林蘊蓄斎の文画な日々
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サガ降リテサノ月トナリサハミダル

『センセイの書斎』の静嘉堂文庫の図版はそういうことでしたか。南伸坊さんのところも?(とそのページを開く)、なるほどね、でも、さほど気になりません。スキャニングの問題でしょうか。ま、しかし、ささいなことです。内澤センセイはアメリカですね。刊行予定の屠畜の本というのも、かなり興味あります。期待。

サツキになった。といってももう旧暦五月五日だが。サツキの「サ」というのは「田の神」を意味するらしい。サオリはサが降りる、サノボリはサが昇る、サオトメはサの乙女、サナブリ(田神を送る祭り)など。田神の月だからサツキである。

ラジオを聴きながら絵の仕事をしていると、「Don't trust over thirty」という昔どこかで聞いたような台詞が耳に入った。さっそく検索をかけてみる。これはムーンライダーズのアルバム名にもなっているが、どうやら「Don't trust anyone over thirty」あるいは「Never trust anyone over thirty」が本当のようだ。

一九六〇年代、反ヴェトナム戦争を唱えたアメリカの活動家ジェリー・ルービン(Jerry Rubin, 1934-94)が用いて同時代の若者達の合言葉のようになったフレーズである。

ようするに、大人を信じるな、ということなのだが、自分たちが三十歳になったら、今度は「Don't trust anyone over forty」というふうに都合良く修正したらしい、まったくもう……。今はきっと、若い奴らは信じるな、とでもうそぶいているんだろう。

みずのわ出版より地方小出版流通センターの新刊配本表というものがファックスで送られてくる。一応、全国の主だった書店に一部ずつくらいは配本されるようである。ジュンク堂さんはだいたいどこも置いてもらえるようだ。搬入は6月3日だから、直販を除き、その後の配本になる。よろしく。

下の写真は蚊取り線香ではない。旗竿受けのようだ。昨年大阪にて撮影。
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by sumus_co | 2006-05-31 21:34 | 写真日乗

青簾書斎に臓腑のかをりあり

小野先生、ご教示ありがとうございます。編集者も将棋ぐらいは覚えておかないと仕事になりませんね。

内澤旬子さんより新著『センセイの書斎』(幻戯書房、二〇〇六年)をいただく。もし万一いただけなければ、身銭を切って買おうと思っていた本なので嬉しい。

一読三嘆! とにかく面白い。『三省堂ぶっくれっと』『本とコンピュータ』『未來』に連載された内容で、いくつかは初出時に見ていたが、ずらりと揃うと、また別の迫力が出てくる。ペン一本でここまで表現できるという驚きもある。

ウンチクも画家と名乗ってはいるけれど、こういう仕事をやれと言われても、後じさりすると思う。書斎拝見は魅力的だが、それをイラストにまとめるというのは、おそらく特殊な才能・技能にちがいない。

だいたい書斎を巻き尺で計るということができないもの。それでいて定規を使った無味乾燥な線ではなく、へなちょこ(あ、これ、『「本」に恋して』の紹介のときにも使った、たぶんそれが内澤さんの立ち姿というか、スタイルそのものなのだろう。真っ直ぐだけど、ひょろひょろしてる。)に見える手書きラインにこだわっているところがとてもとても心地よい。イラストのレイアウトも絶妙である。人物の表情も利いている。

しか〜も、文章がウマイ! そんじょそこらのライターなど足許にも及ばない。ブログのべらんめい調(?)もいいが、抑制された紹介文も言うこと無し。

収録されたなかでは、小沢信男さん、書肆アクセス、月の輪書林はウンチクも足を踏み入れたことがあるが、なんというか、見事に整理されて表現されているところが、やはり内澤メガネのすごさだと感心する。月の輪さん、そっくり。

そう言えば、本書にも登場している米原万里さんが亡くなった。

《結局私にとって本はモノではない。文字で書かれた内容というものは、本来、形がないものだから、これは仮の姿という感じで……》(p53)

と言う発言が記録されているけれど、そのすぐあとにこう続く。

《紙の媒体だと、全然読むつもりのないものがついでにパッと目に入ってくる》

これがモノの本質(情報の多様と重層)ではなかろうか。一見無駄としか思えない存在の広がり。だからこそ本は置き場所に困っても、持っていなければ話にならないのだ。林望氏はこう発言している。

《完璧な図録を出版して、学会にとどめを刺したいと思っているんです。これらの本に関しては日本一のコレクションですよ。こういう研究はやっぱり自分が本を持ってなければだめです》(p13)

だめですよねえ。さらに続編を期待したい一冊である。

最後に、べたぼめ、ばかりでもなんなので、一点だけ、静嘉堂文庫のイラストのみ線描が粗いのは何故? 少々見苦しい。

6月17日に内澤旬子・紀田順一郎対談「書斎を見る愉しみ」がジュンク堂書店池袋本店で午後七時より開催される。

また6月6日〜24日は大阪のカロ・ブックショップ・アンド・カフェで「本と書斎の解剖図」展開催。ワークショップとトークショーも予定されている。詳しくはカロさんのサイトにて。その後、根津のカフェNOMADでも6月29日〜7月11日まで開催予定。

造本装幀=工藤強勝+伊藤滋章+渡辺和音
帯のイラストは林望氏、表紙は1が千野栄一氏、4が荻野アンナ氏の書斎。
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拙作俳句は『センセイの書斎』にひっかけて、書斎は主の内面をさらけ出しているような生々しい感じがつきまとう。ところで、「かをり(薫り)」という旧かな遣いで思い出すのは「シクラメンのかほり」。古語で「かほ」というのは「顔・容」である。《暮れ惑う街の/別れ道には/シクラメンのかほり/むなしくゆれて》とあるので「顔り」のつもりかも(まさか)。ウンチクの大学時代によく流行った。一九七五年である。この曲を聴くと西武国分寺線の鷹ノ台駅前でシクラメンを売っていた情景がまざまざと甦る。
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by sumus_co | 2006-05-30 21:04 | おすすめ本棚

苗代や手ぶらで帰る水鏡

蟲文庫さんの俳句探し、加藤郁乎の〈冬の波冬の波止場に来て返す〉だろうと、阿瀧さんからもご意見いただきました。記憶というのほんとうに曖昧なものであります。

拙作俳句は、古本市場の横に水田があることから、ちょうど水を張っていて人影が写るのだ。

広津和郎『続年月のあしおと』(講談社、一九六七年)読了。野口雨情は菊池寛を負かすほど将棋が強かったとか。以前「文士の将棋熱」というエッセイを書いたことがあるが、増補できるくらい面白いエピソードだ。

中央公論社が滝田樗陰から嶋中雄作へと主導者が替わり、『西部戦線異状なし』(ルマルク、秦豊吉訳、一九二九年)の成功によって嶋中体制の基礎が築かれたというのも、なるほどなと思う。

大鐙閣という出版社について。鍋井克之の中学時代からの友人が三百万円という遺産を受け継いで始めた出版社。大正時代の三百万円は現在の百五十億円前後にはなろう。大正八年に『解放』という雑誌(タイトル文字は鍋井克之)を創刊したが、経営はおもわしくなく、てこ入れのため、短期間、広津は頼まれて編集の手伝いをしたという。


佐藤愛子『血脈』(文藝春秋、二〇〇一年)上巻読了。佐藤紅緑一家と福士幸次郎の行状を描いて力作である。ただ、ドラマの方が面白かったように思う。佐藤紅緑は原田芳雄だったが、これは頑固で甘い親父にぴったりだった。八郎(サトウハチロー)は唐沢寿明だったが、小説を読むと、どうも少しイメージが違うようだ。福士幸次郎の松方弘樹はビミョー。

八郎に詩を教えたのはイマオ(平野亥馬雄)だったそうだ。朔太郎の『月に吠える』をすすめられて読んで「イマさん、やっと少しばかし面白い詩集が出たね」などと生意気なことを言っていた。

佐藤紅緑の「ああ玉杯に花うけて」の原稿料は枚数で勘定しなかった。「俺は職人ではないから、原稿用紙の枡目に嵌めこんだ字数や行数で原稿料を勘定することは許さん。何枚書こうが一篇いくらとするように」。けっきょく雑誌『少年倶楽部』全体の原稿料の半分を占める三百円が支払われることになったという(p407)。
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by sumus_co | 2006-05-29 20:36 | 古書日録

版元は八九三稼業や肌を脱ぎ

蟲文庫さんの日記に俳句失念の話題があった。

《「ええっと、波郷、かな.....よせる波.....なんとかなんとか...見て帰る....というようなのなかったですか?」と。わたしもなんとなく覚えがあって、うんうんと唸りつつ、しかし結局その場では思い出せずに、岡山に帰って図書館におもむき『石田波郷読本』で全句にあたるも見つからず。》

えーっと、えーっと、エートマン、最近こういうのが多くてウンチクも困っている。波郷には

  年暮るゝ岬の旅やすぐかへす

があるが、「よせる波」も「見て帰る」も出てこない(岬で波を見て帰ったには違いないけど)。お気づきの方はご教示を。

『書肆啓祐堂誌〈黄金の馬車〉LE CARROSSE D'OR』12号届く。久保川清人氏の「こんな本いただいたよ!『皓露抄』を巡って」は神戸の高架下にあった古書店・皓露書林の木版刷り書店票を見つけたことから皓露書林探しが始まるお話。ウンチクも登場する。それにしても五年も前のことだとは、月日の経つのは早いものだ。

『文游』25号届く。鈴木地蔵氏らの同人雑誌。なかなか多士済々。ルビ活字についての論考は興味深く読んだ。また、

《明治このかた出版社は、売れる〈読まれる〉かもしれないとお客〈読者〉に小バクチを打ってきたのではなかったか。しかし、売りもの〈著作物〉には責任をもっていた。わずかなテラ銭で、出版社は糊口をしのいできたはずである。/バクチ打ちの身過ぎ世過ぎを忘れ、詐欺師になりさがった出版社は、いずれ破綻するだろう。自業自得というものである。(S)》

という「最初のページで」が最初のページに掲げられている。十点出して一点売れればいいという現今の「新書」濫発に対して異論を唱えた内容なのだが、出版界というのはいつの時代もそういうやり方でやってきたんじゃなかろうか。これまで《売りもの〈著作物〉には責任をもっていた》と本当に言えるのかどうか。明治時代や大正時代はいわずもがな、昭和初期は雑本の宝庫だし、敗戦直後もきわめていい加減な本が多い。それでいて、破綻しそうでしないから博打や詐欺(白サギ、赤サギ、黒サギがあるらしいネ)に喩えられるんじゃないのか、と思う。

『ちくま』6月号。内堀弘さんの「ちくまの古本・2」は『彷書月刊』創刊の話と雑誌『展望』、そして向井くんの『早稲田古本屋日録』(右文書院)の紹介。そうそう『彷書月刊』の創刊メンバーだったんだ、向井くんのお父さん。

吉田勝栄氏より「袖珍文庫総目録(稿)」(『文献探索2005』金沢文圃閣のコピー)をいただく。例によって綿密な記述だ。二〇〇四年の伊勢丹浦和店の大古本市で《ほぼ全揃いのセットを入手》されたそうである。下図はウンチク架蔵本。三教書院発行。左下のみ集文館。吉田氏によれば、後者は明治四十四年十月から奥付に名前が出ているそうだ。
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by sumus_co | 2006-05-28 21:53 | 古書日録

一刃の襟元むなし燕翔ぶ

ルイ十六世の首を切った死刑執行人(bourreau)サンソン(SANSON, Charles Henri 、1740-1806)の手紙がロンドンのクリスティーズに出品されるという。6月7日の
VALUABLE MANUSCRIPTS AND PRINTED BOOKS
というセールス、ロット番号120。落札予想価格は8〜12万ポンド(2000万円前後)だそうである。

集英社新書に安達正勝 『死刑執行人サンソン—国王ルイ十六世の首を刎ねた男』(二〇〇三年)があるようだが、架蔵していないので、辰野隆『フランス革命夜話』(福武文庫、一九八九年)を引っぱり出してみると「断頭吏サンソン」の項にこう書いてある。

《首切りは三代にわたる家の業であった》《この一家の親戚もほとんどことごとく首切り役人で、サンソンを名乗っていたから、それぞれ住所の地名に従って、トゥールの旦那とか、プロヴァンスの旦那とか呼ばれていた》

また、似たようなことを、ミステリー作家ジャック・ケッチャムの「隣の家の少女」(扶桑社ミステリー文庫、一九九八年)のあとがきにスティーヴン・キングが書いている。

《ダラス・マイヤーのペンネームなのだ》《ジャック・ケッチャムは、イギリスの絞首刑執行人に代々受け継がれている名前だし、その名を名乗るアメリカ人が書く小説では、だれも無事には生き残れない》

サンソンは言ってみれば大名の介錯を務める公儀介錯人・拝一刀みたいなものだろう。ただし江戸時代の武士には死刑がなかったので役割は微妙に違う。あくまで介錯(公儀介錯人という役職は小池一夫の創作)。死刑は庶民にだけ適用され、おもに悪質な盗賊・追剥・詐欺が対象だった。とくに窃盗は重罪で三度目に捕まると必ず死罪になった。

死刑執行は町方同心の若手が牢屋敷内の刑場で行った。その場所のことを「土壇場」とも称したらしい(絶体絶命の「どたんば」はここからきたのだね)。同心にしてもやはり首切りは気が進まなかったので、将軍などの様切(ためしぎり)を請け負っていた山田浅右衛門という浪人が頼まれて引き受けることが多かった。その礼として刀の研ぎ代二分(一両の半分)を受け取ったそうで、浅右衛門にはそうとうな収入があったという(以上は稲垣史生『町奉行を考証する』旺文社文庫、一九八五年、より)。

さて、サンソンの手紙はいったいいくらになるのか、出品者は、首を洗って、いや、首を長くして待っているだろう。

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図は『調剤術講本』より。
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by sumus_co | 2006-05-27 21:41 | 古書日録

夏ころも増し刷りにらむ風ぬるし

スムース文庫は品切れの号が多く、ご注文いただいても対応できず、まったく申し訳ない。本当は各号ともに増刷すればいいのだろうが、完全なる自転車操業であって、順番に売り上げで次の号次の号と出して来たため、増刷まで手が回らないのが実情。しかも実は『明治絵葉書』の制作コストが予定外にかかっていしまい(図版が多かったため)、売り切れているのだが利益が出ていない。残部のある01、03(この岡崎詩集はもう僅少)、07、08号がもっと売れてくれないと、次号を出せないことはないにしても、かなりきびしい。まあ、ぼちぼち行きましょ、というかんじである。

ただ、06『読む人』は、ウンチクが個人的に、少し形を変えて新版として増刷しようか、などと考えている。『文字力100』の様子をみての話だが……。『文字力100』は本日校了。印刷製本過程でのトラブルがないかぎり、UBCには間に合うはずである。

そのUBCの目録が届いた。いい本が並んでいる。『コリントン卿登場』(美術出版社、一九七四年)の足穂、種村季弘、野中ユリ、連署本がカッコイイ!(157500円)

『季刊銀花』夏号(文化出版局)も届く。矩庵における茶会記掲載。ぜひ一読を。
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by sumus_co | 2006-05-26 17:26 | 著述関連

袖引かれ誰しの人や薔薇の棘

『一寸』26号、例によって、いずれも興味深い。大谷芳久氏による藤牧版画ねつ造指摘は刺激的だ。美術品にはつねに贋作問題がついてまわるから、やっかいなのである。ある知人の美術商は、どんなものでもまず疑ってかかる、と言っていたが、真贋については慎重すぎるということはない。

『彷書月刊』6月号。絵葉書人物誌。絵葉書作者の列伝は参考になる。なお、44ページの書肆アクセスさんの広告で「林哲夫が選ぶ書肆アクセスの40冊」フェアー開催期間が6月12日から7月8日までとなっているのは、誤り。6月6日から24日が正しいのでお間違いなきよう。もちろん『文字力100』も並ぶ。これは4〜6日のUBC書肆アクセス・ブースが初売りになる予定。

ウンチクの知人達から来たDMを二枚紹介する。

大倉宏さんが運営している新潟の砂丘館で「手作り雑誌の小宇宙吉田千秋の「SHONEN」と「AKEBONO」」という展覧会。吉田千秋は明治二十八年に大鹿に生まれて大正八年に没した薄命の才人である。「琵琶湖周航の歌」の原曲を作曲したことが1993年に明らかになり没後74年にして脚光を浴びたとのこと。手作り雑誌が立原道造や滝口修造を連想させる。

六本木のギャラリー柳井で「土岐千尋 盒」展。黒田辰秋に師事したという木工作品。オシャレ。

他には、そうそう、「アレエ(『ARE』アーです)の洲之内徹特集がありませんか?」という電話があった。残念ながら保存用しかないので、コピー代実費で送らせてもらうことにして、宛先を尋ねると、なんと、S社の出版企画部だった。洲之内の資料を集めているふうだったから、何か出版の予定があるのかもしれない。S社でねえ。

ミニレモンの花満開なり。幼虫は急に姿が見えなくなった。ひょっとして鳥のスナックになってしまったか……
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by sumus_co | 2006-05-25 20:23 | 古書日録

檸檬花の開きて鬼の棲む雑誌

『文字力100』の再校と表紙の色校訂正が届く。色はずっと好くなったのでオーケーとする。ここに書影を出したいのはやまやまなれど、UBCから戻るまで、少々お待ちいただきたい。ナベツマがひとこと、こう言った。
「モンドリアンみたい」

『季刊文科』34号(鳥影社)が届く。ウンチクの連載「ふるほん月下屋上帖」第一回が掲載されている。作品社版『梶井基次郎小説全集』を紹介した。この雑誌は編集長が大河内昭爾氏で、編集委員が、秋山駿、勝又浩、松本徹、松本道介、吉村昭。いかにも文学雑誌らしい文学雑誌である。そのせいか、寄稿者のなかでウンチクは、玄月氏、菊地幸見さんに次ぐ年少者(!)。巻頭の編集長インタビュー、今回は尾崎一雄と尾崎士郎の娘さんたち、お二人とも一枝さんである(旧姓=尾崎一枝)。
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web読書手帖に「とにかく長い書名ってあるもんだ」として平田オリザ

『十六歳のオリザの未だかつてためしのない勇気が到達した最後の点、到達しえた極限とを明らかにして、上々の首尾にいたった世界一周自転車旅行の冒険をしるす本』

(晩聲社刊)が取り上げられていた。ほう、たしかに長いが、すぐに思い出した例は、渡辺一夫訳の『パンタグリュエル占筮』(高桐書院、一九四七年)だ。解説によれば、この本の原題は以下の通り。

『生まれながら粗忽にして浮薄なる人々を裨益し教へ諭さむが為にパンタグリュエル王が莚司アルコフバス師の新編にかかる確実真正にして無謬なるパンタグリュエル永代占筮』
Pantagrueline Prognostication, certaine, veritable & infaillible pour l'an perpetuel. Nouvellement composée au prouffit & advisement de gens estourdis & musars de nature, Par maistre Alcofribas, architriclin dudict Pantagruel.
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こういうものはネットで検索してみるに限る。エクスナレッジから二〇〇一年に出ている高田七穂の本はこんなに長い。はっきり言って、これはタイトルというより惹句である。

『成功・失敗実例満載。購入した人にも納得の一冊 失敗・成功の事例を中心に、これほど詳しいマンション本はない。法律の落とし穴、質問の方法など1から10まで詳細に手ほどき。住んでから財産価値をあげるために読んでも役立つ。』

そして世界一となるとさらに長い。

『The Life and strange surprising Adventures of Robinson Crusoe, of York, mariner, who Lived Eight-and-twenty years all alone in an uninhabited Isiand on the Coast of America, near the mouth of the great River Oroonque, having been cast on shore by shipwreck, where-in all the men perished but himself. With an Account how he was at last strangely delivered by Pirates, Written by Himself.』

『ロビンソンクルーソー漂流記』である。ついでにひっかかった楽曲の世界一長いタイトルはフィオナ・アップルの

When The Pawn Hits The Conflicts He Thinks Like A King What He Knows Throws The Blows When He Goes To The Fight And He'll Win The Whole Thing 'Fore He Enters The Ring There's No Body To Batter When Your Mind Is Your Might So When You Go Solo, You Hold Your Own Hand And Remember That Depth Is The Greatest Of Heights And If You Know Where You Stand, Then You Know Where To Land And If You Fall It Won't Matter, Cuz You'll Know That You're Right.

である。長! ……でも邦題は「真実」、短!
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by sumus_co | 2006-05-24 17:51 | 渡邊一夫の本

片すより読みふけりをり汗埃

『文字力100』初校が終わったので、資料を片付ける。多少分類も変えてみる。段ボール箱も新しくして、テーマごとに分別。ラベルを貼る。一日中そんなことであっという間にすぎる。

途中、宅急便で『文字力100』の表紙の色校正が届く。データ入稿(CD-R)なのでめちゃ早い。しかし、聞くところによると、印刷所が新しい機械を導入したらしく、どうも色の出がデータとシンクロしていない。かなり赤が強く出ているのだ。訂正のメールを送る。

午後の休息時に録画の「クリムゾン・リバ−2」の残りを観てしまう。ジャン・レノが初の続編出演だそうだが、それはともかく、アート系ではあるものの、ちょっとばかりこけおどしっぽい画面になっている。ただ、小物が凝っていた。修道院の古い革装の本も本当の古書を集めた雰囲気はとても好かった。

映画鑑賞の後は、また、黙々と片付ける。大学時代、東京で暮らすようになって「片す」という言葉を初めて聞いた。へんな言葉だと思った。『言海』にはこうある。

《かた・す ス・セ・サ・シ・セ (他動)(規・一)移ス。處ヲ替フ。》

『新明解国語辞典』第四版(三省堂、一九九二年)にはこうある。②はアクセントの種類。

《かた・す②:②【片す】(他五)〔東北・関東方言〕かたづける。しまう。》

かなり意味が違うが、まあ、それはどうでもいい。そうやって片していると、『暮しの手帖』53号(一九六〇年二月)が出て来た。パラパラ開いていたら、「自転車の上の本屋」という記事が目についた。池袋の久保書店をクローズアップしている。

やもめ暮しの久保氏は「仕切り場」で雑誌などを買い集めて、古書業者の市(第8支部とある)へ出す。「仕切り場」をしんかいさんで引いてみると、「仕切り屋」として《廃品回収業者が集めて来た廃品を、それぞれに仕分けして売り払う・職業(人)》という説明がある。立て場(建て場)《くず屋がその日集めた品物を買い取ってやる問屋》に似ているが、紙以外のものも扱うのが仕切り屋ということか。

久保氏の息子さん武君が十七歳で神田の波木井書店の店員として住み込んでいる。「日本の古本屋」で調べてみると、練馬区石神井町に久保書店が現存し、店主は久保武となっているので、この記事に写っている青年にちがいない。

長屋に住んで、その敷金が3万円、家賃1200円。先日も紙くずのなかから学会雑誌の揃いを見つけて《おもい切って2百50円で買って、市へ出したら、たちまち3千5百円で売れた》そうである。多少、お泪頂戴の気味がなくはないが、当時の古本屋のひとつの姿を記録したいいレポートだ。
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by sumus_co | 2006-05-23 17:33 | 古書日録

ひねもすを刷り綴じ裁ちの汗ふかず

ひさしぶりにP-BOOKを製造する。書肆アクセスさんの注文あり。刷って、折って、綴じて、裁断して、題箋を貼り(またはタイトルを手書きし)、袋詰め。四種四十冊。まる一日仕事だった。

きのう、みはる書房の目録届く。神保町一ノ二〇にあるらしい。目録しか知らないが、なかなかどうしていつも思わず見入ってしまう。ただしほとんど注文したことはない。橋本邦助『巴里絵日記』が6500円、この本は欲しいと思ってはいるのだが……。作品社の『文芸豆年鑑1938年版』が7800円、もし架蔵していなかったなら、これは悩ましい値段である。長田恒雄の詩集など三冊にも目がとまった。長田は三省堂書店のPR雑誌『エコー』の編集長だった。

今日は、とらや書房の目録28号。これは布上芳介の『墓』(作品社、一九三五年)をネットから買ったため、自動的に送られて来た。そう言えば、今月の『日本古書通信』922号に目録とネット販売の兼ね合いというテーマで古書店主たちが寄稿しているなかに、とらや書店主中川英治氏の名前があった。店舗は水戸駅前だそうだ。

《私が目録販売を始めたのは30年前、ネット販売は「日本の古本屋」が誕生してすぐに入会させて頂いたので約10年になります。/この二つが無ければすでに閉店していたと思います》

『早稲田古本村通信』104号配信される。松本翁は野田書房について書いている。昭和十三年の《5月1日、野田誠三は常磐線の車中で服毒自殺をはかり、上野駅で帰らぬ人となった。神楽坂の芸妓に失恋したのが原因といわれ、あと10日ばかりで、彼は27歳の誕生日を迎えるところであった。》とあるが、失恋というか、身請けして結婚したが、女性の方が出版の邪魔にならないように身を引いた、というようなことだったらしい。この点については拙著『文字力100』に村上菊一郎の文章から引用したので、参照のこと。

荻原魚雷氏の連載「男のまんが道」、今回は名前の話、面白く読んだ。《『AKIRA』の主人公の金田は、もちろん『鉄人28号』の主人公の金田正太郎。アキラは「28号」とも呼ばれている》というすずき寿ひさ説を紹介しているが、なるほど(!)である。
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by sumus_co | 2006-05-22 21:11 | 古書日録