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村上ラヂオ

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村上春樹『村上ラヂオ』(マガジンハウス、二〇〇一年、装丁=葛西薫、画=大橋歩)。梅津の交差点近くに(四条通の西の果てです)BOOKOFFができていたのでのぞいてみた。おどろくような本はなかったが、まずまず。『村上ラヂオ』が発売されたとき、今はなき河原町丸善の玄関すぐのコーナーに山のように積み上げられていたのを覚えている。

パッと見てあっさりしたデザインだと思った。ベストセラー確実でも表紙二色刷り。ナチュラルで控え目なたたずまいが意外だった。物足りない感じでもあったが、このテイストがその後のブックデザインのひとつの大きな流れとなったように思う。まあ、そんな山積み本は絶対に買わないけど、七年も経つとまた話はべつ。イラストがいいのだ。

エッセイと小説はどうもまったく質のちがう仕事のようである。ちょっといい小説家だと思ってもエッセイとなると読めないのが通例だ。エッセイストの小説は読む気にもならない。どちらにもコツがあって、そのコツが相反する性質をもっているのかもしれないが、その意味で村上春樹は小説もエッセイもとてもうまいと思う。ただし本当にすごい作家はエッセイとも小説ともつかない作品を書くものだ。
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by sumus_co | 2008-01-18 21:38 | 古書日録

玉村方久斗展

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岡崎公園の近代美術館へ向かう。電車はけっこう混んでいた。老女(おそらく七十代)の二人連れが乗り込んで来たところ、座席にすわっていた女性(おそらく六十代)が高齢らしく見える老女に向かって「どうぞ座って下さい」と立ち上がった。ところがその老女は「ええですわ」と言って座らない。立ち上がった女性はさらに「そんなこと言わずにどうぞ」とたたみかけるが、老女は「いや」と言いつつそこから逃げ出してしまった。小さな親切よけいなお世話を文字通り再現したかっこうの女性はやや憮然として席にもどった。席を譲られて逃げ出す人も珍しいけれど、ガンコに断る人は多いように思う。なかなか難しいものだ。

そんな人間ドラマ(?)をボーッと傍観していて、いつもなら烏丸で地下鉄に乗り換え東山で降りるのだが、うっかり河原町まで行ってしまった。仕方ないので5番のバスで美術館前まで。「玉村方久斗展」を見る。方久斗玉村善之助は明治二十六年京都中京に生れ、絵画専門学校卒業後、岡本神草、甲斐庄楠音、入江波光らと「密栗会」を結成。院展に出品して活躍するも、前衛美術へ転向。三科などに立体作品を出品し、『ゲエ・ギムギガム・プルルル・ギムゲム』創刊に関わるなどした。昭和二十六年歿。

ちょっと全体にタッチが軽く、マンガ的な描写で、面白い作品も少なくなかった。色彩がいきいきしていて良かったが、全体的にはややとりとめがない。やはり上のポスターをはじめ雑誌や挿絵などグラフィックな仕事がもっとも個性的というか、印象が強かった。感心したのは落款に用いている印章がどれもいいものだったこと。捺す場所も奇抜である。

さほど入場者はなかったが、熱心に鑑賞している女性の後ろを通過して、ひょいと見ると、さきほど電車の中で席を譲られて逃げ出した老女であった。

常設展示が手狭になっている(改装中か?)。しかし方久斗展に関連した展示内容は良かった。岡本神草の「拳を打てる三人の舞妓」と下図、その他三点の作品は圧巻というか、笑ってしまうほどスゴイ。クルト・シュビッタースのコラージュもすばらしいし『MELZ』『BULLETIN DADA』『291』『MAVO』などの資料類も少数だが、ゆっくり見られたので満足。

÷

昨日のエブリマンでもうひとつ付け加えると、岡本一平が大正十年から『東京朝日新聞』に連載した漫画『人の一生』(後『婦女界』連載〜昭和四年)の主人公は「唯野人成(ただのひとなり)」という名前だった。
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by sumus_co | 2008-01-16 21:29 | 雲遅空想美術館

初昔 きのふけふ

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谷崎潤一郎『初昔 きのふけふ』(創元社、一九四二年、装釘・挿絵=佐野繁次郎)。佐野の装幀本の整理をしていて久し振りに取り出した。

《いろいろな生活の設計が浮かんで来、いくらでも独りで楽しく生きて行ける方法があるやうに思へた。たとへば私はその曉には岡本の家を畳んで、大阪の街のまん中の、船場か嶋の内辺の路次の奥の長屋を借りて住むであらう。震災後の東京の下町にはあの両側に長屋の並んだ路次と云ふものが殆ど見当らなくなつたが、大阪には未だあれがある。》

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月曜の朝日新聞に「山口瞳は終わらない」という記事が出ていたが、そのなかに《エブリボディーをもじった江分利満氏にしても》と書いてあって、あやうく噴飯しそうになった。ふつうエブリマンをもじった江分利満と考えるんじゃないのか。Everyman というのは中世以来の道徳劇の主人公である。オランダ起源ともイギリス起源とも言われる。三十代のサラリーマンに設定されている江分利満氏とは少々違うが、ようするにおもしろおかしく日をおくっている男(むろん不特定でどこにでもいる)のことなのだ。山口瞳は当然このエブリマンを念頭に置いていた(と思う)。

ちょっと今、本がないので正確ではないが、平凡社の下中弥三郎が『ポケット顧問 や、此は便利だ』(一九一四年)を出した版元・成蹊社が倒産して独自に創業することになったときに、初めこのエブリマンから凡人社という名前を考えた、たしかそうだったと思う(乞御教示)。それが結局は平凡社になったのだが、戦後、岩堀喜之助と清水達夫が下中の許可を得て凡人社を創立し、一九四五年十一月に創刊したのが雑誌『平凡』である。そして凡人社は平凡出版となりマガジンハウスとなっている。

でも「江分利某亭」もけっこうイケてるかも。

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さっそく太田貫教授よりご教示いただいた。思い違いだったようだ。

《平凡社の社名は下中弥三郎のみどり夫人の発案で「平凡社」と命名されたそうです。中野好夫「大百科を生んだ平凡人—下中弥三郎」『忘れえぬ日本人』によると大正3年のこと。下中弥三郎自身の言葉によると「あかつき社、あけぼの社、希望社・・」なんどの候補から選んだという。愛人社というような誤解を受けるような社名も候補にあがった(下中弥三郎『出版人の遺文 平凡社』)。だから「このエブリマンから凡人社という名前を考えた」ということはなさそうです。》
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by sumus_co | 2008-01-15 21:13 | 古書日録

てんやわんや

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獅子文六『てんやわんや』(新潮社、一九四九年)の挿絵。宮田重雄の作。日 用 帳の2004年8月に以下のような記事があった。

《『自由学校』をはじめとする獅子文六の挿絵画家、「いとう句会」の同人、「文壇句会」で徳川夢声とナイスなトークを繰り広げていたり、などなど、いろいろな局面で遭遇する画家兼お医者さんの宮田重雄は前々からとても気になる人物だった。戸板康二の「ちょっといい話」にも時折登場している。と、重亭・宮田重雄の著書の存在は盛林堂書店の書棚で初めて知った。》

宮田重雄の著書というのは『竹頭帖』(文藝春秋新社、一九五九年)である。この本に「パリ息子」というのが登場するが、それは子息で武蔵美の教授になる宮田晨哉先生のこと。先生は1958~1961年にフランスに留学していたのでパリ息子というわけである。

晨哉先生には武蔵美で絵を教わったわけではなく、将棋同好会の大会で将棋を指したくらい。温厚な紳士の風貌に似合わないキツーイ攻め将棋だった。梅原龍三郎の弟子のようなかっこうで(会派も、梅原らのつくった国画会)、重雄と梅原は仲が良かったらしい。将棋も好きだった。新宿にある晨哉先生のご自宅に一度おじゃましたことがあるが、天井の高い昔ふうの素敵なアトリエだった。中二階には画集類がどっさりあった。お元気でしょうか。
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by sumus_co | 2008-01-14 20:43 | 古書日録

酒宴

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吉田健一『酒宴』(垂水書房、一九六六年)。垂水書房(池田書店の編集者・天野亮が独立して創業)は一九五七年から六七年まで十年ほど続いたようである。国会図書館検索ではやはり吉田健一の『シェイクスピア』(一九五七年)が最初にきているし、『吉田健一著作集』も出しているので吉田の協力な支持者だったことは間違いない。

福永武彦の『象牙集(訳詩集)』(一九六五年)の序に、荷風全集の月報に荷風の珊瑚集にかぶれて二十代のころに翻訳したノオトがあると書いたところ、《垂水書房主天野亮という奇特の士があつて、一面識もない私に訳詩集を上梓する用意がある旨を伝へて来た》と書かれている。

外山滋比古『中年記』(みすず書房、二〇〇七年)には《『修辞的残像』の版元、天野亮君の垂水書房が行き詰まって、つぶれた。借金のかたに、紙型が印刷の精興社にめし上げられてしまった。もうこれまでかと思っていると、みすず書房の小尾俊人氏が、うちで出す、と言ってくれた》とある。

装幀もシックというかストイックな垂水書房の本は集めてみたいもののひとつだ。巷ではまたもや有名出版社の倒産が話題になっているが、今にはじまったことではないなあと思ったしだい。
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by sumus_co | 2008-01-13 20:55 | 古書日録

乾元社

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瀧澤克己『現代哲学の課題』(乾元社、一九五二年)より乾元社の検印紙。乾元社は牧野武夫が発行人である。牧野は『雲か山か』(中公文庫、一九七六年)という著書もあるが、中央公論社で支配人まで勤めた後、昭和十四年に牧野書店を創業し、さらに戦時中の企業統合の際に乾元社を興したらしい。国会図書館で昭和十九年から二十八年までの刊行物が確認できる。『原敬日記』『南方熊楠全集』『宇野浩二著作集』などの他、なかなかいい本を出している。二十九年から牧野書店に戻って何冊か刊行、鮎川信夫『現代詩作法』(一九五五年)は以前入手したことがある。牧野書店を調べておられた松本八郎さんに差し上げた。

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裏の見返しに貼付してある丸物百貨店のレッテル。丸物(マルブツ)は、大正九年、中林仁一郎によって創業。創業時は「京都物産館」。そのマーク(○に物)から昭和六年に「丸物」に改称。その後、最盛期には東京・池袋駅ビル(現在のパルコ本館)などにも東京丸物として店舗を展開していたが、旧近鉄百貨店に統合。昨年の閉店とともに八十七年の歴史を閉じた。
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by sumus_co | 2008-01-12 20:42 | 古書日録

海表叢書巻一

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新村出監修『海表叢書巻一』(更生閣書店、一九一七年)。キリシタン関係の文献から近世日本と海外との交渉を伝える史料32篇を復刻したものが海表叢書。全六巻。昭和十九年には平楽寺書店から再刊され、戦後も何度か刊行されている。

たとえばこのなかの一篇『胡無知理佐无之略題言』はこんなかんじで始まる。

第一ヶ条 コンチリサン之上におゐてなすべき四ヶ条之心得之事
第二ヶ条 コンチリサンとは何事ぞといふ事並コンチリサンを勤むる道之事
第三ヶ条 コンチリサンを発すべき便となる観念之事
第四ヶ条 天主[ルビ=でうす]に立帰奉る罪人の可申上コンチリサンのオラシヨ之事
第五ヶ条 ハフチスモを授らざる人もコンチリサンを以科の御許を蒙る事叶ふといふ事

ちなみに、コンチリサン(完全な痛悔)、オラシヨ(祈祷)、ハフチスモ(洗礼)である。芥川龍之介の切支丹モノが連想される。

更生閣書店は、同志社大卒で新聞記者だった吉田文治が大正十三年に百万遍(田中北門前町)で創業した。初め吉田書店と称した。出版は昭和十年頃までのようだ。河原町六角下ルで新刊・古書販売も行っていたらしい。更紗の表紙に魅かれて値段を見ると安かったので思わず購入。函付。

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今日は何の日か、接骨院の前を通らなかったけど、調べると「塩の日」らしい。鏡開きでもある。
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by sumus_co | 2008-01-11 20:47 | 古書日録

特別な一日

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山田稔『特別な一日』(編集工房ノア、二〇〇八年、装幀=森本良成)。ノア叢書の新刊である。一九八六年に朝日新聞社から、一九九九年に平凡社ライブラリーから、そして今回が三度目の刊行。開いてすぐ、

《吉田中阿達町二十四番地に私はしばらく住んでいた。門司から京都に移って来た昭和十七年三月から、父の死後、現在の下鴨の家に引越す二十三年四月まで、学年でいえば小学校六年(当時はすでに国民学校と呼ばれていたが)から旧制中学五年のおわりまでの六年間である》

というくだりが目についた。中阿達町というと、息子がしばらく中阿達町に住んでいたので親しみがわく。山田氏はそのころ近所の教会で英語を習った、キャサリン・マンスフィールドの『園遊会』を読んだことをはっきり覚えている、というところから、当時の様子をあれこれ記憶のなかから紡ぎ出す。そしてどんでん返し。このあたり実にウマイ。

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四条のブックファーストへ所用で出かけた。 MAYA MAXX の展覧会が何必館で今日からというポスターが目についたので歩いて行ってみた。ところが入場料が1000円なのだ。う、と詰まって引き返した。すると大和大路通にこのような出店が並び大勢の人が歩いていた。恵美須神社へ向かっているようだ。なるほど「十日ゑびす」であったと気付く。

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京都駅へ転じて、「鏑木清方の芸術展」を見る。こちらは招待券持参。グラフィックな仕事をたくさんこなして、かつては低く見られたようだが、現在は非常に評価は高い。じっさい背筋が通ったデッサン力がある。いわゆる近代の日本画家には案外とそういう画家が少ないのだ。大正十四年作「朝涼」がじつに良かった。青田をバックに三つ編みの娘を真横から等身大に描いた力作。力作といっても、力んでいるわけではなく、なんとも柔らか味のある仕上がりになっている。色彩感覚もすぐれている。

展示の大半は鎌倉の鏑木清方記念館の所蔵品が占めていたが、雑誌の木版口絵のカラーコピーを額縁に入れているのはいったいどういうつもりなのか? 考えられない(文学館のカラーコピー自筆原稿と同じ)。オリジナル版画やデッサンにはみょうなモザイクがかかるようなガラスが付いているし、見にくいことこのうえない。劣化防止なのだろうが、これでは展覧する意味がない。

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駅ビルの大階段を下りていると、なかほどで、ドラマの撮影を行っていた。つい最近「鹿鳴館」で見たばかりの橋爪功が女優(中田喜子のように見えた)とからむシーンをとっていた。たぶん「京都迷宮案内」の新シリーズ。
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by sumus_co | 2008-01-10 21:50 | おすすめ本棚

キネマ旬報

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『キネマ旬報』昭和四十年十一月号(キネマ旬報社)。さて、この表紙の女優が誰か、分かる人はそうとうな映画通かも。一九四三年ボローニャに生れ、現在(もち一九六五年)イタリアのテレビに出演中。先ごろ映画「脱走特急」に出演のチャンスをつかんだ。身長166センチ、体重50キロ、バスト38、ウエスト25、ヒップ37の見事な曲線美……だそうだ。答えはこちら、たしかにセクシー。

特集は「新時代に入ったアメリカ映画」だが、ちょうど転換直前というかんじ。サム・ペッキンパーがTVの「ライフル・マン」を撮っていたとは知らなかった。毎週楽しみに見てました。子連れ狼って「ライフル・マン」がヒントかな? 

ヨスナ・メカス(誤植でしょう、JONAS MEKAS)がニュー・アメリカン・シネマの理論的チャンピオンとして紹介されているのが興味深い。

《ニュー・アメリカン・シネマ・グループの宣言書は彼が起草そのなかで彼らは六カ条の主張を掲げた。彼らの作品の発表舞台はヴィレッジのブリッカー・ストリーチ・シネマ、アップタウンのニューヨーカー劇場、フィラデルフィアのアート・オーバーブルック劇場の三カ所である。現在の彼は、アンチ・ライセンス活動で数度投獄の浮き目にあいながら、なお頑強に抵抗を続けており、社会的にも注目を浴びている》

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今日もコピーのためセブンへ行く途中、接骨院の前を通った。
「一月九日は何の日?」
「それはね、風邪の日だよ」
検索してみると「今日は何の日」から引用していることが判明。

《1795(寛政7)年、横綱・谷風梶之介が流感であっけなくこの世を去った。このことから、インフルエンザのことを「谷風」と呼ぶようになった。》
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by sumus_co | 2008-01-09 21:35 | 古書日録

街に戦場あり

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寺山修司『街に戦場あり』(天声出版、一九六八年、表紙=横山明)。『アサヒグラフ』連載をまとめたようで、森山大道と中平卓馬の写真がそれぞれ八点、横山明のイラストレーションが入っている。写真はすべてモノクロ、粒子の粗いコピーのような仕上がり。それがまたいい。これも高松でのみっけもの。カバーの傷み、汚れが目立つので安かった。美本だとかなりの古書価。

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一月八日は何の日? 

じつはロックの日。1935年にエルヴィス・プレスリーが、1947年にデヴィッド・ボウイが生まれたから。と、どうしてこんなことを書くかというと、年賀状の返信を投函に行く途中、コンビニでコピーをしようと思って、駅前の裏通りを歩いていると、接骨院のドアの前に小さな黒板がイーゼルに乗せられてあったのだが、そこに「今日1月8日はロックの日うんぬん」と書いてあったのだ。

接骨院というのがおかしいね。では接骨の日というのはあるのだろうか? イエス。骨の日がある。平成六年、日本整形外科学会が、かつての体育の日(10/10)の直前、骨と関節の怪我に注意するように10月8日を「骨の日」と決めたそうだ。ホネの「ホ」の字を「十」と 「八」に分解したとか。
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by sumus_co | 2008-01-08 20:38 | 古書日録