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レッド・ドラゴン

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先週、帰郷していたときに立ち寄った古本屋「讃州堂書店」の店頭。高松市の少しはずれにある。見ての通りのんびりしたところ。ここは戸口を入ってすぐに雑誌創刊号ばかりを集めた平台がある。まずそこに取りついていると、背後の背丈ぐらいの本棚の裏(そこがレジなのだ)が少々うるさい。古い絵葉書を探して関東からやってきたという男性が声高に話していた。

その男性はすでに讃州堂の絵葉書はチェックし終わって、ご主人にどこか他に絵葉書のある店はないかと訊ねた。ご主人は古書店の名簿を示しながら、ここならありそうだという店を教えている。男性はそれらの店に片端からケイタイで電話をかけ、絵葉書の在庫の有無を問い合わせる。だから必要以上に声高になっていたのだった。

香川県内はもちろん徳島、愛媛や岡山のめぼしい古本屋に電話をするのだが、意外にも、どの店も絵葉書は置いてない、と返事しているらしいことが男性の受け答えから分かる。
「おかしいなあ、古書展のときには、みんな持ってきてるんですがなあ」
とご主人。四国まで来るんだったら、それぐらい前もって調べておくべきだろう、などと思いつつ、聞き耳をたてていたので、肝腎の本探しが留守になってしまった。

あきらめた男性はリュックを背負い、両手に袋をさげて、上の写真に見るような日射しの中を路面電車の駅に向かってとぼとぼと歩いて行った。

÷

daikatoti さま

ジム・ジャームッシュの「デッドマン」は見ていませんが、主人公と同じ名前なんですね。映画といえば、ご存知レクター博士の「レッド・ドラゴン」(ブレット・ラトナー、2002)ではウィリアム・ブレイクの絵が殺人鬼の偶像として登場します。トマス・ハリス『レッド・ドラゴン』(小倉多加志訳、ハヤカワ文庫、二〇〇二年)の表紙になっている絵です。

ちなみにレッド・ドラゴンはヨハネ黙示録(Apocalypsis beati Ioannis apostoli)の十二章に出てくる「赤き龍」。天上で天使たちと戦うが、勝負がつかず、地上へ堕ちてくる、これすなわち悪魔なり。

《また天に他の徴(しるし)、見えたり。視よ大なる赤き龍(たつ)あり、これに七つの頭(かしら)と十の角とありて、頭には七つの冠[?](かんむり)あり。》(『新旧約聖書』米国聖書協会、一九三三年版)

《3Then another sign appeared in heaven: an enormous red dragon with seven heads and ten horns and seven crowns on his heads.》(Revelation 12:3 /New International Version)

3 et visum est aliud signum in caelo et ecce draco magnus rufus habens capita septem et cornua decem et in capitibus suis septem diademata》(Vulgata Hyeronimiana versio)

もひとつちなみに「黙示(もくし)」と訳されているが、ギリシャ語のアポカリプスは「覆いを取る」というのが原義だから「開示」または「啓示」とした方が自然だと思う。英語でも「Revelation(示現)」である。

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白水社のメルマガに『古本屋を怒らせる方法』刊行予定日が発表になりました! 

『古本屋を怒らせる方法』[エッセイ]林哲夫著 8月9日刊 ■2100円 古本および、古書店人やコレクターなど、古書をとりまく人々の生態を、ユーモアあふれる視点から活写。古本屋とのつきあい方を、自らの経験をもとに伝授する、古本マニア待望の書。

発刊にともなって、8月11日、下鴨納涼古本まつり(あんどガケ書房での下龜納涼古本まつり)初日、夕刻より、京都市内でちょっとした集まりを持ちます。岡崎、山本、南陀楼氏らももちろん来場してくれます。場所、開始時刻などは追ってお知らせ致しますが、参加ご希望の方は、sumus_co@yahoo.co.jp(林哲夫)までメール下さい。
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by sumus_co | 2007-07-31 19:29 | あちこち古本ツアー

William Blake

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Kathleen Raine『William Blake』(Thames & Hudson, 2000)。とりわけウィリアム・ブレイクが好きだというわけではないが、その線と色彩の美しさには魅了される。ルネサンスの影響を強く受けながらも、ほとんどまったくルネサンス的ではないユニークな作品を生み出した。

図は『セルの書』(1789)と題された自作の詩画集。一七八九年に『ソング・オブ・イノセンス』と同時に完成させた。輪郭線などの印刷(茶色の部分)はブレイクが独自に開発したという銅版画の技法を用い、彩色は水性絵具によって行われている。

著者によれば、ブレイクにとって神とは「内なる神」であり「想像力イエス」である。また幼児は純粋な生命のエッセンスであり、教育がその存在に付け加えるものは何もない、「生きるものすべては神聖である」だという。

 'I have no name,
 'I am but two days old.'
  What shall I call you?
 'I happy am,
 'Joy is my name.'

まるで武者小路実篤だね(そう言えば、岸田劉生がブレイクの模倣をしていた時代もあった)。じつのところブレイク自身が夢見がちな子供だったようだ。

《家庭では牧師であり王様だが、へつらい者ではこれっぽっちもない。政治においては過激であり、宗教においてはスエーデンボルグ派であり、いかなる金儲けにも興味を示さない、明らかにブレイクが世間的に失敗することは初めから決まっていたようなものだ》(拙訳)

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『宮本常一写真図録第1集 瀬戸内海の島と町——広島・周防・松山付近』(編著・周防大島文化交流センター、みずのわ出版、二〇〇七年)が届く。なかなかいい感じ。

《宮本常一が残した写真はコマ数にして九万枚以上とも一〇万枚を超すともいわれる。小型で軽量のキャノネットやオリンパスペンを携帯し、旅先で民家に上がりこんで話を聞いている時以外はカメラを手放さなかった》

写真としてどうこうではなく、時代が映っている。それはまさしく小型カメラの時代だ。昭和三十〜四十年代。ばかに懐かしい。そういえばオリンパスペンが田舎の家にも一台置いてあった。ある意味で、カメラ・アイが顔や景色を作る、そんな時代だったのかもしれない。ケイタイで写真というのが当たり前の昨今、宮本が生きていれば、嬉々としてケイタイを操り、あらゆる事柄を記録したに違いないと思われる一冊。(「装幀=林哲夫」に表紙が出ています)

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マン・レイ・イストさま

なんとか運転して帰り着きましたが、まだまだすっきりとは行きません。しかしギクッときた最初が大事のようで、そのとき無理をしなかったのが良かったようです。お互い気をつけたいものですね、お大事に。

そうそう『評伝ジャン・コクトー』にマン・レイが少しだけ登場します。コクトーが撮った『詩人の血』という映画にリー・ミラーが主演したときのエピソードです(p187-188)。
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by sumus_co | 2007-07-30 22:00 | 古書日録

宮本常一写真図録第1集

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宮本常一写真図録第1集 瀬戸内海の島と町——広島・周防・松山付近
2007年8月1日初版第一刷発行

編著 周防大島文化交流センター
写真 宮本常一
監修 森本孝
装幀 林哲夫
みずのわ出版
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by sumus_co | 2007-07-30 20:19 | 装幀=林哲夫

評伝ジャン・コクトー

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ジャン=ジャック・キム、エリザベス・スプリッジ、アンリ・ベアール『評伝ジャン・コクトー』(秋山和夫訳、筑摩書房、一九九五年)。

一週間ほど帰郷していた。いろいろな面で高齢社会を実感する日々だった。とくに、帰郷直後、引越前に送っておいた荷物を整理して納屋へ移動させていたときのこと、上体だけで重いダンボール箱をヒョイと持ち上げたとたん、グキッ、「痛たたたた」……そのまま数日間横になっていなければならないという事態を招いてしまった。肉体の衰えだけはどうしようもない。

しかたがないので、横になってひたすら読んでいたのがこのコクトーの評伝。450頁以上ある。ギックリ腰でもなければ、とうてい読めなかった。興味の中心はもちろん、以前この日録でも取り上げた「Editions de la Sirene」(人魚書房)だったが、それについては

《一九一八年の春、コクトーはブレーズ・サンドラール、ジャック・ラフィットと人魚書房を設立した。以後数年にわたり、ここから彼らおよび彼らの友人たちの作品が出版される》

このくらいのことしか書いてなかった。ただ他にモーリス・サックスのキャトル・シュマン書店、ポール・モリィヤンのモリィヤン書店、ジェラール・ヴォルムのロシェ書店など、コクトーが関係した書店・出版・画廊の複合体(かつての紀伊國屋書店がそうだったような)の存在についてわずかだが知ることができたので善しとする。

ということで古本屋にも行けず、いや、なんとかのぞくにはのぞいたが、長時間の滞在には耐えられず、とくに収穫はなし。一冊だけ、今年、講談社文芸文庫に入った、田村隆一『若い荒地』(思潮社、一九六八年、装幀=栃折久美子)を入手できたのは有益だった。これもすぐに寝読で読了。中桐雅夫と鮎川信夫、とくに鮎川の戦時下の活躍が当時の同人雑誌『LUNA』『LE BAL』『詩集』の引用等によってうまく描かれている。荒地グループの位置取りがよく分かった。たとえばこんな一節(鮎川の日記より)。

《太宰とか堀とかの低脳な美しさに酔っている幼稚な文学青年が多いなかで云々》

辛辣だが、あながち的外れでもないように思う。
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by sumus_co | 2007-07-29 17:21 | 古書日録

植草甚一主義

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『植草甚一主義』(美術出版社、一九七八年、デザイン=平野甲賀)。写真は表4(裏表紙)側、撮影は高梨豊。

神戸二ノ宮商店街にあった古本屋・礼文堂で『ワンダー植草・甚一ランド』(晶文社、一九七一年、装幀=平野甲賀)を買ったのは一九八〇年代の後半だった。植草甚一を読んだのはこれが最初である。一九七九年歿だから、植草ファンだったとはとうてい言えない。しかし、一読して、すっごいスノッブなおじさんがいたもんだと驚いた。今は古書としての植草本もじりじり高くなっているが、当時はそうでもなかったし、スクッラップ・ブックなどは均一台でかなり拾えたものだった。

それまでは名前を知っているくらいで、たしか、五木寛之が女性雑誌に、大切にしているものとして、植草からもらった筆立て(植草オリジナルのコラージュがほどこされた箱)を挙げていて、その写真がちょっとステキだったので切り取ってファイルした。これは印象的だった。今もどこかにあるはずだが……引っ越しで見失った。

そんなコラージュや植草のコレクションがたっぷり楽しめるのがこの一冊。平野甲賀のレイアウトもやりたい放題でありながら、ちゃんと節度を保って見やすく作っている。なかでも、丸谷才一や鍵谷幸信に宛てた、びっくりするような、手の込んだコラージュ付きの手紙や、ハデな装飾のある葉書には心底驚いた。

先日の七夕の明治古典会にも植草の油絵のある葉書五種が出品されていて気になったが、これは以前も何かの目録に18万円で出ていたものだ。油絵は特別に珍しいかもしれない。でも、ペン画かコラージュのある書簡か葉書を一点くらい欲しいなあと思う。

この『植草甚一主義』は十年ほど前に目録で入手した。たしか千円かそのくらいの安値だった。巻末の年譜を見ると、植草は一九七八年一月にギャルリーワタリ(河原温の『百万年』を見た画廊)でコラージュを中心にした個展を開いている。この本もそれがベースになっているようだ。今思えば、残念なことをした、この個展は見ようと思えば見られたわけだから。まあ、当時は興味がなかったわけで、自業自得にちがいない。

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書肆アクセスより、閉店の通告書が届いた。十一月中旬までは営業するそうだ。

《1976年創業以来、地方・小出版流通センターの「展示センター」及び「神田村売店」(書店現金卸し)として、31年間にわたり、「書肆アクセス」を運営してまいりましたが、この数年売り上げ不振が顕著となり、経営を維持することが困難と判断し、大変残念ですが、本年11月中旬をもって、「書肆アクセス」を閉店することにいたします》

代表取締役・川上賢一氏の名義で7月15日付けになっている。他に店長・畠中理恵子氏お詫びの手紙も同封されていた。《この数年売り上げ不振が顕著となり》とあるが、三十年以上維持してきたものを放棄する理由としては納得しにくい。別の理由を想像するしかない。

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ランボーにコメントくださったみなさま有り難うございます。絵描きの知り合いにもいるが、早熟だった人間ほど、消耗というか、見限りが早い傾向があるようだ。中学生のころから『美術手帖』を熟読していた男は、今、まったく美術とは関係ない仕事をして成功している。小生など、そんな雑誌があることを知ったのは大学に入ってからだった。むろん例外もあるとは思う。だからどうしたというわけでもない。それぞれの人生だ。しかしランボーのアビシニア(エチオピア)時代は詩集よりも面白そうである。

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明日からしばらく夏休みです。
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by sumus_co | 2007-07-21 22:09 | 古書日録

RIMBAUD

書肆アクセスの閉店が決定した。先日、思わせぶりに書いたショックなこととはこれである。すでに公になったようなので、発表するが、「どうして?」という気持ちでいっぱいだ。赤字だから……そんな理由で何でも片付け、切り捨てていいのだろうか。地方小のスタートの理念はそんな合理主義一点張りだったのか。今の世の中、こう言う人はいないのかい。

「お金もうけしなくて悪いですか?」

『sumus』創刊以来、ほんとうにお世話になっただけに、なんとか今からでも考え直してほしい。第5回書肆アクセスフェア「荻原魚雷が選んだ書肆アクセスの20冊」7月31日まで開催中!! お近くの方はぜひ買い占めに走っていただきたい。

今日は不在者投票(期日前投票)に出かけた。まったくひどいもんだ!

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うれしいことひとつ。すでにこれもあちこちで宣伝されているが、『「阿佐ヶ谷会」文学アルバム』(青柳いづみこ・川本三郎監修)の出版である。

2007年8月上旬刊行予定
ISBN978-4-901998-25-3
A5判・上製・356ページ(写真12ページ)
発行=幻戯書房
定価=3800円+税
装幀=間村俊一
印刷・製本=精興社

《戦前から戦後にかけて、中央線の阿佐ヶ谷で、作家や評論家、文学研究者、編集者らが集まる団体があった。「阿佐ヶ谷会」といわれるこの集まりには、井伏鱒二をはじめ、上林暁、木山捷平、太宰治、青柳瑞穂、外村繁らが参加し、ときに文学談議を行い、ときに将棋や酒を楽しんだ。
文学史・文壇史に足跡を残す「阿佐ヶ谷会」の唯一の資料集であり、中央線沿線に集った文学者たちの交流を生き生きと描き出した本である。》

かつて『ARE』10号に「文士の将棋熱」を書いた時に、あるていど阿佐ヶ谷将棋会関連の資料は読んだのだが、ここには未見の文章も多く採録されているらしいので、たいへん楽しみにしている。

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『coto』の最新号が届いた(下欄目次参照)。小生も「わたしの家ではないけれど」と題して家探しの顛末を発表しているのでご一読を。

他の人の記事もざっと読んだが、築山登美夫氏の「白人の上陸ーあるランボー論」が面白かった。小林秀雄のランボー論を素晴らしいとしながら、ある一カ所に難癖をつけるところから始まる。

《しかし、小林はこう書くーー「ランボオの名が、世に初めて紹介されたのは、一八八四年、ヴェルレエヌの『呪はれた詩人達』によつてである。この年ランボオは、アデンにゐて、アビシニヤの蛮族相手の商売に多忙であつた」(「地獄の季節」後記)》

小林が「蛮族」と書いている、その捉え方に築山氏は異議をとなえる。蛮族というのはヨーロッパ側からの判断である。幕末の日本を思い浮かべれば、われらもまた「蛮族」だったということになる。小林はそこを見過ごしている。あるいは当時、ひろくアジアに版図を広げつつあった大日本帝国にも共通する視点だったかもしれない。

ランボーは各地を放浪した後、紅海の港から港へと仕事を求めてうろついていた。一八八〇年八月、アラビア半島のアデンで商人に雇われ、十一月にエチオピアの内陸の町ハラル(Harar)へ送られた。珈琲、毛皮、ワックス、ゴム、象牙などを買い取ってヨーロッパへ輸出するのが彼の仕事で、商売は順調だったらしい。当時のハラルはエジプトに占領されていた。

長くなるので省略するが、外国とくにイタリアの干渉や皇帝と王との内部対立がからみあったエチオピアの状況のなかで、ランボーは武器をショア(Shoa)の王メネリクに売り渡すという大バクチを打つ。五百キロの道のりをキャラバン隊を組んで出かけ、安く買いたたかれながらも、なんとか金にはして、帰りには奴隷を紅海沿岸まで連れてくることに成功した。

ランボーが辿った道のりが現在アディス・アベバとディブチ間を結ぶ鉄道線路になっているというのだから、ランボーが生半可な商人ではなく、ある種、命知らずの冒険家だったということが分かる。結局、ランボーは商人として、あるいはハラルの外国人の世話人として快適に暮らし、現地の少女を教育して妻にしようとまでした(逃げられたようだが)。アラビア語もハラル語もペラペラだったという。

一八九一年に右膝が不調になりアデンの病院で悪性腫瘍と診断され、マルセイユへ送られてそこの病院で足を切断。妹イザベルにあててこんな手紙を書いている。この年の11月10日に歿。享年三十七。

《...Adieu mariage, adieu famille, adieu avenir ! Ma vie est passée, je ne suis qu'un tronçon immobile...》
さらば結婚、さらば家族、さらば未来、おれの人生は終わったよ、動かない輪切りになっちゃった。(拙訳)

ところで、かつてもう二十数年前になるが、京都の堺町画廊でエチオピアの王族だという画家の展覧会を見た覚えがある。コプトふうの主題を残しながら、現代的にアレンジしたものだった。ご本人は京都に留学(?)していたが、むろん蛮族であるはずはなく、ノーブルな方だった。エチオピアは古いキリスト教国であることをそのとき知った。

Rimbaud In Harar
Rimbaud.html
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by sumus_co | 2007-07-20 18:01 | 古書日録

coto vol.14

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『coto』14号、キトラ文庫coto。2007年7月14日発行。300円。
奈良県生駒市本町6-2 キトラ文庫 kitora@sikasenbey.or.jp

遠い、海水浴  今村秀雄
東京へ  大橋信雄
浮浪2  加納成治
京都断章ー番組小学校からマンガへ  永井芳和
わたしの家ではないけれど 古書へんぺん記10  林哲夫

十歳になれば、おまえは  高啓
(とっくに木の鱗は……)/他一篇  たなかあきみつ
中也と朔太郎  八島賢太
秋霖の大都会に歩みを止めて  西念元一
弥生某日かのひとに  安田有

あと八日  舟生芳美
夏の夜  柏木みな
海辺の叙景その後  高山芝雄

雲と残像ー現代美術を媒介として その二
白人の上陸ーあるランボー論  築山登美夫

脳トレダムの案山子男  つちや・すすむ
表紙  庄野予侑子
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by sumus_co | 2007-07-20 16:37 | 著述関連

佐伯祐三

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『日本の名画23 佐伯祐三』(中央公論社、一九七五年)。佐伯は学生時代にもっとも好きだった画家の一人。竹橋の近代美術館へ、常設展示の靉光や岸田劉生などを見るためによく通っていたが、佐伯では「モランの寺」(1928)が出ていた。没年に描かれたほとんどカンペキな結晶といった作品だ。

たぶんその頃新刊で買ったと思う。ひょっとして大学に近い鷹ノ台駅前の松明堂書店かもしれないが、そうではなく、郷里の宮脇書店だった可能性が高い。というのは3200円という定価では、乏しい仕送りの中からはちょっと買えなかったろうから。なにしろ下宿の家賃は9000円だった。この本はレイアウトが良くて、白を基調にしたスタイリッシュな造りも気に入っている。デザイナーの記名なし。

そして解説の前に収録されている芹沢光治良のエッセイ「これも、純粋ですか」がなかなかいいのだ。芹沢は一九二五年にフランス留学へ向かうとき、佐伯の兄祐正と同じ船(白山丸)に乗り合わせ、パリで弟の祐三と親しくなる。

《大学が早くおわって、散歩のつもりでルクサンブール公園をぬけて、パッシーの方へ歩いて出ようとしていて、突然、淋しい街角で、佐伯君が描いているのにぶつかった。私は静かに近づいて背後に立った。十号ばかりのカンバスに、崩れかかったガラージが描かれていた。垂れこめた日で、もう薄暗くなっていたから、やめるものと思って待った。彼の描くのに初めて立ちあったので、我慢して待った。見えなくなっても描いていた。やがて絵筆をおいて、私に気がつくと、真剣な面持ちでせきこむように、言った。
「どうです。これも、純粋ですか」
私は言葉が出なくて大きくうなずいた。》

佐伯の姿が目に見えるようだ。この出会いの前に芹沢が佐伯の「靴屋」という作品を「純粋だ」と褒めていた。ちなみに「純粋」というのは昭和初期に流行った言葉。コルビュジェのピュリスムという概念(1918〜30頃)もあって、日本でも純粋詩、純粋小説、純粋映画などと通俗的に用いられた(「純粋」という語そのものは『史記』にも見えているが、カントの「純粋理性」あたりが近代での流行の端緒か?)。

この後、佐伯が一時日本に帰国することになって、芹沢のところへ借金に来た。「×百円貸してくれませんか」と頼まれる。すると芹沢はブラマンクの絵を買うつもりだったが、今は君の絵の方が欲しいと(嘘を?)言って二点入手する。その一点がこの画集にも載っている「パスツールのガード」である。暗いけれどいい絵だ。当時の百円は現在の三十〜五十万円だろう。今ならこの絵、幾らすることやら、億? (みなさん、無名作家の絵を買っときましょうね)

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荏原肆夫『絶望と知的創意』(湯川書房、一九七三年、装幀=政田岑生)。昨日頂戴した資料の一部。湯川書房から出ている塚本関係の本の多くは政田の装幀だとのこと。某氏よりいただいたメールにはこうあった。

《ガッチリとした体躯、精悍な風貌の政田さんと、今にも倒れそうな愛煙家の湯川さん、政田さんが早く逝こうとは信じられませんでした。名古屋から転勤され、交野か枚方の社宅での単身赴任から、高槻市にお家を構えられ、社宅のフトンなどを車で運んだ時が、氏と少しお話が出来た時でした。「もう××さんこれは極道ですよ」と東京海上という大企業に勤められるのを、羨む小生に、ぼやかれていたのが一番心に残っています。》

出版はバクチ。バクチに精を出すのが極道である。
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by sumus_co | 2007-07-19 21:20 | 雲遅空想美術館

玲瓏信 第七号

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『玲瓏信』第七号(書肆季節社、一九八一年四月十五日)。

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『塚本邦雄著書目録2』(書肆季節社、一九七八年十二月十一日)。

読者の方より『政田岑生詩集』(書肆季節社、一九九五年)とともに政田岑生資料を頂戴した。『玲瓏信』は21×11cm(21×22cmの紙を二つ折、二枚重ね、八頁)。すべてが塚本邦雄に関する短信や報告である。赤坂・銀花コーナーで行われた「塚本邦雄レコードコンサート」(一九八〇年十一月二十三日)のパンフレットもやはり《政田岑生氏の装になる瀟酒な対訳テキスト》だし、著書刊行案内中には《「小歌集・新室帖」政田家新築記念 一月刊》などという記述もある。『塚本邦雄著書目録2』は187×130mm(四六判、二つ折四頁)。文字組の見事さ。背筋が伸びている。それにしても書肆季節社は『玲瓏』を中心とした塚本ファミリー出版社だったことを改めて認識した。

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『spin』02の校正紙が届いたので、ざっと目を通す。初校のときにかなり直したようでも(むろん著者校正も経ている)、あれこれポロポロと出てくる。午後かかりきりで、なんとか朱を入れ終わる。

目次
翻訳をめぐる意味と無意味をめぐって…………中島俊郎 + 鈴木創士
板倉鞆音捜索………………津田京一郎
エエジャナイカ 2  無用の書物………………北村知之
幻脚記 二  青空………………鈴木創士
淀野隆三日記を読む 二………………林 哲夫
みずのわ編集室 2………………柳原一徳

中島・鈴木両氏は、共通するところは多いのだが、まったく違うお二人のキャラクター・学識が噛み合っているようで噛み合ってないところが大いに楽しい。津田京一郎氏は知る人ぞ知る詩集・詩誌のコレクター。板倉鞆音の執筆雑誌を執拗に探求するその姿は古本者の鑑である。「エエジャナイカ」も絶好調。今回の幻脚記は小説だ(!)。淀野隆三日記はだんだん面白くなってきた。三高の教師たちのカリカチュアもある。例によって愚痴とイカリが爆発の「みずのわ編集室」、小出版社の実情と意気地が分かります。乞ご期待(八月初旬刊行予定)。

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向いのご老人と仕事帰りのナベツマが立ち話をしていた。朝、掃除のときに挨拶をするくらいだったが、家の中から聞くともなく聞いていると、ご老人は音楽大学の教師だったそうで、お宅にグランド・ピアノが三台あるそうだ(まったくそうは見えない、やや古い木造家屋)。絵描きさんにも知り合いが多いとのこと。分からないものである。
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by sumus_co | 2007-07-18 21:58 | 古書日録

LUCIAN FREUD

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『LUCIAN FREUD』(THAMES AND HUDSON, 1984)。ルシアン・フロイドは一九二二年にベルリンに生まれた。精神分析で名高いシグムント・フロイトの孫にあたる。九歳のときに両親とともにイギリスへ渡り、イギリス国籍を得て制作し続けている。現存では最も高価な作家の一人だろう。

一九九二年に日本でも回顧展が開催され、各地を巡回した。小生は西宮市の大谷記念美術館で見た。上の画集は、それ以前に、やはり神戸元町の丸善で購入したものと記憶している。一九八二年にハードカバーの初版が出て、これはペーパーバックの廉価版である。ほんとうに丸善には営業を続けて欲しかった。京都も神戸も。

フロイドは、一九五〇年頃まではノイエザッハリヒカイト(新即物主義)と呼ばれるような、戦前のドイツ・リアリズム、そのなかでもかなり素朴派に近い作風だったが、五〇年代の終わり頃から、なんとも不思議な裸体や人物画ばかりを描くようになって今にいたる(まあ、それらも即物主義には違いない)。小生はむろん初期の作品が好きだ。

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「okatakeの日記」に《ハートランド、北尾堂、古書月影、文雅新泉堂、れいど・ばっく諸氏が集まって、伊那市高遠に「喫茶と古本 高遠本の家」が今週20日にオープンすることが決まった。古民家を改造したものらしい》とあったので、さっそく「喫茶と古本 高遠本の家」をのぞいてみた。二十日オープン。うまく営業して行ければとてもいい先例になると思う。

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ここ何年か、手打ち蕎麦屋のブームは京都でも目立つものがある。今日は近所の店へ初めて入った。おたべガイド参照。
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by sumus_co | 2007-07-17 20:04 | 雲遅空想美術館