林蘊蓄斎の文画な日々
by sumus_co
カテゴリ
古書日録
もよおしいろいろ
おすすめ本棚
京のお茶漬け
東京アレコレ日記
佐野繁次郎資料
宇崎純一資料
渡邊一夫の本
青山二郎の本
spin news
読む人
パリ古本日記
写真日乗
あちこち古本ツアー
装幀=林哲夫
著述関連
画家・林哲夫
雲遅空想美術館
淀野隆三関連
喫茶店の時代
うどん県あれこれ
貧乏こっとう
ほんのシネマ
以前の記事
2017年 03月
2016年 11月
2016年 01月
2014年 02月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
more...
お気に入りブログ
フランス落書き帳
フランス美食村
退屈男と本と街
ニューヨークの遊び方
gyuのバルセロナ便り ...
奥成達資料室blog版
空ヲ洗フ日々 十谷あとり
浅生ハルミンの『私は猫ス...
古書渉猟日誌
bookbar5
わたしつくるひと
猫額洞の日々
トスカーナ オリーブの丘...
フォロニアム
昨日の続き
モンガの西荻日記
往来座地下
天音堂★山口ヒロミ工房_...
NabeQuest(na...
フランス古道具 ウブダシ
Mの日記@古本T「たまに...
日常と夢の記憶
Gallery Shim...
and so on...
亡兎観現世
石のコトバ
ボローニャに暮らす
糸巻きパレットガーデン  
Kumatetsu Ga...
Muntkidy
Lenzgesind
奈良 智林堂書店  
うらたじゅんの道草日記
高遠弘美の休み時間・再開...
ネジ式
さし絵のサイン
机の上で旅をしよう(マッ...
森のことば、ことばの森
新潟絵屋Blog
オックスフォード便り
白 の 余 白
Madame100gの不...
ツレヅレナルママニ(みど...
関西の出版社
めぐり逢うことばたち
古本万歩計
りはびりカメラ
ムッシュKの日々の便り
Books & Things
ちらしDMコレクション
ネコと文学と猫ブンガク
daily-sumus2
最新のコメント
今はネット古書行脚でしょ..
by sumus2013 at 20:41
学生時代は、カンダの古本..
by 根保孝栄・石塚邦男 at 07:34
御教示に深謝です。蓜島氏..
by sumus_co at 08:37
「『正誤正刪『日本近代文..
by MY at 11:05
了解いたしました。
by sumus_co at 08:30
神谷様 御教示に深謝いた..
by sumus2013 at 20:06
神谷道一と神谷由道は親子..
by 神谷 at 15:59
kikiさま コンドルで..
by sumus_co at 15:53
ジャン・コクトーだなぁ。..
by 根保孝栄・石塚邦男 at 06:59
先日来、調べごとをし..
by kaguragawa at 22:13
メモ帳
お問い合わせはこちらまで

本を散歩する雑誌 [スムース]
洲之内徹略年譜
『書肆アクセスの本』
ほんまに日記
恵文社一乗寺店
Calo Bookshop & Cafe
貸本喫茶ちょうちょぼっこ
BOOKONN
奥付検印紙日録
とらんぷ堂
書肆砂の書
みずのわ編集室
みずのわ放送局
エエジャナイカ
蟲文庫
古書日月堂
海月書林
田中栞日記
古書の森日記
日用帳
なえ日記
lady pippon
古書現世店番日記
海ねこ的日々の暮し
m.r.factory
ナンダロウアヤシゲな日々
内澤旬子・空礫絵日記
四谷書房日録
森茉莉街道をゆく
ねこそぎ記念
本の街日記
リコシェ
旅猫雑貨店
津田明人
北方人日記
柳居子徒然
駅前糸脈
日々のあわ.。o○
晩鮭亭日常
空想書店書肆紅屋
bibliomaine mod
autographes et …
BiblioMab
Le blog de Yv
Le Monde
Gibert Joseph
bnf
BRITISH LIBRARY
Galaxidion
Library of Congress
Strand Bookstore
The Book Design Review
penguin blog
Mark Simonson Studio
modernmechanix
くうざん本を見る
神保町系オタオタ日記
ma-tango
jun-jun1965
書物蔵
スローラーナー
本はねころんで
漁書日誌
城戸朱理
町家古本はんのき
古書ダンデライオン
Kanecoの日記
吉岡実の詩の世界
qfwfqの水に流して
古本屋ツアー
清水哲男
Automat svět
細馬宏通
中野晴行
古通・編集長日誌
昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板
喫茶・輪 
古本ときどき音楽
本と暮らす
ウロボロスの回転
表現急行
tundowの日記
盛林堂日記
フクヘン
ですぺら
花森安治の装釘世界
文壇高円寺
ぶろぐ・とふん
medievalbooks
マン・レイと余白で
okatakeの日記
古本ソムリエの日記
最新のトラックバック
京都印刷発祥之地 記念碑建立
from 印刷見聞録|からふね屋|京都
本を散歩する雑誌 [スム..
from 相互に旅をする人
土曜日のブックオフ
from 古本万歩計
[書評][詩歌に寄せるエ..
from 読書百篇
第33回西荻ブックマーク
from 西荻ブックマーク
北野武似の少年は夏休み、..
from 月の風ノート
【ライト兄弟】についてブ..
from 最新キーワードチェック!
『田辺茂一と新宿文化の担..
from じんぶんや「紀伊國屋書店と新宿」
美の名言
from 美の名言
横尾忠則の小説
from Mの日記@古本T「たまにはス..
ライフログ
検索
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2009年 09月 ( 37 )   > この月の画像一覧

VIKING 705

b0081843_20485063.jpg


中尾務さんより頂戴した『VIKING』705号(VIKING CLUB、二〇〇九年九月三〇日発行、表紙=富士伸子)。中尾さんの連載好調。前号の例会記(神戸)を読むとこういう発言が載っていた。山田稔氏が前号で中尾さんが書いた内容(=島尾敏雄が『VIKING』に間に合わせの作品を載せることについて富士正晴が不愉快に思っていたという指摘)に対して《僕の富士像が少し矯正されてきた》と述べてこう続けている。

《この連載は大変な業績だよ。島さんはどう?」島「島尾さんが笑たの見たことない。週一回ぐらい新開地の横丁うろうろしてお好み焼き屋に行ったりしたけど、店の女の子が団扇で一生懸命火をおこしてるのをじぃっと見るんや、とにかく見る、あの目で露骨にあんなに見たらあかん、アホや」山田「富士さんはこんな感じやった?」島「そらそやな、知らんかったこともあるけど」》

「島」は島京子。同時代の眼とはまた違った目を史家はもつ。たしかにこの連載は貴重なものである。そして同封されていた中尾さんの手紙にこうあったのがうれしかった。

《今月、山田稔さんからの封書に、新聞切り抜きあり。貴兄の図書館と京都を舞台にした作品についての文章でした。「いいこと書いてるね」と切り抜き隅に山田さんが記載。同感した次第。》

÷

b0081843_2145199.jpg


Makino氏より成家徹郎「日中友好の断層ーー郭沫若と文求堂田中慶太郎(下)」(『東方』344号掲載)の複写を頂戴した。そこに京都の文求堂の住所印のカラーコピーが添えられてあった。印の作者は篆刻家・河井筌廬(1871-1945)のようである。非常に均整がとれてスッキリしている。

文求堂田中慶太郎は若き俊才郭沫若を援助し初期の著書を一手に出版していた。その恩義があるはずなのに郭沫若は後年文求堂についてあまり多くを語っていないそうだ。その理由の一端が書かれている。

《郭氏が日ごろへんに思っていることがあった。彼の著作は一版について五百部、印税は一割五分である。ところがそうとう有名になっても再版を出したことがない。一九三六年の夏、金氏と郭氏が慶太郎に会いに行った時のこと。次子震二の葬儀に当っていたので店に居なかった。そこで二人は意外な事実を発見した。印税票を貼っていない『卜辞通纂』を見たのだった。「鼎堂は飯も喉をとおらないほど、かんかんになった」》

印税票(=検印紙)の数以上に増刷するということはままあったようだが、少部数の専門書でもそんな例があったとは意外である。検印が使われなくなってからもう五十年ほどは経つ。ちゃんと契約書を交わしていない出版の場合などは、今もって公称刷り部数と実数との差が気になるのも事実である。
[PR]
by sumus_co | 2009-09-30 21:38 | 古書日録

The Boobus and the Bunnyduck

b0081843_20241123.jpg


『A COMPANION TO The Boobus and the Bunnyduck』(ARION PRESS, 2007)という小冊子というか刊行案内書を頂戴した。エリオン・プレスというのは一九七四年にホイエム(Andrew Hoyem, 1935-) によって創立されたプライベートプレス。詳しい社史はArion PressのHPをごらんいただきたいが、メモていどに紹介しておく。

アメリカ合衆国でもっとも優れたタイポグラファーとして認められていたブルース・ロジャーズ(Bruce Rogers)の最良の弟子を自認するグラブホーン兄弟(Edwin and Robert Grabhorn)がサンフランシスコで一九一九年に創立したのがグラブホーン・プレス。(英語発音のカタカナ表記は適当です、御教示あれ)

グラブホーン・プレスのすぐそばでホイエムは一九六一年にヘイゼルウッド(Dave Haselwood)といっしょにアウハーン・プレス(Auerhahn Press)を始めた。ここは主にビート・ジェネレーションの詩人たちの詩集を印刷していたそうだ。(とおりすがり氏よりコメント《ビート詩人の詩集も出していましたが、ブラックマウンテン派やサンフランシスコ在住の詩人たちの詩集のイメージも強かったかなと思います》)

しかし六三年に閉業し、ホイエムは翌年グラブホーン・プレスで働いたが、そこも六五年に閉店。グラブホーンの弟ロバートとホイエムはいっしょになって印刷業を続けていたが、一九七三年のロバートの死後、設備や貴重なタイプのコレクションを買い取り、七四年にエリオン・プレスを開業したということである。

エリオン・プレスを取材した短い番組が youtube で見られると教えていただいた。アメリカ合衆国でも絶滅に瀕した印刷製本術を受け継いでいるとのこと。

Creating Fine Letterpress Books at Arion Press on PBS NewsHour

文学作品とオリジナル版画などを組み合わせた豪華本の出版で気を吐いているようだが、『The Boobus and the Bunnyduck』も詩人のマイケル・マクルーア(Michael McClure)が娘のために創作したお話をジェス(Jess)がクレヨンでイラストレーションをつけて手作りした本の復刻版である。

しかしこの冊子だけを見てもハイレベルな活版印刷だ。文字も美しいし、そうとうに荒目の木炭紙のような紙にぴったりとよどみなく印刷されていて、おぬしただものではないな、と思わせられる。

b0081843_20555243.jpg


「Bunnyduck」バニーダックという言葉はマクルーアの造語のようだが、十九世紀末頃にダック・ラビット「duck-rabbit」というだまし絵が流行ったらしい。見ようによってダックのようでもあり、ラビットのようにも見えるというマンガである。

♪まねき猫ダ〜ック
[PR]
by sumus_co | 2009-09-29 21:08 | 古書日録

荘原照子聞書

b0081843_19444830.jpg


少し前になるが白水社気付で届いた手紙が廻送されてきた。拙著『古本屋を怒らせる方法』(白水社、二〇〇七年)に秋朱之介のことを書いている。その秋が手がけた荘原照子『マルスの薔薇』(昭森社、一九三六年)についての問合せだった。

発信人は「モダニズム詩人 荘原照子 聞書」を『菱』という詩誌に連載しておられる鳥取の手皮(てび)小四郎氏である。荘原照子という名前に覚えがなかったのだが、問合せの内容にはかろうじてお答えすることができた。同封されていた連載第一回のコピーが上の写真である。そしてそこに荘原照子の小伝が載っていた。かいつまんで引用する。

明治42年1月16日 山口県防府市三田尻に生まれる。
昭和3年 大阪ランバス女学院(現関西学院聖和キャンパス)に入学するも体調を崩し中退。
昭和8年1月 『椎の木』(第三次)に参加。『カルト・ブランシュ』などに作品を発表。
昭和11年7月 『マルスの薔薇』刊行。
昭和20年7月 戦禍を逃れて松江へ至る。
昭和32年 『詩学』12月号が病死と報じる。
昭和42年8月21日 『毎日新聞』都内中央版に「荘原照子は生きていた」と紹介される。
平成11年10月11日 鳥取市にて歿。

本日、手皮氏より詩誌『菱』167号が届いた。連載第八回である。歌誌『あけぼの』(表紙は「あけほの」)についての考察。荘原照子が十七八歳ころにせっせと投稿していた。大正十五年八月に山口で創刊され昭和四年四月まで三十三冊発行された雑誌だそうだ。

中原中也が三人合同の歌集『末黒野(すぐろの)』を出したのが大正十一年、翌年、京都の立命館中学に転校し永井叔(大空詩人)や長谷川泰子と知り合うことになる。十三年には富永太郎を知りダダ風の詩も試み始めた。そうすると、中也に限らず、短歌からモダニズム詩への道筋というのはあんがい自然なものだったようだ。そして中也と合同歌集を出した仲間の一人、宇佐川紅萩は『あけぼの』にも参加していたという(三人のうちのもう一人は吉田翠泡)。

手皮氏は『あけぼの』を読み解きながら、そこに投稿された作品と後年の小説「マルスの薔薇」との緊密なつながりを明らかにしておられる。未知の作家の足取りを辿る面白さが伝わってくる連載だ。今後も期待しよう。
[PR]
by sumus_co | 2009-09-28 20:29 | 古書日録

画家と作品

b0081843_20103981.jpg


うさぎを木版画で刷り出した匂袋。和紙を貼り合わせてある。封筒にしのばせたりするため「文香」と呼ぶらしい。まさに頂戴した手紙に同封されていた。どこの製品かわからないが福井朝日堂のHPに同じようなうさぎのデザインが見えている。

÷

高桐書院の話を先日の図書研でしたところ某氏が内田巌『画家と作品』(高桐書院、一九四八年)を見付けてくださった。「藤島武二先生と私」という一文が印象深い。美術学校時代からヨーロッパ遊学を経て、松田改組(一九三四年)に反対して新制作派協会を結成するまでが、晩年の藤島武二の姿を浮彫りにしながら回顧されている。

《一級下の、猪熊や小磯や、荻須のクラスは、秀才ぞろひで、あまり乱暴な悪童を出さなかつたが、変り種は、永田一修[脩]と大月源二だつた。大月と永田は、二人だけ美術学校内におけるプロレタリア芸術運動への参加者だつた。勿論、私は、一年生の頃、社会主義同盟の展覧会に出品して居り、さうした方面での皮切りであつたが、美校三年以後の私は、全くさうしたことに無関心で、絵ばかり描いてゐた。》

大月源二は小林多喜二の『蟹工船』の装幀を手がけている。昭和三年卒業だから洲之内徹よりは少し先輩になるようだ。

b0081843_20213955.jpg


モノクロの口絵が十六点掲載されているが、そのうちの六点がコローである。「コロの芸術について」という論考も収められている。コローではこれらの人物が好きだ。ダ・ヴィンチやラファエロを意識したようなところも見られるが、なんともいえないつつましやかなタッチが好ましい。

《一八七四年(明治七年)二月巴里のアトリエの周囲に灰色の影が佇んだ時、彼は寝台の上でモローに囁いた。『私はどうも空を作る事を知らなかつたらしい。今私に見える空はバラ色で、深みがあり、透き通つてゐる。全く君にも見せたい。その空の下に又素的な地平線が横つてゐる。』

 七十八歳の老コロはこの朝、『朝飯は要らないよコロ爺さんはあつちで喰ふからな。』と云つた。実際彼が眺めたバラ色の空に微笑みかけるやうに死んで行つた。》(「コロの芸術について」)

「あとがき」を美術史家の森暢が書いている。《内田君の本のお手伝ひはこれで三回目である。一回目は「作品集」、二回目は随筆集の「物射る眼」》とある。森は高桐書院の編集者だった時期があるようだ。
[PR]
by sumus_co | 2009-09-27 20:56 | 古書日録

巡礼としての絵画

b0081843_19334474.jpg


前川久美子『巡礼としての絵画ーーメディチ宮のマギ礼拝堂とゴッツォリの語りの技法』(工作舎、二〇〇九年)を読み終わった。エキサイティングとかスリリングとかそういう興奮ではなく、淡々と例証を積み上げて結論を導くというオーソドックスな手法の周到さに感嘆した。

ルネサンス絵画に限らず美術は美術そのものとして鑑賞されたのではなく、ひとつの手段として受容された、ちょうど建物がそれぞれに目的をもっているのと同じように絵画にもその時代ならではの使命があったわけだが、その受容という観点から絵画を読み解く、これが当今の美術史のメインストリームらしい。当時の人間の視点で絵を見る。そうすれば何故そういう画像がああいうふうに描かれたのかが自然と見えてくる。

ゴッツォリ Benozzo Gozzoli(ca. 1420, Firenze - 1497, Pistoia)はやや初期のルネサンス時代に活躍した画家で本書で論じられているメディチ宮の「マギの礼拝」が最もよく知られている。画家としては堅実な仕事ぶりではあるが、綺羅星が居並ぶルネサンス画家のなかにおいてはやや影がうすいような気もする。しかし当時にあっては非常に人気の高い画家であって、その証拠に寿墓(生前に作る墓)がピサの市民たちによってその死の二十年も前に作られたそうだ。そんな例は後にも先にもゴッツォリしか知られていないという。

ここで本書の内容を書いてしまっては意味ないのだが、「マギの礼拝」というテーマ、これは当時たいへん好まれて、ダ・ヴィンチも未完の大作を遺しているし、多くの画家たちがこぞって描いている、ということは絵の依頼者にとってとても重要な意味があったということだ。その理由をまず説き明かしている。

「マギの礼拝」に限らず、ルネサンス絵画には背景に異国の風景(パノラマ)を描いた作品が少なくない。たとえば「モナリザ」。背景の山岳地帯はアルプスのどこやららしいが、どうしてバックにそんな急峻な山岳風景が必要なのか。本書で言及されているわけではないものの、読んでいると、その理由をなんとなく想像できるような気になってくる。

また建物の内部に描かれた壁画の構成を考察した部分では、今日隆盛のストーリー・マンガのコマ割というかストーリーの分節の骨格というものがルネサンス時代に胚胎されたものらしいことが推測できる。ストーリーにそって展開する絵巻物などはもっと古くから存在するわけだが、コマで区切る手法というのがルネサンス壁画の構成から来ているのではないか、と疑いたくなるのである。ほんとはフキダシもルネサンス絵画にオリジンが見られるような気がするのだが、これについては拙著『帰らざる風景』所収の「吹き出すことば」参照していただきたい。

またストーリー漫画といえば、同一化(画面のなかに読者が参加しているような錯覚をひきおこす描き方)が欠かせない要素である。この点についても巡礼という観点からルネサンス絵画の同一化(壁画の巡礼に参加するような)が論じられており、たいへん面白く感じた。

他にもサクロモンテの流行だとか、宗教テーマパークだとか、平たく言えば現代人が夢中になっているようなことにルネサンス人も夢中になっていたのだなあ、と感心することしきりである。また画家の自画像についてこの時期の作例をいくつも引いて論じているところも、自画像の発生と考え合わせて、やはり現代に直結する自我というもののがルネサンス時代から顕著になったことを再確認させてくれる。

ひとつだけ気になるのは、著者自身もあとがきの中で触れておられるが、右開き縦書きという本の体裁と図版で再現されている壁画の流れが逆行する点である。この論考は横書き左開きにしても全く問題なかったのではないだろうか。まあ、そんなことは些細な問題である。久々にルネサンス絵画への情熱を呼び覚まされ、あの美しいイタリアの諸都市を経巡って壁画三昧の日を送りたくなる一冊だった。
[PR]
by sumus_co | 2009-09-26 20:40 | おすすめ本棚

宮本常一離島論集第一巻

b0081843_14232188.jpg


2009年10月15日発行

著者 宮本常一
編者 森本孝
装幀 林 哲夫
発行所 みずのわ出版

216×153mm

ジャケット マーメイド しろ砂 四六判Y目115kg
表紙 NTラシャ くち葉 四六判Y目100kg
見返 NTラシャ 濃茶 四六判Y目130kg
別丁扉 タント0-56 四六判Y目100kg
[PR]
by sumus_co | 2009-09-26 14:27 | 装幀=林哲夫

草森紳一の右手

b0081843_19501778.jpg


『彷書月刊』10月号は特集・草森紳一の右手。特集はすべて草森の原稿と校正紙、メモ類など。この写真は一九七七年頃、撮影者不明。巻頭には「枡目の呪縛ーー原稿用紙の中の書の世界」が再録されている(初出は一九八九年)。そこにちょっと気になる記述があった。

《原稿用紙の枡目の出現は、おそらく印刷術と大きくかかわっている。萩の勤皇僧月性の発明ともきくが、彼は自らの塾「清狂草堂」で出版もやった位だから、活字が拾いやすいようにという配慮から、枡目のある原稿用紙を作るに至ったのだろう。「縦二十字」の決定には、書き手の視覚や呼吸、腕の長さまでも、それなりに計算されているはずである。》

たしかに月性が編纂した『今世名家文鈔』(河内屋忠七等)は二十字詰めの版面になっている(国会図書館の近代デジタルライブラリーでネット閲覧可)。しかしそれは木活字版ではなく整版のように見える。整版なら一枚板から掘り出すので活字ではない。《活字が拾いやすいように》というのは何を指しているのか?

また《書き手の視覚や呼吸、腕の長さまでも、それなりに計算されているはず》という説だが、原稿用紙の二十字というのは書き手のことを考えてではなく、いみじくも草森が指摘しているように「活字を拾う」ことから生まれたシステムのようである。そう説くのは松本八郎「四百字詰原稿用紙の話」(初出は一九八四年)。

《日本の活版印刷の黎明期、本文組版は五号活字が基本であった。この五号活字を文選箱に拾って持ち得る重さが八百本、すなわち文選箱は20本×40本というスケールの箱であった。その採字した箱を積み上げれば活字の消費本数が何本という数が出て、筆で書かれた文字数不明の原稿は、たちどころに印刷代が見積もれたという。
 そこで、あらかじめ原稿の段階で原価計算できるようにするには、この文選箱での本数と同じ文字数で書かれていれば問題はない。八百字では書きにくいということと、書き損じの時の手間などが考慮され、半分の四百字としたのが、そもそも四百字詰原稿用紙の始まりである。》

文選の作業からコスト計算を含んだ文字数決定によって四百字が生まれた。なお、松本氏によれば

《江戸中期に藤原貞幹が20字×10行の原稿用紙を使って『好古日録』を書いたといわれており、このほか江戸期の原稿にいくつか用いられた例はある。ただこの時代に何のために原稿用紙を使う必要があったのか、これは今ちょっとわからない》

そうだが、それは月性の例ではっきりしている。版面と同じ字数行数で原稿をつくるためだろう。やはりコストとも関係してくる。

b0081843_19503846.jpg


草森紳一『荷風の永代橋』(青土社、二〇〇四年)の右が原稿、左が校正紙。それにしても原稿はともかく校正紙はひどいものだ。ここまで直すということは原稿がまったく推敲されていないということではないのか。それを原稿として提出するのがまず疑問である。ここまで直すと元より良くなっているのかどうかすら自分でも判断できないように思うのだが……。
[PR]
by sumus_co | 2009-09-25 20:46 | 古書日録

私は猫ストーカー

b0081843_19582254.jpg


東寺のすぐそばにある京都みなみ会館で「私は猫ストーカー」を観た。

b0081843_19583568.jpg


じつは先日「シネマぜんざい」20号が届いて、かの塩山御大がこの映画をバッサリ斬り捨てていたから、どんなもんやら、ハルミンさんには悪いが、かなり心配しながら出かけたのだった。

御大の感想もうなずけるところはあった。具体的には書かないけど。ただし御大の《古本屋の女房(坂井真紀)が家出する頃から、やっと画面は動き出》し《画面は緊張を帯び、登場する引き締まった猫群も、画面の上下左右に独特のリズムを》というあたりはまったく逆で、小生は家出のあたりからつまらなくなったように感じた。古本屋の主人(徳井優)がどうもしっくりこない。猫ストーカーである主人公のハル(星野真理)の生活を淡々と描いている前半の動きのない部分の方がずっと好きだ。

古本屋そのものは実際の古書店・猫額洞さんなのでリアリティばっちり。しかし主人夫妻とバイト(?)二人がずっとレジの近くにたむろしている状況はありえないだろう。だいたいバイトが二人もいるのは町の古本屋とは思えないし、もしそういう店があったとしても、それなら主人は店にはいないはずだ。坂井真紀が棚に並んでいる本の背を平手でピシャピシャと叩く(本を揃える意味か)。むろんそういう演出なのだろうが、何度もやられると気分が悪くなる。

ハルの下宿がいい。下宿の大家のおばあちゃん(麻生美代子)もいい。リンゴを持って行かないのかなと思いながら見ていると林檎を渡すシーンがあってこれはうれしかった。エプロンで受けるところもいい。ハルの部屋もなかなか凝っている。段ボール箱をたたむシーンではガムテープは使うなよ、と注意したくなった。

しかし何と言っても東京の上り下りの多い住宅街の風景がすばらしい、緑が思いのほか多いのだ。僧侶のような男はいらないと思ったが、その重厚な自転車と彼らの通った道筋は良かった。井戸も。だからこれは東京の下町が主役だと思えば見事な映画かもしれない。騒音が全編のほとんどを覆っているのも都市が主人公だと思えば悪くない演出だ。その意味では路地を抜けて周回する猫的なロードムービーと言えなくもない。ハイキーな映像もその点では一理ある。ドラマはいらなかったなあ。

b0081843_17315648.jpg


京都みなみ会館、9月19日から上映開始!

http://www.rcsmovie.co.jp/
[PR]
by sumus_co | 2009-09-24 20:42 | もよおしいろいろ

イナカ新聞

b0081843_21145535.jpg


本を探していると本箱の間からこんな古新聞が転がり出てきた。古新聞といって、なにしろ大正四年九月十日付けだから、それなりに立派な古新聞である。しかも『播但丹イナカ新聞』という命名がおもしろい。第百五号。タブロイド版(一枚二折四頁)、発行所はイナカ新聞社、発行兼編輯人は竹内周蔵、印刷人は竹内ふさ、発行所住所は兵庫県多可郡中村ノ内森本村(西脇市の日本のへそ公園のわりと近くらしい)。

巻頭は県郡会議員の選挙について述べた「議員と有志」無署名。そして床次竹次郎「治乱安危の本は任用其人を得ると得ざるとによる」は地方自治における人材登用について。この床次竹次郎は床次竹二郎(とこなみたけじろう)だろうか(?)。他には「農村の疲弊について」植木生、「郡議パノラマ」などから「笑話」「都々逸」まで載っている。

なかでは「香具師の内幕金指輪」という記事に目をひかれた。

《『ええ、ご遠慮なく御手に取つて御覧願ひます、僅十五銭か二十銭で純金の指輪が買へる、色も重量(めかた)も純金と同じ事で、湯水にお浸けになつても何時までもお用ゐになつても、此金色は永久に変りません》

こういう口上で安物の指輪を売りつける香具師を「三寸」と呼ぶそうである。ところが実際は湯に浸けたら十分間で、指にはめているだけでも二三日ですっかり色が剥げて黒ずみ、はめた指には痣のように緑青の跡が残る。その原価は三銭ないし五銭。作り方まで書いてあるが省略。

《製造元は東京にもあるが、矢張大阪が第一で南久宝寺町あたりにある》

矢張(やはり)って、当時の大阪はパチモン、バッタモンの故郷だったようだ。

《原価は素的(すてき)に安値(やす)いから、十銭に売つても折半の利益、二十銭に売れば三倍の利を見るのだから、彼等奸商は中々旨い汁を吸つてゐる訳だ、縁日とか祭日とかで、都合よくゆくと四円五円の利を見る事があるさうだ。僅か片手に持つたり、肩から掛けたビロード製の箱一つ、少し大がかりになつたとした所で半畳ばかりの店をひろげてアセチリン瓦斯を焚き三四銭の地割(ぢわり)を払ふのみで、こんなに儲かるのだから全くぼろい商売である》

と記者は書いているが、原価の三倍で奸商呼ばわりされたら古本屋なんかどうなるんだろう。10円で仕入れた文庫本を100円で売れば十倍なんですけど。とはいえ、けっこうジャーナリズムとして体裁のととのった『イナカ新聞』であった。検索にはひっかからないが……。
[PR]
by sumus_co | 2009-09-23 22:26 | 古書日録

ちくま10月号

b0081843_1242638.jpg


『ちくま』10月号はトルコの書店。イスタンブルの有名なバザールのはずれのあたりにある。古書店が数十軒並んでいる古本小路。
[PR]
by sumus_co | 2009-09-23 12:06 | 装幀=林哲夫