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東京下町おもかげ散歩

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フランスの古トランプ、絵札六枚。大きさは83×55mm。名刺サイズ。ここに掲げたのは上左がジャック(VALETS、従者)のライール(Lahire、ジャンヌダルクとともに戦った武人)、上中はクイーン(DAMES、貴婦人)のパラス(Pallas、アテーナ)、上右がキング(ROIS、王)のセザール(César、シーザー)、下左がジュディト(Judith、ユーディット)。下中がダヴィド(David、ダビデ)、下右がアルジーヌ(Argine、レジーナ[regina の綴りかえ]女王)。(数えてみると全部で三十三枚しかありませんでしたが、絵札十二枚は揃っていました)。

ライール(とオジエ Ogier)以外は聖書の登場人物を含む異国のヒーロー、ヒロインたち(アルジーヌは象徴的人物像)。なお、トランプの裏に昨日紹介したような模様が入るのは1800年以後で、アメリカで考案されたそうだ。それまでは白い面をメモ代わりに使ったらしい。最初は具象的な寓意画や風景画だったが、徐々に抽象的なパターンに変わって行ったという。

÷

坂崎重盛さんの新著『東京下町おもかげ散歩』(グラフ社、二〇〇七年)を頂戴する。ちくま文庫にも入っている『蒐集する猿』(同朋舎、二〇〇〇年)のころからのお付き合いであるが、含蓄のある趣味人として敬服している。東京下町散策は氏のライフワーク。明治時代の石版画や木版画のコレクションを用いて東京の過去と現在を往復しておられる。

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図は同書より石版画「九段坂ヨリニコライ遠望」(明治22年)。ニコライ堂がいかに異様な建築物だったかよく分かる。ニコライ堂は1884年(明治17年)に着工され、1891年(明治24年)2月に竣工しているので、この版画の刊行時点ではまだ完成していなかったことになる。

坂崎氏は九段坂界隈を「非日常が日常となっている空間」ととらえてそのあわいを散歩するのだ。絵の中のステッキを持つ紳士が坂崎さんに見えてくる。

《坂をはさんで、上と下、聖と俗の空間が、九段坂を下るときは、親しい日常への帰還となる。
 右手に九段会館を眺め、去年の夏も来た、あの屋上のビアガーデンにバニーガールさんはいるのだろうかと思ったり、さらい下って左の、いささか(というよりかなり)廃墟じみた九段下ビル(昭和二年の建築という)の健在ぶりを確認しつつ、事務所に急用のないときは、必ずといっていいほど足は古書店街の神保町へと向かう。
 そして、何軒かの古本屋をのぞき、何冊かの本を物色し、やがて路地裏の喫茶バーにもぐりこむ。
 流れてほしいBGMは、タンゴかシャンソン。いや、キューバあたりのポピュラーミュージックでもいい。
 そんな空間で、戦利品の本を読むともなく読んでいると、これはこれで、また九段坂上の非日常とは別のテイストの非日常に浸ることになる。》

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曼珠沙華が咲き出していた。球根にアルカロイド(リコリン)を多く含む有毒植物で、ネズミやモグラの害を防ぐために畦道に植えられている。韓国では「相思華」というそうだ。

苦き舌はるかに思ふ彼岸花
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by sumus_co | 2007-09-30 20:32 | 古書日録

中村彝むだばなし

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「古道具と綴られた記憶」で購入した古いトランプ。まったくのバラバラ、いろいろな模様のカードが混じっている。むろん不揃い。印刷はステンシルか、コンニャク版のようなものではないだろうか。絵札はあらためて紹介する。

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先日、日動画廊が出していた『繪』(一九七三年十月号)を水明洞の前で百円で買ったのだが、なかに曾宮一念が「中村彝むだばなし」という中村彝との親交を書いた一文があった。そこに《日暮里の飯屋の二階から落合の画室に移ったのは大正五年初夏》とある。中村彝(なかむら・つね)も日暮里族だった(!)と思いつつ、『芸術の無限感』(岩波書店、一九二六年)の年譜をあたると正確には以下のような住み方だったようだ。

《明治四十二年(二十三歳)
 二月、東京府下田端村日暮里に移る。[略]
 明治四十三年(二十四歳)
 六月、日暮里千六十六番地晩翠館に移る。[略]
 明治四十四年(二十五歳)
 十二月、府下淀橋町角筈十二番地中村パン屋裏の故荻原碌山のアトリエに移る》

ただし中島岳志『中村屋のボース』(白水社、二〇〇五年)によれば、中村屋の裏のアトリエは荻原碌山ではなく柳敬助が使っていた。碌山が柳のために作ったのだそうだ。その完成の日に碌山は大量に喀血して死んだ。三十歳。

結婚してアトリエを出た柳の後に中村彝が住み込んだ。同じころ、中村屋を興した相馬愛蔵・黒光の長女俊子が実家の穂高から上京し、ミッション・スクールに寄宿するようになった。週末ごとに中村屋に戻る俊子を彝はモデルとして描きはじめ、俊子は秘かにヌードにまでなる。彝は俊子と結婚したいと相馬黒光に申出るが拒絶され、アトリエを去った。大正四年四月、下谷区初音町有楽館に移り、五年には府下落合村下落合四百六十四番地にアトリエを建築して移り住む。文部省美術展覧会への入賞が続き、後援者にも恵まれた時期だった。

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上は『繪』に掲載されている未完成の「少女」。俊子がモデル。彼女はインド独立運動の闘士で中村屋にかくまわれたラース・ビハーリ・ボースと大正七年に結婚して二児をもうけるが、大正十四年三月に肺病で亡くなる。二十八歳だった。中村彝はその前年の十二月二十四日、落合の自宅で大喀血をして窒息死していた。三十八歳。下はボースと結婚していた頃の俊子(『中村屋のボース』より)。

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流星の限りなき夜や札数ふ
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by sumus_co | 2007-09-29 20:57 | 古書日録

梅田恭子 水底ニ吹ク、風

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天音堂ギャラリーで「梅田恭子 -水底ニ吹ク、風-」展を見た。もっと早くと思っていたが、ぎりぎりになった。とても良かったので興味のある方はぜひお運びいただきたい、明日までだが。『版画芸術』(2003年12月号)でのインタビューを読むと、深くものごとを見据えている。上の小さな銅版画の切れ端は来場者へのプレゼント。まだまだ残っていたのでぜひゲットされたし。梅田さんは1971年東京生れ、多摩美のグラフィックデザイン卒業。ということは、扉野夫妻と同じ頃かな(?)

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午前中はまず谷町の大阪古書会館へ。月いち古書即売会。初参戦。十時半頃に着いたと思うが、すでに大田貫教授の姿が、今日は金曜日では……。古本ソムリエも一抱え持っているし、海鯛先生も一袋、よさそうな絵入り本を。おくればせながら古書店つのぶえのコーナーで数冊。主に関西の版元が出したちょっと毛色の変わった本を探す。先日触れたラスキンの『胡麻と百合その他』(COLLINS'CLEAR-TYPE PRESS、刊年の表記がないが、ネットで調べると ca1910 とあった)も参考までに買っておく。いちばんの収穫は身長増加器のパンフレット『身長増加法説明書』(大阪・村上商店営業部、明治末頃)。写真がケッサク。

ソムリエ氏は龍胆寺雄の珍しい本を見つけて、
「これ2500円なんやけど……」
と迷っているふうだった。そこへ海鯛先生がやってきて
「東京の本屋ならもっとえげつのう高こう付けてるがな!」
むろんソムリエ氏も重々承知ながら絶対金額が問題なのだが、そこまで言われては、戻せない。東郷青児の表紙も良かったし、いい買物だろう。

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谷町から御堂筋本町へ。難波神社の西側にマリメッコがあった。目標は griffith で今日から開催の「古道具と綴られた記憶」。フランスからウブ出しの古道具展示即売会。会場が狭いのが難点だが、品物は選りすぐり。古道具商の世界にはちょっとだけ足を突っ込んでいたこともあるけれど、このミヤワキマコト氏くらいセンスがいい人は滅多にいない。

品物の種類は多岐にわたって、陶磁器から小箱やガラス、木製品、絵筆、照明器具、額縁、楽譜、押し花、帽子、人形、布、カトラリーなどなど。値段も相応と思う。あれこれ悩んで絵に描けそうなオブジェを幾つか、装幀に使えそうな物を少々、といったかんじで楽しんだ。

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griffith の方に近所のランチの店を教えてもらう。ガーブ(GARB、仕事着?)。よく流行っていた。あちこちに展開しているようだ。日替わりランチ750円。サンカクというところか。

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天音堂は午後三時からなので、それまでちょっと時間が空いてしまった。サントリー・ミュージアムのロートレック展を見ることにする。人物デッサンはやはり素晴らしく上手い。小さなペンの素描など絶妙だった。それにしても不便なところにある。天音堂に引き返して一息つき、帰宅。グッタリ。ちょっと欲張ったかな。

御堂筋高きに登る鐘ひとつ
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by sumus_co | 2007-09-28 21:54 | 古書日録

ずらり料理上手の台所

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ナベツマが神戸方面へパン・ハンティング(詳細はNabeQuest参照)に出かけて元町の JAPAN BOOKS で買って帰った『ずらり料理上手の台所』(マガジンハウス、二〇〇七年)より、ケンタロウの台所。レトロな感じに統一しているところがなかなかシブイ。雑誌『クウネル』の特集の増補版だとか。クウネル・テイスト満載。ナベツマいわく、俎板の汚い人はダメ!

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大田貫教授から頂戴した『創元』をずっと見ていて、162号(創元社、一九四二年五月)に二科会の創立会員である画家の石井柏亭が「道灌山」というエッセイを書いているのが目に留まった。

《私の住む此道灌山が渡辺町と云ふ住宅地になつたのは、今から二十五年の昔大正五年のことであり、其翌六年にここへ家を建てた私などは其草分の方である》

『毎日年鑑1931』によれば当時の石井柏亭の住所は東京市外日暮里渡辺町一〇三五。現在の住居表示で言えば、西日暮里四丁目、西日暮里駅の周辺、要するに南陀楼綾繁氏の「けもの道」のすぐそばである。

田端文士村サイトの「田端に移り住んだ芸術家、文士及び著名人たち」を見ると、大正十二年に久保田万太郎が日暮里渡辺町筑波台1032番地(ちなみに『毎日年鑑1931』では東京市外日暮里一〇八九)に、野上豊一郎が大正九年、日暮里渡辺町1040番地に転入となっている。柏亭と万太郎とは隣同士、豊一郎もごく近所だったようだ。田端芸術村は最近ちょっとしたブームらしいので、柏亭のこの文章からそれらしい箇所を抜き書きしておく。

《渡辺町には彫刻家が多く住んで対[ママ]た。石川確治、渡辺長男、吉田白嶺、建畠大夢、毛利教武の五氏であつた》《画の方は寛畝門下の倉石松畝氏、日本美術院の長野草風氏と確治氏夫人の丹麗女史と私となどである》《建畠氏の所は最も廉かつたので、私もはじめ其処にしようかと思つたが、隣の脳病院から狂人の声が漏れると聞いて、これをやめにし、現在の処に定めたのであつた》《崖沿ひの路は昔ながらのものであり、諏訪神社の台を降り切通しを過ぎて今開成校の脇を登り一旦一寸さがつて又登るやうになる》《諏訪神社の台と開成中学との間の切通しは今拡大されて、道灌山下から三河島に通ずる大路となり、西新井橋行のバスの通路となつて居る。省線のガードをくゞつて一寸行くと今一つガードがあるが、そこに道灌山通と云ふ京成電車の駅がある。上野の美術館へ行くにはこれが最も便利なので、私はよくこれを利用して居る》

文中の建畠大夢は建畠覚造の父。覚造の子息が国立国際美術館の館長・建畠晢氏。氏は高見順賞を受賞した詩人でもある。

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メール便を出しにセブンアンドアイまで歩いている途中で見つけたカナリー椰子。実がたくさんなっている。オレンジに色づいて落下する。ここはレストランの門口。ランチ980円とかで行列ができていた。昨日、隣家のご老人より五十年前は田圃の真ん中だったという話を聞いたばかり。

椰子の実のつぶての降りし五十年
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by sumus_co | 2007-09-27 20:49 | 古書日録

毒婦天人お駒 下

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旭堂南陵講演、山田都一郎速記、大淵渉編輯『毒婦天人お駒 下』(駸々堂、明治三十二年)。見返しに貸本屋の標が貼付けてある。岡本貸本部、碧海郡(へきかいぐん、へっかいぐん、愛知県 碧海郡旭村、現碧南市)となっているが、これ以外にも「岡崎本文貸本部」「貸本/天野屋/高浜町」という印もある。久し振りの二条通、水明洞にて購入。他にも状態の悪い貸本が数冊あったが、びわこのなまず先生の日記(mixi)を見ると、もっときれいな表紙の講談本を買っておられた。

じつは滋賀県湖南市立甲西図書館で「林哲夫「読む人」スケッチ展」(10月20日〜11月4日)を開催してくれるということで、京都岡崎の近代美術館の喫茶店で打ち合わせを行った。若い司書の方がネット上で「読む人」を見つけて企画立案してくれたという。読む人ばかりでなく、本の絵や装幀本も展示することになり、しかも最終日の4日には「林哲夫を囲む会」まで予定されている。湖南市の観光パンフレットをもらった。なかなか良さそうなところなので、秋の行楽がてら、お閑な方はぜひどうぞ(会場はJR草津線甲西駅より徒歩10分)。ま、その帰り道に二条通を通ったという話である。

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いのは画廊より「それぞれの気まぐれ美術館」展の案内を兼ねた『刻』35号が届く。大倉宏さんの絵を見る洲之内徹について書いた文章がとてもいい。大倉さんが新潟市立美術館に勤めているころ企画した物故作家の展覧会を洲之内が見にやってきた。

《話している時は、顔中に魅力的な皺を広げ、弾んだ声で語りかけた人が、絵のある部屋に来るとふっと静かになる。その切り替わりの自然な早さに、若かった私は少しはっとした。絵と人の間に静かに風が立ち、円筒形にめぐる風の渦の中で、人はすーっと絵に沈んでいく。
 絵はその人とだけになり、その人は絵とだけになる。》

詩人だなあ。大倉さんと言えば、移転した新潟絵屋でも「越後を愛した美術評論家没後20年「洲之内徹と新潟」展」を開催するそうだ。それ以外にも全国で洲之内を偲ぶ展覧会が開催される(詳しくは、下欄、展覧会案内をご覧ください)。

そうそう『刻』35号には後藤洋明氏も一文を寄せていて、世界文化社から出た二冊の洲之内徹随想集『おいてけぼり』『しゃれのめす』を編集した佐藤良和氏が没したとあった。《身なり構わず風呂にも入らずの「編集の虫」で白洲正子さんには随分可愛がられていたようです》。洲之内徹の署名本が高くなるわけだ。幸せな男である。

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二条通から川端通を南下するとweissraum(ヴァイスラーム)というギャラリーができていた。カフェもやっているらしい。御池の橋のところから鴨川に降りて川岸を歩いた。西岸にはずっと納涼の川床がしつらえてある。もうそろそろ店仕舞いだろうか。

アベツクの背に川床の幾夜あり

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by sumus_co | 2007-09-26 21:17 | 古書日録

魯庵のアルバム

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『彷書月刊』10月号、「特集・本」の虫より、書斎の内田魯庵。『エンサイクロペディア・ブリタニカ』が背後に並ぶ。屏風は「おらんだ正月」。内田絢子さん、堀内路子さん、という魯庵のお孫さん方より河内紀さんが遺品などを見せてもらって、ひとりで楽しんでおられる(うらやましい)。この外も今月号は本についての本の話ばかりで読みどころたっぷり(小生も寄稿してます)。

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『scripta』(紀伊國屋書店)5号が届く。内堀さんの連載「予感の本棚」に目を通す。

《昔も今も小さな出版社に対して大手取次店は薄情だったようで、そんな中で紀伊國屋はこうした出版物を委託で引き受けていたという。たとえば、当初は「書店へ配本は致しません」と言っていた江川書房も、ほどなく十軒ほどの特約販売店を月報で告知するが、その中に新宿と銀座の紀伊國屋書店の名前がある。
 いつにしても、時代の尖端は小さいものたちによって告げられるものだ。そうしたものが集まる書店には、それこそ濃縮したような時代の空気が満ちることになる》

これが今なら書肆アクセスだということになろう。さらに芝書店の芝隆一に十五年ほど前に連絡を取ったと書いてある。一九九二年ということになるが、いったい芝は何歳だったのか。内堀さんは、芝の体調がすぐれないということで、会うことはできず、娘さんに質問事項を託する。

《思いがけず芝隆一本人からの返事が届いた。
「海軍大学の前で本屋をやっていたが、もう何も覚えていない」、消え入るような筆跡でそう書かれていただけだった。
 やはり、本だけが遺るということか。》

その通りだろう。

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辵展(チャクテン)」(ギャラリー象鯨、10月4日〜9日)のご案内をいただく。篆刻家・水野恵師の社中展である。その封筒に送り主の川浪春香さんの作品が貼付してあった。見事。「児不嫌母醜」。

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文旦をまふたつにする今日の月
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by sumus_co | 2007-09-25 21:45 | 古書日録

おだんごぱん

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ナベツマが洋菓子を買いに行くと言い出した。
「え〜、いまからか」
などと渋っていると
「ブックオフに寄ってもいいから」
という殺し文句によってコロリ、車を出す。首尾よく買物をすませた帰途、堀川五条のブへ。とくに何もなかったが、絵本コーナーにて『おだんごぱん』と『タンタンの冒険旅行1 黒い島のひみつ』(福音館書店)を。

ロシア民話『おだんごぱん』(せたていじ訳、わきたかず絵、福音館書店、一九九八年六七刷)。ストーリーは要するに「およげ! たいやきくん」。喰われておしまい。

絵を描いた脇田和(2005年歿)はベルリン国立美術学校を昭和五年に卒業、昭和十一年に猪熊弦一郎、小磯良平、内田巌(内田魯庵の長男、デイリーでも何度か触れています)らと新制作派協会(後、新制作協会)を結成している。半具象の作風で色彩やタッチが繊細。

今、検索してみると井上洋介の絵による『おだんごぱん』も出ているが、そっちはかなり怖い。

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昨夜、ETV特集「ごたごた荘の人々 〜東京・練馬 共同保育所〜」を見た。子供の世界も大変だ。親たちがまじめに討議を重ねている姿が、なんとなく東京だなあという感じがした。関西なら、ああいうふうには行かないかも。ゴタゴタ荘古本部が出てなかったのが残念!

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Mさんの古本メール。《3連休が2週も続くとやはりせめて1日は古本屋巡りでしょう。久しぶりの三宮。後藤書店の店頭は1冊2000円2冊で3000円と1冊400円2冊で500円という少しイレギュラーな均一。もちろん後者から探すことになります。大正、昭和初期の歌集が多いのは人気がないということでしょうか。「佐伯祐三 佐伯祐三展記念」南天子画廊1977年10月は小豆色のクロス装で魅力的。昭和30年代に桜井書店の出した瀧井孝作の随筆2冊「生のまま素のまま」「海ほほづき」どちらも函付きで中は美。そして「新女性詩集」深尾須磨子編昭和17年鶴見書房函桑門つた子献呈署名。函の背が外れているがこれを直すのも楽しみ。中身は戦争詩のオンパレード。この4冊で千円なのですから。とおく電車に揺られて来た甲斐はあったのでしょう。》

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独り占めるきつねのかみそり紅に
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by sumus_co | 2007-09-24 21:31 | 古書日録

お嬢さん放浪記

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お嬢さん放浪記
昭和三十三年九月二十日初版
昭和三十五年一月十日二十一版
著作者 犬養道子
発行者 車谷 弘
発行所 文藝春秋新社

装幀 佐野繁次郎
カバー撮影 秋山庄太郎
人形製作 伊藤精二
口絵撮影 田沼武能
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by sumus_co | 2007-09-24 20:26 | 佐野繁次郎資料

なんの花か薫る

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山本周五郎『なんの花か薫る』(宝文館、一九五八年、装幀=北園克衛)が萩書房より届く。悪くない。100円ならサイコーなんだが。

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中川六平さんのブログが始まっている。泥鰌のつぶやき。最新の二回目は、図書出版クレインが近刊を予定している『佐藤泰志作品集』について。毎回、飲んでばっか。

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『週刊新潮』、見ました。ありがとうございます。で、新潮社といえば、「とんぼの本」で洲之内徹が出るそうだ。気まぐれ美術館シリーズもセットで復刊されるらしい。現時点ではまだサイトに反映されていないが。

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「タイタス」(ジュリー・テイモア、1999)と「コックと泥棒、その妻と愛人」(ピーター・グリーナウェイ、1989)を録画で続けて見た。ゲロゲロ。

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ビオンボ(biombo)は南蛮(スペイン、ポルトガル)語で「屏風、衝立」のこと。日本の屏風が南蛮貿易で盛んに海を渡り、西欧にもたらされたため流行したらしい。

つら並のビルのビオンボ不意の月
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by sumus_co | 2007-09-22 20:53 | 古書日録

昏睡季節

『昏睡季節』のコピーを小林氏より頂戴したので一部紹介する。詩の価値などはよく分からないが、すでに吉岡実になっているように思われる。『うまやはし日記』(書肆山田、一九九〇年、装幀者=亞令)という昭和十三〜十五年の吉岡の日記が好きなので、ときおり読み返す。そこに記されている生活がここに結晶している感じがする。出征前の、言ってみれば、遺書になりかねなかった詩集である。寸法はおおよそ170×120mm、四六判よりひと回り小さい。

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奥付の印刷所「鳳林堂」本田氏は現存する鳳林堂文具店(東京都中央区日本橋小網町13-12)と関係があるように思える。例えば、本田哲也氏(群馬大学大学院教育学研究科ゲスト講師)のHPによると、氏は1958年東京日本橋茅場町生まれ、《曾祖父は日本橋~本郷・菊坂の筆職人「鳳林堂(ほうりんどう)」》だとか。または別のページには《大正6年の「営業者姓名録」を見ると小網町1丁目には[略]、2丁目には[略]、スワン万年筆の鳳林堂……》などとある。大阪心斎橋に「丸山鳳林堂」という書店・文具店もあるが、暖簾分け? かどうだか。また「吉岡實」の印章はそう悪くはないものの素人の作であろう。

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印刷ということでは、使用されている活字が何なのか気になるところだ。コピーの版面なので断定はできないが、活字はけっこう荒れている。下の歌には「の」が四個使われているなかに一つだけ別種の活字が混じっている。小さな印刷所では有り勝ちなこと。

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書体は東京築地活版製造所の9ポイント明朝体(明治44年頃)とほぼ同一のようだ。ひらがなで言えば「ふ」の頭の点が右にぐっとエビ反ってSカーブがへしゃげた感じになっているのが特徴的。秀英舎〜精興社の「ふ」はおおよそタテのセンターよりわずかに左寄りでSがもっと背筋が伸びたふうになっている。細かいことだが、これは古い味のある書体ではないだろうか。吉岡の好みが反映されているのか、単なる偶然か。

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『うまやはし日記』の「あとがき」にこうある。

《最近刊行されはじめた、書肆山田の小冊子「るしおる」に、作品・文章を求められたが、休筆中なので、「うまやはし日記」の補遺で、そのせめ[二字傍点]を果たそうと思った》

『うまやはし日記』は吉岡の最後の著書となり、『るしおる』は今年五月発行の64号で休刊となった。

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by sumus_co | 2007-09-21 21:08 | 古書日録