林蘊蓄斎の文画な日々
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佐野本搬入しました。

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本日は、午前中、書斎にて、編集作業などを撮影。ちょうど出来上がった『佐野繁次郎装幀集成ー西村コレクションを中心として』が届いたので開封するところも撮ってもらった。なかなかいい感じである。心配していた色合いも、まずこれなら大丈夫。

午後はクルーといっしょに車でアトリエ箱庭へ。展示の様子も撮る。『銀座百点』はすでに箱庭さんが展示してくれていた。これを見るだけでも値打ちがある。こちらは西村コレクション。二時間余りで終了。『銀座百点』以外は林コレクションなので、ちょっと物足りないかもしれないが、一応、佐野の初期から晩年にいたる作風の変化はたどれるくらいの数はある。ぜひ実物をご覧いただきたい。

明日1日から公開。残念ながら林は明日・明後日と京都での撮影スケジュールがあり、会場に行けない(撮影は明後日で終了の予定)。3日の芝川ビルでのトークでお会いしましょう。
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by sumus_co | 2008-10-31 21:13 | もよおしいろいろ

百万遍初日!

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撮影スタッフと合流するため、いつもより早く会場に到着。しかし、なんと、百円均一のコーナーがない! 愕然とする。かろうじて津田書店が百円均一をわりあい広くとっていたので、なんとか急場はしのげた(?)。

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会場にいた知人をつぎつぎカメラの前に呼び出して、収穫などを見せて貰った。

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ガケ書房へ移動。古本善行寺がまたいい本並べてる。

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山崎書店へ。

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さらにアスタルテ書房へ。撮影のために店を開けてもらう(木曜定休)。

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ということで、今日はけっこういい本が買えた。カメラがあったので、少し散財したかも。徐々に報告するとして、とりあえず、Mさんより古本メールを引用しておく。本日はお世話になりました。

《100円台のないのはやっぱりさびしいですね。午後からも津田さんの100円に戻り、追加される本をチェックしていました。以下はそこで買った本です。『愚者の知恵』福原麟太郎裸本、『命なりけり』福原麟太郎裸本、『天文まんげ鏡』石田五郎、『小説新潮』S23年9月号(宇野浩二の本と紙が乱雑に積み上がった中に俯いて座っている写真が掲載されています。また、「雪夫人繪図」舟橋聖一の挿絵は佐野繁次郎です。)『三島由紀夫没後三十年』新潮臨時増刊、『藤田博子歌集 風のテオーリア』書肆季節社献呈紙入り。津田さんに感謝です。
 棟方志功表紙の『雪炎』岡部文夫は、あきつさんがいい値段を付けていたので吃驚。
 『佐野繁次郎装幀集成』はみずのわさんに予約していますので、機会があればご署名をお願いします。
 もう一日は知恩寺に行くだろうと思います。》
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by sumus_co | 2008-10-30 20:08 | あちこち古本ツアー

文学雑誌創刊号

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『文学雑誌』創刊号(三島書房、一九四六年十二月二十日、表紙=吉原治良)。以前から目録で見つける度に注文していたが、三度目の正直でやっと当選した。藤沢桓夫編輯となっているものの、藤沢は金主兼アドヴァイザーという感じで、初めの頃の実務は長沖一がやっていたらしい。やはり藤沢の肝いりだろうが、三島書房はこの時期に文学書をかなり出版して気を吐いた。三島文庫(文庫判ではなく四六判)シリーズ(十七冊?発行)も最近はけっこう古書価が付いている。昭和三十年代まで出版物は確認され、最後には楳図かずおの初期作品を何点か刊行している。古書価の点ではこれらがダントツか。

創刊号の表紙とカットは吉原治良で、その意味でも貴重な雑誌と言える。現在も刊行されているのかどうか確認していないが(杉山平一氏の自宅が発行所)、関西の文芸雑誌のなかでも長寿の一つであって、その発行所の変遷は下記の通り。52号(昭49.9)に総目次あり。

三島書房 1巻1号〜
大丸出版社  3卷3号(昭24.3)〜
帝塚山學院短期大學出版部  復刊1号(昭25.10)〜復刊2号(昭26.1)
文学雑誌発行所  19号 (昭27.6)〜

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みずのわ出版よりBCCメールあり。

「佐野繁次郎装幀集成——西村コレクションを中心として」(西村義孝編著/林哲夫構成)が、31日夕刻出来上ってきます。B5判111頁のうち、カラー図版が96頁で600点超、これで2310円はお買い得です。ご予約承っております(ご予約分は、11月1日のねこメエル便で発送します)。

31日はアトリエ箱庭での佐野本陳列日。箱庭では1日から販売します。貸本喫茶ちょうちょぼっこへも1日午後に届く予定です。

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テレコムスタッフの撮影初日、絵を描いているところをずっと撮られるというのは、思っていた以上に疲れる(NabetsumaJunkに現場写真あり)。普段なら、けっこうチンタラ描いているのだが、やっぱりカメラが張り付いているときばってしまう。明日は百万遍での撮影。インタビューをお願いする方もあるやも、その節は宜しく。
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by sumus_co | 2008-10-29 20:33 | 古書日録

もうひとつの装丁

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安藤剛史『もうひとつの装丁』(二〇〇七年)。私家版といっていいのだろう、中綴じ本文28頁の瀟洒な冊子。安藤氏より頂戴した。内容は、既刊の書物、例えば、綿矢りさ『蹴りたい背中』、ボリス・ヴィアン『心臓抜き』、リチャード・バック『僕たちの冒険』などを、自分で装丁し直して、装丁作品集としたものだ。簡単に言えば、自作のプレゼンになっているわけだが、デザインのスマートさもさることながら、既成の装幀がいかにその本の素性を規定しているか、という事実を改めて認識させられた、その事実に愕然とする(ちょっとオーバー)。

ベストセラーであればあるほど(ブの105円にどっと出ている(?)『蹴りたい背中』など)安藤デザインになるとまったく別ものに思えて来る。装丁=アイコンというやつですか。そういう戸惑いが面白い。安藤氏は一九七二年生れ、最近、フリーになられたようだ。開いた頁の作品は共に小川洋子『ブラフマンの埋葬』と『密やかな結晶』。元版(講談社)の、前者はともかく後者は望月通陽で、悪くはないけど、この安藤デザインの方がカッコイイと思う。

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内田巌の「秋刀魚の話」は『繪画青春記』(太和堂、一九四八年)に収録されているとご教示いただいた。巌はその後、曉星から早稲田へ移るが、平野威馬雄とともに当時の曉星の二大不良と言われていたようで、放校同然に転校を余儀なくさせられたらしい。相当な反骨精神の持主だったようだ。

早稲田中学に転校した巌は美育部に入部した。その早稲田の美育部出身の画家の絵を集めた展覧会が、11月5日から12月12日まで、銀座の永井画廊で「早稲田の宝展」として開催される。
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by sumus_co | 2008-10-28 21:06 | 古書日録

リサコ像

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内田巌「リサコ像」一九四七年作(『内田巌展ーー猪熊弦一郎・小磯良平とともに』新見美術館、二〇〇四年、より)。リサコは長女莉莎子。敗戦直後の晴れ晴れした気分がみなぎっている。昨日の「秋刀魚の話」の続き。

《私の母はクリスチヤンで日曜日毎に強制的に教会へやつた。教会の長老は通俗作家の渡辺黙禅で、柳川春葉、三宅克己等も来てゐたし、矢島津楫子先生がミス・ミリケン女史を引きつれて教会の帰りに家で集りを開く事もあつた。
 父は二葉亭が死んだので、その全集の編纂に忙しい時で、坪内逍遥先生も時々見えたし、校正をしてゐた石川啄木や安成貞雄、安成二郎なぞも出入りした。私は日曜学校では可成熱心な生徒だつたが、私の好奇心は余りに広い世界に拡がつてゐた。日曜学校には馬場孤蝶の娘さんもゐた。私は学燈の原稿を受け取りに二度程馬場さんの家に出掛けた》

《幸徳事件や男三郎事件も小学校時代の記憶にある。幸徳事件を聞いたのは鎌倉で叔父の家に居た時だつた》

男三郎事件は明治三十八年のこと。少年殺害臀部切り取り事件。幸徳秋水が逮捕されたのは明治四十三年。

《私の記憶では世間はその頃逆徒をさう悪く考へてゐなかつた。特に私の家では逆徒の一人である内山愚童の妹が親類の宮田脩の家の女中をしてゐたし、真相が政府がでちあげた社会主義弾圧の謀略で、どこ迄本当だかと云ふ事に父は疑問を持つてゐたから、寧ろ幸徳に同情を寄せてゐた。大石誠之助を知る沖野岩三郎氏が来て真相の片鱗を話した。後で「堺も大杉もあぶなかつた。牢へ入つてゐたおかげで助かつたのだ。」と父は沖野さんの帰つた後で母に語つた》

《宮田の叔父の弟が宮田暢でサンデーと云ふ雑誌を出した人だが、よくやつて来て盛んに幸徳事件を話した。幸徳は肺病の為コンデスミルクを毎日滋養として飲んでゐた。血気にはやる古河力作や宮下太吉がやつて来て、ミルクの空缶をとつて庭に向つて「かう投げるんだと云つて勇ましく投げては喜んでゐたのを、向ひのスパイが針小棒大に報告したのが、事件の発端だとか聞いた》

《病気休学をして様々な事をおぼえ私は知らない間に早熟な子供になつてゐた。同級生に島と云ふ女のやうに綺麗な子供がゐたが、いつの間にか、その子は永井になつてゐた。実は永井は天狗煙草で有名な岩谷松平の子供だつた。松平があつちにもこつちにも女を作つて子供を生ませながら、一人も棄てずによく女達や子供等にも充分に眼をかけてやつた話は有名であるが、沢山女があつても岩谷を中心に円満にやつてゐた》

《後に文士になつて一時文名を謳はれ夭折した池谷信三郎、民主党の代議士になつた檜木六郎こと島田晋作、ファーブル詩人の平野威馬雄、芸妓と心中した天才ピアニスト近藤柏次郎、言語学者の時枝、アラヽギの渋谷嘉次、フランス哲学の高山峻、農民経済の鈴木小兵衛達は皆同級だつたし、上級には小牧近江、アルピニストの船田三郎、故東屋三郎、土方与志、長谷川路可、下級には渡辺一夫、山川幸世、佐野磧[碩]、風間道太郎等がゐた。よく考へると一癖も二癖もある恐るべき子供達だつたわけである》

曉星おそるべし。まだまだ続く。

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神田に職場のある編集者A氏より、古本まつりの収穫メールあり。

《神保町の古本市さっそく覗いてきました。田畑修一郎「乳牛」「狐の子」(各1000円)、上林暁「悲歌」(1200円)、徳田秋声「寒の薔薇」(100円)で手に入りました。この一週間は仕事どころじゃなくなりそうです。》

さすがの炯眼である。さて、こちらは百万遍だ! 

じつは今回、テレコムスタッフというTV番組を制作している会社の企画で小生の絵描き・古本ライフを撮影することになった。かつて岡崎武志氏も出演した「Edge」というシリーズ、詩人が多く取り上げられているが、たまには変わり種をということらしい。聞くところによれば、このブログの読者のある方が推薦してくださったとのこと。TV(スカイパーフェクTV)に出る柄じゃないとは思いつつ、引き受けてしまった。百万遍ではちょっと皆様のお邪魔をすることになるかも知れない。お許しくだされ。
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by sumus_co | 2008-10-27 21:13 | 雲遅空想美術館

秋刀魚の話

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『彷書月刊』11月号、珍品オークション特集。珍しいもの、いろいろ出ている。澁澤龍彦らの同人誌『ジャンル』創刊号(一九五五年七月)が千円スタート。入札受付は11月10日(月)必着。岡崎氏の「気まぐれ古書店紀行」は金沢へ。金沢文圃閣の田川氏にとても世話になったらしい。金沢、良さそう! 『ハルミン&ナリコの読書クラブ』二冊同時発売(11/5)の広告も出ている。目録ページの「なないろ文庫ふしぎ堂」では佐野繁次郎装幀の改造社版新日本文学全集が1,000〜2,000円(!)。といっても2,000円は『上田廣・日比野士朗』の巻だけだけど。

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昨日のつづきで、『随筆』の同じ号に内田巌のエッセイ「秋刀魚の話」も載っているので紹介したい。食物随筆と言っていいのだが、祖父から語り始めており、かなり内容が濃い。内田巌の著作に収録されているのだろうか? 

まずは「秋刀魚は目黒にかぎる」という殿様の話を父(内田魯庵)から何回も何回も聞かされたところから入る。魯庵もその父から何回も聞かされたのだという。

《祖父は江戸つ子の御家人だつた。東照宮警護御用人組、まづ今の巡査位だつたのだらう。十五俵二人扶持の世帯は鯛なぞは滅多に喰へず鰯や秋刀魚の下魚ばかり喰つてゐたのであらう》

《祖父は明治二十九年頃死んだから私は顔を知らない。晩年は失職して「おみな」と呼ぶ無知な女と一緒にゐた。おみなは人の良い下町風な女で打扇屋に再縁してからも私の家に時々遊びに来た。死んだ祖父の墓が目黒にあり、昔吉原の芸妓だつた父の実母即ち祖母お柳の墓もそこにあつたので、よく目黒の墓詣りの帰りに「栗めしと栗のきんとん」を喰べに連れて行かれた記憶がある》

《父はあまり食通ではなかつたから、どれだけ明治の味覚に精通してゐたか知らないが、ビフテキの好きな反面、江戸つ子らしい淡白な味を一生涯棄てなかつた。秋刀魚、くさやの干物、鰹、鰯、ぼら、とびうを、しじみ汁、柚をかけた小芋、千住の枝豆付きは季節のものだが、海苔は毎日の食膳に欠かせた事がなかつた》

《小学一年生頃は牛込の砂土原町三丁目に住んでゐた。明治三十九年頃で近所に熊本籠城の谷干城少将がゐたし、奥中将もゐた》《崖下の田町に上級生が居てよく一緒に曉星小学校へ通学した。その上級生は五年だから、よく一年の僕の手なぞを引いていたわりながら連れて行つた。その上級生が仏文学の山内義雄氏なのだ。上級には小牧近江も土方与志も長谷川路可もゐた。三丁目八番地に埼玉協会と云ふ学生の宿舎があつて、大島雅太郎氏が住んでゐた。その後その同じ家に昇曙夢氏がゐた。昇さんとはよくお湯屋で一緒になつた。銭湯の好きな父は、家に風呂があつても銭湯の方が湯がたつぷりして気持が良いと云つてちよいちよい出掛けた》

大島雅太郎は後に三井合名本社常務理事になるが、戦後は財閥解体で没落した。竹柏園門下の歌人であり古書の蒐集家として知られ、また国文学者・池田亀鑑のパトロンだった。高田馬場の住居を青谿書屋と称したため大島旧蔵書を青谿書屋本とも呼ぶ。その住居は大島没後、佐藤栄作邸さらに竹下登邸となったそうだ。反町茂雄『一古書肆の思い出』に何度も登場している。

《父は朝の散歩は薬だからと云つて、朝早く霧のある内から私を連れ出す事があつた。そんな時は新見付の堀端にあるミルクホールにきまつて立寄つて熱いミルクを飲んだ。富士見軒の西洋料理と四谷の三河屋の牛肉、それから名を忘れたが、神楽坂の毘沙門前の支那料理を時々喰べさせて貰つた。永井荷風の新橋夜話に出て来る風月の洋食や因業屋のライスカレーは五年生頃あらはれたやうな気がする。五年生の春従兄達と浅草に行き「だるま」で喰べた天ぷらで大腸カタルになり更に急性腹膜炎になり一年間休学した。私の病気は腹膜炎であつたが、発動期に伴つた一種の神経衰弱だつた。私は沢山錦絵を買つて貰ひ病床の上で毎日武者絵を模写した。カラーやスタジオの水彩画の手本も父から与へられた。画家になる最初の動機がこんな処にあつたのかも知れない》

長くなったが、あまりに面白いので、明日も引用を続けたい。文中《カラーやスタジオ》は海外の美術雑誌だろう。『THE STUDIO』は一八九三年創刊のアーツ・アンド・クラフツ・ムーヴメントを反映した雑誌で、今でもときおりみかけるし、日本の古本屋にも何冊も出ている。カラーは?
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by sumus_co | 2008-10-26 21:24 | 古書日録

少年時代の京都

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『随筆』第一巻第六・七号(矢代書店、一九四六年)。京都の矢代書店については以前『詩人』という雑誌に触れたときに少しだけ説明しておいた。こちらはそのままんま随筆ばかりを集めた九十頁足らずの雑誌である。京都文化人が多く寄稿しているものの、この号あたりになると、多彩な人選になってきている。

巻頭は川田順が明治二十六年の東京根岸の物価について、当時のメモを引用して紹介している。ただし川田家のものではない。
 
 家賃 一円六十銭
 石油 五合 五銭
 食パン   四銭
 煙草    三銭
 湯銭    一銭
 さんま   一銭

石油とは灯油だろうか、五合は約0.9リットル。一万倍の物価と考えると五銭は今の五百円、ということは18リットル一万円だったことになる(ついこの間、近所の石油スタンドでは2200円以上していた、今後は円高の影響もあって少しは下がるだろうが)。煙草が三銭(=三百円)は目下の値段とそう変わらない。湯銭(銭湯)が百円は安い。さんま一銭は、もし一匹ならば、現在のスーパーの安売り価格だろう。

また宗教学者・姉崎正治(嘲風、東大教授、1923年から1934年まで同大学の図書館長)が京都での少年時代を回想しているのも興味深い。姉崎は明治六年生れ。

《幼時の環境で最もよく記憶にのこるのは町内と小学校である。仏光寺(元の四条坊門)柳馬場西へ入東前町は職人の多い町内であつた。表屋は約二十五戸、それに裏露地が三つ。昔は片桐且元の屋敷であつたといひ、その庭に稲荷があつたので、そこは稲荷裏というふ名に残つてゐた。(或はさゝやかなほこらがまだあつたかも知れぬ)その三つの中央が即ち自分の家のあつた露地であるが、今は堺町通が綾小路から仏光寺まで抜けて、昔の露地はない》《表具師、めし屋、かじ屋、指物師、木箱屋などもあつたが、子供仲間もそれ等の家の子であつて、大抵は名や面相も記憶にのこつてゐる》《西南の役の後の事とて、その人物の画を小い角形に収めたものを面子として遊びもした。奇妙な事には子供等の同情は西郷はじめ賊軍の方にあつた。又子供仲間で将棋もさした。そのむちやなやり方がくせになつて、今日でもそのくせをぬけきらない》

《町内に菓子屋があつたが、子供等には少し高尚すぎて、子供等の「なんぞ」には黒ざとうや高々金米糖を貰つた。其他食物は質素のもので、鮮魚は例のはもの外は極めて稀で、鯛のつくり身などは年に一、二回もたべたか。一番のごちさうは琵琶湖の鮎のあめだきで、冬にはぐぢのひとしほが中々のごちさうであつた》《米は江州米で、大津の米屋が時々もつてきた。野菜は豊富であり、特に岡崎大根や九条の小芋類があつた。みそ汁は時々したのみ。果実は、寺田から百姓が梨をもつてきた。柿は南山城のが美事なもので、栗は丹波のが名物であつた。桃はまだ水密などはなく西瓜とまくわ瓜とは大好物であつた。みりん酒や白酒は子供でも飲むだ。十三四歳の頃に始めてサイダーを飲むだ時には変なものとしてのどにのみ下した》

サイダーのくだり、小生の世代なら、始めて飲んだコカ・コーラという感じだろう。薬臭かった。

《小学校は豊園校と云つたが、その名はあまり用ひず、下の十二区と云つた。今もさうだらうと思ふが、京都では学区の別がはつきり四町四方を一学区として、上京と下京に各三十位あり、その番号が一般に用ひられた。下の十二校は家から二丁ばかりで、今も敷地は昔のまゝであるが、その時建物は皆一階建で、教室は八か九あつた》

下の十二区というのはいわゆる番組小学校を元にした呼び方である。ただし豊園小学校は下京第10番組小学校だった。現在は統合されて洛央小学校となっている。《番組は1872年(明治5年)には「区」として再編され、さらに1879年(明治12年)郡区町村編制法により上京区・下京区が置かれると、「組」と改められた》(ウィキペディア)ということなので姉崎の記憶が誤っているのか、組になっても区という呼び方がなされていたのか。さらに《1892年(明治25年)に学区制度を確立。番組をルーツとする学区は、1893年(明治26年)に上京区28学区、下京区32学区となり、この形は1941年(昭和16年)に学区制が廃止されるまで存続した》。これらの学区は今でも「元学区」と呼ばれて京都人のあいだでは生きている。
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by sumus_co | 2008-10-25 21:46 | 京のお茶漬け

京阪神本棚通信

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これは古書目録で入手したサザビーズのモランディ売り立てカタログ。けっこうな値段だった。ロンドンで一九九七年十二月九日に行われた。ホセ・ルイスとベアトリス・プラザ夫妻によるコレクションから。ヴェネズエラの富豪(?)である彼らは第二次大戦後ヨーロッパとヴェネズエラを頻繁に往復して美術品を蒐集したそうで、一九四九年にハネムーンで初めてイタリアを訪れ、モランディの絵を買った。ボローニャでモランディに会い、その人柄に魅了されたのだという。二十六点の油彩画が図版になっているが、そのほとんどは画家から直接買ったらしい。初期のメタフィジーカ時代の静物だけは旧マリオ・ブローリオの所蔵品をミラノの画廊で購入したという。これを売ってしまうのは実にもったいない。

当時のレポートを読むと、この売り立ては予想落札価格の倍以上、11,100,000ドルのセールスになったようだ。初期の静物が1,300,000ドルで最高値。一九九七年のドルはいくらだったか、とにかくその一点だけで一億五千万〜二億円くらいにはなるだろう。

とため息をついたところで、最近、J・アブラモヴィッチ『ジョルジョ・モランディ:静謐の画家と激動の時代』(杉田侑司訳、バベル・プレス)という本が刊行されたと通りすがりさんが教えてくださった。定価6,000円+税。バベルの出版部門がよくこんな本を出したものだ。ジャネット・アブラモヴィッチ(JANET ABRAMOWICZ)は、ボローニャの美術アカデミーでモランディに版画を学び、彼の助手になって、家族たちとも親しくつき合った。その後、彼女はハーバード大学の美術学部で二十年間、イタリアの近代美術を講じていたそうだ。初版はエール大学出版部から二〇〇四年に刊行されている。英語版も検索してみたが、上記新刊定価より高いし、中古もそう安くはない。
Giorgio Morandi : The Art of Silence
Giorgio Morandi : The Art of Silence 立ち読み

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『京阪神エルマガジン』12月号が届いた。「京阪神本棚通信」に佐野繁次郎コレクション展が紹介されている。小生のポートレイトも載っているので、ご覧くだされ。箱庭の地図も出ている。それにしても、11月1日はたいへんな一日だ。イベント盛りだくさん。よーく考えて行動しよう! 
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by sumus_co | 2008-10-24 21:33 | 著述関連

パトス書店

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『美術世界第十八巻』(春陽堂、一八九二年七月二十日)より渡辺省亭(わたなべ・しょうてい、1851-1918)「蘆渚泊舟図」の図版(片面のみ)。『美術世界』はフルカラー木版画の美術雑誌。最近えびな書店の『書架』に特集があった。これは汚れて綴じもほどけているため100円だったか。参考にはなる。

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中尾務氏より『VIKING』694号。「VIKING」という連載がすでに七回目。富士正晴が『VIKING』という雑誌を刊行するまでのいきさつが事細かに調べられており、富士正晴に興味はなくとも、富士を中心とした敗戦直後の出版や文壇の様子がよく分かる。

今回は富士が、神戸市の兵庫区荒田町あたりの古ぼけたしょっぽりした古本屋で見つけたヴァージニア・ウルフ『オーランド』を読んで、小説「小ヴィヨン」を書き上げた話。その古本屋はどこなのか? 覚えていたのは、今は亡き間島保夫さんである。荒田町に近い下沢通二丁目にあった。

《「あのあたりで、良い本もってたのはパトス書店でしょう。パトス書店は、戦後、追放されていた阪本勝さんが開いたんです。戦後間もなく素人の古本屋がけっこう増えるんですが、パトス書店も、その素人古書店のうちに入ります。阪本さんは顔を見せなくて、店には番頭の八木猛さんが出てました。売ってくれへん本もあってね。昭和二五年ぐらいまでやってましたよ」(二〇〇三・四・二五)》

荒田町は新開地の花街のすぐ北。戦前は古書店もいろいろあったようだ。たいへん貴重な証言である。なお公職追放は昭和二十六年までに多くが解除されていたから(二十七年に全員解除)、それにともなう閉店だろう。Web版尼崎地域史事典『apedia』によれば、阪本勝は人道主義だったものの大政翼賛会推薦の衆議院議員をつとめたために戦後の第1次公職追放(D項該当)となった。一九五〇年一〇月解除。佐伯祐三と北野中学で同級生だったはず。

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Tetu Makino 氏より古本メール。

《先日たまたま福岡の葦書房でつぎの本を入手しました:

[1] 寿岳文章・静子『紙漉村旅日記』
  (明治書房1944(昭和19)年・定価8円50銭)¥5000
[2] 寿岳文章『和紙風土記』
  (河原書店1947(昭和22)年3刷・定価35円)¥2500

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[1]は装丁・挿絵・地図=芹沢介の美しい本です。買ったときは表紙と本体が剥離していたので、ご主人が修理するから待ってくれと云ったのですが、断って、じぶんできれいに修復しました。函もつくって愛蔵しています。[2]のほうは、本文はあきらかに和紙で、本を持ってみると吹けば飛ぶように軽いのはいいが、この用紙ではたしかに印刷には苦労したことと思います。発行の河原書店は京都市河原町蛸薬師下ル、印刷はやはり京都の日本写真印刷(三条通堺町角)とのことですが、むろん活版です。これに反して[1]のほうの本文はわりとつるつるした紙ですが、やはり和紙ではないかと思うのですが、どうでしょうか。二十世紀前半のフランスの挿絵本なんかで、最高級の小部数限定版の用紙は「局紙(japon)」ですが、これは和紙でも、つるつるしています。これと同種ではないか、と思うのですが。

このつながりで、やはり福岡の天導書房から

[3] 寿岳文章『和紙落葉抄』
  (湯川書房1976(昭和51)年・定価2000円)¥1700
を通販で買いました。荷を解いて、あまりに美しい本であるのに驚嘆しました。湯川書房のことは、Spin04の山本さんのインタヴュなどを読んで、なにか1冊は入手したいと思っていましたが、想像以上に素晴らしい造本です。和紙を貼った函、本体とも、完璧です。ため息がでますね。

この3冊は、楽しみながらぼつぼつと読んでいるところですが、これを機会に和紙のことについて、基本的な知識をもちたいと思っています。和紙あるいは紙一般にかんする手ごろな入門書でご推薦されるものがありましたら、ご教示くださればさいわいです。》

う〜ん、そうですね、今手近にあるのでは、小宮英俊『紙の文化誌』(丸善ライブラリー、一九九二年)が和紙のみならず、紙全般を古代から現代まで図版入りで要領よくまとめてあり、紙についての概念を得るには重宝です。読者の皆様、おすすめの和紙本がありましたら、コメントいただきたく。
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by sumus_co | 2008-10-23 20:59 | 古書日録

新時代文芸社

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世界詩人叢書(1)『ハイネ詩集』(新時代文芸社、一九二五四版)、と世界詩人叢書(4)『バイロン詩集』(新時代文芸社、一九二五四版)。松山敏は松山悦三、編集者、著述家であり、人生社という出版社を経営していた。版元の新時代文芸社は門野虎三が発行人。門野には『金星堂のころ』(ワーク図書、一九七二年)という著書がある。新時代文芸社の刊行物としてはとりあえず、

ハイネ詩集 世界詩人叢書1 1925 四版
バイロン詩集 世界詩人叢書4 1925 四版
ダンテ詩集 世界詩人叢書5 松山敏譯 1925
ホイットマン詩集 世界詩人叢書3 1926 六刷
新時代小説集A輯  1926
世界名詩寶玉集 松山敏編 ; 第5 : 日本編 1926

これだけ検索できた。世界詩人叢書はもう一冊『ゲーテ詩集』が刊行書目に掲げられている。どうやら短命に終わった出版活動だったか。『金星堂のころ』が読んでみたい。A書店に在庫しているようだが……(!)。

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秋蚊、という季語もある。その秋蚊がデスクトップのまわりをプ〜ンと飛行してやまない。顔の近くに来たのが左目の端に見えた。左手でパチッと左額のあたりを叩いた。

ポッキリ!

眼鏡のつる(テンプルというらしい)が折れて、眼鏡が吹き飛んだ。あちゃ〜。おしゃれな眼鏡だったが、強度がなかった。血相を変えた妻が眼鏡店に電話をすると、つる一本だけ取り替える事ができ、それは定価の四分の一と決まっているのだそうだ。へんなの。ということで、現在はそれ以前に使っていた眼鏡をかけている。度数はさほど変わらないので視力に問題はないものの、ガラスの玉はけっこう重い。
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by sumus_co | 2008-10-22 20:06 | 古書日録