林蘊蓄斎の文画な日々
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現代女流詩人集

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昭和三十一年頃の雑誌に旧所蔵者がカバーとしてかけていた包み紙。上から大阪心斎橋のベビーショップ・モモタロウ。これは現在の心斎橋筋一丁目のモモタロウビルのことだろうか。二番目は高島屋。高島屋と言えば、薔薇の包装紙。昭和二十七年、飯田慶三社長就任にあたってバラをシンボルフラワーとして包装紙のデザインにも用いたとのことだが、それ以前の包装紙か(?)。三番目は京都駅観光デパート。現在は京都駅一階、ザ・キューブ・ポルタの京名菓売場になっているようだ。

÷

Mさんより以下のようなメールを頂戴した。戦時下の出版というのは制約が厳しい分だけいろいろな葛藤がうかがえて興味深い。

《今日、扉野さんの本を読んでおりまして、思い出しましたので記します。
 すでに扉野さんはご存知のことかもしれませんが、永田助太郎は、昭和15年11月発行の「現代女流詩人集」山雅房を山田岩三郎という人と二人で編纂しています。収録されているのは、生田花世、深尾須磨子、竹内てるよ、森三千代、坂本茂子、英美子、上田靜榮、長瀬清子、大野良子、江間章子、中村千尾、荘原照子、露木陽子、馬淵美意子、上村草子です。各人の写真も付いていますので雰囲気も分かります。気になったのは、後記の中で刊行者川内啓五が「本女流詩人集の編纂を、永田助太郎、山田岩三郎両氏に依嘱したるも、這箇の條に照し大方読書子はよくこれを諒とせらるることと信ずる。」と何か憚りがあるような書き方をしていることです。巻頭は生田花世の「日支詩篇」という戦争詩ですが、それ一色というわけではないようで、そのあたりの気遣いでしょうか。その2年後の昭和17年発行の深尾須磨子編「新女性詩集」鶴書房は見事に戦争詩ばかりです。》

山雅房(さんがぼう)は昭和十四年からの刊行物が見られ、戦後も二十五年頃までは活動していたようだ。高村光太郎『道程』改訂版(一九四〇年)、金子光晴『マレー蘭印紀行』(一九四〇年)、『山之口貘詩集』(一九四〇年)、『歴程詩集 紀元弐千六百年版』(一九四一年)、永田助太郎・大島博光・三ツ村繁蔵共編『現代詩研究 戦争と詩』(一九四一年)などの詩書を出すとともに、時局的な出版も熱心に行っている。むろんそうじゃないとすぐに潰れてしまうだろうが。
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by sumus_co | 2008-04-30 20:07 | 古書日録

岡落葉

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石丸梧平『受難の親鸞』(小西書店、一九二二年四版、装幀=岡落葉)。石丸(1886-1969)は大阪生れの小説家・文芸評論家。早稲田卒。水明洞の100円棚より。装幀はちょっと面白いとおもったが、購入を決定したのは下の広告があったから。

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藤澤清造に関しては『藤澤清造貧困小説集』を刊行している龜鳴屋のサイトをごらんいただきたい。以下は広告の推薦文。

《藤澤清造氏曠世の気魄と才華とを抱いて、しかも近代的憂鬱に悩み 筆を載せて江湖に放浪すること十数年、その生の哀しくして惨(いた)ましく、狂ほしくして寂しきこと、まことに知る人の心を傷ましめたりき。しかるに氏、年三十を超えて猛然として自ら立ち、大阪の客舎に隠るゝこと一年、今数百枚の大作を齊して世界に面せんとす。これ数奇(さくき)怪異を極めたる作者の経験秘録にして、同時に血と魂とを以つて描きたる細微なる世相史なり。作中に現はるゝ恋のいかに冷酷にして残忍なるや、『懐疑』のいかに深刻にして苛辣(からつ)なるや、而してそれを貫ぬくに無限の人間的諧謔を以つてす。これを現代的『屋根裏(アテツク)を振哲学者(フイロソッフア)』と呼ぶも亦可なり。敢て薦む》

《高村光太郎先生題字》となっている。中原中也、藤澤清造、そして歿後だが宮沢賢治も、みんな高村の題字。

装幀の岡落葉(おか・らくよう 1879-1962)のことがちょうど『日本古書通信』945号の八木福次郎「愛書家・思い出写真帖」に出ていた。国木田独歩の『武蔵野』の装幀を手がけている。山口県出身、蘭医の家系で医学を学ぶために上京したという。国木田兄弟と幼少のころから交遊があったのだとか。

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アンダーグラウンド・ブック・カフェ FINALと「佐野繁次郎の装幀モダニズム展」のハガキができてきた。赤と緑で目立つこと!

「佐野繁次郎の装幀モダニズム展」に先駆けて、千代田区立図書館「としょかんのこしょてん」で「 佐野繁次郎の装幀本」(5月1日~6月4日)を開催する。佐野の装幀を六つのカテゴリーに分け、代表作を展示するとともに『銀座百点』と佐野アルバムのコーナーを設けてあるので、お近くの方はぜひのぞいていただきたい。
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by sumus_co | 2008-04-29 20:54 | 古書日録

花供曽

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田丸弥の「花供曽」というお菓子を頂戴した。アラレに黒砂糖をからめたもので、軽妙な味わい。ハナクソを食うとは悪洒落じゃ、と早合点するなかれ。ただのハナクソではなく釈迦のハナクソだというから畏れ多い。旧暦二月二十五日の涅槃会に真如堂などで参拝者に配られるものだとか。「花供祖」とも。仏前のお供えの「花供御」が訛ったらしい。ブッダのものなら爪の垢でもハナクソでもありがたや。

÷

ハナクソで思い出した、わけでもないが、先日「蘊蓄斎」についてコメントいただいて、「蘊蓄」(薀蓄)という言葉を少しだけ調べてみた。まずは『広辞苑』(第四版)。

1. 物を十分にたくわえる。
2. 知識を深く積み貯えてあること。また、その知識。

次に『言海』(縮刷、明治三十七年)というのが小生の字引ルートだが、こちらは採っていない。それではと図書館まで出かけて『日本国語大辞典』第二版(小学館、二〇〇一年)に当る。これは用例が詳しい。

1. 物などを積みたくわえること。
 ・舎密開宗(1837-47)[略]
 ・佳人之奇遇(1885-97)東海散士
 「尺進尺守満を持して放たず、以て蘊蓄すべし」
 ・基督と其の事業(1902)植村正久
 「[略]其の蘊蓄せる勢力無尽蔵なるを示せり」
 ・春秋左氏伝[略]
2. 十分研究してたくわえた学問、技芸などの深い知識。
 ・思出の記(1900-01)徳富蘆花
 「[略]蘊蓄の益々深きを想はしむるばかり」
 ・解剖室(1907)三島霜川
 「『熟せる実』とならざる故を以て其の蘊蓄の断片零砕をすら世に発表せぬ」
 ・多情仏心(1922-23)里見弴「殊に文学に対する彼の蘊蓄は」
ーーを傾ける
 ・明治大正見聞史(1926)生方敏郎
 「斎藤緑雨は大の通がりとそのかくれんぼにその油地獄に柳橋仕込の薀蓄を傾  けて」

(2)の意味で用いられるのはようやく明治の終わりごろから、ということが分かる。では元来の意味はどうだったか。諸橋轍次『大漢和辞典』第二版(大修館書店、一九九六年)には蘊蓄の「蘊」に対して多くの用例が挙っている。荘子斉物論、孔子家語、玉篇、左氏、後漢書、詩経、広雅、正字通……。いずれも「積也」「畜也」「蔵也」「奥也」で、詩経だけは「思之不解也」すなわち心に思いがわだかまった状態を指す。他にも意味はあるが、略して、最後に出ている「蘊蓄」の説明を引いておく(なお実際の大漢和は正字・歴史的仮名遣い表記)。

1. 物を積みたくはへる、蓄積
 ・左氏、昭、二十五
2. 学問、才芸などの素養の奥深いこと。
 [用例なし]

ちなみに『広辞苑』にも出典として出ている『春秋左氏傳(しゅんじゅうさしでん)昭公二十五年』は次のような文章である。

衆怒不可蓄也。季氏衆。蓄而弗治、將薀。薀、積也。薀蓄、民將生心。生心、同求將合。與季氏同求叛君者。

民衆の怒りをためてはいけない、怒りをためると、謀叛をおこす……というような意味で用いられている。これは『詩経』の「思い(恋愛感情のこと)がつのる」に近いものがあろう。

問題は、最近、ふつうに使われる「蘊蓄」はいつごろから流行したのか、だが、案外と新しい。『難解難読蘊蓄字典』(小学館、一九八三年)あたりから、深い学識というよりも、単に「知識」の意味くらいに使われているようだ。『古本屋の蘊蓄』(高橋輝次編、燃焼社、一九九七年)、『煙草の蘊蓄』(木部博人、彩図社、二〇〇〇年)、『蕎麦の蘊蓄』(太野祺郎、講談社、二〇〇〇年)、『すしの蘊蓄旨さの秘密』(成瀬宇平、講談社、二〇〇三年)、『薀蓄好きのための格闘噺』(夢枕獏、毎日新聞社、二〇〇七年)、『古本蘊蓄』(八木福次郎、平凡社、二〇〇七年)。国会図書館の和図書検索では一九八三年以前、書名に蘊蓄とうたっている本はないようだ。

明治以前は「蘊蓄」ではなく「蘊奥」(うんのう、ウンアウ)という言葉を用いた。こちらは「学術技芸などの奥義」で『日葡辞書』(1603-04)にも採られている。ただ漢語としては宋史あたりからだから、蘊蓄ほどには古くないと思われる。

まあ、以上のような知識は人の蘊蓄を借りただけのこと。本当のウンチクではない、だからウンチクくさいと言ってもいいでしょう。
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by sumus_co | 2008-04-28 21:53 | 古書日録

KNOTHOLE

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水明洞から百万遍までバス。福田屋書店の前をのぞくと、季村敏夫さんがいた。やはり『ボマルツォのどんぐり』出版記念会へ参加されるため、時間待ちをしておられた。『たまや』04の作品にも書いておられるが、季村さんは学生時代以後しばらくこのあたりに住んでおられたとのこと。

会場の ZANPANO というイタリア料理店を探していると、BOOKONN氏が声をかけてくれ、なんとか場所が分かったしだい。もしそれがなければ、たぶんかなりウロウロしていたはず。入場者に渡された上の冊子『KNOTHOLE』(THE FLYING RABBIT PRESS, 2008)は扉野氏の個人冊子「節孔」(ふしあな、ノトール)。永田助太郎の詩、『きりん』についての文章を掲載。

扉野氏はなんと背広を着込んで、求められて自著にサインなどをしている。小さなイラスト(扉からウサギが滑落?している)を添えてある。『ボマルツォのどんぐり』の「ぼくは背広で旅をしない」に背広は二度着ただけ、とあるが、これが三度目か。七時を過ぎるとつぎつぎ人が集まって来て、会場はほぼ満席立ち見状態。

扉野氏が簡単にあいさつ。『ボマルツォのどんぐり』を編集した中川六平さんが司会をはじめたかと思いきや、いきなり指名を受けて小生が開会のあいさつをさせられる。扉野青年と出会った驚き、『sumus』の同人のなかで荻原魚雷氏と扉野氏との本をどこかちゃんとした版元から出してもらいたいとずっと思っていた、それが中川さんおかげで実現したこと、中川さん、ありがとう! といった話を、飲んでもないのに、しどろもどろで。

『きりん』の浮田要三さんが乾杯の音頭をとる。浮田さんが「ぼくは扉野さんが好きなんです」とおっしゃったが、ほんとに、扉野氏はご老体に愛される人格なんだな。

中川さんとは、多分、鶴見太郎氏の出版記念会の二次会のときに「スタンド」で初めてお会いしたのだった。ちゃんとお話したのは扉野氏のお寺、徳正寺で鶴見俊輔さんを囲む会があったとき。坪内祐三さんの最初の本を手がけたのも中川さんで(正確には最初ではないが、刊行されたのは最初の『ストリートワイズ』)、その後、同じく坪内氏の『古くさいぞ私は』の後書きで罵倒されるという編集者冥利(意味がちがいますか)も。

その坪内氏と久し振りに飲んだという中川氏が『ボマルツォのどんぐり』について「坪内は、一言、美しい本だね、と言ったよ」と発表。扉野氏はそれを聞いて「どういう意味なんでしょう、こわいですね」と。石神井書林の内堀さんは、扉野くんは小説を書くべきだ、書くと思う、彼が書いたら・・・・みたいな小説になる、という意味のことを中川さんに伝えて絶賛していたとのこと。・・・・のところはよく聞き取れなかった。シブイ小説家みたいだが、坪内氏はその感想に対して「ウッちゃん(内堀氏のこと)はすごい読み手だから。さすがだね」と応えたとのこと。

そして祝賀ライヴが始まる。薄花葉っぱから「かりきりん」「La Ghianda」、そして「クルピア」。

その間、小生は、最後尾の虚無思想グループのテーブルへ移動。築添正生さんご夫妻、久保田一さんご夫妻、大月健さん、そして中尾務さんらと歓談。築添さんは『ボマルツォのどんぐり』の「ユーツなる党派ーバット党残照」に登場。

なんと大月さんはごく最近「おじいちゃん」になられたのだそうだ。久保田さんの「写真、見せてもらいなよ」で、大月さんやおら携帯電話を取り出して、ピッピッピッとまだ生後二ヶ月の赤子の写真を見せてくれる。

「虚無研が孫の写真見せてるようじゃ、もうだめだな(笑)」と久保田さん。大月さんは目の中に入れても痛くないという譬喩通りのデレデレ顔で孫写真を眺めながら
「孫はかわいいよお」これには一同ことばなし。

「みんなでこの間飲んだのいつだっけ? 今年?」
「いや、去年だろう」
「そうか、今年じゃないか、去年かなあ」
などという健忘症的な会話が続く。
「まだ、いいよ、飲んだこと覚えてるんだから。これで飲んだのも忘れるようになっちゃおしまいだ」
「それがほんとの虚無研ですか」
大笑い。

ライヴ終了、宴会はまだまだ続くようだったが、こちらは早めに失礼した。いみじくも久保田さんが「扉野くんの文体は年寄りなのか若いのかよく分からないね」とおっしゃったが、この記念会もまさに老若男女の入り交じりぶりが、まさに彼の土俵の広さを示して余りあるという感じがした。

さて、あとは売れることを祈るのみ。恵文社では二十日に入荷して二十五日までに七冊売れたそうだ。毎日一冊以上だ。このまま行けば年間四百冊売れるぞ、というのはどこかのお役所みたいな計算だけど、東京堂書店では八位にランクイン(4/23)。まだまだ。
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by sumus_co | 2008-04-26 20:34 | おすすめ本棚

四天王寺初日だったが

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昨日は、四天王寺の古本市初日だったが、扉野良人『ボマルツォのどんぐり』の出版記念会があったこともあり、勧業館もひかえているし、などと思いつつ、府立図書館へ出かけ、その後、水明洞に寄って多少の溜飲を下げた(意味が違いますか)。今朝、Mさんからの報告メールを開いてみたら、やっぱり、行くべきだったか、と多少後悔した。上の写真もMさんが送ってくださったもの。

《四天王寺に着いたのは9時半。BOOKONNさんに会う。「早いですね、10時前に開いている時がありますから」亀の池で待つこと30分、10時ちょうどにソムリエさんが登場する。百均台に取りついて右へ左へ。積み上げては戻しの繰り返し。いつものことです。帰って確認すると、「憂恨の湖」丘汐絵昭和11年装幀加藤まさお背一部欠、「みみずのたわごと」徳富蘆花大正13年109版裸本、「詩文半世紀」佐藤春夫裸本、「文章往来」宇野浩二裸本、「現代名作名画全集14木村荘八集」裸本、「ブブノワさんの手紙」1996年安井亮平編等でした。次にクライン文庫の1冊300円5冊1000円の台。ここで「木靴第12冊」を見つけました。木下夕爾が出していた雑誌。それと「気まぐれ日記」実篤大正15年カバー付。素気ないカバーを外すと河野通勢の装幀が。あまりにきれいなので奥付を確認しましたが、復刻版ではないようです。もう1冊「わがデカダンス」河上徹太郎函帯。残り2冊が拾えないでいたが、ソムリエさんの2冊と併せてめでたく5冊になりました。私はここまで。ソムリエさんはいい本を買ってらっしゃると思います。》

扉野氏のパーティの様子はのちほど書きます。
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by sumus_co | 2008-04-26 09:26 | 古書日録

京都〇七五 創刊

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一月に取材を受けた『京都〇七五』ついに創刊した。版元はmille books、発売はサンクチュアリ出版。特集は「道具」。さまざまな道具や古本の他に料理や小旅行など、そう厚くない一冊にじつに豊に盛り合わされている。結局は人への興味が雑誌をつくるのだ、ということがとてもよく分かる仕上がりだ。個人的にまるき製パン所のドイツ製分割丸め機に惚れた!

『京都〇七五』創刊記念展が、5月8日、9日、10日、15日、16日、17日に左京区北白川のtrico+で開催される。「スタッフ・ゲストの蔵書放出の古本マルシェ」というのに小生も一箱出品予定。
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by sumus_co | 2008-04-24 20:13 | 京のお茶漬け

アクロイド殺害事件

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アガサ・クリスティ『アクロイド殺害事件』(大久保康雄訳、創元推理文庫、一九六八年一八版、カバー装画=杉浦康平)。原作は一九二六年刊行でクリスティの六作目である。三年後の一九二九年にすでに邦訳が出ている。アガサ・クリスティー作品データベースによれば、『アクロイド殺し』(松本恵子訳 、平凡社世界探偵小説全集)がそれで、

限りなき魅惑 赤木春之訳 紫文閣
アクロイド殺し 松本恵子訳 雄鶏社
アクロイド殺し 松本恵子訳 ハヤカワ・ポケットミステリ

と続いた後にこの大久保康雄訳が登場する。以下も、田村隆一訳『アクロイド殺し』(ハヤカワ・ミステリ文庫、一九七九年)を含め、多数の翻訳が出ているので詳しくは上記サイトにて。これ『星の王子さま』みたいに独占翻訳権を取っていれば、凄かったろうが、そういうことはしない方がいい。多様な翻訳があった方がいいのだ(by 四方田犬彦氏)。著作権の過保護はよくない。

÷

「目には目を」という言葉、いや法がある。古代のハムラビ法典が元になっているわけだが、『聖書』の旧約に三カ所(出エジプト記、レビ記、申命記)、新約(マタイ)に一カ所登場している。旧約からレビ記を引用してみると以下の通り。第二十四章。翻訳は大正三年刊の米国聖書協会版『旧新約聖書』。

20 挫(くじ)きは挫き 目は目歯は歯をもて償(つくの)ふべし人に傷つけしごとく自己(おのれ)も然(しか)せらるべし
21 獣畜(けもの)を殺す者は是を償ふべく人を殺す者は誅(ころ)さるべきなり

BibleGateway.com の英訳は次のごときものなり。

20 fracture for fracture, eye for eye, tooth for tooth. As he has injured the other, so he is to be injured. 21 Whoever kills an animal must make restitution, but whoever kills a man must be put to death.

ヴルガータ(Hieronymus Vulgata)ではこうなっている。

20 fracturam pro fractura oculum pro oculo dentem pro dente restituet qualem inflixerit maculam talem sustinere cogetur
21 qui percusserit iumentum reddet aliud qui percusserit hominem punietur

「percusserit」は「打つ」という意味だが「殺す」にもなるようだ。同章17節には

17 qui percusserit et occiderit hominem morte moriatur
 (人を殺す者は必ず誅さるべし)

ともある。和訳は英語からの重訳だからか、微妙に誤訳というかニュアンスが違っているのが分かる。英訳も上の例はラテン語に忠実な方だが、意訳気味のものも少なくない。目に対して目を償うということは、相応の報復というか賠償を求める意味で、目を傷つけられたらからといって相手を殺すことや、一人の同族の者が殺されたといって相手の部族を皆殺しにする、というようなことはしてはならない、という意味であろう(たぶん)。

これがマタイになるとかなり違った考え方になっている。39節は聖書のフレーズとしてはもっとも有名なものの一つだろう。

38「目には目を、歯には歯を」と云へることあるを汝ら聞けり。
39 されど我は汝らに告ぐ、悪しき者に抵抗(てむか)ふな。人もし汝の右の頬をうたば、左をも向けよ。

38 audistis quia dictum est oculum pro oculo et dentem pro dente
39 ego autem dico vobis non resistere malo sed si quis te percusserit in dextera maxilla tua praebe illi et alteram(Evangelium secundum Matthaeum)

「percusserit」はまさに「打つ」という意味で使われている。旧約と新約の決定的な相違がここに象徴されているように思う、と偉そうなことを言いながら、旧約がどうしても通読できないのであった。
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by sumus_co | 2008-04-23 22:08 | 古書日録

作家の歩みについて

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大山定一『作家の歩みについて』(甲文社、一九四六年)。数日前にたまたま大山定一生誕百年記念出版『ドイツをあるく』(知道出版、二〇〇四年)をブックオフで見つけた。二冊で千円セール。ブログになる前のデイリー・スムースに古本ソムリエ氏がやはりブックオフでこの本を買った話を書いている。『作家の歩みについて』は、必要あって甲鳥書林の本を整理しているところがり出てきた。またしても不思議な符合。甲文社は甲鳥書林が敗戦後復活したときの社名である。

後者の書目によれば『作家の歩みについて』は大山の単独エッセイ集としては最初のもの。それ以前、吉川幸次郎との共著『洛中書問』(秋田屋、一九四六年)、訳書にリルケ『マルテの手記』(白水社、一九三九年)、『ドイツ詩抄』(養徳社、一九四四年)、リルケ『神について』(養徳社、一九四六年)がある。養徳社は、戦時統合により、甲鳥書林の中市弘が代表を務めた出版社だから縁が深い。

他にも、雑誌『世界文学』(世界文学社)八号(一九四七年一月)で淀野隆三らと「世界文学への道」という座談会に参加するなど、小生の興味がひかれる場所に必ず名前が出てくる人物だ。ただし小生はドイツ文学はほとんど知らない。むろん大山訳『マルテの手記』くらいは読んだことはあるが、あれはパリ時代の話。パリの貧民についての描写がピカソの青の時代を連想させたのでよく覚えている。

そして何より年譜を見て驚いたことに、大山も讃岐の出身であった。一九〇四年四月三〇日香川県仲多度郡琴平町一一二四番戸に生れ、琴平尋常小学校、丸亀商業学校(中退)、丸亀中学、第六高等学校(岡山)を経て京都帝国大学文学部に入るのが一九二五年。京都帝大の講師のときに『カスタニエン』を創刊(一九三三)、一九四〇年より『四季』の同人となるが、それに先立って中原中也が一九三四年に下宿を訪ね、四一年には堀辰雄が京都独逸文化研究所(当時の大山の職場)に来訪した。また四三年には富士正晴から手製の版画文集を贈られている。

おもしろい記録は「小説モデル」。

堀辰雄「死者の書〜古都における、初夏の夕ぐれの対話」
織田作之助「それでも私は行く」
富士正晴「小ヴィヨン」
青山光二「われらが風狂の師」
真継伸彦「青空」
野原一夫「含羞の人」
吉見良三「空ニモ書カン〜保田与重郎の生涯」

以上の作品に大山は登場しているそうだ。『ドイツをあるく』は新刊として入手できる。

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『spin』03、著者全員サイン本は予告通り、東京堂書店、海文堂書店、聖智文庫の各店に並んでいます。これで在庫はなくなりましたので、未入手の方はお早めにどうぞ!
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by sumus_co | 2008-04-22 21:29 | うどん県あれこれ

たまや04

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昨日の『朝鮮詩集』の会で季村敏夫さんにできたばかりの『たまや』第四号を頂戴した。160ページ。本文紙(GAバガス、シュガー四六判T目110kg)そのものが厚手なので、ずっしりと重い。執筆者は30人にもなっている。まずは間村大人の俳句鑑賞といきましょう。

  春惜しむ頤(おとがひ)なぞる指のはら

  ひかり物好きは死ぬまで春暮るゝ

  別れ来ててのひら螢臭きこと

  じつと見てゐしがやつぱり蠅叩

  鳥渡るうがひ薬のほろ苦く

  天のがはぶちまけられし雑魚の腸(わた)

季村さん、瀧さんとともに三人の発行人の作品が全体をしっかり支えている感じだ。扉野氏の詩も載っている。発行は山猫軒だが、発売所はインスクリプト(東京都千代田区神田神保町1-18-1-201)。

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海月書林さんより実店舗ひなぎくを九月に閉鎖するというお知らせが届く。《また夏までに二冊、本を出す予定です。染色家・柚木沙弥郎さんの本(いろは編集部)と、わたくし市川の本(ポプラ社刊)です。詳細はまた、もろもろ落ち着き次第、おしらせします。無事、出せた暁には実店舗でイベントなどできたらと思っていますので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします。》とのこと。
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by sumus_co | 2008-04-21 20:16 | おすすめ本棚

中崎、そして金時鐘

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武藤良子さんの個展、最終日になってしまったが、見ることができた。itohen は微妙に駅から離れているのだが、道中のそこここに、古い家屋や店舗などが残っており、散策していても飽きない町だった。武藤さんのブラック・アンド・ホワイトのデッサンは繊細で大胆。具象と抽象の間(あはひ)をこじ開ける感じが好きだ。

itohen はお洒落なブックカフェで、もう四年もやられているとか。古本も少し並んでいた。眺め入っているとお茶を出してくださった。ごちそうさま。一冊買いました。

itohen から真っ直ぐ南下。地下鉄谷町線の中崎駅の手前を路地に入る。第二会場の雑貨店 cocoa を探していて書肆アラビクを見つけたが、開いていない(今、ブログを見ると、今日の開店は遅くなると書いてある)。狭い路地奥に若者向けの雑貨店やカフェが点在する。 cocoa さんでは水彩小品四点展示あり。

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谷町線で谷町九丁目まで。「シンポジウム・言葉のある場所II『朝鮮詩集』再訳(岩波書店、2007)を記念して 金素雲と金時鐘」の会場に一時ジャストに到着。開会は十五分ぐらい遅れた。主催者の挨拶がしばらくあって、四方田犬彦氏の講演が始まる。

四方田氏はまず、東西の例を引きながら「別の言語に移したときに残っているエッセンスこそが詩(文学)のエッセンスである」「翻訳はされるべきであり、できるもの」という論旨を展開した。更に金時鐘氏の『朝鮮詩集』再訳に関して、再訳する理由を「誤訳・削除・情報不足・言語の変化」の四つに分類して、その必要性を説いた。

日本語の書き言葉は明治時代に作られたもので、フランス語と比較すればまったく新しい言葉である。そのために変化が激しい。よって同一の作品であっても多様な翻訳が可能だし、実際に多数の異なる日本語訳が刊行されている作品がある、とも。

最後に、金時鐘氏が若い頃の詩「遠い日」で使っている「唖蝉」(おしぜみ)という言葉が金素雲の『朝鮮詩集』からきていること、そしてその「唖蝉」という日本語訳が金素雲の誤訳であることを指摘しつつ、誤訳ではなく意図的に強い言葉を使って訳したのだろうと述べた。「唖蝉」は鳴かない蝉(メス)の意味。

このあたりでかなり予定時間をオーバー。人種と母国と言語の喪失についてハンナ・アーレントとジャック・デリダを金時鐘氏に結びつけたところで終了。休憩。ひとつだけ、四方田氏の勘違いを挙げると「対自核」はキング・クリムゾンではなくユーライヤ・ヒープの曲である。トイレですれ違ったので、よほど耳打ちしようかと思ったが、止めておいた。

つぎは『朝鮮詩集』再訳が連載された雑誌『纜』の同人を中心にしたリレートーク。金素雲『朝鮮詩集』の原詩を見つけるのに苦労した丁海玉さんの話、ベンヤミンによる翻訳が言語の可能性を押し広げるという意見を述べた細見和之氏、朝鮮戦争下に東京の南部(工場労働者が多かった)で発行されたガリ版の同人雑誌が百何十種類もあったことなどを語った山本唯人氏など。

最後に金時鐘氏が、自作を、日本語を、少年時代、青年時代を語り、日本語のもつ抒情性の素晴らしさとともに、抒情ですべてを包み隠してしまう怖さを語り、小野十三郎ゆずりの抒情否定で締めくくった、というか、タイムリミットになって、終了。

話はいずれも面白かった。しかし四時間たっぷりあったにもかかわらず、すべての話に時間不足を感じさせたのは惜しい。プログラムをもっと絞り込むべきだったか、あるいは、事前打合せと進行をキッチリと行うべきだったかもしれない。
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by sumus_co | 2008-04-20 22:35 | あちこち古本ツアー