林蘊蓄斎の文画な日々
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混擬土へバクダン落とす暑さかな

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これも同じく旧明倫小学校。

リコシェ阿部さんより《津田明人さんの展示の文章ありがとうございました。写真を順々に見て、林さんの文章を読んで、また写真を見てというお客さんが多くて、私も同じように、したのですごくうれしくなりました》というメールをいただいた。津田明人さんの展示今日で終わりですね。お役にたてたなら何よりです。

「小説家を見つけたら」(ガス・ヴァン・サント、2000)のDVD録画を見る。ガス・ヴァン・サントは「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」の監督で、二作ともに貧しい天才少年が凡庸な権威主義を打ち砕くという、たいへん分かり易い映画である。

ブロンクスの高校から有名私立高校にハントされたジャマール(ロブ・ブラウン)は、近所に隠棲している天才作家(ショーン・コネリー)と知り合ってその文才を引き出される、と同時にバスケ部のスタープレーヤーとしても活躍をはじめる。さらに理事長の娘と仲良くなり、いじわる教官から妬まれるという、まったくもって型通りの筋立て。

ただし、そういうものだ、と割り切って見れば、エンタテインメントとしてはまずまずの出来。処女作で一躍有名になり、その後ずっと作品発表をしていない老作家がフォレスターという名前なのだが(原題は「Finding Forrester」フォレスターと出会って。for rester ?)、そのモデルはサリンジャーらしい。フォレスター役のショーン・コネリーはなんとタイプが打てなかった。手だけが映るタイピング・シーンは代役だったそうである。古い型のタイプライターが渋い。

昨日の句「露伴の忌書店を始む便りあり」についてAさんよりご指導いただいた。

《この「始む」は下二段他動詞「始む」の終止形ですので「便り」を修飾しません。

 露伴の忌。書店を始む。便りあり。

いわゆる「三段切れ」の句になっています。そういう作意だということならばよいのですが中七下五が「書店を始めるという便りがあった」という意味だとすれば、

 露伴の忌書店始むる便りあり

あるいは

 露伴の忌書店始むと便りあり

とする必要があると思われます。》

じつは、Aさんには、これまでも何度か俳句のルールについてご指導いただいており、このところ旧仮名遣いで作っているのも、口語と文語を同じ句で同時に使ってはならないというご指導のたまものなのである。それならばと、旧仮名遣いを勉強するつもりで、古語辞典を机辺に置いて参照している。ですから「始む」が終止形というのは認識しておりました。ただし三段切れについては認識していなかったので、遅まきながら調べてみると、http://www.wakwak.com/index.htmlの違反説明のところにこうあった。

《三段切れの切れは「五・七・五・」の「・」のところで
1:「名詞又は(用言の終止形)・名詞又は(用言の終止形)・名詞又は(用言の終止形)・」と切れている場合です。
2: 但し、助詞「や」「かな」「よ」「か」「ぞ」等で切れている場合に限り三段切れ違反。》

《「目には青葉・山ほととぎす・初鰹・」のようにリズムに問題がなければ三段切れ違 反と目くじらをたてる必要はありません。しかし初心者の作る三段切れの句はリズム に関して何らかの問題を起こします。三段切れは意識して避けるべきだと言われる所以です。》

 目には青葉山ほとゝぎす初がつほ

これは芭蕉の親友だった山口素堂の句で『阿羅野』(山本荷兮編、一六八九年)に選ばれている。季題も重なっていて、型破りの見本みたいな作である。

Aさんよれば、三段切れも《そういう作意だということならばよいのです》が《「三段切れ」の場合は句がバラバラになって、一句の重点(というか重心)のありかがわからなくなることが多いので、なるべく避けた方がいいということのようです。》だそうだ。

たしかに「書店を始む便りあり」では「便りあり」の意味が浮いていて「頼りない」。ごく当たり前に「書店始むと便りあり」だったか。バラバラはよくない。戒めとして昨日の句はそのままにしておくことにする。

と反省したところで、本日の句は、先日閉店した書店の跡の建物が改築され始めた様子について。ここ数日、ドリルかなにか知らないが、はげしく破壊する音が一日中響いてサイテーの状態なのだ。
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by sumus_co | 2006-07-31 19:55 | 古書日録

露伴の忌書店を始む便りあり

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旧明倫小学校の校舎の明かり窓。今は京都芸術センターとなっている。まったく関係ないが、「旧中山道」を「いちにちじゅうやまみち」と読んだ人がいるそうだ。

昨日、『彷書月刊』田村さんから、十月号の特集について相談あり。タバコの特集だとか。思いつきの意見をいくつか述べる。『彷書月刊』と言えば、八月号は、プリマダム人気にあやかってかどうか、バレエ・リュスの特集。河内紀さんの連載もダンスの話題。そこにナハラさんという人物が登場する。

《ナハラさんの父親が、ジェイムス・ジョイスの岩波文庫版『ユリシーズ』の翻訳メンバーだった名原廣三郎だったと知ったのは作年、彼が亡くなってからだった》

岩波文庫版『ユリシーズ』の翻訳は、森田草平、龍口直太郎、安藤一郎、名原廣三郎、小野健人、村山英太郎の共訳ということになっている。五冊本で一九三二年から三五年に発行された。荒正人によれば、このメンバーを組織したのは龍口と小野で、翻訳の中心は名原であった。第一分冊が出る頃は、毎週四回も名原邸に集まって仕事をしたそうだ。森田はパトロンという役回りだった。他にも野上豊一郎、藤田栄が関係していたというが、名原は四十歳を越えて、『ユリシーズ』の魅力に取り憑かれ、残りの生涯をその翻訳に費やしたそうである(『日本読書新聞』一九六四年九月十四日号)。

脱サラして古書店を始めるという方からお便りをいただく。アドバイスをということだが、やりたいようにやるのがいいでしょうとしか言えない。
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by sumus_co | 2006-07-30 21:55 | 古書日録

空耳か蝉テイトウと路を撃つ

昨日の朝、ゴミ出しで会った近所のアパートに一人で暮らしているおばあさんが、
「セミが落ちる音が聞こえるんですよ、暑さで」
と言う。そんなことがあるのだろうか? テイトウは鼓などを打つ擬音語なり。

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Yさんより誕生日祝いをいただく。浅草観音、ほおづき市の団扇。弘前の「おさり」という煎餅。《おじさんがこつこつと焼いている手やきのおいしい津軽せんべい屋さんがあり、いとこが送ってくれたのでおすそわけです》とのこと。有り難く頂戴します。胡桃が入っているんですね!

腰の方は、毎日少しずつ良くなっているようだが、これがほんとに少しずつなのである。齢を感じる。こう見えても(どう見えても?)、昔から体は柔らかい方だった。中学時代の前屈では手首までつま先より下に出せた。それがこのザマである。

京都写真倶楽部の会員の方お二人が来宅。ウンチクに手作り写真集のワークショップをやって欲しいという。『ナベ・クエスト』を見てくださってのこととか。ナベ・クエストを作ったのはナベツマなんですけど……。菓子職人の「京都純生ロールケーキ」のプレーンをいただく。ゴチになります。

その折、芸術批評誌『リア』14号(リア制作室、二〇〇六年七月)もいただく。特集が「再発見・名古屋の写真史」。これがなかなか充実した内容だ。名古屋でも大阪・東京に続いて前衛写真が盛んに制作された時期があった。シュールレリストの山本悍右(かんすけ)の作品などはまったく古びていない。下郷羊雄も面白そうだ。《名古屋出身の写真家には、巨人・東松照明、有名人では加納典明や浅井慎平がいるがそれだけではない》とのこと。たしかに。マン・レイ・イスト石原さんも寄稿しておられる。
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by sumus_co | 2006-07-29 20:16 | 古書日録

三本脚の犬見たり蝉時雨

フルーツパーラーレモンのギフトセットをいただく(なんだかいただきものブログのようになっておりますが、あしからず)。メロン・ババロア、オレンジ・ゼリー、グレープ・ゼリー、グレーフルーツ・ゼリーの詰め合わせ。とくにグレープフルーツは一個まるごとの中身をゼリーにして果肉を残しながら、元の果実のなかに詰めてある。これをきっちり冷やして食すると絶品。

ある方から『文字力』のある本を見つけましたので、ということで、一冊いただく。佐藤鶴城『借地借家小作問題何でも来い』(文化社、一九二四年)。
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なるほど文字力もかなりのものだが、内容もなかなか面白い。「大地震大火災其他の変災と借家人借地人の権利」などという、関東大震災後の土地問題に関する記述はたいへん興味深い。例えば「焼跡建築に関する緊急勅令公布近し」という報知新聞の記事が引用されていて、こう書いてある。

《愈々近日中緊急勅令を以て大体左記の要領発布をみる筈である、焼失跡には仮説建築に限り認め、本建築は向かふ半ケ年間は許さず、仮設建築物に対しては建築法適用、並に其手続を省略す》

実際にはどういう発令があったのか、詳しくないので知らないが、要するに、この機会に東京を作り替えようという帝都復興へのステップだったのだろう。インフレ不況を懸念する財界の抵抗に会いながらも、第二次山本権兵衛内閣の下、内務大臣後藤新平と東京市長永田秀次郎、その後を継いだ中村是公が中心となって帝都復興事業が進められた(昭和5年完成)。公園や公共施設を整備し、新しい橋をかけ(隅田川の橋が鉄橋になったのだ)、放射状に伸びる道路と、環状道路の双方を建設した(靖国通り、明治通り、山手通りなどを作った)。現在の東京の原型を作ったわけである。

夕方、動物病院へミカンの薬をもらいに行った。夏休みなので子ども連れで混み合っていた。なかに三本脚のビーグルがいたが、とても元気そうだった。

京都おたべガイドにオ・グルニエ・ドールを紹介しました。
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by sumus_co | 2006-07-28 20:49 | 古書日録

梅雨明けて背筋を伸ばす五十一

カエさんより小生の誕生日にちなんだ一句をいただく。

  誕生日 五十路また一歩蝉時雨

遅い梅雨明け。急に暑くなった。朝、フトしたことで軽いギックリ腰になる。背筋を伸ばして真っ直ぐ立っているのは問題ないが、前屈みになるのが辛くてイーゼルに向かえない。初日が大事だというナベツマの言葉に従い、半日、横になって過ごす。

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うまい具合に、有り難くも、Mさんより大槻鉄男『樹木幻想』(編集工房ノア、一九八〇年)が送られて来たので、横になったまま、一気にほぼ読んでしまうことができた。

驚いたことに、「火葬場——木山捷平のこと」にこういう一節があった。『木山捷平詩集』(昭森社、一九六七年)について書かれている。

《 昭和三十年の日付をもつ詩につぎの作がある。

     死に場所
 死に場所は
 火葬場の中がいい

 火をつければ灰だ。
 きれいなもんだ。
 白い骨だ。

 昭和三十年に作者は五十一歳である。》

昭和三十年生まれの小生が五十一歳の誕生日にこのくだりを読む(!)、なんと不思議な巡り合わせではないか。感謝です。

この本の奥付けを見ると版元の住所が大淀区豊崎となっている。現在は中津で、ここはもうかなり長いから、初期の出版物ということになるのだろう。盛大な(大阪文学史に語りぐさとして残るに違いないほどの)二十五周年記念パーティが二〇〇〇年に梅田で開かれたので、創立は一九七五年ということになる。opac.ndl.によれば、一九七五年刊の川崎彰彦『わが風土抄』がいちばん古いノアの出版物である。

『樹木幻想』に戻れば、「三好達治の机」という一編が好きだ。三好が東大へ入る時に使っていた机を下級生の友人に譲り、その友人は戦死する。その未亡人から机を譲られた女性から、その机をもらう話である。自宅の書斎で机を眺め、三好の『日光月光集』を置いてみる。

《木製の、古びた机と、敗戦後のざら紙製の、だが、日光月光の名にふさわしい黄色の和紙の表紙のこの詩集は似合った。いつもはない静けさを部屋に漂わせた。》

言うまでもなく『日光月光集』はあの高桐書院の出版物である。

アセテートより『文象先生のころ毛綱モンちゃんのころ」届く。朱色のマーメイドの表紙に白インクで印刷とは、さすが。
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by sumus_co | 2006-07-26 20:38 | 古書日録

河童忌をひと日過ごして弔ひき

茄子を食べて死ぬことがあるという。茄子と言っても曼荼羅華(テウセンアサガホ=チョウセンアサガオ)だが。ナス科の植物は数多い。代表的なのは、トマト、ジャガイモ、タバコ、トウガラシ、ホウズキ。どれもちょっとクセがあるというか毒っぽい感じだ。多少科学的に言えば《特有のアルカロイドを含む。薬理作用をもつものが多い》ということになる。

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季村さんより宮崎修二朗『神戸文学史夜話』(天秤発行所、一九六四年)をいただく。宮崎修二朗は神戸新聞社の出版部で「のじぎく文庫」の編集長をやっていたとか。明治以降の神戸文学史におけるトピックを拾い出して短くまとめてあり楽しく読める。少し紹介する。

木村曙(岡本栄子)
『婦女の鑑』『操くらべ』『わか松』などの小説を書いて十八歳で夭逝した女流作家木村曙は木村荘平の長女で、現神戸市栄町に明治五年に生まれた。木村荘平は当時、神戸で貿易茶商を営んでおり、『神戸花香美新聞』の発行にも関係していたという。

ついでに補っておくと、明治十一年に東京警視庁大警視川路利良から東京に呼ばれ、屠場の経営にあたることになった(内澤旬子さんのテリトリーなり)。これが後にかの有名な牛鍋チェーン「いろは」を展開するきっかけだった。なお、宮崎は木村荘平の出身を滋賀県としているが、京都の宇治田原(すなわち宇治茶の本場)のようである。

水越耕南
神戸開化風景を詠った水越耕南の漢詩集『開口新詞』(鳩居堂)から原詩と宮崎の井伏鱒二ふう戯訳で「外人居留地」。耕南は南画家水越松南の父。

 仏珠英貨競豪華 世界ノ金ガヒシメキ合ツテ
 十字街頭人語譁 ぴいちくぱあちく街ノカド
 中有清奴能解事 ナジミノ阿茶サン花ヲ売ル
 一盆春売水仙花 ソノスイセンニハルノイロ
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by sumus_co | 2006-07-25 20:54 | 古書日録

軒貸して蠅の腹なる太き筋

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橋本邦助『巴里絵日記』(博文館、一九一二年)より「帽子屋」。「ハウルの動く城」の冒頭でソフィーが帽子を仕立てていたのを見て、思い出した。

菅原克己の『詩の鉛筆手帖』(土曜美術社、一九八一年)を読んでいると、自伝的エッセイ「わが詩、わが夢」に次のようなくだりがあった。旧制師範学校を中退し私立の美術学校も病気のため中退。『赤旗』などのプリンターとなり昭和十年に検挙された。その後は町の図案社でひっそりしていた。結婚早々の頃、ユーモア作家玉川一郎の紹介で伊東屋の宣伝部へ専属として入社する。玉川は伊東屋の嘱託の文案家で、コロンビア(ママ、コロムビア)に勤めていた。しかし宣伝部とは名ばかりで、はなやかな八階の売場を抜けた屋上の掘立小屋で今で言うポップなどをせっせと描いたそうだ。

《戦争が進行するにつれて、デパートでは商品宣伝がやり辛くなり、ぼくの仕事はだんだん閑になって、屋上の掘立小屋から、朝日新聞社の伝書鳩が、大空をぐるぐる回っているのを眺めていたり、売場で女店員と喋舌ったりする時が多くなった》(p182)

出ました、伝書鳩。当時の朝日新聞社ビルはまだ明るいモスグリーンだったろうか? その設計をした石本喜久治は銀座数寄屋橋で設計事務所を開いており、昭和十二年から翌年八月まで立原道造がそこで働いていた。立原の出た東大工学部の一級下には丹下健三がいた。

菅原の戦時中の詩「大切なもの」全文。

 そんなにはやく歩くと
 きっと大切なものを素通りする。
 よそみせず静かに歩こう。
 人はたくさんの知識をほこるが
 ぼくにはなにもない。
 もしたれかが稚いといったら
 足もとを見て、
 ぼくは正直だったかと自問しよう。

そうそう、先日の海文堂書店でのトークにも来てくれた中嶋氏がネット書店を始めたそうだ。
BOOK ONN、《アートのコーナーに、杉本エマの写真集2冊と串田孫一の本をアップしています》だって!
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by sumus_co | 2006-07-24 20:43 | 古書日録

蚊喰鳥飼ふこともがな闇に鳴く

日本の蚊がアメリカで大量発生し、いらぬ土産を提げて出稼ぎから戻って来るという記事が新聞に載っていた。

かつて、ボルドーの五つ星のホテルに住んでいたとき、といっても経営が破綻して安アパートとして貸し出していたのだが、木立に囲まれているせいか、夜になると蚊が襲って来て困ったことがあった。

闇の中で複数の蚊の飛翔音が聞こえる。そこでパチンと電灯を点ける。すると蚊は「ア、ヤバイ」とばかり、壁に張り付いて避難する。白い壁なので蚊が何匹もとまっているのがよく分かった。そこをバンバンとスリッパで殺戮してゆく。ああ、殺生な。

一通り、平らげて、闇を引き戻し、ようやく寝付きかけたころ、またぞろプ〜〜ンという音で目覚めさせられる。電灯を点ける。壁を打つ。電灯を消す、またもや……。蚊喰鳥(かくひどり=蝙蝠)を飼いたいくらいだった。

『出版ニュース』7月下旬号の表紙を開いた最初のところにある「ビジュアルポイント」という頁に『文字力100』が紹介された……。


宮崎アニメ「ハウルの動く城」ビデオ録画、原作がちゃんとしているせいか、面白く最後まで見られた。ウンチク流に筋立てを解釈すれば、有能な兵士だったファウストが上司に反発しメフィストと合体してテロリストになった。それを純真な娘が、ファウストのかかえる孤児と老婆を引き取って面倒をみながら、愛で立ち直らせる。敵国の王子を捕虜にしていたのを解放することによってつかの間の平和が戻る……てか。

ただ、最近の細か過ぎる描写はどうも好きになれない。色彩も美しいとは言えないし、キャラにも新鮮味がなくなってしまった。
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by sumus_co | 2006-07-23 20:39 | 古書日録

下闇にはかなくなりぬ軽々と

今日は雨が上がってけっこう日射しがきつかった。車の下に子猫が行き倒れていた。動かそうとすると、すでに硬くなっていた。昨日の午前中にはいなかったから、それ以後一日余りの間にここにたどり着いて果てたのだろう。

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編者の南陀楼綾繁氏より塩山芳明『出版業界最底辺日記』(ちくま文庫、二〇〇六年)届く。表紙がどうも地味だなあと思ってよく見ていると、墓地がかなり大きく写り込んでいるではないか。大半は帯で隠れているが、さすがだ。死屍累々……。

とにかく福田和也氏の「解説」を読む。こちらもさすがにうまいもの。福田氏の引用中にこういうくだりがあった。

《「昼食後『エリカ』で『帰らざる風景 林哲夫美術論集』(みずのわ出版・本体3000円)。2本の洲之内徹論が白眉。(福田和也のように腰が引けてない)」》

塩山先生、拙著お買い上げ、有り難うございます。福田氏は塩山氏の旺盛な批判精神について考察し、塩山氏が学生時代に革マル派に襲われたことを挙げている。危機に瀕して自らの弱さを思い知った。弱さを知った人間こそが本当に強いのかも知れない。上記の文に続けて塩山氏はこう書いている。

《ただ、高輪の「啓祐堂ギャラリー」であった著者のデッサン展は、質量ともに枯れすぎ。》

パッチギ!

工作舎よりアイスペインティング展の案内、暑中見舞い兼用。さすがオシャレなDMである。

東急東横店渋谷大古本市の目録をぱらぱらやっていると、井伏鱒二『田園記』(作品社、一九三四年)が45,000円で出ている。神保町の大店のおよそ三分の一の値段(状態によるのかもしれないが)。ふう〜、蒸し暑い。

蟲文庫さま
久保田さん、話し好きな方でした。京都で青空古本まつりを始めるきっかけを作ったのも久保田さんだったそうです。

津田さま
有り難うございます。すでに別の方から送ってくださるというメールをいただきました。今回はご好意だけいただいておきます。それはそうと、8月11日に納涼に来られるそうですね? 高橋さんからうかがいました。もしお昼、よろしければランチ会にご参加ください。気軽な集まりですのでお気兼ねなく。
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by sumus_co | 2006-07-22 20:47 | おすすめ本棚

命日と知らず枝豆煮たりけり

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京都あるいは関西地域の方はご存知だろうが、京都大学の石垣を撤去して遊歩道にするという大学側の計画があり、反対した学生たちが石垣の上にカフェを作ってろう城(?)していたことがあった。去年の話である。TVなどでもしばしば報道された。これは大月健さんからいただいた『唯一者』10号(『唯一者』発行所、二〇〇六年四月)に掲載の写真である。秋の青空古本まつりが行われる百万遍の交差点東南角のあたり。

《最初は「団結小屋」だと思った。若い人の受容能力は素晴らしい。それが日に日に変化して行く。「石垣カフェ」はその過程で生まれた。珈琲一杯五〇円で、半年の間に三千人の登楼者があったという。学生の対案が通り、石垣は残る。八月十六日の大文字の日に自主的に撤去され、いま形はない》(「編集後記」より)

神戸三宮、サンパル古書のまちがロードス書房だけになったことは以前にも書いた。一九八六年のオープンのときには八店舗あり、店主が亡くなったり、撤退したり、五階から二階に移ったときには四店舗だった(倉地、蝸牛、ロードス、間島)。オープン当初に臨川書店から独立してサンパルで開業した五車堂書店の久保田さんの話を17日にしたところ、すでに引用した「としおさん」を含め、幾人かの方から、亡くなられたとは知らなかったという感想をいただいたので、その命日がいつだったか日記を繰ってみると、二〇〇二年七月二十二日(あるいは二十三日未明?)だったようだ。二十三日にロードスさんと、もう一人の方から二十四日に告別式が行われますという知らせをもらっている。久保田さんは一九九四年に店をたたんで岡山の万歩書店に移っていた。

マン・レイ・イストさま
そうですか、いよいよ手に入れたくなりました。『樹木幻想』を日本の古本屋で見ると、けっこうな値段です!

yanaseさま
本日、次の手を投函しましたので、よろしく。
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by sumus_co | 2006-07-21 20:06 | 京のお茶漬け