタンダード・リーダー

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『ガールズ・スタンダード・リーダー』1〜4(三省堂、一九二五年一二月二六日修正再版)。大正十五年一月十八日文部省検定済。編者は三省堂英語編輯局。挿絵も含め個人名は出ていない(発行代表者神保周蔵のみ)。

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絵柄はアールヌーヴォからアールデコまでをカバーし線描中心だが写実的なものもあれば、名画の復刻もある。《The illustrations were, for the most part, specially made for this series.》とあるので日本人画家の手になると考えられる。

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先日の『小さな町』に出ていた四葉のクローバーだが、ここにも挟んであった。四冊とも同じ生徒の持ち物で毎年一冊ずつ勉強していったらしい。クラス名と氏名「Kaneko, Takeda」が各冊の裏表紙に書かれている。クローバーはブック2に挟んである。大正十五年に一年生になったと仮定して大正十六年頃のことだろうか。女学生の間で流行ったのかもしれない。

四つ葉は畸形で、三つ葉が一万枚あれば四つ葉が一枚あるくらいの確率で発生するとのこと。信仰としては四つ葉よりも三つ葉信仰の方がずっと古いようだ。四つ葉信仰はキリスト教以降らしい(十字架に似ているからとも)。シロツメクサ(白詰草)の日本名はオランダから舶載されたガラス製品の緩衝材として詰められていたからともいう。明治時代になると飼料用として輸入され日本全国に広がった。
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by sumus_co | 2010-07-30 21:38 | 古書日録

自己陶酔

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園頼三[詩]+船川未乾[画]『自己陶酔』(表現社、一九一九年八月一日)より船川未乾の自画像。これは『書影でたどる関西の出版100』に宮内淳子さんが執筆された記事の図版である。

先だって百円で『洛味』第二四七集(洛味社、一九七三年四月一日)を求めたところ園頼三(一八九一〜一九七三)の追悼記事が載っていた。同志社の初期の教え子手塚竜麿「園頼三先生の思い出」と同じく児玉実用「安南写「松竹梅」の茶碗」。

児玉は大正十三年に旧制同志社大学予科一年のときに園を初めて知った。

《先生享年八十一歳。ご出身は滋賀。京都帝国大学を卒業されて後、大正八年以来四十余年の長きにわたって同志社大学教授。定年ご退職と共に名誉教授となられ、松山東雲短大教授。数年の後以来、ずっと帝塚山学院大学の教授であられた。》

英文科に進んで雑誌『同志社文学』の編集を担当するようになって個人的に接する機会が多くなり、園が詩人だったことを知った。

《しかし先生の詩集「自己陶酔」や「蒼空」は、名のみ知って、実物はついぞ知らないままである。そういえば「芸術創作の心理」もしらない。
 「怪奇美の誕生」が出たのは昭和二年である。グロテスクの美学に関する著書としては、わが国でもこれは非常に早期のものではないだろうか。》

手塚によれば園が南禅寺北ノ坊の家をたたんでヨーロッパへ出かけたのは大正十一年春。私費留学で、二年余の滞在だった。往復とも神戸港で送迎したという。帰国後は一条通り紙屋川の西、椿寺の近くの平家に住んだ。周囲はたんぼだった。その後結婚して鹿ヶ谷へ転居する。

《今のような電車の便がなかったから、熊野神社で市電を降り、そこからてくてくと真如堂の山を越え、疏水をわたって、鹿ヶ谷のあのモダンなお宅まで)三日にあげず訪ねては色んな示唆を受けた。》《そうした間に先生とは非常に親しくなり、先生の親友画伯故船川未乾氏邸へ連れて行って下さったこともあり、またこちらからピクニックや会食に、よく先生を引っぱり出した。》(児玉)

園と船川そして竹内勝太郎の交遊については宮内女史がこう書いておられる。

《当時、浄土寺南田町に住んでいた竹内が、園の『怪奇美の誕生』(創元社、昭和二年)出版記念会の案内を、創元社の矢部良策に頼まれて鹿ケ谷の園宅まで手渡しに行ったりしている。二人は、深い親交を結んでいたのである。》《『怪奇美の誕生』の「あとがき」には、「君は、たどたどしい私の魂の歩みを、絶えず温かい友情を以つて見守つてくれた人だ」という園から船川への謝辞がある。》

『怪奇美の誕生』についてもうひとつ手塚がこんなことを書いている。

《園先生の葬儀に出席できなかったのは残念だが、暮れに病院で温かい手を握りあえたのはせめてものなぐさめである。その時申しあげるのを失念したが、先生の手許にも残っていない名著「怪奇美の誕生」を昨年夏、古書店の目録でみつけ、申し込んで三回ぶりでクジにあたり入手した。それだけは伝えたかった。》《先生が探し求めておられた小島烏水の「日本山水論」を遂にお手許にお届け出来なかったことも心のこりである。》

今なら『怪奇美の誕生』も『日本山水論』も「日本の古本屋」ですぐに手に入るから、この点はやはり便利な世の中になったと言っていいのだろう。ただし『自己陶酔』や『蒼空』は容易に見つかりそうもない。『書影でたどる関西の出版100』で書影だけでも楽しんでいただきたい(宣伝でした)。

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by sumus_co | 2010-07-29 21:38 | 京のお茶漬け

動物園の珍しい動物

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荒賀憲雄「路地の奥の小さな宇宙ーー天野忠襍記」については五月末に取り上げた。最近、天野忠はそれなりに人気が高いようで、彼の古い詩集などにはちょっと手が出しにくいのだが、これはまた別の意味で貴重な『動物園の珍しい動物』(編集工房ノア、一九八九年一月二〇日、函装・本文装画=天野忠)がわが家にやってきた。限定三五〇部。署名入(二冊目)。これに先だって重複する内容の著作が文童社から二冊出ている。

一九六一年『クラスト氏のいんきな唄』(文童社)
一九六六年『動物園の珍しい動物』(文童社、『クラスト氏のいんきな唄』の改題増補版)

晩年の天野はちょうど今の山田稔のように編集工房ノアから着実に著作を出し続けた。おさらいしてみると下記のようになっている。『春の帽子』までが生前の出版。

一九七九年『讃め歌抄』
一九八〇年『そよかぜの中』
一九八一年『私有地』
一九八二年『掌の上の灰 日に一度のほっこり』
一九八三年『夫婦の肖像』
一九八六年『続天野忠詩集』
一九八八年『木洩れ日拾い』
一九八九年『万年』
     『動物園の珍しい動物』
一九九三年『春の帽子』
一九九四年『耳たぶに吹く風』
一九九六年『草のそよぎ』
一九九八年『うぐいすの練習』
二〇〇六年『天野忠随筆選』

『動物園の珍しい動物』は元『クラスト氏のいんきな唄』と題されたようにインキというかペシミスティックな、かつての『重たい手』(一九五四)よりも軽妙な分だけ、ちょっと救いのない世界が描かれている。表題作「動物園の珍しい動物」全文。

  セネガルの動物園に珍しい動物がきた
  「人嫌い」と貼札が出た
  背中を見せて
  その動物は椅子にかけていた
  じいっと青天井を見てばかりいた
  一日中そうしていた
  夜になって動物園の客が帰ると
  「人嫌い」は内から鍵をはずし
  ソッと家へ帰って行った
  朝は客の来る前に来て
  内から鍵をかけた
  「人嫌い」は背中を見せて椅子にかけ
  じいっと青天井を見てばかりいた
  一日中そうしていた
  昼食は奥さんがミルクとパンを差し入れた
  雨の日はコーモリ傘をもってきた。

もうひとつ「あーあ」

  最後に
  あーあというて人は死ぬ
  生まれたときも
  あーあというた
  いろいろなことを覚えて
  長いこと人はかけずりまわる
  それから死ぬ
  私も死ぬときは
  あーあというであろう
  あんまりなんにもしなかったので
  はずかしそうに
  あーあというであろう

どちらもよく引用される作品で、上手いと思うし嫌いではないが、正直、天野忠の代表作というふうには思いたくない。ニヒルすぎる。ちなみに天野忠が亡くなる直前の言葉は「あーあ」ではもちろんなくて、荒賀憲雄によれば、「本を取ってくれ」だったとも言い、

「南フランスに別荘を譲られてナー」

といううわごとだったとの証言もあるそうだ。
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by sumus_co | 2010-07-28 20:37 | 古書日録

放送

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『放送』第6卷第5号 日本放送出版協会 1946.06.01

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『放送』第6卷第4号 日本放送出版協会 1946.05.01

佐野本の新収として西村氏より『放送』第6卷第5号のイメージが届いていたのだが、紹介が遅くなってしまった。また月の輪目録からも佐野関連書を二冊ほど購入したとのこと。
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by sumus_co | 2010-07-27 21:41 | 佐野繁次郎資料

現代思潮社

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多田鉄之助『蕎麦漫筆』(現代思潮社、一九五四年)の奥付。あの現代思潮社が蕎麦の本出してたのか(!)ってそんなわけはない。現代思潮社は一九五七年に石井恭二が創業した。しかし社名は全く同じ。国会図書館で現代思潮社を調べると蕎麦現代と思われる出版物は以下の通り。

東大生活. 1953年版 櫻井恒次 1952
ものしり試合 日置昌一[他]  1953
上智大生活 戸川敬一 1953(大学生活シリーズ)
立正大生活 野村耀昌  1953(大学生活シリーズ)
味なもの 読賣新聞社会部編 現代思潮社 1953.6.30
私達の速記術 荒浪清彦 1954
レンズからみる日本現代史 佐藤忠男 1954
国学院大学生活 丸茂武重 1954(大学生活シリーズ)
昭和女子大学生活 塚本八重子 1954(大学生活シリーズ)

また蕎麦現代の住所、神保町一丁目三というと、これは昭森社や書肆ユリイカのすぐ近くということになる。とくれば思潮社と何か関係があるのか。

小田久郎『戦後詩壇私史』(新潮社、一九九五年)によれば、小田氏は戦後すぐに乾元社に入り『文章倶楽部』という投稿雑誌の編集を始めるが、乾元社の倒産とともに雑誌は牧野書店に移り、その倒産を受けて独立した。昭森社のビルに机を得たのが一九五六年、『文章倶楽部』を『文章クラブ』と改題して発行を続け、さらに『世代』(世代社、一九五八年六月改題)、『現代詩手帖』(思潮社)へと発展させていった。

小田氏は現代思潮社が目と鼻の先にある(あった)ことを知りながら「思潮社」という社名を決めたのか(まさか?)、また世代社と思潮社は同時に使っていたのか、そんなささいなことが気になってしょうがない。

もうひとつ、奥付では製版所の読書印刷株式会社の住所が長野県西筑摩郡読書村というのには驚いた。「読書村」は「よみかきむら」だそうでウィキによれば《1874年(明治7年)9月7日 - 与川村(よがわむら)・三留野村(みどのむら)・柿其村(かきぞれ)が合併。3村から頭文字をとって村名とした》。現・木曽郡南木曽町。

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『活字と自活』(本の雑誌社)の出版をお祝いする会」が開催されます。

《このたびの宴会は参加されたい方は自由に来ていただいて、その場に応じた参加費を頂戴したいと存じます。遅くまでやってますので、どうぞ気楽に足をお運びください。》

とのことなので時間のある方はぜひどうぞ。

時: 8月10日 7時〜
場所: yugue(ユーゲ) 京都市左京区下鴨松原町4-5 075-723-4707
   出町柳駅から徒歩10分 市バス205番 葵橋東詰下車 北に歩いて3分

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『日本古書通信』HPの「編集長日誌コーナー」が更新された。第三回。バックグラウンドが真白になってスッキリした。

《月の輪書林の目録十六号「太宰治伝 津嶋家旧蔵写真函解体」が届いていた。とんでもない古書目録である。これは本職も舌を巻く研究書だ。》と書いておられる。たしかに。《ただ、注文するのに困る目録でもある。》という感想はやはり業界の方だからだろう。個人的には今号は前号よりも注文しやすいように感じた。
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by sumus_co | 2010-07-27 21:19 | 古書日録

川崎長太郎

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『彷書月刊』8月号、特集「川崎長太郎のうたごえ」。齋藤秀昭編集。未亡人インタビュー、そして平出隆×坪内祐三の対談「川崎長太郎のキーワード」は息のあった内容で、平出氏の繊細さと頑固さというのか、その人柄が坪内さんのゴシップ好きの博覧強記と相まって、無類に面白い。たいていの号が保存版だが、これははなまる保存版。

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「神田小川町通りの図(風俗画報より)」(『東京古書組合五十年史』)。

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中西屋の棚がどんなものだったかは、八木氏もあまり具体的には書いておられないが、西洋の児童本が並んでいたことは間違いない。野田宇太郎が引用した啄木の日記(明治四十二年二月二十七日)にはこうある。

《二十円の為替を受取っ[ママ]て三秀舎まで歩いていった、中西屋でオスカーワイルド論(アート・エンド・モーラリチー)を三円半に買った! 何年の間本をかはぬ者の、あはれなる、あはれなる、あはれなる無謀だ!》

三秀舎は内神田の印刷所。そして神田駿河台下へやってきた。啄木の浪費癖である。『Art and Morality』は一九〇七年初版。しかし三日後の三月一日には《アート・エンド・モーラリチーを一円三十銭に》売ってしまった。

まさに『一握の砂』のこの歌の通り。

  売り売りて手垢きたなきドイツ語の辞書のみ残る夏の末かな

生方敏郎『明治大正見聞史』(中公文庫)にはこうある。

《日露戦争頃から駿河台下の中西屋が洋書の取次店を始めた。それは人も知る通り今の丸善支店となったが、あの頃には中西屋は、やっとウエブスターのポケットディクショナリーを翻刻した位の程度で、目立つような書店ではなかった》

この発言は八木稿と照らすとかなりいい加減な内容だが、体験的な実感としてはこんなふうだったのだろう。


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キャサリン・サムソン『東京に暮す』(岩波文庫、一九九五年三刷)には昭和初期の東京の書店が登場している。一九三三年、バーナード・ショー夫妻が東京に立ち寄り、サムソン邸宅に四日間滞在した。ショーは一週間ばかり前に北京で目にしたH.G.ウェルズの新刊書が欲しいとキャサリンにもらす。キャサリンは《今東京で一番話題の世界でも有数の大書店》へ駆けつける。

しかし誰に聞いても分からない。店長も知らなかったが、もう一度よく探してくれた。地下の倉庫に荷解きされないまま置かれていた。三十分以上待たされてやっとその本を手にした。

《私は暇人なのでこんな遅いサービスでも構わないのですが、もっと迅速にサービスが行なわれるようになっても、以前からの礼儀正しさと、本が売れようが売れまいがそんなことはどうでもよいという大らかさを失わないで欲しいと思います。最近は口先のうまい商売ばかりで、こういうまじめな商売は少なくなってしまいましたが、感じがいいし、売ることしか考えない商売よりも結局は人々の信頼を得ることになるでしょう》

《この素晴らしい本屋のとっておきの悪口を一つ紹介しましょう。もちろん本当の話です.ある人が新刊のベストセラーを買いにいったところ、ショーウィンドーに山と積んであるのに、店員たちはその本はうちにはございませんと言い張ったそうです。
 こんな楽しい冗談の後で、この魅力ある本屋が最近は大らかさを失ってしまい、他の大書店と変らなくなってしまったことを報告するのは残念なことです。先日この本屋に行って、一年に一部売れるか売れないかというような本、本屋に在庫があるとはとても考えられなかった本があるかと尋ねたところ、驚いたことに僅か三分で出てきてしまったのです。しかし次回ベストセラーを買いに行った時にはもっと時間がかかるかもしれません。それを期待してもう一度訪れてみましょう。》
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by sumus_co | 2010-07-26 22:18 | 古書日録

ミニアチュール神戸展

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◉7月24日〜8月4日

 ギャラリー島田
 http://www.gallery-shimada.com/index.html

◉小生も「窓(パリ)」一点出品しています。
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by sumus_co | 2010-07-26 15:27 | 画家・林哲夫

中西屋

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『武蔵野ペン』第二号(武蔵野文学会、一九五八年一二月三一日)。独歩五十年忌と徳富芦花三十年忌を記念して創刊された雑誌。定本「欺かざるの記」、前田河広一郎の在米通信などの連載がある。

野田宇太郎が「神田」という文学散歩を執筆しているのを読んでいると、昨日の「護持院ヶ原」が出てきた。森鴎外の「護持院ヶ原の仇討」を素材にして火除地についても触られている。鹿島氏が引用している司馬遼太郎の説明と少し食い違うところもあるようだ。司馬説は、隆光という僧が五代将軍綱吉に取り入り、江戸城の鬼門を鎮める寺をつくりたいと申し出たところ

《綱吉はその気になり、隆光に護持院という寺をつくらせ、広大な境内をもたせたうえ、千五百石という寺領もあたえた》

とあるが、野田稿では

《護持院は元禄二年(一六八九年)から知足院という寺が建てられていたのを改称したもの》

とある。どちらがどうか? ウィキ「隆光」にはこう書かれている。

《1686年(貞享3年)5代将軍徳川綱吉の命により将軍家の祈祷寺である筑波山知足院の住職となったの機に、急速に綱吉の帰依を得た。1688年(元禄元年)には知足院を神田橋外に移して護持院と改称してその開山となった。》

また野田稿でもうひとつ目がとまったのは中西屋のくだり。

《三省堂の前をすぎて駿河台下の十字路で錦町へ通ずる旧電車通りを小川町三丁目の同じ側に横切ると、今は都民銀行になっているもとの丸善支店の建物がある。丸善支店になる前は、そこは中西屋という洋書店であった。私はふと石川啄木日記にも中西屋で洋書を買ったことが記されていたのを思い出す。》

そういえば『季刊銀花』第三十号(一九七七年六月三〇日)に「中西屋の本」が紹介されており、八木佐吉による詳しい紹介があったのを思い出し、段ボール箱のなかから、ようやく見つけ出した。

『季刊銀花』第三十号の「木版画に見る明治の中西屋店頭風景」。
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八木稿によれば中西屋は明治十四年九月に開店して大正九年十月に丸善と合併している。和洋書の販売と出版も行なった。歳末には舶来の玩具や絵本の類いを特別陳列して販売した。明治二十年代に出版を始めた(ただし国会では明治十八年刊の中西屋本もあるようだ)。

そもそもは丸善の創業者早矢仕有的(はやしゆうてき)が個人資本で洋書を扱う中西屋と和漢書を扱う叢書閣(京橋南伝馬町のち神田湯島に移り出版に力を入れる)を同じころに創業した。どちらも新刊ではなく丸善の売れ残りや買い取った古本の店であった。

中西屋の名義人は丸善本店書籍部支配人だった小柳津要人(おやいずかなめ)の長男邦太(当時八歳)。後、明治三十年に早矢仕有的の末子山田九郎に代わるが、このときも九郎は十二歳だったという(丸善の名義人の不思議については『古本屋を怒らせる方法』を参照ください)。実際に取り仕切っていたのは美濃出身の伊村克己という人物で、その歿後は息子の伊村金(錦)之助が支配人をつとめた。この金之助が無類の本好きで編輯や造本に凝った出版をしたのだという。下記リストを見ても子供の本が目立つけれど、博文館路線とは異なる洋書を摸倣したバタ臭いデザイン造本が特徴だった。

なお先日話題にした画材店の文房堂は早矢仕有的の甥民治の細君の義兄池田次郎吉が、当初は中西屋の一部を区切って営業を始めたそうだ。その様子は上の図に描かれている。

現在の洋古書専門店・崇文荘書店はかつての中西屋の敷地の一角に当るとのこと。

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中西屋(中西屋邦太、中西屋書店)の刊行物(国会図書館蔵のみ)

十六夜日記読本 阿仏尼[他] 明18.10
土佐日記読本 吉田兼好[他] 明18.9
物理学教程講本 陸軍士官学校 明20.2
登記法公証人規則詳解 今村長善[他] 第3版 明20
株式会社銀行簿記例題 門馬俊矩 明28.10
仏蘭西文法捷径 ビュラン[他] 訂2版 明29.5
教師必携字画弁似 佐田白茅 明31.7
発売図書目録 改版 明34
水彩画一斑 小林鐘吉[他] 明36.10
和英いろは字引 一柳松庵 明36.6
墨画講話 三宅克己 明37.5
彩画帖. 第1輯 三宅克巳 明38.4
英語商業通信 中島鉄造 明38.5
中島英語商業通信 中島鉄造 明38.10
海上運送 窪川真澄[他] 明39.10
実践商業通信 今井友次郎 明39.6
今のブラジル 中島鉄哉 明40.6
最近商事活法 阿部重兵衛,中島鉄造 明40.4
海上運送 窪川真澄[他] 訂正2版 明40.4
平面三角法 松村定次郎 明40.3
中島英語商業通信 中島鉄造 改訂4版 明40.10
海上運送 窪川真澄[他] 改訂3版 明41.6
水絵具之栞 小林鍾吉 明42.6
日本名勝写生紀行 岡野栄 明39-43
中島英語商業通信 中島鉄造 増訂6版 明43.3
Commercial knowledge 岡田市治 改訂8版 1910
ナカニシヤ日本一の画噺 巌谷小波[他] 明44.11
いろはスケッチ子供四十八景 巌谷小波 明45.8
コドモノ画 山口伊策 大正1
お伽図書館 鹿島鳴秋[他] 大正1
家庭読本孝子画噺. 上 内海月杖[他] 大正1
家庭読本孝子画噺. 下 内海月杖[他] 大正1
海上運送 窪川真澄 再訂補5版 大正1
子供の対話 小柴博,能勢哲 大正2
オハナシ. 1 鹿島鳴秋[他] 大正2
オハナシ. 2 鹿島鳴秋[他] 大正2
オハナシ. 3 鹿島鳴秋[他] 大正2
オハナシ. 5 鹿島鳴秋[他] 大正2
オハナシ. 4 鹿島鳴秋[他] 大正2
日本名勝写生紀行. 第4,5巻 岡野栄 大正1-2
羅馬字之仮名式遣方 片山国嘉 大正3
東西お伽訓話. 天 日比省吾 大正4
東西お伽訓話. 地の巻 日比省吾 大正4
家庭日本歴史 内海月杖 大正4
大正お伽噺  鹿島鳴秋[他] 大正11
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by sumus_co | 2010-07-25 22:12 | 古書日録